2015年1月31日土曜日

フィンランド

TBSの番組「世界不思議発見」という番組で、ムーミンの国「フィンランド」を特集していた。

冬は夜明けが九時、夕暮れが三時だという。
日照時間は、およそ6時間程度である。
「よくこんな時間で生活できるなあ。」と驚いたのだが、暮らしている人達は、この生活を十分に楽しんでいるようだった。

フィンランドでも日本と同じように「イジメ」があり、小学校では、その防止策として「シュミレーションゲーム」を活用していた。
その目的は「イジメ」の傍観者を作らないようにすることだと。

うーん、なるほどね。

2015年1月30日金曜日

朝の雪

今朝8時頃の自宅前である。

御殿場の積雪は5センチ前後らしい。
もっとも、同じ御殿場でも場所によって、ずいぶん違っているようであった。

三年生は今日で授業が終了。
二月からは自宅学習である。
これから本格的に始まる私大の試験、また二月の下旬にある国公立の個別試験、三年生ガンバレ。

三年生を受け持っていた教科担任、授業がなくなってヒマそうに思えるが、実はここからがタイヘンなのです。
私大対策、二次対策と、さらに小論文対策の個別指導が始まる。
年によっては、二月が一番忙しい時期となることもあるのです。

さてさて、今年はどうなることやら。

2015年1月29日木曜日

『キャラ化するニッポン』

大学入試の二次対策として、過去に出題されている問題を生徒と一緒に解いているのであるが、その中にはなかなか面白い文章がある。

今日扱った文は、相原博之『キャラ化するニッポン』であった。
本文にいわく、最近の若者たちは、お互いにうわべのキャラを設定し、それによってコミュニケーションを行う。

つまり、コミュニケーションを円滑にするために、本来の自分と別のキャラを設定するというのである。
遊びや冗談に近い形で決められたキャラが、その人間の拠り所となるのだ。
そして、うわべのキャラは、人生にとって存在価値そのものともなる。

このことは、現代社会を覆う「わかりやすさの呪縛」や「視覚性の呪縛」と密接に関係していると作者は言う。
現代社会は「見えなければ価値がない。わかりやすくなければ価値がない。」という社会的圧力が広がっているのだと。

コミュニケーションは、お互いがだんだん近づきつつ作り上げられるものだが、若者たちのキャラ・コミュニケーションでは、既に相互の関係は表層的に成立しているのだ。

2015年1月28日水曜日

卒業演奏会

N西芸術科、音楽専攻生徒の卒業演奏会を聴きに出かける。
ピアノが6人
声楽が1人
である。
さすが音楽専攻の生徒だ。
素晴らしい演奏。

ピアノ演奏、サン・サーンスの「アレグロ・アパッショナート」から始まって、声楽は、サルティ、モーツァルト、R.ルッツィの三曲。
最後のピアノ演奏は、ベートーベン。
ピアノ・ソナタ 第十三番 変ホ長調「幻想曲風ソナタ」作品27-1 というなんだか曲名から凄いやつだった。

芸術科は、書道専攻、美術専攻、音楽専攻と3つの専攻を持つが、音楽専攻が一番生徒の将来に直結しているような気がする。


2015年1月27日火曜日

「日本に、京都があってよかった。」

「月曜から夜更かし」という番組を観ていると、「気になるキャッチコピー」を紹介していた。
その中でも、特に印象に残ったのが右のキャッチコピーである。
「日本に、京都があってよかった。」
これは、京都市の作った「京都創生PRポスター」で、「国家戦略としての京都創生」の機運をさらに盛り上げるために、京都の情景などを利用し、京都が日本の財産、世界の宝であることをあっピールする目的なのだという。

写真は、琳派の祖と言われる俵屋宗達の代表作で、京都・養源院にある「白象図」である。

この意匠、およそ四百年も前のものだが、ちっとも古い感じがしない。
モダンなのである。
日本人のデザイン能力というのは、やはり凄いよなあ。

もっとも、件の番組では「日本に、京都があってよかった。」の文句が、「ちょっと京都の人間てぇのは偉そうではいないか?」
これが、このキャッチコピーを持ち出した意図であったのだけれども。

2015年1月26日月曜日

逆向き列車

昨日の夕方のテレビ番組で、「逆向き列車」というのをやっていた。

これから会社に出勤するだろう人をつかまえて、今から会社に行くのをやめて、自分の行きたい所へ行かないか?
と、提案する番組である。

提案された人のほとんどは、「今日は大事な会議がある。」とか、「どうしても外せない仕事がある。」とかで、拒否するのであるが(日本人はなんて真面目な国民だろう。)、中にはこの企画に乗って、日頃行きたかった温泉や遊園地、あるいは観光地に出かけていった。

仕事をうち捨てて、自分の行きたいところへ行くことのできた彼らは、一様に幸せそうな顔をしていた。

「逆向き」とは、いつもの自分のリズムを中止して違うリズムで動いてみることだと思う。
退職前にはとても憧れた行動であるが、今の自分を考えてみると、「これはいつでも可能なことだね。」と、妙に偉そうにしている自分の姿が見えるのであった。

2015年1月25日日曜日

電柱に描かれた絵

散歩途中に見つけた電柱に描かれた絵である。
制作半ばなのか、これで完成なのか、ちょいと判断にこまってしまう作品だ。

人間のような気もするし、馬とか牛あるいは羊のような気もする。
また、左下の方には何やら文字のようなものも見える。
一体何なんだろう。

電柱の立っている場所は、幹線道路沿いの歩道であるのでこのように絵を描くこと自体、大変勇気のいることであるはずなのだが、この作者は何か堂々と描いている。

色も白、青、灰色と三色使用しているので、よく高架下にあるような、所謂イタズラがきとは異なっている。

考えれば考えるほど謎を含んだ絵である。

2015年1月24日土曜日

ガラナ

「キリンガラナ」である。
昨年の十二月、北海道に出かけたときに新千歳空港で購入したもの。
なんでも「ガラナ」飲料は、北海道限定の清涼飲料水なのだそうだ。

「ガラナ」とはポルトガル語で、ガラナという木の実を利用したカフェインやカテキンを多く含む炭酸飲料である。
見た目は薄茶もしくは黒褐色でコーラのようで、味もコーラによく似ているが、私的にはコーラよりも濃い味のような気がする。

さて、では何故、ガラナは北海道限定なのか?
その理由については、キリンヴィバレッジが下のように説明している。




実は、北海道で販売しているガラナ飲料には「コアップガラナ」というのもあり、道民にとっては、こちらの方が、より身近な「ガラナ」のイメージがあるみたいだ。下の写真は「コアップガラナ」のビンバージョンである。


2015年1月23日金曜日

進路検討会

N西では進路検討会が行われた。

センターテスト後の自己採点データを受験業者に提供することにより、受験生は受験業者から判定結果や、大学別のボーダーラインが示される。
これはギブアンドテイクだ。
そして、これを元に、これからどの大学出願するかの検討会が行われるのである。

検討会は午後の二時半から始まったが、四時間が経過した六時半になっても終わらなかった。
受験生諸君、先生達も皆がんばっておるのだよ。

さて、ひとりひとりの生徒を見ていくと、話題となる生徒の性格だとか、考え方までがくっきりと現れてくる。
真面目に、慎重に考えている生徒がいるかと思うと、まるで人ごとのように自分の結果をとらえている生徒もいる。

人間いろいろだね。
何れにしろ、受験生諸君、次ののステージも精一杯がんばるのだぞ。



2015年1月22日木曜日

「支」

木の幹から生え出ている「枝」の写真である。
「 枝」という字、考えてみれば不思議な字である。

「木」と「支える」から成り立っている。
「木」を支えているのは「枝」だろうか。
いや違う。
「木」が「枝」を「支」えているのか。
それも変だ。

「支」、これは「支」えるのではない。
「支」には「わかれる」の意味があるではないか。
川の「支流」とか言うものね。
つまり、「木」から「わかれる」のが「枝」なのだ。

「支」は会意文字で「竹の枝を割く」意と、もうひとつ「竹を持つ様子」の意があるという。
「割く」の方が「わかれる」で、「持つ」の方が「ささえる」となったのだろうね。

それにしても、「わかれる」と「ささえる」の意を持つ「支」は「枝」よりもっと不思議な文字である。

2015年1月21日水曜日

放課後の生徒

三年生はセンターテストが終わり、午前中授業そして午後は放課という日程となった。
HR終了後、生徒たちは直ぐに帰宅するもの、教室に残るもの、いろいろなスタイルをとっている。

こんな時に教室に出かけていって、居残りをしている生徒とバカ話をするのが私は好きである。
今日もSクラスに行って、そこにいた生徒と話をした。
センターテストの自己判定データが示される直前であるのだが、彼らは至って平静であった。

いいなあ。
こうでなくてはいけないよなあ。
ここでジタバタしたって始まらない。

ここはドンと構えて結果を待とうね。

2015年1月20日火曜日

個別試験出願

センターテストの自己採点が終わり、いよいよ受験校を決定するデータが示される。
受験生はこれからが大変だ。

データというものは極めて客観的なもの、その極めて客観的なものに如何に立ち向かって行くかである。
弱気になってはいけないし、かといって無謀な強気も意味がない。
ここは、自分の」データをしっかり認識して、最良な選択をして欲しいと思う。

オーストラリアでは全豪テニスにアジアカップサッカーと、日本に関係するスポーツが行われている。
今夜は両方とも勝利といういうことで、気分よく眠ることができそうだ。



2015年1月19日月曜日

富士山

ここのところ富士山のよく見える日が続いている。
写真は近所の公園から見た富士山である。

冬の富士山はシャキットしていて、美しさと共に何か潔さを感じる。
ただし、この富士山が、もし噴火をしたらと思うと、それは潔さどころではない。

見ての通り、遮るものは何もないのだ。
火山弾だろうが火山灰だろうが、きっと遠慮なしにこの地に降り注ぐことだろう。
恐ろしいことである。

美しさと恐ろしさは、どうも裏表のようだ。




2015年1月18日日曜日

センター試験二日目

センター試験二日目。

受験生諸君、お疲れさまでした。
今日はゆっくり寝て、明日の自己採点に備えてください。

去年のN西の一部の生徒は、電車の中に閉じ込められたそうだ。
まあ、その後に貴重な追試験というものを経験できたということを考えれば、ラッキーなのかも知れないが。

今年は何事もなかったことを祈ります。

夜、「ヨルタモリ」という番組を見ていると、東京の地名変更について、そのいいかげんさについて、タモリとマツコが激しく攻撃していた。
確かに東京でなくても、地名変更をするとたいてい酷いものになってしまう。
伊豆市とか伊豆の国市なんてえのも変だと思うのですがね。


2015年1月17日土曜日

大震災とセンター入試

阪神・淡路大震災から二十年の歳月が流れた。
二十年前の、朝のニュースを見た時の、あの何とも言えない感覚を思い出す。
まだ十分に復興ができていない被災地の様子を見ると、自然災害の恐ろしさを、あらためて思い知る次第である。

今日はまたセンター試験の第一日目でもあった。
インターネットでは、早速入試速報が流れていた。
国語は総体的にみると、昨年、一昨年よりは易化したようだ。
それはそうだ。
今年も昨年のようだったら、入試センターの信用は、まったく無くなってしまうだろう。

N西の受験生諸君。
「給ふ」の謙譲語の用法が出たようだね。
「給ふ」はしつこくやったのだから、出来ておるといいなあ。


2015年1月16日金曜日

明日はセンター試験

センター試験を明日に控え、N西では三年生に対する激励会が行なわれた。
「いつもと同じ気持ちで受験に臨みなさい。」というのが会の趣旨だろうか。

私も激励を兼ねて、「合格(大願成就)鉛筆」を何人かに渡した。
「みんな、しっかり力を出してくるのだぞ。」

それにしても、N西の受験生は受験会場の場所にどうも恵まれないようだ。
どこでどうやって会場を決めているのかは、よくわからないが、富士常葉大学会場の生徒はかわいそうだろう。



2015年1月15日木曜日

回復の呪文

今朝勤途中にFM放送を聴いていると、
「さくさくぱんだ」でおなじみの菓子メーカー「カバヤ食品」の新商品を紹介していた。
その商品名の名は、なんと「回復の呪文」

コマーシャル文句には、「復活のティラミス」
とか「ティラミスそれは私を元気づけるアイコトバ」とか、何だか妙な言葉が並んでいる。

そもそも「ティラミス」とは、語源が「私を元気づけて」の意味をもつイタリア語なのだそうだ。
甘いもので元気を回復して欲しいという願いをこめて「回復の呪文」と名づけたということである。

それにしても何というネーミング。
「回復の呪文」ですぜ。
このインパクトは、新潟にある新発田三新軒というお弁当屋さんの「サバイバル(鯖威張る)寿司」以来である。

2015年1月14日水曜日

臭いものに蓋をする

「臭い物にに蓋をする」
意味は「抜本的な対策ではなく、醜い状態を一時的に隠す」である。

夏目漱石「三四郎」の、今朝の新聞に掲載されていた部分にあった言葉だ。
「臭いものの蓋をとれば肥桶で、見事な形式を剥ぐと大抵は露悪になるのは知れきっている・・・・・」

これは当時台頭してきた自然主義(人間の醜いところを、これでもかと表出する)に対する皮肉であろう。
(漱石は反自然主義の作家なのです。)

形式に拘る古い考え方を、漱石は「三四郎」において、「偽善家」として表現し、隠すところなく人間の本音を主張する新しい考え方を「露悪家」として表現する。

人間というのは、本音で生きるのか。
それとも他人のことを気にして、妥協して生きていくのか。
漱石は「どちらも問題あり」と言っているのだが、いまから百年以上も前に、ここまで言えるのは本当に凄いよね。



2015年1月13日火曜日

横紙破り

「横紙破り」という言葉がある。

上の立場にある人などが、なんでもかんでも(時には不合理な事や慣行に反する事まで)自分の考え通りにしようとすること。また、そのような人。
日本の紙(和紙)の繊維が、横にはすっきり破れないことから言うとする説もある。

どうも最近の世の中は、この「横紙破り」の態度が横行しているようである。
上の立場、すなわち権力者がなんでもかんでも自分の考え通りにしようとすれば、これは破綻のきっかけになるだろう。

2015年1月12日月曜日

元のまま

阪神大震災から一月十七日で二十年経過するという。
うーん、もう二十年も経つのか。

朝、テレビを見ると画面には異様な光景があった。
一番ショックだったのは、高速道路がグニャグニャに曲がっていて、その高速道路からバスが一台、半分落ちかけた状態で止まっている画面であった。
一体何が起こったのだろう。
しばらくはボーッとしていたことを覚えている。

私自身のことで言うと、当時岡山県の方へ出張の予定があったのだが、それが鉄道、道路の寸断によって中止になってしまった。

今日の新聞を見ると、被害を受けた地域の復活はなかなか儘ならないようである。
やはり、元のままというのは、何事でも難しいのであろう。


2015年1月11日日曜日

成人式

御殿場の道をへらへら歩いていると。
N東の時の教え子、K君に出会った。
何でも今日は成人式の式典があったとか。

私自身、最近は成人式がいつやらさっぱり、わからなくなってしまっている。
かつては一月十五日が成人の日であり、その日には成人式があり、それが風物詩ともなっていた。
それがハッピーマンデーなんちゃらかんちゃらというシステムによって、2000年以降は、一月八日から十四日までの月曜日ということになったのである。
したがって、成人式という儀式は、主催者によって、それぞれ異なった日の設定が可能になったのだと。
今年の成人の日は一月十二日なのですがね。

まあ、それはそうとして、N東で最後に教えた二年生と、N西で最初に教えた三年生諸君、成人式おめでとう。
これからは日本の未来をしっかり支えて行くのだぞよ。


2015年1月10日土曜日

銃撃事件の決着

昨日のフランス・パリでの新聞社襲撃事件は、逃げていた二人の犯人が射殺されることで幕を閉じた。
また、これとほぼ同時に起きていた女性警察官射殺事件も、実は彼らの仲間の犯行ということが分かり、こちらの方も犯人の射殺で決着した。
いずれにしろ、犯人や人質を含め、二十人前後の人間が射殺された悲惨な事件となってしまった。

日本人には、なかなか理解できかねないところもあるのだが、宗教がらみの事件というのは、時として、非常に悲しい結果を伴う。

信仰とは斯くも重たいものなのか。


2015年1月9日金曜日

パリの銃乱射事件

フランスのパリで銃の乱射事件。
仏週刊新聞の建物で12人が殺害された。
現在、イスラム過激派の容疑者二人は人質を取って立てこもっている。
この新聞は風刺が売り物で、イスラム教もしばしば取り上げていた。
襲撃はこれに対する報復だと言われている。


そもそも、パリは「人種の坩堝(るつぼ)」と言われているところであり、フランスは表現の自由を根幹としている国である。
そこにおいて、表現の象徴でもある新聞というものに銃撃が行われたのだ。

いろいろな人種がいて、いろいろな考え方をする。
それを認めていたのが、フランスであり、パリであったはずなのだ。
今回の事件は、そのフランスそしてパリに対する重大な挑戦である。

これからのフランスの動向を注目したい。

2015年1月8日木曜日

「御土居」

ブラタモリ「京都編」でタモリが最後に訪れたのが、「おどい」である。
「おどい」とは、「御土居」と書く。
豊臣秀吉によって造られた京都を囲む土塁で、聚楽第など秀吉による京都改革のひとつであるという。

東は鴨川、北は鷹峰、西は紙屋川、南は九条に至る全長22.5キロ、高さ4~5メートルの土塁だ。
軍事的防衛や洪水対策、また洛中と洛外を区別する役割もあったという。

ずいぶんお金と人を費やして造られた「おどい」だが、壊されるのも早く、完成して十数年には一部が取り壊された事実もある。
秀吉がかなり強引に造ったものなのだろうから、きっと壊されるのも早かったのだろう。

2015年1月7日水曜日

建物にめり込んだ鳥居

ブラタモリの続きである。
昨夜の番組で、インクラインの次にタモリが訪れたのは、繁華街の新京極。
この新京極というところ、驚くことに、お寺の境内をぶち抜いて造られた通りなのだそうだ。

さて、その新京極から西に延びる通りの錦小路という通りがある。
新京極の起点には錦天満宮という神社があるのだが、その近くでタモリが見つけたのが建物にめり込む鳥居。
タモリは興味津々。
建物の中に入って部屋の中にめり込んでいる鳥居の先端を見て、ニヤニヤしていた。

実はこの鳥居、2013年12月13日のこのブログにも「京都で見つけた妙なもの」として、紹介していたのである。


先見の明だね。
これは昭和十年に鳥居が造られたあと、ビルを敷地いっぱいに建てたために、このようになったのだと。

土地の空中権はビルの持ち主のものだからということだ。




2015年1月6日火曜日

ブラタモリ

NHKの番組で「ブラタモリ」という番組をみた。
今日の番組では、京都をブラブラ歩くことをメインにしていたのだが、この京都のブラブラ歩き、一般的なブラブラ歩きではない。
即ち、京都のグルメだとか土産物、あるいは名所には一切触れていないのである。

最初に注目をしたのが、南禅寺の敷地をぶった切るように通っている「インクライン(傾斜鉄道)」。
琵琶湖疎水による舟運ルートの一区間を、台車に舟を乗せて上下させていたのが「インクライン」である。
タモリは、その鉄道の線路を固定するのに使われている「釘」に注目していた。

面白いのは、同じ線路の外側には、イギリス製の犬釘という釘が使われ、内側にはアメリカ製の亀釘という釘が使われていたことである。
その理由は説明していなかったが、ウーン、なかなかシブイところに目をつけたものだ。

タモリという男、やはりなかなかだぞ。


2015年1月5日月曜日

一昨日、胸の空く思いを提供してくれた高校サッカーの静岡学園であったが、今日は残念ながら負けてしまった。
最近の高校サッカーの傾向というのは、圧倒的な強豪校が存在しないのだそうだ。
ここ何年かは、初優勝の学校が続いているという。
実際、今回もベスト8に残った学校のうち、過去に優勝経験のあるのは、2校しかないそうである。
それだけ、地域差がなくなってきたということなのでしょうね。

学校の方にやらなければならない仕事があったので出かける。
今年初登校である。

職員室で仕事をしていると、二年前の卒業生のF君が現れた。
F君は一年間、国語の当番を務めてくれた男の子である。
縁というのは不思議なもので、現在古典の当番をしているのが、妹のFさんなのである。

2015年1月4日日曜日

同じDVDを二度借りたこと。

昨日レンタルDVDを借りてきて、今日それを見始めたのだが、2,3分見ると、「おおー、これは見たことがあるぞ。」
以前借りたものを、また借りてしまったのである。
たぶん、これはタイトルと映像が結びついていないからなのでしょうか。
まあ、こんなことは、これからますます増えて行くことなんでしょうね。

世の中の休みも、大方が今日まで。
明日からは新年の仕事が始まりそうだ。



2015年1月3日土曜日

冬の木立

冬の木立が好きだ。
実に絵になる。
写真は家のすぐ近くにある公園の木立である。
この木が何の木かはわからないが。(たぶん、暖かくなって葉が繁っていても何だかわからないだろうね。)
たくさんの枝に囲まれて、堂々と立っている。

ところで、最初に「木立(こだち)」と書いたが、「こだち」というのは、一本の木では成り立たない。
何本かまとまって生えている木、これを木立という。
数え方は、「一むら」である。

今日も正月スポーツのテレビ観戦。
駅伝は、青山学院大学が史上最速のタイムで優勝した。
圧勝である。
一方、高校サッカーは静岡学園が優勝候補筆頭の東福岡を3-0で圧倒。
静岡県民としては、久し振りに胸の空く思いであった。

2015年1月2日金曜日

テレビでスポーツ観戦の日

寒い、御殿場の最低気温は、零下7度以下であった。
おかげで、湯沸かし器の湯が出なくなってしまって、朝はとっても苦労の朝。
その寒さゆえか、今日はほとんど家に引きこもり状態であった。

ただし、本日は正月スポーツ満載の日。
箱根の大学駅伝から始まって、高校サッカー、さらに大学のラグビーと、引きこもってのテレビ観戦にはぴったりの日でもあった。

今日のスポーツ。
一言で言えば、終盤の逆転。
駅伝では、青山学院大学が駒沢大学を、最終の五区で逆転、往路の初優勝を飾った。
また大学ラグビーの準決勝においては、接戦を演じていた筑波大学が、ノーサイド寸前に東海大学を逆転、一点差で勝利した。





2015年1月1日木曜日

年明けから雪

2015年が明けた。
しかしながら、今年の年明けは雪で始まった。
午前中は太陽さえ見えたのに、午後からは気温が下がって黒い雲、あっというまに雪が積もっていった。
もっとも、今回の雪は表面が白くなる程度の雪であって、日本海側の雪に比べればカワイイものである。

夜のニュースで、冬山登山で遭難があったことを告げていた。
幸い、今回の遭難は全ての人が無事だったとそうでであるが、遭難者が皆60代であったことが気にかかる。

オイオイ、もういい歳なんだから、無謀な計画は立てるなよ。
である。
自分の体力を考えて、他人に迷惑はかけるなよ。
である。