2012年5月31日木曜日

N西のパン屋さん

N西には食堂はないが購買がある。購買は、よくいうところのパブリックスペースにある。購買では昼前になると、弁当とかパンの販売があって、今日初めてその購買でパンを買ってみた。そこで新たに発見したことは、パン屋さんが「関伝」というN東と同じパン屋さんであったことだ。「おお懐かしいぞ。」と思い、少し余分にパンを買ってしまった。N東の時によく購入していたパン?というか菓子というか、得体の知れないものに、「カステラサンド」というのがあった。形状は直方体とでもいうのだろうか、積み木のような形で、カステラを何層にも重ねた感じのものだ。これが結構美味しくて、そのパンがあると必ず購入していた。なんと今日はその「カステラサンド」があったのだ。白いビニール袋にその「カステラサンド」が入っていたことはいうまでもない。

(追)昨日のブログは、文の欠落してしまったところがあったので、今日修正してみました。

2012年5月30日水曜日

「へそで茶を沸かす」

「へそで茶を沸かす」という言葉がある。意味は、おかしくてしょうがないこと。また、ばかばかしくて仕方がないことのたとえである。さらに、「大笑いして腹が捩(ね)じれる様子が、湯が沸き上がるのに似ていることから。あざけりの意味で使うことが多い。」ともある。「腹が捩(ね)じれる様子」とあるのは、「へそ」を「腹」に言い換えたのだと思うが、最初に「へそ」でと言っているのに、いつのまにか「腹」になってしまったのは何故だろう。「腹」は「へそ」の代用品か?
まあ、いちゃもんをつけてもしょうがないので、これくらいにしておくが、「へそ」を使った「ことわざ 」には、「へそで茶を沸かす」をはじめ実現不可能なことが多い。「へそ=臍(ほぞ)を噛む」「へそが笑う」等々。
尚、「へそで茶を沸かす」を英語でいうと
It would make a horse laugh.(それは馬も笑うくらいだ)
となるそうだ。

2012年5月29日火曜日

フィジカルひと筋45年

我々を取り巻く音楽環境というのは、恐ろしいくらいに変化をしてきている気がする。(評論家みたいなことをいう私である。)それは、フィジカル(「物質的な」の意味で音楽ソフトにおいては、CD・アナログレコード・カセットなど形のあるもの。)からデジタル(「形のないもの」デジタル音源.Iポッド・USB)への移行ということで代表されるのであるが、よくよく調べてみると、実はそうでもないらしい。雑誌「サライ」によると、アメリカでは、デジタル51%、フィジカル・その他が49%、日本ではデジタル20%、フィジカル80%ということである。特に日本の場合、ジャケットにも重きをおく(私もよくジャケット買いをする。)のが、その理由らしい。しかしながら、この数字は、所謂大型CDショップがここのところ相次いで消失してきていること(あの渋谷のタワーレコード、そして秋葉原の石丸電気)を考えると、フィジカルが安全であることを決して意味してはいないだろう。フィジカルひと筋45年の私にとって、これはとても悲しいことである。

2012年5月28日月曜日

日曜の6時は「ちびまるこ」だ。

日曜の6時は「ちびまるこ」だ。このアニメ「ちびまるこ」には、いつもニコニコ笑っている「やまだ」という脳天気な少年が出てくる。しかしながらこの少年は、時々私を感動させるピュアな心の持ち主でもある。今日も自分の長靴の中に、オタマジャクシを入れて家に持ち帰るという、とんでもないことをやってのける。その後、オタマジャクシは「やまだ」の母親によって発見され、長靴の中から出されてバケツに移される。「やまだ」は長靴にいたはずのオタマジャクシが母親に捨てられてしまい、その辺で干涸らびてしまっているのではないかと、泣きながらオタマジャクシを探すのである。
 いつもヘラヘラ笑っている「やまだ」だが、生き物を殺してしまうことに対する恐れ、申し訳なさ、これを泣きじゃくることによって身体で思い切り表現するのだ。なんとピュアではないか。
 ここに私は感動するのである。

2012年5月27日日曜日

本日の浮遊

今日(5.19)の朝日新聞の夕刊に「林なつみ」という若い女性写真家が、空中を浮遊しているかのような写真を自分のブログ(「よわよわカメラウーマン日記」の本日の浮遊)に投稿し、海外を中心に爆発的な人気がでている(ニューヨーク・タイムスとかウォールストリートジャーナルに取り上げられた。)、という記事が載っていた。私も早速ネットで検索してみると、これが面白い。(写真なので、これは是非見るべし。)彼女は現在、ある写真家のアシスタントをしているそうだが、以前友人のジャンプした写真を撮ったことからヒントを得て、今は三脚を据えて、セルフタイマーを使って自分のジャンプ写真を撮っているとのこと。
 写真なので、これこそ「百聞は一見に如かず」だよ。

2012年5月26日土曜日

やっちまった。

話はこうである。ウチに処分が遅れてしまったブラウン管のテレビが一台あって、これをどう処分しようか迷っていたところ、(現在ブラウン管テレビを処分しようとすると、リサイクル料金がへたをすると、5000円前後かかる。)富士に無料でひきとってくれるリサイクル屋があるのを聞いた。「これはとりあえず行くべし、今日は週休日だし。」ということで、早速、車にテレビを運びいれようとしたその瞬間である。「グキッ」と音がしたかどうかは分からないが、腰が悲鳴をあげた。いわゆるその何というかギックリ腰である。痛いのなんの、ギックリ腰は初めてではないが、今度のやつはちょいと酷そうだ。重いものを持って、腰を痛めるのならまだ分かるが、持つ前に腰を曲げただけで、痛めてしまったのが情けない。やはり、日を追って身体はボロになって行くのだということを実感した事件であった。
 さて、テレビのほうであるが、「このままでは何としても、自分が許せない。這ってでも富士までいくぞ。」の気持ちで、身体にムチ打ち、富士のリサイクル屋まで出かけた。ラッキーなことに、持って行ったテレビは50円で引き取とられた。なんでも、ウチのテレビがテレビデオというやつで、ビデオ機能がついていたことが幸いしたようだ。

2012年5月25日金曜日

丸福珈琲

昨日は大阪のカレーうどん「得正」のことにふれたのだが、今日は大阪の珈琲店について独断と偏見を駆使して書いてみる。大阪の珈琲と言えば「丸福珈琲」だ。1934年創業というから、そこそこ古い珈琲店だ。ここの珈琲の特徴はネルドリップで入れるかなり濃い珈琲である。普段は砂糖やミルクはいれないで飲む私だが、疲れている時など、さすがに、ここの珈琲だけは砂糖もミルクも、両方いれて飲むことにしている。本店は大阪の千日前にある。関東地方に支店などないと思っていたのだが、この間、羽田空港にあるのを発見、うれしくて思わず入ってしまった。
 大阪と言えば、「丸福珈琲」だが、私の好きな同じ系統の濃い珈琲をいくつかあげてみる。まず神戸。神戸の濃い珈琲と言えば「にしむら珈琲」だ。生田神社のちょと上、北野の坂を下ったとろにある。なかなか雰囲気のある珈琲店だ。次に京都。ちょいと有名になりすぎてしまったが、「イノダ珈琲」。三条の本店が趣きがあるが、割とすいているのは四条烏丸にある店である。どこでも観光客が異常に多い「イノダ珈琲」がいやなら、同じ四条烏丸の近くに「マエダ珈琲」がある。ここは地元の客が八割以上で、珈琲の味もイノダによく似ている。京都からもっと東のほうに来ると、名古屋の「コメダ珈琲」、最近は関東地方にも支店を増やしており、富士や沼津にも「コメダ珈琲」の看板が見られる。ここの特徴は珈琲を注文すると、ちょっとした「つまみ」がついてくることである。そして最後に北海道。北海道の濃い珈琲というと、「宮越珈琲」だ。私は千歳空港や札幌駅でよく利用する。ここも去年東京の銀座?に支店があるのを発見して、早速入ってみた。
 以上、独断と偏見による濃い珈琲のお店でした。

2012年5月24日木曜日

怒り新党③

またまた「怒り新党」である。今回もいくつかのテーマがあった。「擁護は向上心の敵」であるとか「親切に対して見返りを求める人」 とかである。確かに誰かを擁護するにはそれなりの理由を持ってせねばならないだろう。感情だけで擁護することは、擁護する相手にとってもプラスにはならない。また、自分が「親切」にして、表面的にはその素振りをみせなくても、心のどこかで見返りを求めていることがあるのかもしれない。人間の心だから、それは仕方のないことなのだろう。
 さて、これらのテーマのあとに、新3大「ミスター味っ子」に登場する「味皇」のグルメリアクションというコーナーがあって、これがほんとうに馬鹿らしいのだが面白い。説明がちょっと難しいのであるが、要は「ミスター味っ子」というアニメ番組に登場する「味皇」が、尋常でないオーバーアクションをするので、それを面白おかしく紹介する、と言ったコーナーだ。
 この中に大阪のカレー丼の話が出てきた。私は大阪というとカレー丼ではなくて、カレーうどんを思い出す。「得正」なるカレーうどんのチェーン店があって、ここのカレーうどんがメチャクチャに美味い。大阪に行く機会があったら是非試して欲しい。ああ、「得正」のカレーうどんが食べたくなってきたぞ。

2012年5月23日水曜日

今日はスカイツリー

昨日(5.21)は金環日食、今日はスカイツリーと、ここのところ空を見上げることが続くようだ。もっとも、沼津とか御殿場は両方とも縁がなかったので、(日食なんぞは、まるでココダケハミセナイゾと言わんばかりに、まったく見ることができなかった。)騒ぎには乗り遅れた感じだ。
 N西は本日より中間テストである。N東もぼちぼちだろうか。N東の三年生は、元気にやっているだろうか。最近またみんなに会いたくなってきてしまった。 

2012年5月22日火曜日

見るべき程のことは見つ②

昨日の知盛の「見るべき・・・」を引用していたのは、どうも小林秀雄の「平家物語」であったような気がしてきた。もう20年以上昔のことだから、これもあやふやであるが。いろいろな会社の教科書を確認してみたが、最近の教科書にはまったく載せていない。あの名文を載せないとは何事だ、とひとり腹を立ててみたが、どうしようもない。
 さて、「見るべきものを見つ」だが「見つ」の「つ」は完了の助動詞であり、動作・作用の完了した意を表す。「・・・てしまった。」さらに、「そうなったことを、だれかがしたことであると判断した意味を表す。だれかがしたことであるから、それが自分であるならば、自慢・自責などのこと。」とある。
まさにその通り。これは、平家物語の作者が知盛に自慢・自責をさせた言葉なのであろう。それにしても、なんてフィットしている言葉なんだろう。知盛はすべてを見てしまったのだ。平家の栄枯盛衰、これ以上何を見ろというのだ。

2012年5月21日月曜日

見るべき程の事は見つ

平家の武将に平知盛という武将がいる。山崎正和の評論「劇的なる日本人」だったか、小林秀雄の評論「無常ということ」だったか、あるいは両方ともちがうのか、記憶が定かではないのだが、この知盛のことが書いてあった。清盛の息子の中では、知盛は清盛に一番期待をかけられていたそうだ。実際いくつかの合戦でその実力を示している。先にあげた評論の中でポイントになっているのが、この知盛が、壇ノ浦の戦いにおいて、もうこれまでと海に飛び込む時に言った言葉。「見るべき程の事をば見つ、今はただ自害せん。」である。これは、平家物語に書かれているだけなので、ほんとうに知盛がこの言葉を言ったのかどうかはわからないが、凄い言葉である。「世の中のことは、すべて経験した。思い残すことはないぞ。」くらいの意味なのだろうが、早くその心境になりたいものだ。

2012年5月20日日曜日

ゼクシィ

「ゼクシィ」という結婚準備に関するリクルート社の総合サイトがある。そのテレビコマーシャルにタレントの黒柳徹子がでていた。何か妙な感じがしたので、「ゼクシィ」のサイトを見てみると、こんな文句があった。
 「男性でも、女性でも、大人でも、子どもでも、結婚していても、いなくても、近くにいても、伝わっていても、伝わっていなくても、いつでも誰かを愛している人はすてきだ、と思います。」
結婚していなくても素敵だったら、何も結婚することはないだろうに。
 さらに、黒柳徹子の結婚に対するコメントにこのような言葉があった。
「お互い尊敬しあって刺激しあって、影響しあって、会いたい時に会って忙しい時には会わなくてもよくて・・・というのが理想の結婚相手。」
 会いたい時にも、忙しい時にも会わなければならないのが、結婚しているということだろうに。
私の考えは、遅れているのだろうか?

2012年5月19日土曜日

今日もまたビートルズ

ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」なる、ちょいと題名の長いアルバムがあるのだが、その中に「ア・デイ・イン・ザライフ」という、これもちょいと変わった曲がある。実は「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」というのは、私にとってビートルズではなくて、ウエス・モンゴメリーという黒人のジャズギタリストの印象が強い。学生時代、仲の良かった友人のアパートを訪ねた時に、その友人の部屋の近くに住んでいた人が、よくこのウエス・モンゴメリーのレコード「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」をかけていたからだ。(もっとも私が好きだった曲はタイトル曲の「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」よりもブルージーな「男が女を愛する時」であったが。)
 ところで、今日ジャズ評論家中山康樹の本を読んでいると、面白いことが書かれていた。ビートルズの「サージェント」が発売されたのは1967年6月2日なのだが、なんとウエス・モンゴメリーは、その4日後の6月6日に「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」を録音したのだそうだ。何がすごいのかというと、ウエスのアルバムはバックにストリングスが入っている。ということは曲が渡された後にストリングス用のアレンジをしなければならず、このような短期間では凡そ不可能であり、恐らくビートルズの「サージェント」が発売される前に「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」はウエスの側に渡っていたことになるのだ。ビートルズ側がよほどウエス側を信用していなければこんなことはあり得ないと。
 今夜、久しぶりにその学生時代の友人の声を、電話で聞いて楽しい時を過ごした。

2012年5月18日金曜日

凄い雨と雷

今、(17日11時58分)凄い雨と雷である。大気が不安定というやつなのだろう。
 驚いたこと。昨日(16日)夜7時頃の、このブログへの瞬間的なアクセスが60を超していたこと。(このブログは時間ごとのアクセス数がわかるのです。)同じ時間に何人も、ということはN東の生徒諸君のグループが、どこかで香陵祭の打ち上げでもしていて、そこからの流れの延長線上にこのブログがあったのではなかろうか。(と変な推理をする私です。)誰か心当たりがあったら、メールで教えてくださいな。
 いずれにしてもブログをのぞいてもらえるのは嬉しいことです。
さて、今日は時間に余裕があったので、レンタル屋に行って「リアル・スチール」を借りてきた。がらくたの中から掘り出された型の古いロボットが、ロボットどうしのボクシングで活躍する話である。なかなか面白い映画であった。ロッキーのロボット版と言ったところか?

2012年5月17日木曜日

「怒り新党」②

今夜も「怒り新党」を見てしまった。その中で「何でもかんでも間違いを正す人」に対して怒りを感じる、という意見があった。「怒り新党」という番組は「怒り新党」というだけあって、視聴者が自分で怒りを感じたことを提示して、それに松子デラックスと有吉なんとかがコメントをする番組なのだが、「おお、やたらと間違いを正すことは、私もよくすることだなあ。」と私も反省してしまった。これは、教員の職業病かも知れないね。たとえ間違っていても、それを正さないほうが良いこともあるだろうに。何でもかんでも正そうとしてしまうのだ。これでは周りにいる人は疲れてしまうにちがいない。
世の中は正しいことが、すべて正しいとは限らないのだ。(うん、このフレーズは名言だ。)

2012年5月16日水曜日

合唱コンクール

N西では、今日合唱コンクールが行われた。一年生は各クラス校歌を歌い、2、3年生はそれぞれのクラスで選曲、いろいろな曲が披露された。元々女子高校の歴史を持っているだけあって、実に洗練された合唱コンクールであった。圧巻は三年生の芸術クラスで(音楽専攻の生徒も数多くいる?)これをそのまま県レベルのコンクールに持って行っても、入賞するのではないかという実力であった。
 そういえば、私が初めて本格的に部活の顧問をしたのは、富士のF高の合唱部だった。合唱に関してはズブの素人であったが、優秀な生徒ばかりで勝手に部活をやり、それなりに活躍していた。私にとっては非常に楽しい時期だったような気もする。残念なのは、その時の生徒が二人、もうこの世を去ってしまったことだ。ひとりは大学生の時に、もう一人は今から数年前、(彼は中学の教員をしていたのだが)いずれも病気で亡くなってしまった。
 合唱というと、どうしてもこのことを思い出してしまう。

2012年5月15日火曜日

キス・オン・ザ・ボトム

先日、N東の学校祭においてギタ・アンの諸君が、ビートルズ特集をやっていたことを書いたが、偶然かどうか、「サライ」という雑誌がやはりビートルズを紹介していた。ビートルズのメンバーはすでにジョン・レノンとジョージ・ハリスンを失っているが、残りのポール・マッカートニーとリンゴ・スターは現在も活躍している。それぞれ69歳・72歳である。特にポールは最近「キス・オン・ザ・ボトム」なるジャズを歌うアルバムを出して、これが全米チャートで1位を獲得したそうだ。3月の終わり頃
O内先生からこのアルバムを借りて聴いてみたが、ポール・マッカートニーは、やはり天才だ。所謂濃いジャズではないのだが、力を抜いて楽しそうにジャズナンバーを歌っている。何はともあれビートルズは不滅なのだ。

2012年5月14日月曜日

「心」という字

車の点検を午前中にせねばならず、ディーラーまで出かけた。終わるまでには、一時間以上かかるということだったのだが、待っている間に「今日はフルーツゼリーをサービスしております。」と、どこかのしゃれたケーキ屋のフルーツゼリー。「おう、しめしめ。」一緒にでてきたアイスコーヒーも堪能。「これは何かいいこことありそう。」、近くにあった新聞を取る。そこに載っていた記事がこれである。(これは果たしていいことなのだろうか。)
 「心」という字は「うら」とも読む。広辞苑によると「うら」は「(おもてに見えないものの意)こころ・おもい」と意味が書き記してある。「うらさびしい」は心がさびしい。「うらさびれる」はどこか活気なく衰えていること。
 なかなか面白い記事であった。また「心」という字も、何か意味深長な言葉である。「表情」というのが「おもて」に出る「情」なら、「心」というのは、「おもて」に出ない「情」なのだろう。人間の裏の部分でもあるし、隠す部分でもあるのだろう。「心変わり」いう言葉があるが、「心」いうものは、もともと表に現れないものだとすれば、変わったのか、変わらないのか、わからない。従ってこれは意味のないことばなのかもしれない。(これが果たしていいことだったのだろうか。)

2012年5月13日日曜日

学校祭

N東の学校祭に行ってきた。みんな親切にしてくれるのだが、「去る者は日に疎し」とは、よく言ったもので、なかなか居場所が見つからず、「これは、もうここに来てはいかんな。」という感を強く持った。まあ仕方がないことなのだろう。私自身が学校離れをしなくてはいけない。
 それはそうと、ギタ・アンの「ビートルズ特集」はなかなか良かった。やはりビートルズというのは不滅である。今までもこれからも、ずーっと輝き続けるのだろう。十代も六十代も一緒に楽しめる音楽などそれほどないのでは。ギタ・アンの諸君の歌に関する解釈も素晴らしいものがあった。

2012年5月12日土曜日

温泉に行ったこと

今日はお休みの日、このところ何だかんだと忙しく、なかなか行くことができなかった御贔屓の温泉(山中湖畔の紅富士の湯)まで出かけてみた。御殿場からは、車で三、四十分の距離なので割と気軽に行くことができる。さすがに連休明けのウイークデイ、温泉は空いていて、のんびりお湯につかることができた。極楽極楽。一人で露天風呂に浸かって青空をながめると、いやなこと(考えてみると私には、今いやなことなど一つもなかったのだが。)はみんな忘れることができる。この季節、暑くも寒くもなく、吹いてくる風も実に心地良い。日本人に生まれたからこそ味わえる気分であろう。またまた極楽極楽。

2012年5月11日金曜日

昔の詩集

先ほどまで昔の物を整理していたのだが、1976年5月に書かれた自分の詩集が出てきた。詩の内容を見ると、どうもアヴァンギャルド(前衛芸術)に挑戦したかったみたいである。詩と詩の間にイラストのようなものまで入れている。恥ずかしながら、ちょっとだけ紹介してみる。
  
  強制連行されたケチャップ付きのオムレツが
  最高に悲しげな顔をしたみたいだ

  さりととて、オレは
  軍隊式の敬礼など
  おかしくて できやしねえ

といった具合である。
私もまだ若かったなあ。ああ恥ずかしい。でも見たい人には見せてあげるぞ。

2012年5月10日木曜日

忽せ

七時のニュースを見ていると、自民党の谷垣総裁が、小沢一郎民主党元幹事長の裁判の件に関して、面白い言葉を使っていた。これは勿論民主党批判であるのだが、総裁曰く「民主党は裁判のことをゆるがせにしている。」
 以前から語っている内容はともかく、谷垣総裁というのは見事な言葉を使う人だと思っていたのだが、今日の言葉も事実にピッタリの言葉であった。「忽せ(ゆるがせ)にする。」とは、「大事なこととは考えずに、いいかげんにしておくこと。」まさに「忽せ」である。

2012年5月9日水曜日

六十三段補足

昨日の「枕草子」六十三段の補足を聊(いささ)か。清少納言はこんなことも言うのだ。「人はなほ、暁の有様こそ、をかしうもあるべけれ。」「人はやはり明け方に(女の家から)帰ろうとする様子が、趣深いものでなければならない。」
 男が女の家で、帰ることに気が進まずグズグズしているのだが、そんな男に女が言う、「夜が明けました。みっともないですよ。」すると男はわざとらしく溜息をつく。ここがポイントなのだ。いかにもいかにもの「帰りたくないポーズ」を男はとっているのだが、女はそれを百も承知で、「早く帰りなさい。」と言うのだ。すべてが芝居のように進行することを、清少納言は「をかし(趣深い)」と書くのである。男女の関係というのは、芝居の繰り返しなのかもしれんね。

2012年5月8日火曜日

枕草子 六十三段

今日はRー18(Rー18のRとはRestricted 制限・規制の意味)の話。学校の授業ではなかなかできない話をしよう。枕草子の六十三段に「暁に帰らむ人は」という話がある。「明け方に女の家から帰ろうとする人は」の意味となるのだが、以下このように続く。「装束などいみじううるはしう、烏帽子の緒、元結かためずともありなむとこそ、おぼゆれ・・・・・誰か見知りて笑ひそしりもせむ。」同様に意味をいうと、装束などをたいへんきちんと(整えたり)、烏帽子のひもや髪を結うひもを結び固めなくともいいだろうと思われる。・・・・・誰が見知っていて、笑ったり非難したりするだろうか(いや、誰もそんなことはしない。)
 当時の貴族は基本的に自由恋愛(一夫多妻)なので、これは当たり前のことであるのだろうが、女の家に行って、一晩女と過ごした男が、だらしない服装で、自分の家へ朝帰って行く場面を、肯定して表現している段である。さらに清少納言はこう言う。朝別れる時の男はこうでなくてはいけないと。

2012年5月7日月曜日

コンパクトディスクの落日

コンパクトディスクの落日。最近CDショップが目に見えて衰えている。ジャズのCDなど、店に行ってもほとんどが姿を消してしまっていて、手に入れることが困難な状態なのである。去年だったろうか、渋谷にあるHMVという大型のCDショップが閉店してしまった。これには私もショックを受けた。なんと場所が渋谷なのである。あの普段から人だらけの渋谷なのに閉店してしまったのだ。原因は勿論、パソコンや携帯の普及によって、音源の手の入れ方が大きく変化したからなのだろうが、
それにしても、今から十年前にこのような状態を誰が想像しただろうか。考えてみれば、『何かものを持つ』ということ自体が時代遅れなのかも知れない。次になくなるのは、書籍だろうか?

2012年5月6日日曜日

春はあけぼの

夕方、箱根山の方を見ると山端(やまのは)から月が顔を出していた。満月なのだろうか。
 古典を教える教師だから言うのではないが、枕草子などからうかがい知ることができる日本人の自然物に関する感性というのは、大したものだ。「春はあけぼの」でいう「あけぼの」は「東の空がほのぼのと明るくなる頃」であるが、当時の貴族は、この朝方の状態も、「あかつき」→「しののめ」→「あけぼの」→「あさぼらけ」→「あした」と時間によって変化させる。なにもこんなに細かく分けなくても良いではないかと思うのだが、そこがそれ、貴族。拘るのである。
 私も日本人に生まれて良かった・・・・・・のだろうか。

2012年5月5日土曜日

インタープレイ

今日はビル・エヴァンス(ジャズピアニスト)の気分だったので、朝からビル・エヴァンスのピアノトリオをたっぷり聴いてしまった。ビル・エヴァンスというのは、一見、銀行員風の白人で、およそジャズを演奏するには似合っていない風貌である。(気になった人は、是非ネットで検索してみて下さいな。)しかしながら、彼のジャズにおける業績は偉大であり、モード奏法とインタープレイに関しては彼なしではあり得ないことであった。モードについては、また機会があれば説明するとして、インタープレイについて、私の浅はかな知識で説明してみよう。
 極端に言えば、ビル・エヴァンス以前のピアノトリオというのは、ピアノが主役で、ベースとドラムがピアノに合わせてリズムを刻んでいくパターンが普通であった。ところが、彼はピアノもベースもドラムも対等にして、それぞれが即興で主張を繰り広げるようにしたのである。これは、スコット・ラファロという変な(とてつもないテクニックを持った)ベーシストがいたからこそ出来たことであるが、彼らの演奏を聴いていると、まるで三人が会話をしているようなのだ。楽器で話をする。
 ピアノが「今日の晩飯は何にする?」ベースが「寒いから鍋にしようか。」ドラムが「そうだ、そうだ。」と、こんな感じである。これがインタープレイである。
 考えてみると、国語の授業(特に現代文)なども一種のインタープレイなのかもしれない。教師が生徒に即興の質問を投げかける。それに対して即興で生徒が答える。教師が何を質問してくるのか。生徒はどう答えてくるのか。何れも事前にはわからない。ここがスリルがあって面白いのだ。
 よし、次もインタープレイ、がんばるぞ。

2012年5月4日金曜日

挨拶

先日、職員室で勢いよく「あいさつ」をする生徒がいたので、「それだけ良い『あいさつ』をするのだから『あいさつ』と言う字を漢字で書いてごらん。」とへんな言いがかりをつけて、漢字を書かせてみた。生徒にこう言ったものの、よく見ると「あい」も「さつ」もとてもへんな字だ。漢字で書くと「挨拶」であるが、どうもイメージがしっくりいかない。そのうちに、この字が気になりだして、とうとう語源を調べてみることになってしまった。
 語源辞典に曰く、禅宗で問答を交わして相手の悟りの深浅を試みることを「一挨一拶(いちあいいつさつ)と言った。ここから一般に問答や返答の言葉、手紙の往復などを「挨拶」というようになった。「挨」も「拶」も本来は「押す」という意味で、「複数で押し合う」ことなのだそうだ。
 つまり、「挨拶」というのは、まず言葉を投げかけて(「音」の場合も「字」の場合もある。)、お互いに相手の様子を窺うことなのだろう。
 件(くだん)の生徒が、「挨拶」と正しく書けたのは、勿論(もちろん)である。

2012年5月3日木曜日

ジャニス・ジョップリン

かつてジャニス・ジョップリンという米国の女性シンガーがいた。(ジャンルはブルースロックだとかブルースソウルとでもいうのだろうか。)今日は、突然このジャニスの歌が聴きたくなって、CDプレーヤーをまわしてみた。
 私が学生の時であるので、今から四十年以上も昔のことになるが、このジャニスの「パール」というアルバムが出た。このアルバムは曰く付きのもので、彼女はアルバム制作中に亡くなってしまったのである。飲酒癖があり、さらに薬物中毒者であった彼女が、誤って致死量の麻薬を服用してしまったのだ。ジャニス・ジョップリン27歳の時である。
 小さいころから、他人とのコミュニケーションが苦手であったジャニスが、薬に頼るのはわからないでもない。亡くなる前から破滅に向かってひたすら走っているような雰囲気もあった。そのしゃがれ声は酒と薬によるものであろう。でも、でもである。彼女の歌を聴いていると、何だか不思議な清々しさが感じられるのだ。まったく対極にある言葉のようだが、実に不思議だ。

2012年5月2日水曜日

マクドナルドで珈琲を飲んだこと

本日の授業は午前中だけ。ということで、ヒマな帰りに珈琲でも飲もうと、マクドナルドに寄った。なんでもマクドナルドのことを関東では「マック」、関西では「マクド」というそうである。まあそんなことはどうでもいいのだが、マクドナルドに入って、珈琲を注文すると店員から「この時間帯は、珈琲無料です。」と言われてしまった。「おお、これはラッキー。」と思ったのだが、いくら無料といっても、それだけをそのまま飲むということは、とても勇気のいることなのである。「うん、これはきっとマクドナルドの陰謀に違いない。タダであるはずがないぞ。飲み終わった後に何かが起きるかもしれんな。とんでもないことになるかもしれないぞ。用心用心。」と、疑心暗鬼になること甚だしい。
 そしてワタシは思わず言ってしまった。「アップルパイをひとつ。」

2012年5月1日火曜日

バス事故について

五月になった。現在、黄金週間の連休中であるが、ワタシはいつも三連休なので、有り難みが、あまり感じられず、いつものように家でグータラしているのである。
 さて、先日関越道で悲惨なバス事故があった。あれは運転していた運転手に、大きな責任があるのは無論であるが、事故のニュースを見ていて、「高速道路をひたすら500キロ以上走るのに、運転手が一人というのは、なんていうことだ。」の感を強くもった。ワタシも年に一度くらいのペースで山形県まで(距離にして片道大体500キロ程度、時間にして7時間)車を運転するが、これはしんどい、特に高速道路は単調で、すぐに眠気に襲われる。個人の場合は眠くなったら、休めば良いが、営業で運転していればそうもいくまい。
 なにが言いたいのかというと、長距離のバス運転は、二人以上の運転手にすべきであるということである。国土交通省のいう規則では、上限670キロでそれ以下であれば、運転手は一人で良いということらしい。とんでもない話だ。このルールを決めた役人たちが、自分で670キロを運転してみるといい。まあ、バス運行の営業というのはなかなか厳しくて、利益を出すのが大変だということらしいが、まず第一に考えねばならないのは、人の命だろう。