2013年4月8日月曜日

覚悟

以前から不思議に思っていた言葉に「覚悟」という言葉がある。
「覚」は「おぼえる」「はっきりとわかる」「人をさとらせる」
「悟」は「さとる」「知る」「迷いからさめる」「眠りからさめる」
つまり、「迷いからさめはっきりとわかる」のが「覚悟」なのだろう。
「覚」と「悟」の漢字だけをみると、どうも「覚悟」は仏教用語のようだ。

古語辞典で引くと、
①迷いを捨て去り、真理を悟ること。
②もうこれまでと、思うこと。観念すること。
とある。
予想通り、古語辞典でも①の意味は仏教用語だ。
②として、今我々が使用している意味の「観念すること」が出てくる。

しかしながら、これを国語辞典で引くと、ほとんどの辞典が「観念する」の意味で、「真理を悟る」の意味がまったく消失する。
本来であれば「真理を悟る」意味が何故「観念すること」にその首座を譲ったのだろうか。
一体、「真理を悟る」はどこに行ってしまったのか。


因みに、「覚悟」の意味を表す英語を検索してみると、一番目に「resolution(決心)」二番目に「readiness(用意)」そして三番目が「resignation(観念)」なのである。
日本語の辞典で引く「覚悟」に「真理を悟る」の意味がないのであるから、当然「覚悟」の英訳には「真理を悟る」などという意味は存在しない。
ひょっとしたら、「覚悟」の「真理を悟る」の意味は英訳しようがなかったので、日本語の辞典から消えてしまったのか。
そんなことは、ないと思いますがね。

参考までに、「覚悟」の英訳を載せてみる。


(かくご) 覚悟

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