2012年2月29日水曜日

鹿児島③

鹿児島旅行において印象深かったのは、知覧と桜島である。知覧(ちらん)というのは、日本語離れしたその名の通り、沖縄の影響が多く見うけられる。この影響は特に当時の武家の屋敷に顕著であり、ヒンプンという沖縄風の屏風岩(屋敷の中が見えないようにする衝立のようはもの。)が玄関前にあり、独特のムードを作り出している。素晴らしいのは庭であり、そこに植えられている樹木である。この樹木については、いくらか写真を撮ってきたので、御覧になりたい方はいつでも見に来てくださいな。
 さて、次に桜島であるが、恥ずかしながら「桜島が実は島ではない」というこを今回初めて知った次第。桜島の由来は、いくつかあるそうだが、「この花咲くや姫」を祭った神社があり、その「咲くや」からと言う説、また「さくら」の「さ」が冠詞であり「くら」というのは「崩壊」を意味する古語、そしてそれに「島」をつけたという説が気に入っている。鹿児島市内の港から、一時間に何本もフェリーが出ているので、アクセスはとても良い島であったが、実際に上陸して、道を歩いてみると、どうもピンと来ない。桜島も富士山と同様、離れて見るものなのだろうか、このような実感を強く持ったのも事実である。

2012年2月28日火曜日

鹿児島②

鹿児島といっても羽田から飛行機で二時間弱、帰りはジェット気流にのって一時間半程度なのだ。我々の住んでいる所からは、羽田に行くまでが少々大変だが、東京に住んでおれば、あっという間に鹿児島に行くことができる。(東京に住んでいる人はなんでも便利だね。)
 さて、その鹿児島だが、食べ物もおいしいし、住んでいる人間も優しいというのが我々一行の印象だ。実際私も一人で市電に乗ろうとした時に、行き方を聞いたワケありそうな人が(ちょっと聞くのを躊躇してしまう風体・・・金の指輪を両手に三個、三揃えのスーツに蛇皮の靴、おまけにカウボーイハットに口ひげ。)極めてか細い声で丁寧に答えてくれた。旅行の面白さはこんなところにあるのだ。またまた続く。

2012年2月27日月曜日

鹿児島①

自分の興味ある方向がいつも北を向いていたので、北海道には何回も(たぶん三十回は超えている。これは、ほとんどがスキーのためだが。)行ったことがある。今回は南の方角をめざして、九州の鹿児島に行くこととなった。鹿児島は初めての経験だ。鹿児島の今までのイメージはというと、幕末に活躍した人物を多数輩出した、進取の気象に富む土地柄であるということ。また徳川幕府の時代に幕府の目を盗んで密貿易で大きな利益をあげるしたたかさを持っている土地柄でもあるということ。何れにしろ、九州の中でもかなり強烈なイメージを持った県であった。次に続く。

2012年2月24日金曜日

久しぶりのブログです。

久しぶりのブログとなった。なにが原因なのかブログ初心者の私にはよく理解できないが、ブログの更新が不可能になってしまい、ストレスが続く日々を送っていたのである。ブログが再開できることは、兎にも角にもめでたいことである。
   さて、本日をもって、正式な教員としての正規の授業が終了、多少の感慨はあったが、思っていたほどのダメージはなかった。授業終了後にいくつかのクラスで感想を書いてもらった。H高の生徒は、本当に優しい。涙が出るほど優しい。最後まで一教員であり、授業ができたことが何より幸福である。楽しい日々を過ごせたことを、まわりのすべての人に感謝したいと思う。
   久しぶりで興奮したのか、映画の話を少し、してみたい。昨日、「猿の惑星(創世記)」を観てみたが、いまいち。最近観たやつでは、「クロエ」というアメリカ映画(フランス映画「恍惚」のリメイク版)が圧倒的によかった。官能ミステリーサスペンスという訳のわからん言葉をうたっているのだが、アマンダ・セイフライドという女優が秀逸である。まだ若い女優であるが、存在感が抜群であり、あの色気はどこから出てくるのだろうという色気、私は参ってしまいました。
 明日は教科の旅行で鹿児島まで行くので、鹿児島旅行は次のブログで報告したい。

2012年2月20日月曜日

雑種の犬

授業で犬の話をしたのだが、雑種の犬というのは、今どこにいってしまったのだろうか?最近は雑種の犬を探す方が難しいような気がする。

2012年2月19日日曜日

昨日ふと、思い出したこと。

昨日ふと、思い出したこと。
「かんの道」というのが琵琶湖のまわりにある。「かん」というのは十一面観音の「かん」である。昔読んだ本なので、うろ覚えではあるが、日本海にある若狭のほうから京都に鯖を運んだ「鯖街道」というのがあるように、琵琶湖の沿岸を通って(南コース・北コースと二つのコースがあるみたいだが。)奈良の方まで延びてている道である。このライン上に十一面観音を持つ寺が点在しているのだ。その「かんの道」の湖北コースの中に「石道寺(しゃくどうじ)」というのがあって、ここの十一面観音が素晴らしい。以前どうしてもこの観音が見たくなって、夜中に高速道路を飛ばしたことがある。井上靖の「星と祭」という小説でも取り上げられ、一躍有名になったそうだが、小説で有名にならなくても十分に素晴らしい。むしろ、小説などでは取り上げてほしくなかった感がある。十一面観音というのは、もともとはバラモン教の荒神だったらしいが、日本では十一の顔で民衆を救済する観世音菩薩である。この観音に親しみを覚えるのは、多数の顔というのが、言ってみれば教員と同じだからなのかも知れぬ。

2012年2月18日土曜日

古典まめ講義

帰りの清掃時、今日も1年生に古典まめ講義を行なった。今日は「係り結び」。昨日の清掃時のこと、2年生のある生徒から「敬語」についての質問をうけた。では、清掃の監督をしながら教えてあげようということで、清掃場所まで連れて行き、清掃に来ていた1年生の前で、敬語の説明をした。清掃中に古典の講義、どうもこのシュチエーションが1年生にうけたようである。箒やちり取りを手にしながら、1年生も一生懸命に説明を聴いていた。さすがにH高の生徒だね。なんかこれが本当の授業のような気がする。教えたい者が教えたいことを教え、学びたい者が学びたいことを学ぶ。いつでも、どこでも。1年生も2年生もない。それでいいのだ。

2012年2月17日金曜日

週末ともなると疲れまんねん

放課後、新聞部のインタビューあり。「ジャズとは何か、意見を述べよ。」ということであったのだが、ここでもう一度述べてみようと思う。私が考えている「ジャズとは何か。」は、クラシックと比較するとよくわかる。つまり、「楽譜を如何に忠実に演奏するか。」がクラシックであり、「楽譜を如何に忠実に演奏しないか。」がジャズなのである。新聞部のSさん、U君。「ブルース」のブログ見てくれただろうか?

2012年2月16日木曜日

バレンタインの日総括

この場を借りて、クッキー・チョコレートをいただいた心優しい皆様(先生・生徒)に感謝もうしあげます。思えば、勉強に部活に忙しい日々、ヨクゾ時間を割いて作ってくれました。しかもすべて高い水準です。本当にH高の生徒には驚かされます。素晴らしい。K科のK藤先生とも話したのだが、最近は、先生と生徒の関係が希薄になってしまって、なんか世知辛い世の中だなあーと。昔は、結構微笑ましいところもあって、朝、職員室に入ってみると、自分の机の上に花が飾ってあったり、生徒がお弁当をつくって来てくれたり。H高の生徒はそう考えると、それに近いムードがあって、大好きです。皆、心優しい生徒です。

2012年2月15日水曜日

「あい・ぷっと・あ・すぺる・おん・ゆー」のまとめ

つまり、「I put a spell on you」はブルースである。ブルースのブルースたる所以はブルーという色である。ブルーというのは、実に曖昧な色である。またブルーの英語での意味も「道徳的に厳格」の意味の次に「猥褻な」の意味があったりして、これも実に曖昧な言葉だ。言ってみれば、この曖昧さが、いいかげんな性格を自認する私にフィットしたのである。そして、脳天に響いたのだ。そうだ、そうにちがいない。以上強引に、勝手に、さり気無く、まとめてみました。

ブルースの話

さて、ブルースの話であるが、(ブルースというのは歌の形式である。)その特徴はブルーノートと呼ばれる特有の音使いであって、3音(ミ)と7音(シ)を半音下げ、けだるく、もの悲しげな雰囲気を醸し出すのが特徴とされる。元々は、アメリカ大陸に連れてこられたアフリカの黒人たちが、いつのまにか作り出した音楽なのである。従ってこれは暗い、暗いのは当たり前なのだが、この音楽がいつのまにかジャズというものに変化して明るくなってしまう。例えば、デキシーランドジャズというのがあり、これは実ににぎやかである。(「聖者の行進」を思い浮かべると良い。)明と暗の両方を備えたのがブルースなのかもしれない。そういえば「、ブルー」という単語自体も、英語の辞書を引いてみると、これが結構面白い。「陰気な」の次に「インテリ」の意味があり、その次には「厳格な(道徳的に)」があって、さらにその次には「猥褻な」の意味があるのである。これは偶然か?もうわけがわからなくなってくる。さらに、また次に続く。

2012年2月14日火曜日

私の本質は暗いのだ。

I put a spell on you はブルースなのである。私はブルースが好きだ。これが私の脳天に響いた理由だろうか。ブルースというのは、私に言わせると挫折の音楽である。だから、基本的には暗い。中には能天気な明るいブルースもあるが、基本的には暗いのである。写真展のコメントにも書かせてもらったが、私は青という色がすきだ。青は「ブルーな気分」という言葉にもあるように、「暗い気分」を表現する色でもある。大体、ある地方では虹の色から外されてしまっているではないか。
 まてまて、こう書いてくると、実は私というのは、根が暗くて、挫折・挫折の人生を歩んで来たのか?そうだ、きっとそうにちがいない。周りのみんなはきっと私のことを誤解しているに相違ない。今日から、自分自身を自覚して暗く生きることにしよう。そうだそれがいい。次に続く。

2012年2月13日月曜日

「あい・ぷっと・あ・すぺる・おん・ゆー」

「I put a spell on you」という1956年に、ジェイ・ホーキンスが作曲したブルースコードの曲がある。意味は「お前を呪いにかけてやる。」くらいの意味らしい、このあとには、「because you are mine」と続いて「何故ならお前は私のものだから。」となる。曲のタイトルも良いのだが、曲自体もヴェリー・グッドなのだ。私がこの曲を最初に聴いたのは、CCR(クリーデンス・クリアーウオーター・リヴァイヴァル)というグループで、一度聴いたとたんに、脳天に電気が走ってしまった。CCRというグループは、1970前後に活躍したロック?グループで「雨を見たかい」とか「プラウドメアリー」などのヒット曲がある。さて、なぜこの曲が脳天に電気を走らせたのかは次に続く。

2012年2月12日日曜日

ちょっと気取って「生きることの意味」

「あらゆるものは生命の連続の中に生きる。その連続の過程をどれだけ充たしてゆくことができるのか、そこに生きることの意味があるといえよう。」白川静「漢字百話」より。
 生きることの意味など、ここ何年も考えていなかったような気がする。確かに「過程をどれだけ充たすか」ということは重要な問題だ。だが、しかしである。そんなに過程を充たさなければいかんのか?なーんもない過程ではいかんのか。スッポリ抜けた、なにも充たされていない過程があってもいいような気がする。

2012年2月11日土曜日

写真展総括

写真展総括。延べ百六十人の方、どうもありがとうございます。心より御礼申し上げます。    沼津朝日という地方紙が、写真展のことを取材くれたおかげで、三十年以上会っていなかった人に会うこともできた。また、自分が過ごしてきた、それぞれの時代のそれぞれの大切な人に会うこともできた。皆さん本当にありがとうございます。
 さて、私にとっての写真とは、会場にもかかげたのであるが、「普通のモノを普通に撮る」ことである。従って、「シャッターチャンス」などという言葉はありえない。写真を撮る対象とか、時間が問題なのではなく、写真を撮る自分自身の心が重要なのである。「どのような気持ちで、どのように撮るのか」が私にとっては、最も大事なことなのだ。
 素人が偉そうなことを言っているように思えるかもしれないが、今のカメラというのは、技術的なことはほとんどがカバー出来てしまう。写真技術だけに限って言えば、素人でも玄人と遜色ない写真が撮れてしまうのだ。いやらしい言い方をするなら、お金さえかければなんでもできてしまうのである。だからこそ、心が大切・・・・・なんですがね。

2012年2月10日金曜日

なんやかや。忙しい一週間であった。

「は」の字日記始めました。

cellobowさんよりブログの勧めがあり、本日(2012.2.9)より「は」の字日記を始める次第。
根っからの怠け者故、どこまで続くやらまったく見当がつかない。「えーい、ままよ。」という心境である。ところで、「ままよ」とは「儘よ」と書いて、「どんな悪い結果になってもいいという主体の気持ちを表す」のだそうだ。