2015年12月30日水曜日

上の山


現在、山形県の上の山というとろに来ている。御殿場を八時半に出発して、こちらに到着したのが午後の三時過ぎ、凡そ七時間のドライブであった。今までは東名高速から首都高速さらに東北道を経由して山形まで来ていたのだが、今年の夏に圏央道という高速道路が 東名と東北道を直接結びつけた。このことにより、おそらく一時間くらいの時間の短縮ができたのではなかろうか。

代は時短を生むのである。

2015年12月29日火曜日

ブルーダイヤモンド

札幌の大通り公園のホワイトイルミネーションである。
今年は例年に比べると雪が少なく、、この夜も星が出ていたようだ。
ただ、地べたは以前に降った雪が凍ってツルツル。
あちらこちらで人が転倒していた。

ここのところ毎年のようにイルミネーションを見ているが、写真のイルミネーションは初めて見た気がする。
ダイヤモンドをテーマにしているのだろうか。
言ってみれば、ブルーダイヤモンドである。

今、見ているテレビ番組で、側溝の下に隠れて女性のスカートの中を覗いていた男が、逮捕されたことを告げていた。
この事件の男のコメントが、私にはなんともウケタ。

「生まれ変わったら道になりたい。」








2015年12月28日月曜日

「奏(あつ)まる」

昨日は演奏展覧会「奏(あつ)まる」の開催日であった。
写真と書の展覧会「ずんぶり浸る展」の逆バージョンだ。
芸術科音楽専攻の先生たちの発表会に、我々写真と書がゲスト参加するという形である。

「奏(あつ)まる」とは、今回の演奏展覧会に際して付けた会のタイトルである。
最初は「奏(かな)でる」にしたのだが、あまりにもダイレクトだ。
他に読み方はないかと漢和辞典を引くと、「あつまる」の読みがある。
「奏」に、水を意味する「サンズイ」をつけると、「湊」となる。
舟の「あつまる」のが湊だ。
おおー、これは良いではないかと「奏まる」に決定。
音楽と写真と書が「あつまり」、そこに客が「あつまる」のである。

会場は学校から程近い「千本プラザ」。
ちょうど演奏用の小ホールと簡単な展示ができるロビーがあり、写真と書はそのロビーに、という具合であった。
(展示が11時~16時まで、演奏会が13時30分~15時。)

今回の主役は、あくまでも音楽。
我々は至って気楽。
我々にも演奏会の途中に舞台での挨拶。
これも極めて気楽。

当たり前であるが、やはりプロはプロだなあ。
滞りなく演奏は終了。
良い演奏会であった。

帰りに芸術科美術専攻の生徒達の卒業展に寄る。





2015年12月27日日曜日

晴天スキー

今回の北海道行きにおいて、一番の幸運は「天気」であった。
初日、二日目と晴天であり、特に二日目の札幌国際スキー場でのスキー時に晴天であったことはラッキーこの上ない。

写真はスキー場の頂上であるが、左下には小樽の港が見えている。
こんな景色を見るのは何年ぶりだろうか。
やはり、スキーというのは晴れてナンボなんだろう。

このスキーで、気のついたこと。
「スキー場には何と老人の多いことか。」

頂上まで行くゴンドラの中に乗り込んでくるのは、我々より上か、もしくは同年代の人達ばかりであった。

2015年12月26日土曜日

鴇の家

札幌のラーメン屋、「鴇(とき)の家」である。
下の写真を見ると分かるが、下の写真はどう見てもニワトリなのである。
それが何故「鴇の家」などというネーミングにしたのか、よく分からない。
何はともあれ「鴇の家」なのである。

北海道の新千歳空港を17時発のフライト。
その前に、ひとつ札幌ラーメンをということで、
前から気になっていた「鴇の家」に行ってみたのである。
札幌ラーメンというのは、基本的には味噌なのだが、この店は塩で有名な店である。
実は以前、この店に行って「味噌ラーメン」と頼んだところ、ここのオヤジサンに「ちっ」という顔をされたのだ。
「ウチのウリは塩なのに、この客は塩を頼みやがったぞ。」
と、いった感じ。

つまり、今日は「ウリ」である「塩」を確認に行ったのである。
結論から言うと、ここの「塩」は美味い。
私がイメージしていた「塩ラーメン」とは異なり、例えるなら「醤油のような塩」とでもいうのか、不思議な味であった。





2015年12月25日金曜日

余市

昨日晴れていた交差点が今日は雪景色である。
北海道の天気というのは、本当に恐ろしいのです。
去年、ブームだった「余市」まででかける。
途中、雪が激しくなって、わざわざ「余市」までやってきたのに、いったいなんていう天気だとブツブツ言いながら到着。
弱り目に祟り目とはこのことか、なんと目標にしていた「ニッカウィスキーの醸造所がおやすみ。
何のためにここまでやって来たのだと、さらにブツブツ。
まあ、こんな日あるのだと、最後はあきらめの境地。
さんざんな一日であった。



2015年12月24日木曜日

札幌国際スキー場

札幌国際スキー場にてスキー。
天気は快晴。
こんなに天候に恵まれたのは久しぶりである。
おかげで足はガクガク、腕はこりこりである。
三キロ近い斜面を八本滑ったのだから無理もないのである。
それにしても、北海道スキーは何故こんなに楽しいのだろう。

夜、去年の3年の北大生Nさんが宿泊先まで来てくれた。
大学生になって、立派なレディーになったね。


2015年12月23日水曜日

今日より北海道

北海道への出発である。
この時期の北海道は、比較的天候が安定しているのがかつてのイメージであったが最近はどうもそのイメージが変わってきてしまっていた。
ただし、今回の北海道は、かつてのイメージ通り。
無事、千歳空港に到着することができた。

さて、天候は良かったのであるが、やはり北海道は寒いところ。
千歳がマイナス2度、富良野に至ってはマイナス20何度とかいうことであった。
今後はどうなるこやら。

2015年12月22日火曜日

忘年会

N西の忘年会である。
こうやって忘年会に参加するのもあと何回になるのだろうか。

今年の会場は、一昨年と同じ場所であった。
長岡温泉、楽山安田屋。
この宿屋の面白いのは露天風呂である。
屋上に露天風呂が四つあり、それが全部「貸し切り」になっているのである。
貸し切りなので、中から鍵をかけると、他の人は入れない。
風呂には一人でも、二人でも三人でも貸し切ることができるのだ。

このスタイル果たして良いのか悪いのか。




2015年12月21日月曜日

口内炎

舌の先っちょに口内炎が出来てしまった。
痛いんだな、これが。
言葉を発するのにも影響がある。
ラッキーなことは明日から授業をすることがなく、喋らなくてもいいことだ。
お喋りは、舌があるからこそできるのだということがこれにより、よーく分かった。

何はともあれ、物事には理由がある。
今回の口内炎もオノが暴飲暴食によるものであることには間違いない。
よーく反省することにしよう。

2015年12月20日日曜日

桜エビ

由井の漁港まで桜エビを食べに出掛ける。
何でも桜エビというのは、駿河湾でしか獲れないエビらしい。

獲れないと書いたが、実は東京湾、相模湾にも桜エビは分布しているのだそうだ。
ただ、漁獲対象となっているのが駿河湾のみであるということらしい。
なお、天敵は人間と外洋性のハダカイワシやイカである。

今日は「桜エビのかき揚げ丼」を食べたのであるが、やはり最高に美味いのは、生の桜エビにわさび醤油だよな。

2015年12月19日土曜日

新潟ラーメン

 何日か前に放送された「秘密のケンミンショー」という番組で「新潟ラーメン」を特集していた。

私が以前食べたことのある「新潟ラーメン」と言えば、超コッテリラーメン。
とんこつ醤油に太麺、玉葱のみじん切りにチャーシュー、そして極めつけはスープの表面をおおう大量の背脂というものであった。
右の写真のようなラーメンである。
(もっとも写真のラーメンはちょいと大盛りすぎるのだが。)
何はともあれ、カロリー何するものぞといった趣きのあるラーメンだったような気がする。

しかしながら、番組を見ていると、「新潟ラーメン」というのは、もっと奥が深く、実際にはもう少しバラエティーに富んだものであった。

「新潟あっさりラーメン」
「燕三条背脂ラーメン」
「長岡生姜醤油ラーメン」
「新潟濃厚味噌ラーメン」
「三条カレーラーメン」

ふーん、こんなにあったんだ。
新潟のI君、今度紹介してね。







2015年12月18日金曜日

こちとら

時代劇などに使われる言葉に「こちとら」という言葉がある。

例えば「こちとら、江戸っ子でぇい」などと使われる。

「こちとら」とは「此方人等」と書いて、「自分たち」の意の口語的表現だという。
「と」は人の意。
さらに、代名詞「こちと(此方人)」に、複数を示す「ら(等)」を加え、おれたちとなる。
また、単に自分の意にも用いられることもあるようだ。

さて、ここまでは何となくと理解できたが、「こちと」の部分がイマイチ納得がいかない。
もう少し勉強せにゃあいかんね。










2015年12月17日木曜日

落ち葉

N西という学校は樹木の多い学校である。
敷地内の樹木が多いのは勿論だが、道を挟んだ西側に千本松原があり、更に樹木の数をプラスしている。
さて、その多くの樹木を強い風が揺らす。
そして、風によって散った葉が・・・・・

オー、マイゴッド。
私の車のボンネットは、御覧のとおり。
しかしながら、よくよく見てみると、赤い葉や黄色の葉がバランスよく散って、これはこれでオツなのかもしれない。



2015年12月16日水曜日

日帰り温泉

久し振りに、日帰り温泉「紅富士の湯」。
10月、11月と内装工事のため休館していたのだが、最近リニューアルオープン。

なんだか分からんが、どさくさに紛れて700円が800円にリニューアルされていたぞ。
入浴の施設はほぼ変わっていないのに、値上げとはケシカラン。

まあ、ケシカランにはケシカランが「湯」自体は相変わらず気持ちが良い。
なんと言ってもここのウリは庭園露天風呂だ。
今日も晴れていたので、風呂に浸かりながら富士山を眺めるという、極めて贅沢な入浴を楽しめた。



2015年12月15日火曜日

アイスマン福留

「マツコの知らない世界 2時間スペシャル」という番組を観た。

その中に「濃厚&リッチ、絶対に買うべき冬アイス19品」のコーナーがあり、
1日3個×5年間食べ続けるアイスマン福留」なる人物が出ていていろいろなアイスを紹介していた。

なんでもコンビニアイス評論家なのだそうだ。

驚いたのは「あずきバー」をチンすると、「ぜんざい」になる・・・・のくだり。
さらに、究極のコラボ。
「あずきバー×雪見だいふく」の紹介。

味は十分に想像できる。

当たり前と言えば当たり前なのだろうが、ちょいとそこには気がつかなかったね。



2015年12月14日月曜日

「理性の追求」より

センターテストの演習において、西村修「理性の追求」という、ちょいと面白い文章を見つけた。

「われわれは夜空の星を(現在)のものとして見るが、実際に見えているのは星々の(過去)の姿である。」

うーん、確かにそうだ。
われわれ目の前に広がっているものが(現在)の光景だと思い、これが(現実)の宇宙だと思っている。
だが、実はわれわれが見ているのは(現在)ではなく(過去)なのだ。
われわれは常に現在から過去を見ているのだ。

さらに作者は言う。

「人間の視覚は光のある空間に限られた能力であり、実際には宇宙空間に作用する(時間)を(見る)ことはできないが、それを見ようとして望遠鏡で観測することは、(見る)ことと離れて時間の痕跡を収集し、宇宙の(闇)を触知する。」

つまり、見ることはできないが「それでも人間は宇宙を見ようとする姿勢」を持つのである。


2015年12月13日日曜日

花輪くんのお母さん

三年生は最後の模試。
今日の模試は成績云々よりも、本番のセンターテストのシュミレーションである。
みんなしっかりシュミレーションできたかな。

帰宅途中に「ちびまる子ちゃん」を観ていると、花輪くんのことがいろいろ分かった。
まず、花輪くんのお母さんは二十代であるということ。
花輪くんは小学校三年生(八歳)らしいが、お母さんが花輪くんを生んだのが二十歳の時だとか。
したがって、現在花輪くんのお母さんは二十八歳か?

次に学級委員の丸尾くん(まるおくんというのは名前かと思っていたら、丸尾末男のまるおだった)。
この丸尾くんのお母さんは四十代後半だということ。
ということは、丸尾くんのお母さんは四十過ぎで丸尾くんを生んだことになる。
所謂、四十過ぎの恥かっきっこというやつだ。

丸尾くんは花輪くんのお母さんを見てショックをうけるのだが、結局、お母さんが外国に行ってしまって、めったに会うことがでない花輪くんよりも、いつも「お母様」から大事にされている自分のほうが幸せではないかと、思うのでした。



2015年12月12日土曜日

町内会忘年会

町内会の忘年会があった。
今どき、町内会で忘年会をやるところも珍しいのではなかろうか。
ただし、忘年会という名の会だが、実態は老人会の様相が強い会なのである。
恐らく、平均年齢は七十歳を軽く超えているであろう。

私の住んでいるところは、かつての新興住宅地というところで、同じような年齢の人がマイホームの夢を持ち、その実現場所として購入したであろうところだ。

したがって、それぞれの家が同じように子育てをし、子供たちは同じように巣立って行き、そして年寄りが同じように残ってしまっている。
私のように、定年間近になって移り住んできた人間は極めて珍しいのである。

たぶん、今の日本にはこのような場所がたくさんあるのだろうね。





2015年12月11日金曜日

お飾り

帰りがけにショッピングセンターに寄る。

世の中は、クリスマスと正月のムードいっぱい。
何がクリスマスと正月かというと、そのグッズである。
クリスマスの樅の木に吊す様々なグッズ。
六十を過ぎたジジイでも何となくワクワクする。
不思議なもんだ。

一方、正月グッズも出始めた。
正月グッズと言えばお飾り。

ところで、このお飾り、正月飾りの意味であるが、どうも今ひとつはっきりしない。
ネット検索をしてみると、「年神様をお迎えする」飾りというのが、その意味であるようだ。
では「年神様」とは一体どんな神様なんだろう。

年の神というくらいだから、毎年毎年異なった神様が来るのだろうか?
どこから来てどこに帰る神様なんだろう?
迎える時だけ飾りを用意して、送る時には何にもしないのか?

考えれば考えるほど分からない神様なのである。

尚、年神様のいる方角を「恵方」といい、平成28年は南南東らしい。



2015年12月10日木曜日

おやつ

朝の通勤の車の中、FM放送を聴いていると「三時のおやつ」の「おやつ」とは何か、と言う問題が出されていた。

これは江戸時代の時刻の数え方「八つ時(午後2時から4時前後)」に由来すると言う。

日本では、古くは食事が朝夕の一日二食であったが、農民たちが体力維持のため、休憩時に軽食をとった。
これを中食(ちゅうじき)、あるいは間食(かんじき)などと呼んだそうである。
さらに元禄時代に一日三食が一般化して、この頃に「おやつ」の語が出現したということである。

ヘー、なるほどね。



2015年12月9日水曜日

名声・権威

アキレス腱にやや不安があったので、抑え気味のテニスであった。
年寄りに無理は禁物である。

今朝の新聞に夏目漱石のことが書かれていた。

漱石が、国から博士号授与を断った話はよく知られる。そのときの言葉がいい。
「今日までただの夏目なにがしとして世を渡って参りましたし、これから先もやはりただの夏目なにがしで暮らしたい」
権威に向き合う自由な精神にあふれている。

さすが漱石である。

新聞はさらに
名声や権威に人は弱い。
巨匠の絵と知れば見え方は違い、国宝の仏像と聞けば背筋は伸びる。
とも言う

本当にその通り。
名声や権威と言われるもの、必ず自分の目で確かめるべきだ。

2015年12月8日火曜日

消しゴムの紙カバー

昨夜の深夜番組?
深夜0時をまわっていたので今夜か?
兎に角、深夜番組を見ていると、
身近な疑問が提示され、それに答える態の内容の番組があった。

例えば、「消しゴムについているカバーのような紙は、何のためにあるのか?」
とか、「台所の魚焼きグリルのトレイには、何故水を張るのか?」
などである。

さて、「消しゴム」の紙の役目は何のためかというと、
消しゴムの中には可塑剤と呼ばれるプラスチック製品を柔らかくする薬剤が使われている。
消しゴムに含まれるこの可塑剤がくせ者なのだ。
プラスチック製の筆箱と消しゴムが接する時間が長いと、消しゴムがプラスチックを溶かしてしまう。
(消しゴムがケースにくっついている光景はよく見る光景だ)
したがって、それを防ぐためにあるのが紙ケースであると。

ふーん、しらなかったなあ。
因みに、「グリルトレイの水」は、「水がないとトレイにたまった魚の油分が発火してしまうから」ということである。


2015年12月7日月曜日

この木何の木?

先週の日曜日、御殿場の高根あたりだったと思う。
どこかの会社の駐車場にあった樹木である。
これは木と、その木に巻き付いた蔦のような植物なのか?
それともこういう種類の木なのか?
最近、御殿場地方ではよく見られる風景である。

ちょうど木の横に「世界遺産」も入れることができた。
また、その「世界遺産」のさらに横には、一見縦に延びた雲も見られる。

さて、昨日の「正義の哲学」のブログについて新潟の友人から「お叱りのメール」がきた。
友人曰く


ところで、ブログの「正義の哲学」についてイチャモンを付けたくなった。
「真実」の概念の問題かもしれないが、「宗教的決断」によって「真実」が見えるというのは
まさに金目当ての新興宗教のキメ台詞のように感じる。
宗教を否定はしないが、そもそも哲学と宗教は相反する思考で、その昔ギリシャでも
殺し合いがあったくらいの関係である。宗教指導者にとって哲学は邪魔な学問だ。
ISの自爆テロも「宗教的決断」によって「真実」が見えたのだろうというのは、あまりにも
危険な書き方だと思う。自爆テロを擁護していると勘違いされる表現ですぞ。
罪の無い人がテロによって殺害されることは、「真実」によってではなくて「真実の錯覚」であると
声を大にして言うべきである。
と、まあ感じた次第です。



うーん、私の文の拙さが出てしまったようだ。
これで「自爆テロの擁護」と、とられてはタマラン、タマラン。
私はすべてのテロを支持しません。
念のため。

「宗教的決断」というのは「理性と対極にある決断」のことだ。
まず、絶対的なものがあり、その絶対者が「正しい」と言ったことは、決断者にとってすべて「正しい」ことになる。
つまり「信じて疑わない」ことだ。
正確に言えば「宗教的決断」により「真実と思わされているもの」が見えるのである。






2015年12月6日日曜日

正義の哲学

センターテスト平成26年の国語追試問題に、「正義の哲学」という田島正樹の評論文が出題されている。

その中に、「宗教的決断」というキーワードが出てくる。
「信じる決断をした人だけに見えてくる真実」があり、それは決断に先立って見ることはできない。

なかなか鋭い指摘だ。
「宗教」というのは「信じる決断」によって「何らかの真実」を見ることができるのである。
確かにそうだ。
何かを信じることによって何かが見えるのだろう。
逆に言えば、信じなければ何も見えない。
(私なんぞはいつも何も見えていない。信じるものがないからなのだろう。)

最近の「イスラム国」の起こす自爆テロは、まさにこれなのだろう。
彼らは「宗教的決断」によって、きっと「真実」ををみるのであろう。

2015年12月5日土曜日

桂花ラーメン

新宿西口のヨドバシカメラ近くをふらふらしていて「桂花ラーメン」を発見した。

「桂花ラーメン」というのは、熊本ラーメンのひとつで、豚骨鶏ガラスープにマー油(にんにくを揚げた油)という独特の風味をもった油を使用しているかなりクセのあるラーメンである。
おそらく、このラーメンを食べた人は、好きか嫌いかのどちらかの感想をもつだろう。

私は幸か不幸か、前者の感想をもってしまい、東京でこの店を見付けると、必ず入ることになっていた。
残念ながら今回は、食事をした直後だったので流石に食べることはできず、泣く泣く引き上げたのである。


2015年12月4日金曜日

マイケル・ウォルフ

新宿駅西口の夜景である。
いつの間にかこんなにビルが建ってしまったのだよなあ。

さて、お茶の水に「ディスクユニオン」というCDショップがある。
ここは従来のCDのほかに中古のCDも販売もする。
かつてのレコードとは異なり、中古のCDは(CDというものはコーティングを施してあるので)音的には新品とそれほどの違いがない。
ということで、今回も五枚ほど中古のジャズCDを購入してみた。

掘り出し物①
「JUMPSTART」
マイケル・ウォルフ トリオ

マイケル・ウォルフ、初めて聞く名であった。
1952年生まれというから同い年である。
なんてったって、コマーシャル文句が「遅れてきた新星」というのだから。
ライナーノーツにもあるが「ミュージシャンとしてというよりは、音楽ビジネスの世界で実力をつけていった」ピアニストなのだ。
一言でいうと、ピアノの1音1音がとてもキレイで、不思議な感覚のメロディーである。

私の大好きな、デューク・ピアソンンといって、やはりミュージシャンより音楽プロデューサーで活躍していたピアニストがいたが、どうもそんなイメージである。

演奏スタイルはまったく違っているがね。




2015年12月3日木曜日

とんかつ「いもや」

東京神田神保町に「いもや」というトンカツ屋がある。
昔から古本屋街に出掛けた時には、必ず寄ったのが「いもや」だ。
もっとも昔はトンカツの「いもや」ではなく、天丼の「いもや」だった。

さて、トンカツの「いもや」、暖簾をくぐって中にはいると、「とんかつですか?」の声がかかる。
メニューは二種類しかないのだ。
「とんかつですか?」に対して、頷くかあるいは「ひれかつ」と答えるかのどちらかである。

「とんかつ800円、ひれかつ1000円」
こちらも分かりやすい。

今どきトンカツ定食800円
何と安いことか。

2015年12月2日水曜日

水天宮

今回の東京行きの目的の二つめは、お茶の水でジャズのCDを買うためであった。

一つめの目的地「たばこと塩の博物館」のある「押上」から再び地下鉄半蔵門線に乗った。
降りる駅は神保町なのであるが、途中「水天宮」の文字が気になって、ここで途中下車。

何故気になったのかというと、落語の「子褒め」?の中に「水天宮」の地名があり(実は私、高校時代に落語研究会に所属していたのです。)、以前から行ってみたいと思っていたのだ。

ウィキペディアで調べると、水天宮とは、江戸時代より安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集める神社である。

仏教の神である「水天」の信仰は、神仏習合の時代には「水」の字のつながりで「天之水分神(あめのみくまりのかみ)・国之水分神(くにのみくまりのかみ)」と習合とかなんとか。
水分神(みくまりのかみ)は、本来子供とは関係なかったが「みくまり」の発音が「みこもり(御子守)」
に通じるというので、「子育て」の神、子供の守り神として信仰されるようになったのだと。

さて、現在、安産も子育ても関係ない私であるが、何はともあれ、お参りしようと地下鉄の駅から地上に出たのであるが、ななーんと水天宮は工事中、お参りは出来なかったのであった。

本来であれば、下のような建物が見られるはずだったのだがね。

Tokyo-suitengu.jpg














2015年12月1日火曜日

たばこと塩の博物館

何ヶ月ぶりかの東京。
今日の一番の目的は、たばこと塩の博物館で開催している「浮世絵と喫煙具(世界に誇るジャパンアート)」を観るためである。
この博物館、以前は渋谷にあったのだが、今年より押上に移転、スカイツリーのすぐそばである。
写真のように、見あげるとスカイツリーといった感じだ。

新宿から地下鉄丸ノ内線、大手町乗り換えで半蔵門線と乗り継ぎ、押上(おしあげ)到着。
この地は初めてであるが、なかなか面白そうなところだ。

たばこと塩の博物館の良いところは、何といっても入館料が100円というところ。
今どき100円ですぜ。
これで、歌麿とか国芳の浮世絵が観られるのだから、なんともハヤ。
今回は特に、あの作品数の極めて少ない東州斎写楽の浮世絵も観ることができた。

東京篇明日に続く。