2019年1月31日木曜日

御殿場の初雪

御殿場にも雪。
ついに今シーズンの初雪である。
天気予想ドンピシャの午後八時頃からの降雪であった。
ただ、今回の雪は、それほど積もることもないらしい。
おそらく、未明には止んで明日にはそれほど影響がないということであった。
(これはあくまでも予ですがね。)

2019年1月30日水曜日

性悪説

今、漢文の授業で荀子の性悪説について講義しているのであるが、最初にこのような文がある。

「人の性は悪なり、その善なるものは偽なり。」
意味は、「人の本性(生まれながらに備わっている性)とは悪であり、その善であることは後天的な、人間の作為である。」となる。

最近のニュースを賑わせている「統計問題」も、初めから「役人は集団で嘘をつく」ことを認識していれば、なんてえこともないね。
なんてったって、「人間の本性は悪」なんだから。


(写真は、荀子ではなく孔子を祀ってある湯島聖堂の屋根である。)



2019年1月29日火曜日

インテンシティ

昨日のサッカー・アジアカップ、日本対イランの試合の解説に、「インテンシティ」という言葉が出てきた。
日本が最初にとった点が、まさにこの「インテンシティ」の差だという。

ヨーロッパサッカーでは「インテンシティ」の重要性が日に日に高まっていると言われている。
インテンシティの高いチーム、インテンシティの高い試合、インテンシティを高める選手、様々な言い回しの中にその言葉が登場する。

では、このインテンシティという言葉は一体何を指しているのか。

インテンシティは直訳すると「強度」という意味であるという。
実際の試合に当てはめると、ディフェンスにおけるプレッシャーをかける勢いと頻度、ボール際のあたりの強さや競る頻度ということになる。相手チームがゆっくりとボールを回せるような状態を作らせないのが、インテンシティの高いチームと考えるとイメージが湧きやすいのだと。


2019年1月28日月曜日

午後二時の昼食

月曜テニスであったのだが、今日はイレギュラーな時間で、午前十一時からとなってしまった。

午前十一時からということは、コートが二時間単位で借りることになるので、午後一時までがプレイの時間となる。
この終わる時間が問題なのだ。
終了後、三島のテニスコートから御殿場まで移動すると午後二時近くになってしまうのである。

午後二時の昼食は、やはり調子が狂ってしまうよなあ。

2019年1月27日日曜日

高根のグランド

車にガソリンを入れるついでに、高根地区にあるスポーツグランドまで富士山を撮りに出かけてみた。
ここの富士山は前に遮蔽物がなく、晴れてさえいれば富士山全体を撮ることができる。

今日は寒風吹きすさぶ中、高校生であろうか、大きな富士山をバックに、サッカーの試合をやっていた。

若者は、この程度の風など、「へ」とも思わないのだろうね。

2019年1月26日土曜日

メンタルなスポーツ

全豪オープンテニス、大坂なおみが優勝した。
優勝賞金は三億二千万円だということだ。うーん、凄いね。彼女が全米オープンで優勝した時には、これは相手のセリーナがイライラしており、多少ラッキーではないかと思っていたが、今回の優勝は紛れもなく、実力で相手を上回っての優勝である。
うーん、これも凄いね。

試合を見ながら、テニスというものは斯くもメンタルなものかと、あらためて認識してしまった。


2019年1月25日金曜日

1分、間に合わなかった。

昨日は、ブログをアップしようと思っていたのをフト忘れ、おおイケネエとパソコンを触ったのだが午後11時59分、しかしながら無情にも時間はカチカチと過ぎ、タッチの差で、1月24日(木)のアップが出来なくなってしまった。

と言うことで、今日(1月25日)は、午前零時1分のブログと午後9時19分の二つのブログが出来上がったのである。

1573

全豪オープンのテニスを観ていると、壁の広告に「国容1573」という大きな広告が見られた。
これは、中国四川省にある酒造メーカーの高級白酒ブランドだという。
「1573」は、1573年に製造を開始され、440年を超える歴史をもつのだそうだ。
因みにアルコール度数は52度であるが、中国ではストレートで飲むということでもある。

2019年1月23日水曜日

実力の差

水曜テニスをやったのだが、今になって肩に痛みを感じるようになってきた。
やはり。今日は肩を使い過ぎたのだろうか。
情けねえこった。

全豪オープンテニスでは、大坂なおみ選手が勝ってベスト4に進出、一方男子の錦織圭選手は、難敵ジョコビッチと対戦したのだが、第2セットで途中棄権という結果となってしまった。

残念だが、実力の差は如何ともし難い。



2019年1月22日火曜日

安永五丙申

先週撮影した御殿場の印野というところにある石仏である。

なかなか形が良く、お顔も整っておられる。
像の右には安永五年丙申(ひのえさる)の文字が見られるので、江戸時代に造られた石仏だ。

安永とは、1772年から1781年で、九年間の短い期間の年号である。
因みに杉田玄白の「解体新書」が書かれた時の年号でもある。
そして安永五年丙申とは西暦1776年のことだ。

この年に御殿場の印野で何があったかは分からないが、誰かが何らかの目的でこの石仏を造ったのであろう。
遠い昔に思いを馳せるのも、偶にはいいものだ。




2019年1月21日月曜日

スーパームーン

スーパームーンなのだそうだ。

何でも、地球と月の距離が短くなるので、月が大きく見えるのだと。
天体写真用の道具も技術もないので、まあこんなところですな。
説明でもしなければ、一体何の写真なのか分からない写真である。

昨日が大寒、寒さもここで底、ということなのであろうか。

2019年1月20日日曜日

メンチカツ321円

昼に急にメンチカツが食べたくなり、近所の肉屋まで出掛けた。
肉屋に入ってじーッと食品ケースの中を見たのだが、不幸にしてメンチカツは一つもない。
おおー、しまったゾと更にケースの中を見ると、まだ油で揚げる前の、パン粉のついたやつが二枚あるでないか。
ただ、値段を見るとこれが税込みで一枚321円。
なんでも添え書きには、ブランド牛を使用したナンチャラカンチャラとある。
なんとこの値段、トンカツ一枚280円を上回り、この店の揚げ物では一番高価なものであったのだ。
ウーン、どうしよう。
迷った挙句、ワタシは今日はメンチカツが食べたいのだからと、思い切って揚げてもらい購入してみた。

さて、家に帰って早速食べてみたのであるが、どう言ったら良いのだろうか。
それなりの肉感はあるのだが、どうもワタシの中のメンチカツではない。
あのメンチカツを食べた時の、ジューッとした肉汁感が感じられないのだ。

これでは「メンチ」ではない、とガッカリするワタシであった。

2019年1月19日土曜日

センター・テスト一日目

昨日の富士山である。
雪はかなり下の方まで来ているようだ。

今日はセンター・テストの一日目、G南の三年生はどうだっただろうか。
今年は、古典の講座一クラスだけの関わりだった。

一クラスとはいえ、気になることは気になるのである。

2019年1月18日金曜日

何回目かの「あぶらや」

久しぶりの手打ち蕎麦「あぶらや」。

今日の蕎麦の付け出し(写真右手前)は、ナント表現したらよいのか分からないが(いつもは稲荷寿司にお浸し)、オムスビ状のご飯に錦糸卵、胡麻、野菜(野菜名不明)が混ぜてあるものであった。
トナリには白菜漬けが添えてあり、トータルでも野菜中心の極めてヘルシーなものである。
これでワンコインなのだから、これはもうバンザイするしかない。

2019年1月17日木曜日

色合わせはジャズ風

夕刊の特集記事に「尾州ツイード 色合わせはジャズ風」のタイトルがあった。
「尾州」とは愛知県の西部と岐阜県の一部のこと。
この記事は、デザイナーのユキ・トリイの作品をツイードメーカーのミロスが製品化している様子を書いているのだが、その中の言い回しで出くるのが「色合わせはジャズ風」である。

はて、「色合わせ」が「ジャズ」とはこれ如何に?

この言葉、ミロスの社長がユキ・トリイの「色指定」を言った言葉である。
要は、彼女の「色指定」が「わざと半音をずらすジャズプレーヤーのよう」であるということなのである。
たとえば、普通は黄色の地に茶を合わせるが、トリイは茶の地に黄色であると。

うーん、なんとなく分かったような分からないような。

2019年1月16日水曜日

引退

北海道・青森あたりが、今夜から暴風雪となる予想が出ている。
ワタシの大好きな北海道だけに、酷いことにならなければ良いのであるが。

横綱稀勢の里が、とうとう引退を発表した。
あれだけ期待されていたのに。

「期待」というのは、裏返せば「プレッシャー」になるのだろう。
物事をすべて真面目に考えるタイプで、口数も極めて少ない、本当はこんな人間こそ大成して欲しいのですがね。


2019年1月15日火曜日

オデコに絆創膏

面白いと言っては何だが、今日の大相撲の取り組み(勢VS佐田の海)において、オデコに怪我を負った力士どうしの戦いがあった。

写真は、テレビの画面をカメラで撮ったものであるが、オデコに貼られた大型の絆創膏が痛々しい。

格闘技とは言え、怪我をしたその部分をぶつけて戦うのであるから、やはりプロのスポーツは凄いね。

2019年1月14日月曜日

左利き

月曜テニスであった。

休憩中の会話に、「左ぎっちょ」という言葉が出てきた。
うん、そう言えば「左利き」の友達を指す時に、昔この言葉は使った記憶があるなあと思ったのであるが、はて「左ぎっちょ」の「ぎっちょ」って何だ?

その場でスマホにより、チョットだけ調べてみたのであるが、不明の部分が多かったのであらためてし

「左器用(ひだりきよう)」説

『大言海』は、「不器用」が「ぶきっちょう」に転じたと同じように、「左器用」が「ひだりぎっちょう」に転じたとする。日常的に口にしているうちに変化しそのまま書き言葉として通用するようになり、さらに文字化された。
また、1603~04年に長崎で発行された日本語-ポルトガル語辞書の『日葡辞書』に「ひだりぎっちょう」の項目があり、「卑語」と注記してある。(以上『新明解語源辞典』)

「毬杖(ぎっちょう)」説

「毬杖(ぎっちょう)」とは、木製の鞠(まり)を槌形(つちがた)の杖で打ち合う遊戯。また、その杖。新年を祝う行事として子供によって行われる。(『例解古語辞典[第3版](三省堂)』、『広辞苑 第5版(岩波書店)』)
どうもこの杖を持つ手が、左手であったようだ。

2019年1月13日日曜日

真珠


今日の朝刊の「折々のことば」には、澁澤龍彦の小説「高丘親王航海記」の中からつぎのような一文が引用されていた。

「病める貝の吐き出した美しい異物、それが真珠です。」
うーん、なかなかインパクトのある言葉だ。
「病めるもの(異物の侵入)から吐き出された」ものが、「美しい真珠」に変化するのである。

ワタシもこの言葉を信じていたのであるが、ウィキペディアを見てみると、どうもこの言葉は誤っているらしい。

ウィキペディアにはこうある。
「小石や寄生虫などの異物」が、貝の体内に侵入した時に外套膜が一緒に入り込む結果、真珠が生成される。そのため「異物の侵入が真珠の成因だ」とする説が一般的であったが、これは誤りである。
実際は、「貝殻成分を分泌する外套膜」が、貝の体内に「偶然に入りこむ」ことで天然真珠が生成されるのだと言う。

さらにコトバンク補足すると、こうなる。
真珠がどのようにしてできるかは、古くから多くの人の関心事で、さまざまな説が唱えられてきた。それらは大きく分けて、体外から異物が侵入しそれが核となって真珠ができるという説と、貝殻を形成する外套膜(がいとうまく)の上皮細胞が分離して体内の結合組織の中に侵入することがおもな成因とする説である。前者は、真珠の生成にはなんらかの核が必要であるとするもので、たとえば吸虫などの寄生虫が体内に入りその周りに真珠層が被包したとする。このほかに核となるものとしては砂粒や受精しない卵細胞なども考えられた。また、後者の説は、真珠の生成には核は必要でなく、外套膜の上皮細胞が自然に分離して体内に陥入した結果であるとする。




2019年1月12日土曜日

ニコライ堂

「神田明神」「湯島聖堂」から聖橋を渡ると「ニコライ堂」がある。

「ニコライ堂」は通称であり、日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭、正ニコライに由来するそうだ。
正式名称は、「東京復活大聖堂」と言い、イエス・キリストの復活を記憶する大聖堂ということである。

ふーん、すべての宗教に疎いワタシには、ふーんというしかないですな。

建築の様式は、ビザンチン式が基本で、壁が厚く窓が小さく、中央にドームがあり、外からみると壮大で堅牢。細かい部分にイギリスのロマネスク風やルネッサンス式が巧みに取り入れられているのは、イギリス人のジョサイア・コンドルが工事監督にあたったからであると。

かつて、藤山一郎という歌手がいて、「ニコライの鐘」という歌があったのを何となく覚えている。

  青い空さえ 小さな谷間
  日暮れはこぼれる 涙の夕陽
  姿変われど 変わらぬ夢を
  今日も歌うか 都の空に
  ああ ニコライの 鐘がなる








2019年1月11日金曜日

湯島聖堂

「神田明神」の次は、すぐ近くにある「湯島聖堂」である。

「湯島聖堂」とは、五代将軍綱吉が儒学の振興をはかるため、1690年湯島の地に聖堂(孔子廟)を創建して、上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移したのだという。

いつも人でいっぱいの「神田明神」とは異なり、「湯島聖堂」の方は、有名な史跡の割には、ほとんど人がいない。
やはり、今の時代には「儒教」は合わないのだろうか。

2019年1月10日木曜日

神田明神

東京行きにつき宿泊したのが、JR御茶ノ水にほど近いホテルであったのだが、昔の仲間の会った翌日、これもまた駅近くにある「神田明神」に行ってみた。

一月も九日となると、さすがに参拝客もほどほどであり、三が日のすさまじい人出とは異なり「神田明神」に好ましい落ち着きがあった。

ところで、「神田明神」の「明神」とは一体何だろう。
こういう時のワタシは行動が早い。

明神(みょうじん)は、日本の神仏習合における仏教的な神の称号の一つである。
古代において神を指す名称としては、神社名を冠した「大神」という呼び方が存在していた。
また『続日本紀』天平二年(730年)十月二十九日条などにある「名神」号は朝廷における社格制度として存在していた。「明神」という言葉が文献上最初に現れたのは、天平三年(731年)の奥書を持つ『住吉大社神代記』であり、そこでは住吉大社の祭神である「底筒男命、中筒男命、表筒男命の三柱を「住吉大明神」と記している。

以後、平安時代における記述においては特別に崇敬される神が明神もしくは大明神と呼ばれ、その後本地衰弱垂迹説の勃興により、これら大明神が日本の民を救済するために現れた仏教の仏の化身であると考えられるようになった。
中世から近世にかけて、神が本来の名前で呼ばれることは少なく、神社名を冠した「明神」や「権現」で呼ばれる事が通常であった。

明治元年(1868年)3月28日の神仏判然令により、神号における仏教由来の言語は取り除かれるよう指令された。この法令では明神号自体は取り払うべき言葉としては示されていなかったものの、明神号はこの頃には仏教関連用語であると見られており、使用する神社は減少していった。ただし現在でも「稲荷大明神」など明神号・大明神号を使用している神社は存在するという。

へー、そうだったんだ。

2019年1月9日水曜日

四十三年ぶり?

昨日は東京行き。

学生の時の友人五人が集まった。
中には約四十三年ぶり?の友人もいた。
青森・新潟・静岡・埼玉と、バラバラに住んでいる仲間であった。

きっかけは、青森の友人と新潟の友人が、たまたま同じ日(一月八日)に東京へ出張があったということである。
ふたりとも前日に東京入りだったので、他の友人にも呼び掛けて四十三年ぶりの再会が実現した。

実に楽しい時間であった。
不思議なことは、長い年月を経過していても、その年月が感じられないことだ。
感覚的には昨日別れて、今日再び会ったようであった。
これが仲間というものであろうか。

(写真は今回のものでなく、暮れに札幌で食べた襟裳太縮冷蕎麦。)


2019年1月8日火曜日

謎の写真

何か謎の写真のようであるが、これは暮れに札幌の旧道庁前で撮った(この時道庁前はテッカテテカに凍結していたのです)、東南アジア系の家族の写真である。

おそらく、どこかの写真屋(ナントか写真館)が、外国人観光客に対して、貸衣装の和服や小物を用意、そして有名な観光地で写真を撮ると言った営業なのであろう。

この寒いのに和服だけでは凍えてしまうだろうに、のワタシの思いとは逆に、この家族は楽しそうに写真を撮っていた。


2019年1月7日月曜日

新千歳空港

雪のため、新千歳空港はとんでもないことになっているようだ。
昨夜から今朝にかけて、凡そ二千人が空港で夜を明かしたということである。

ここ三十年ほど、スキーや何やかやで、北海道に通っているのであるが、最近はどうも飛行機が、飛ぶ飛ばないのスリルがつきまとうようだ。
まあ、言ってみればギャンブルに近いような要素があるということですな。

久しぶりに月曜テニスをやる。
右腕の痛みはまだ残っているが、ナントかやりきることができた。
これからも、十分注意してやることにしよう。


2019年1月6日日曜日

鈍より曇った空

御殿場地方は、朝から鈍よりと曇っていて、一日中気温の上がらない寒い日であった。

こんな日は家に限ると、引きこもりをきめ込み、ずっと家の中で過ごす。

本日は、日曜日であり何かのスポーツ中継でもあるかと思っていたのだが、サにあらず(もうテレビ局の方は数多くあった正月のスポーツの中継で草臥れてしまったのか)、ほぼ何もないと言った按排であった。

スポーツ番組のない日曜日は、何だかさみしいなあ。

(写真は、去年の暮れに宿泊した札幌のセンチュリーホテル朝食会場からの眺望。)

2019年1月5日土曜日

Cafe 香のん

 富士川の喫茶店、「Cafe 香のん」まで出掛ける。

十月に開催した、芹沢光治良記念館での作品を移動させた手抜き写真展ではあるが、ところ変わればということで、これがなかなかであった。

「Cafe 香のん」はかつてF高で担任したN君夫妻が開いている喫茶店であり、壁には作品用の照明と作品を吊るワイヤーが備えられている。

まあ、言ってみれば画廊喫茶のようなものだ。

珈琲は上の写真で分かるように、サイフォンでひとつひとつ丁寧に入れてくれるので、非常に味わい深い珈琲である。
今日は、「クレオパトラ」という南米コロンビア産の珈琲を入れてもらった。(クレオパトラは、マイルドで雑味がなく、なめらかで深い味わいと香りをもっている。)

南米産なのに、クレオパトラとはこれ如何に。

2019年1月4日金曜日

弔い

近所で弔いがあって、町内会の役員であるワタシは、昨夜の通夜、今日の葬式と二日間の仕事となった。

ところで弔いのある家には、玄関に「忌中」と書かれた紙を下げる。
「忌中」の「忌」は「忌(い)む」と読む。
これが所謂「いみじ」という、古文によく登場す形容詞の元である。

では「いみじ」とは何か?
古文単語的に言えば、「普通でない状態」を言う。
そしてこの言葉は、良い方にも悪い方にも使われる。
良い方の意味で解釈する時は「素晴らしい」と訳せば良いし、悪い方で解釈する時には「酷い」と訳せば良い。(生徒にはいつもこう説明しているのです)

つまり、「忌中」の「忌」は「普通でなく酷い」の意味となり、「忌中」というのは、我が家は「普通でなく酷い」状態なのですよの表示となるのである。

2019年1月3日木曜日

朝から海鮮丼

去年の暮れに旅行した北海道に、記憶バックである。

写真は今回宿泊したセンチュリーロイヤルホテルの朝食。
ナント言っても「朝から海鮮丼」なのである。
海老、蟹、サーモン、ホタテの海鮮丼。
朝食の選択は三択であり、海鮮丼の他には普通(チョイト高級感のある)和朝食、さらに「和サンド」という和風サンドイッチ(例えばパンの間にだし巻き卵がはさんである)の選択であった。
何はともあれ、何を食べてもそれは美味いものであった。

2019年1月2日水曜日

スポーツ観戦三昧

スポーツ観戦三昧の一日。

箱根の大学駅伝は思わぬ展開となった。
かなり有力だと思われた青山学院が、途中で失速、トップの東洋に五分以上の差をつけられて明日の復路に臨むこととなった。
やはり、なにが起こるか分からないのが駅伝である。

午後からはラグビー大学選手権の準決勝を観る。
帝京大学と天理大学の試合も思わぬ展開。
選手権、九連覇中の帝京大が、天理大に完璧におさえられ敗戦。
天理大の防御は、見事であった。

ラグビーと並行して高校のサッカーを観る。
我らが静岡県の代表はこれで何連敗なのだろう。
かつてのサッカー王国は一体どうなったんだろうか。

2019年1月1日火曜日

2019年1月1日

一年の始まりの日ゆえ、それらしい写真を載せることにした。

この写真は去年の十二月二十七日、北海道からの帰り、飛行機の中から撮った写真である。
ちょうど夕焼け空を背景に、くっきりと姿を現した富士山、こんな絵葉書のような写真はワタシの好みではないのだが(ワタシはへそ曲がりなのです。)、そこはそれ、日本人でもあるもう一人の自分が、どうしてもこれをと、セッツイタのだ。

何はともあれ、2019年は第一歩を踏み出したのである。