2012年9月30日日曜日

ちらっと

百枚に一枚程度であるが、不思議な写真が撮れることがある。
右の写真がそれ。
二本の赤いコスモスの上と後ろに、白いコスモスが見えるのだ。
左の上の白いコスモスは何か雲のように見えるし、右のほうは、すっかり後ろに隠れてしまっているのだが、すべてを隠しきれず、ちらっと姿を見せている。
ほんのちらっととだ。
ここに、妙な魅力がある。
「隠しきれない白さ」とでも言うのだろうか。
人間というのも、すべて隠したつもりで
ちらっと何かが見えているのかもしれない。
ちらっと。

2012年9月29日土曜日

今日もミニ写真展②

 今日もミニ写真展





昨日の「ミニ写真展」に続いて、今日も「ミニ写真展」の②である。
やや、複雑になるが、昨日の写真は9/27の午前中に撮ったものであり、今日の写真は9/25の午後に撮った写真である。また9/27の写真は、一眼レフカメラで撮ったものだが、9/25の写真は5000円のコンパクトカメラで撮ったものである。
最近のコンパクトカメラは、性能が良いので、とってもよく撮れるのだ。









コスモスというのは、首が長いので、背景の空の色によって感じがだいぶ変わってくる。
これが、なかなか面白いのである。

2012年9月28日金曜日

今日はミニ写真展

今日はミニ写真展

 

N西へ出勤する前に裾野のコスモス畑に行って写真を撮ってみた。快晴である。快晴の時に写真を撮るということは、結構恥ずかしい。何か裸で道を歩いているような気持ちがするのである。 (私の心は暗いんか?)
 とりあえず、自分の気に入った写真を六枚ばかり紹介してみよう。
   (写真をクリックすると大きくなりますよ。)







2012年9月27日木曜日

タンスにゴン

最近、気になっているコマーシャルに
「タンスにゴン」のコマーシャルがある。
「タンスにゴン」のコマーシャルは、いつも「面白いなあ。」と思ってみているのだが、今回のやつは特に秀逸である。
 グリーンの服を着た一見、上品そうな女性が
どこかの家の前にいて、インターホンに向かって「タンスにゴン」のことを言っているのだが、最後に「また、同じことを言いに夕方きますね。」と言って去る。・・・・・こんな案配のコマーシャルなのだ。
 ここに表れているのは、狂気である。
ストーカーと言ったほうが良いかも知れぬ。
しかもニコニコしながら、ストーカー行為を実行しているのだから、これは恐ろしい。

よく考えるもんだね。


2012年9月26日水曜日

いろは歌④

学校からの帰りがけに富士山の麓にあるコスモス畑に寄ってみた。
コスモスは、盛りは過ぎているようだったが、まだ写真に撮るには十分の姿を見せていた。
 
 さて、いろは歌の最後。
「あさきゆめみし ゑひもせす」である。
これは「浅き夢見じ 酔ひもせず」となり、
和訳は「浅はかな夢を追い求めたり、夢に酔いしれたりは、もうしまい。」となる。

「ゆめみし」の「し」は濁って「じ」となり、打ち消しの意志を表す。「~まい」と訳すのが妥当だろう。(まるで古典の先生みたいなことを言うね。)

「いろは歌」は全体を通すと、「人間のすべての行為は、この世では儚いものであるから、来世で仏の救済を願う。」という意味となるが、ここに流れている考え方は、諦念(あきらめ)である。
 結局、「いろは歌」とは、字を学びたい人に、字を教えるための基本情報であったのだが、一方でその内容は、人生の「あきらめ」を教える、という極めて皮肉な「歌」でもあったようだ。


2012年9月25日火曜日

いろは歌③

「うゐのおくやま けふこえて」

「有為の奥山 今日超えて」は次のような訳となる。
「道も険しく、迷いそうな深山に、今日もまた分け入るような人生だから、」

ここでの訳は、「有為」を「険しい道」と訳しているが、本来「有為」とは仏教用語で、「因果関係によってこの世に生じたり滅したりする、すべての存在や現象。」のこと。
すなわち「この世のいっさい」のことである。
したがって、「有為の奥山」とは、「険しい道のような世の中」とでもいうのだろうか。
このあたりは、いろいろな訳があって、なかなか難しいところだ。

2012年9月24日月曜日

いろは歌②

いろは歌の続きである。

「わかよたれそ つねならむ」は
「我が世誰ぞ 常ならむ」となる。
意味は、「我々の生きるこの世でも、誰が、いつまでも生き続けることなどできようか。」

これは「無常」である。
いろは歌というのは、元々「涅槃経」から引用したもので、「諸行無常是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽」の和訳とも言われている。
(仏教の宣伝のための「いろは歌」なんだろうね。)

いろは歌①

夜、ふと「いろは歌」が頭に浮かんだ。

最初の句は「いろはにほへと ちりぬるを」
つまり、「色は匂へど 散りぬるを」である。
 
意味は「この世のすべのものは、香りたかい状態で華やかに栄えているように見えても、いつかは散ってしまう(滅んでしまう)ものだから」となる。
 「色」というのは「この世の森羅万象」のことである。
 仏教でいうところの「色即是空」の「色」と同じ意味だ。

 誰が作ったかわからぬが、すべての仮名を一度ずつ用いた、七語調四句の今様形式であり、四十七文字の歌である。

2012年9月23日日曜日

コスモスを撮ったぞ。



JR東海風に
「そうだ、コスモスの花を撮りに行こう。」
というわけで、
「たぶんここにあるだろう 。」
ところに出かけた。
コスモスというのは、一本だけでは写真として面白くもなんともないのだが、ある程度集まると、これが実に面白い絵となってくれるのである。
存在感とでもいうのだろうか。





コスモスの花を撮るには、
天気はなんでも良い。
晴れていようと、曇っていようと、たぶん濡れても大丈夫なカメラがあれば、雨が降っていても
まったく関係なく撮れるのである。
本当に不思議な花である。

2012年9月22日土曜日

東京

 所用があって、東京に出かけた。
御殿場というところは、東京に出るには極めて便利なところであって、東名バスを使うと、1時間半ほどで行くことができる。

 右の写真はお茶の水付近、聖橋の上から撮った写真である。(この風景は、理由は分からないが昔からとても好きな風景だ。)
 聖橋というのは、この橋の左側に湯島聖堂(儒教の寺のようなもの、孔子を祭ってある。)があるので、この名がついたということ。
川は神田川、奥が秋葉原で右がJRのお茶の水駅である。
また中央に見える電車は地下鉄丸ノ内線の電車。(地下鉄であるがここは地上を走っているのだよ。)
お茶の水の後は、渋谷に出かけた。
お茶の水と違って、渋谷はどうも苦手な街である。
ただし、今日は「一蘭」という博多にあるラーメン屋を見つけ、思わず入ってしまった。(十年以上昔に博多で入った経験あり。)
このラーメン屋は、チョイと面白いラーメン屋で、すべてがカウンター席なのだが、席のひとつひとつに衝立があって、隣からまったく見えないようになっている。また写真でもわかるように前も簾があって、調理場からもこちらが見えないようになっているのだ。
 理由は、集中してラーメンを食べて欲しいとのこと。

2012年9月21日金曜日

湿度

昨日、今日あたりは、湿度の方が低くなってきたので、だいぶ過ごしやすいようだ。
 
 ところで、湿度ナントカ%というのは、なにを基準にしているのだろう?
 ちょっと気になって調べてみた。
私は超文系なので、自信はないのであるが、たぶんこんなことだと思う。

気温30度の時には、1立方メートル中、30グラムの水蒸気を含むことができるのだそうだ。
 したがって、気温30度の時に、30グラムの水蒸気が入っていれば、湿度100パーセントとなり、これが15グラムであれば、湿度50パーセントとなるのだそうだ。

また、湿度は100パーセントが限界であり、105パーセントとか120パーセントという数字はあり得ない。
湿度が100パーセントを超すと「結露」という現象が起こるということである。
 

2012年9月20日木曜日

彫刻と写真

写真は昨日の続き。

彫刻を写真で撮るということは、正しい選択ではあるまい。
なぜなら、彫刻というのは部分で表現するものではないからだ。
従って、左の写真のように上半身だけでは、彫刻を彫刻として捉えることとして、正しい選択ではないような気がする。
 
しかしながら、(これが不思議なのだが、)写真としては結構面白いものとなる。彫刻としてはあり得ないのだが、写真としてはあり得るのだ。
立体と平面の違いなのだろう。

 さて、今晩の「怒り新党」である。
今晩は、ネットショッピングを話題にしていた。
確かに一度ネットで買い物をすると、余計な買い物のススメが、しつこく送られてくる。
私の場合には、「毛生え薬」だとか(なんで毛生え薬やねん。)「保険の勧誘」だとか「ビタミン剤」のススメがよくきている。

履歴を消す作業だって大変なのだぞ。
 

2012年9月19日水曜日

「月に漂う」展

F高時代の同僚であるU先生が、富士市の大淵で、彫刻の個展を開催しているということで、久し振りに富士まで出かけた。富士山麓にあるアトリエ兼ギャラリーは、牛舎を改造したもので、なかなか居心地の良い空間が造られていた。

 彫刻のほうは、「月に漂う」展という名がついているだけあって、浮遊感のある作品で占められている。
 
 思い起こせば今から三十年以上前になるだろうか。
その当時、私は無謀にも絵を描いていたのである。しかも無鉄砲なことに、展覧会をやろうと考えてしまった。
 そして、U先生と私は、沼津の「ギャラリータケイ」という画廊で「二人展」を開いたのである。(おお、恥ずかし。)
 
 さて、今日の彼の彫刻を見て、その当時と比べて、コンセプトに少しもブレがないことに気づいた。
 これは凄いことだ。
三十年以上コンセプトが変わらない。
 よほど骨太であり、将来を見据えていないと、これは難しい。

U先生これからも彫刻、頑張って下さい。

2012年9月18日火曜日

コスモス(秋桜)

コスモスの写真を少し続けようと思う。

 コスモスというのは「秋桜」と書くので、桜と同じ種かと思っていたのだが、実際はキク科ということである。

地味でもなく、派手でもない。
そのあたりが、この花を写真に撮りたい理由かもしれぬ。
また、ちょうど夏から秋にかけて咲くので、爽やかな気分で鑑賞ができるのも良いのだ。

 しかしながら、コスモスは花自体が、見かけよらずたくましいので、河原のようなところで栽培すると、自然環境に影響を与えてしまうということだ。
結構、恐ろしい面も持っているのがコスモスでもある。

そう言えば、明日から現代文の授業のおいて俳句の授業をやるのだが、その中に「水原秋桜子」の俳句が入っている。

  滝落ちて群青世界とどろけり   秋桜子

2012年9月17日月曜日

和風旅館の朝食

和風旅館の朝食。
和風旅館の朝食には付きもののアジのひらきである。(たいへん美味しくいただきました。)

昨日から今日にかけて、中学の同窓会に参加した。
 今から45年前にタイムスリップするわけであるから、それはもう大変である。
何が大変かというと、「記憶による過去の呼び戻し」である。
 それぞれが、それぞれの記憶を持っているのだが、個人の記憶が複数の人間の記憶になかなか重ならない。
この個人の記憶が上手く重なってくれれば、客観的な事実となってくるのだが、そこはそれ何といっても45年前である。
 「記憶の呼び戻し」はなかなか難しいところもあったが、まずは楽しい同窓会であった。
 
還暦の同窓生の皆さん、ご苦労様でした。

2012年9月16日日曜日

写真とは?

写真について、偉そうなことを一言。
今年の一月に私自身の写真展でも書いたことなのだが、詩人の西脇順三郎の言葉に次のような言葉がある。
 「詩とは、このつまらない現実を一種独特の興味(不思議な快感)をもって意識させるひとつの方法である。」
 この言葉を借りれば、写真というのもこれと同様に、「ごく当たり前の近所の風景に、不思議な快感をもってもらう、ひとつの方法」ということになる。
 同じコスモスを撮っても、違う世界のコスモスのように見てもらうことができたなら、私の作戦は成功したことになるのだ。
 果たしてどうだろうか?
 

2012年9月15日土曜日

ナース

本来週休日でゆっくりあるはずなのに、朝から忙しい日であった。
朝一番に成人病の再検査のため、病院に出かけ、さらにN西に所用があったので三十分ほど姿を現し、旅行会社にも寄り、午後は歯医者。こんな日もあるのだ。
 さて、病院で順番を待ちながら、こんなことを考えた。
看護師のことを「ナース」というが、男性でもやはり、「ナース」なのだろうか?
 家に帰って早速国語の辞書を引いてみると、次のように書かれていた。
 「NURSE」看護婦。
しかし、英和辞典で「NURSE」を引いてみると
「普通は女性をさすが、男性の場合も含む」
とあった。「そうか男性でもナースなのだ。」

(写真は病院の帰りに「ヘルシーパーク裾野」で撮ったコスモス。)

2012年9月14日金曜日

写真の哲学

現代文の探求において、西村清和の「写真の哲学」という文章を演習した。
 文章に曰く。
 写真が見せるのは、(かつて・あった)できごとである。しかし、それだけではない。写真はそれまでのできごとが、シャッターの一瞬に押し止められた結果でもある。シャッターを切ることは、できごとに、そのつどひとつの結末をあたえることである。
 
 なかなか面白い文章である。
作者は、さらに、写真というのは、「ものごとに結末を与え」連続する現実を「物語化」する装置である」。・・・・・とまとめている。
 ここでいう「物語化」とは、「物語」には必ず「結末」があるということだ。
 写真というのは、時間を切り取るわけだが、それを「ものごとに結末を与える物語化」と言っているのである。
 
 我々は一枚の写真を見て、そこに物語を感じる。
右の写真は、昨年の七月、N東の高原教室でのワンカットである。何か物語りを感じてもらえただろうか?

2012年9月13日木曜日

はいずみ

三年生の古典講読の講座で、「堤中納言物語」の中から「はいずみ」という話を授業している。
 「愛し合っていた妻が居るのに、新しい妻を得た男が、もとの妻の優しく奥ゆかしい心に気づいて、もとの妻の元に戻って行く」といったストーリーであるのだが、その戻るきっかけとなったのが、新しい妻の失敗(男が急に訪れたので慌てふためき、白粉の代わりに墨をを顔に塗りたくってしまった)である。
 ところで、私が興味を持ったのは新しい妻が顔に塗りたくった墨のことである。これは「はいずみ(掃墨)」といって、ごま油・菜種油の油煙をとって、それに膠をまぜ、まゆを描く墨にしたり、薬用としたそうだ。
 当時の女性も眉を描く習慣があったことは、納得できるのだが、薬用とはなんだろう。なんでも墨を酒に入れて飲んだらしい。
 考えてみれば、最近、墨を使用した製品が結構あるような気もする。
 備長炭を水の中に入れて、水自体を浄化するようなものもあるので、これを酒の中に入れて薬用としたのかも知れない。
ウンそうにちがいない。 と勝手に判断する私であった。
 

2012年9月12日水曜日

キャシュカード


昨日、部屋の整理をしていると、二十年以上前に使っていたキャシュカードが出てきた。「おおシメタ」と思ったのだが、不幸なことに、暗証番号がわからない。
 暗証番号がわからなくても、通帳さえあればと、必死に探したのだが、通帳がどうしてもみつからない。
 さてどうしたものかと、インターネットでこのような時の対策を検索してみると、カード・印鑑・身分証明書があれば、カードの再発行をしてもらえることがわかった。
 しかし、ここでひとつ問題が。
再発行の手数料として、千五十円が必要なのである。
なんてこったである。
 残金がいくらあるのかわからないのに、そんなことができるかと、ぷんぷんの私である。
 自分のお金のはずなのに、こんなことがあってもいいのだろうか。
 まあ、これが世の中というものだ。
こんなことも思い知った私である。

2012年9月11日火曜日

今日も藻塩

昨日の続きの「藻塩」である。
 藻塩は 「焼くや藻塩の」と百人一首にあることは昨日述べたが、もう少しここのところを詳しく説明してみる。
「焼くや藻塩の」の「の」というのは、比喩(連用修飾格)の格助詞であって、「~ノヨウニ」と訳す。
 すなわち、「(夕なぎの頃)焼く藻塩のように」となるのだが、「私」の身も思いこがれる」ことと同時に、ここでは、もうひとつ「焼く」意味があるような気がする。
それは「嫉妬」というやつだ。
これは「焼きもち」とも言う。
女が(ここで定家は自分を女に仮託している)、自分のところにやって来ない時には、当然、やって来ない男の後ろに女のかげをみるのである。
 その気持ちが「焼く藻塩」となるのだ。
そう考えると、この歌は至ってわかりやすい歌となってしまう。
どにでもあるようなテーマだ。
 定家というのは、日本の歌人の中では、まちがいなく最高の歌人であるのだが、自分で、採択した百人一首の中にどうして、この歌を入れたのだろう。
 あまりにもダイレクトな歌ではなかろうか。

2012年9月10日月曜日

藻塩

藻塩という塩がある。
 ミネラルたっぷりのこの塩は、古代より独特の製法によって海水より作られた塩で、塩辛い中にも旨みがあり、日本料理には、ピッタリの塩である。
 また、百人一首の中にも藤原定家の歌で、次のような歌がある。
 「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」
 (いくら待っても来ない人を待ち続け、松帆の浦の夕なぎのころに、焼く藻塩のように、私の身もずっと恋こがれていることだ。)
 

さて、この藻塩だが、夏休みに秋田県の男鹿半
島を旅行した際に土産品として販売されていた。「おお、これが定家の藻塩か、とさっそく購入したのだが食する機会が、ないまま今日まで来てしまった。
 そして本日の夕食、豆腐の冷奴を見た瞬間「これは藻塩だ」と思い出し、藻塩をふって食べてみた。「美味い、こんな食べ方があったのか。」といたく感動、以後「豆腐には藻塩」と固く決心する私であった。
 

2012年9月9日日曜日

自分探し

以前このブログにも書いた「小池龍之介」という僧侶の本が、図書館にあったので借りてきた。
 やはり、なかなか面白い。
その本に曰く。
「自分」について、世の中には、「自分の個性を生かそう」とか、「かけがえのない自分を大切にしよう」とか、そいう言葉があふれています。しかしながら、私なりに仏道の立場から見ますと、これらの言葉はとんでもなく有害。民衆を騙してカモにするためのデマゴギィ(政治的な意図をもって、意識的に流す嘘)でしかない・・・・・と。
 実は私も「自分の個性」という言葉の使い方には、少々疑問を持っていた。
「自分の個性」と同じく、近頃よく聞く言葉に「自分探し」という言葉がある。
 「自分探し」とは、一体どのような「自分」を探しに行くのだろう。「自分」なんてえのは、自分が一番よくわかっていないのではないか。それを自分で探そうなんて、およそ滑稽である。
 Aという他人がいて、私をAなりに理解する。またBという他人がいてBなりに私を理解する。Aの理解する私とBの理解する私が異なって良いのではなかろうか。
 誰から見ても同様に見える私などないのである。

2012年9月8日土曜日

アナログの勝利

レンタル屋から「バトルシップ」という映画を借りてきて観た。
宇宙から来たエイリアンとアメリカの海軍の軍人がバトルをするという、よくあるストーリーである。
CGグラフィックがよく出来ていて、実にリアルな映像にまず感心する。
 しかし、結局のところ一番面白かったのは、「自分たちの戦闘艦が圧倒的に優れた技術を持ったエイリアンにボコボコにされ、打つ手がなくなった主人公たちが、近くにあった太平洋戦争で使われた超アナログな戦艦で戦う」という、このラストの場面かもしれぬ。
 勿論、映画であるので最後は主人公たちの勝利となるのだ
が肝心なのは、アナログが超デジタルに勝利するということである。
 アナログ派を自認する私としては、心の中で思わず     「\(~o~)/バンザイ」と叫んでしまった。
 もっとも、パソコンにしろ、このブログにしろ、すべてデジタルのお世話になっているのだがね。

(写真は、御殿場の虎屋工房の竹林) 

2012年9月7日金曜日

小学生誘拐事件

昨日今日のニュースの話題は、専ら大学生による小学生の女の子誘拐事件であった。
 妙な事件だ。身長が150センチもある女の子をボストンバッグに詰め込むという発想も妙だし、そのボストンバッグをタクシーのトランクにのせる際の行動も、バッグをタクシーの運転手に触らせているのも変だ。
 計画が甘いというかなんというか、思いつきで行動しているのである。
 どうも、この大学生はロリコン(ロリータ・コンプレックス)であるらしい。
(ロリコンというのは、ロシア生まれで、アメリカ・ヨーロッパで活躍したウラジミール・ナボコフが書いた「ロリータ」という小説から始まった用語で、この小説は中年の男性が、歳の離れた少女を愛する話である。ただし今は幼女・少女への性的嗜好を好む者を指すこともあるそうだ。)
 いずれにしろ、妙であることにはちがいない。
女の子に近寄ることが苦手で、力で劣る幼い子を脅して、自分の思うようにしようなんて、これはまちがっておるぞ。
 女の子というのは、言うこときかないから面白いのだぞ。
(おっと、これは言いすぎか、私としたことが。)

2012年9月6日木曜日

「ふ」という助動詞



昨日はこっそりN東の保健室まで出かけ、「癒される時間」を過ごすことができた。
M先生、I先生、どうもありがとう。またN東にいる間に何人かの三年生の顔も見ることができた。
みんな頑張れ頑張れ。
勿論N西の三年生も頑張るのだぞ。
 さて、N西の本日の授業は、ヴェルレーヌの「落葉」という詩であった。
その中に「さだめなく とび散らふ」というフレーズがあるのだが、この「とび散らふ」の「ふ」について講義した。
 あまり古文の教科書には登場してこないのであるが、これは、反復・継続の助動詞である。
訳すときには、「~つづける」と訳す。
従って、「とび散らふ」の場合は「とび散りつづける」となる。
奈良時代の助動詞なので、なじみはないのだが、古文の文法書では、助動詞の説明の最後に必ず説明されている。
(受験生諸君は是非確認のこと。)
「語らふ」「移ろふ」「住まふ」などの例があるが、よく考えてみると、これらの言葉は現在でも現役として、しっかり使用されているような気もする。(消えそうで消えないすごい助動詞だね。)

2012年9月5日水曜日

偶然


偶然というのは恐ろしいものだ。
今日はその話をしようと思う。
私はN西で三年生を教えているのであるが、
教科当番(授業の前にやってきて「何か用はないか」と聞いてくれる係り。私はこの時この係りの生徒と話をするのが好きである。)のF君、また別のクラスの教科当番のHさん、この二人が共にフェンシング部であり、共にインターハイ出場の選手でもあった。
 「おお、こんなこともあるものだ。」と驚いていると、さらに驚かされることが起こったのである。
先日、N東のフェンシングのことが「沼津朝日」という地方紙に掲載されていて、インターハイ出場の選手の紹介があった。
 するとどうだろう。三年生男子ではA君、同じく女子ではUさんの名前がみられたのだ。
 実はA君もUさんも、N東で私の教科当番をやってくれていた生徒であったのだ。
 
 もしかしたら、私にはフェンシングの神様がついているのかも知れない。

2012年9月4日火曜日

採点におけるポリシー

私のテストの採点におけるポリシーは、「実施されたテストは、テスト後の一番最初の授業に返却する。」である。
しかしながら、本日「現代文」の実力テストがあり、明日の2限には授業がある。(ピンチである。)
 現代文の試験の採点というのは、これは結構骨が折れるのだ。何といっても字を読まねばならぬ。しかも80字だとか、60字だとか、まとまった字を読まねばならぬのだ。ひいひい言いながら採点をする。(果たして出来るだろうか。)
 ところで、自慢ではないが、私は採点が速い。(間違いも多いのだが)
何故なら、字を読むのが速いからだ。感覚的に字を読むからでもある。
(だから間違えるのだ。どうすれば、これが出来るようになるかは、また別途質問してください。)
 何はともあれ、明日テストを返却できるかどうか、お楽しみである。

というわけで、今日は採点でへろへろ。
ブログなど書いている場合ではなかろう、といいながら今書いている私であった。

(写真は、御殿場から小山に向かう途中にあった石仏)

2012年9月3日月曜日

教員の経験

今日の朝刊の「読者の意見」の欄に、教員志望の学生を子供に持つ親の意見が掲載されていた。
 近い将来、教員になるには大学院を出ていなければならないというが、そこにどれ程の意味があるのか、というのが趣旨である。
 また大学を出てからさらに二年間、親の経済的な負担が必要となる。これも大きな問題だ、と。

私も同意見である。もっとも私が、反対する一番大きな理由は、教員の、より若い時期での経験が減ってしまうことに対して、異議があるからである。
 
当然、若い時期には失敗もある。(どうも、この失敗を恐れている節があるようだ。)しかしながら、この時期に児童・生徒と接することが、如何に大事なことであるか、この制度を進める人たちには分かっていないような気がする。
 大事な二年間を、くだらん机上の学習をするより、現場に出て悩み、苦労して成長する方が、将来的にみればどれだけ本人の財産になっているか、わからんのだろうか。
 
人間というのは、一人一人違っているのだ。同じ方法で済ませようなんていうのが間違っている。したがって、若い時により多くの児童・生徒に触れ合うことにより、後にその経験を活かせることになるのである。(何故こんなことが分からないのかね。)
     

2012年9月2日日曜日

土曜講習始まる。

三年生の土曜講習があった。
久しぶりの早起き。
なかなか辛いものがある。
夏休みの怠惰な生活ともそろそろお別れか。

講習は、漢文「春秋左氏伝」からの演習問題である。
「春秋左氏伝」というのは、孔子が書いたのではないかと云われている歴史書「春秋」の注釈書である。

「春秋左氏伝」に曰く。中国のある街で、「石がしゃべった」という噂がまことしやかに流れた。晋候(王のような存在の人物)が
家臣に「それは本当か」と質問する。家臣が答える。「石はしゃべるはずはありません、もし石がしゃべるとすれば、それは神が憑依しているか、あるいは石でさえも、喋らざるをえないことがあるからでしょう。」(晋候は自分の宮殿を新築しようとして人民を苦しめていたのだ。)

石は人民の例えである。
普段もの言わない人民が我慢の限界を超えているのだと。

どこかの国も、これに似たところがないだろうか。

2012年9月1日土曜日

言いたかったこと

前回はオウムの事件を通じての僧侶の意見であったが、
私が言いたかったことを少し整理してみたい。
 
(清く正しい)若者が現在の(汚い)世の中に失望して、「社会を変えよう」と思う。(かつての学生運動がそれである。)
しかしながら、「社会を変える」のはなかなか困難であることがわかり、次に「社会を変える」のではなく「自分を変えよう」という方向に転換する。

 宇野常寛という評論家はこう言う。
1960年代から70年代に学生運動が挫折したあと、「社会を変える」のではなく「自分を変える」ことで世の中の見方を変えるという発想が、若者文化として支配的になってきた。
ポイントは、自分の中に「何か」を注入して、世界の見え方を変える、という発想である。

 さて、「何か」とは何か。
それは、ドラッグであり、オカルトであり、アニメなどのSF・ファンタジーなどの文化である。最近では、ゲームであるとか、インターネットを通じたコミュニケーションもそうであろう。

私自身、数年前まではアンチ・パソコン派であった。(自分がこうしてブログを書いていることなど、数年前には思いもよらないことである。)それが何故このようになったか考えてみると、やはり「自分を変えよう。(若者ではないのだが)」と思ったのではなかろうか。そしてそれは、個人的な居場所をみつけることで癒されたい、自分が何かを発信して自分の存在を確認したい、ということに他ならないような気がする。