2012年10月31日水曜日

レンタルCD

TSUTAYAからCDを借りてきた。

山中千尋「BCAUSE」
山下達郎「OPUS」
サカナクション「Documentaly」
Perfume「LOVE/THE/WORLD」
春風亭昇太「昇太の古典」

我ながら支離滅裂の感がある。
山中千尋は女性ジャズピアニストなので当然ジャズ。男勝りの強いタッチでピアノを弾くピアニストである。
山下達郎とPerfumeはポップス
山下達郎は、ほぼ同世代のアーチストであるので違和感なく音が入ってくる。
また、Perfumeであるが、前から一度じっくり聴いてみたかった。
妙に心を擽る感じがなんとも言えないのである。
サカナクションはロック。
サカナクションはコマーシャルで有名になったグループなのだが、これも妙に心を擽る。
擽るというよりも引っかかるのかもしれない。
春風亭昇太は落語。
静岡県の生んだ落語家ということで興味をもったのである。

他人の音楽的嗜好を見るのは、結構楽しいものだが、自分の嗜好を自分で考えてみると、これがなかなか凄まじいものであった。
一貫性がないのが私の個性なのだろう。

2012年10月30日火曜日

UFOか?


写真を何枚も撮っていると、時々妙なものが写っていることがある。
上の写真、右の花の左下あたりに、白い点が二つみえるのだが、この点が何なのかが、どうもよくわからないのである。カメラのレンズには、何もついていないのを確認した。また、当時は飛行機なども飛んでおらず、電線なども近くにはない。
さらに拡大してみると、右の点のほうは、周りに光りの輪のようなものも見える。
さて、これは何でしょうか。UFOなんちゃってね。

2012年10月29日月曜日

キューミリ・バラベラム・バレット

「9㎜・パラベラム・バレット」という日本のロックグループを何かの歌番組で見た。
このグループは男性四人組で、歌のスタイル自体は伝統的なスタイル、ボーカル(リズムギター)・リードギター・ベースギターにドラムの編成であったが、なんといってもグループ名がユニークなのである。
「9㎜・パラベラム・バレット」は「9㎜サイズのパラベラム弾」という世界でもっとも使用されている拳銃の弾丸なのだそうだ。
また「パラベラム」の意味はラテン語で、「平和を望むなら、戦いに備えよ。」の意味であるという。
何か意味深長な言葉である。

2012年10月28日日曜日

久し振り

私がG南高に在職していた時のALTであったMさんを囲む会が御殿場であった。
当時の先生たちにも久し振りに会った。
十何年かぶりである。
皆さんお元気そうで、なによりである。
現在Mさんはカナダにすんでおり、弁護士をやっているとのこと。
私の記憶にある彼女の印象は、「とてもクレバーな人だなあ。」であった。
たまたま、静岡まで同じ電車に乗り合わせ、その間ずっと日本の文学について語り合った思い出がある。
今日も話をしていて、いきなり「蜻蛉日記」の話題がでてきた。「どうして、外国の人がこんな感性を持っているのだろう。」
本当に感心する。
やはり、感性(外界の刺激に応じてなんらかの印象を感じ取る、その人の直感的な心の動き。欲求・感情・知性と区別されるもの)というものは、国は違っていても同じ刺激として受け入れられるものだと、つくづく思ったのである。



2012年10月27日土曜日

ナガノパープル

写真は「ナガノパープル」というブドウである。
長野県の須坂というところで栽培しているので「ナガノパープル」。今日この「ナガノパープル」を初めて食べた。
このブドウは、最近話題になっているブドウで、種がなく、皮ごと食べられるという究極のブドウということである。
大きさは「巨峰」くらいだろうか。
味も「巨峰」に似ているが、「巨峰」よりも甘い感じがする。
「巨峰」に似ているのは、もともと「ナガノパープル」は、「巨峰」と「リザマート」というブドウを掛け合わせたブドウであるからだそうだ。
手前にあるのはブドウを真横でカットしたものである。ちょっとわかりにくいが皮が極端に薄いのだ。したがってこのブドウは皮のまま食べるのが普通の食べ方なのである。



2012年10月26日金曜日

狂言を観たよ。

N西の芸術鑑賞会で「狂言」を観た。
高校生向けということで、演題も分かりやすいものを用意しており、好感のもてる会であった。
生徒や教師を衣装までセットして舞台に上げてしまうというのは、なかなか狡いが、会場を盛り上げるにはもってこいの手である。
さすがだね。
「狂言」は仏教用語の「狂言綺語(道理に合わない物言いや飾り立てた言葉)」からきているそうだ。
なるほど。

そして
なんと
このブログへのアクセス数が10000回を超えた。とても嬉しいことです。毎日見てくれている人。たまに見てくれる人。みんなに感謝です。
写真は近所の柿の木。ちょっと見にくいけれど、柿の実がたくさんなっているのです。

2012年10月25日木曜日

ドラフト会議

今日(10/25)プロ野球のドラフト会議がある。
昨日・一昨日あたりのスポーツニュースを見ていると、大学生や高校生の注目選手のコメントが出されていた。
その中で気になる高校生がふたり。
何故気になるかというと、両方とも高校生三年生なので、私がかかわってきたN西やN東の生徒と同学年だからである。
ひとりは、アメリカの大リーグをめざす岩手の選手、もうひとりは、春と夏の甲子園を制した大阪の選手である。
立場はちがっても、両方ともまちがいなく、将来プロ野球を背負って立つ逸材であると思うのだが、コメントが謙虚であり、また地についた発言をしているのである。
18歳?の高校生とは思えない発言だ。
あの落ち着きは一体どこから出てくるのだろうか。これからの若者も捨てたものではないなあ。

今、テレビを見ていて知ったこと。
「ウルトラマンというのは、カラータイマーを取ってしまうと、ペラペラになってしまうのだ。」

2012年10月24日水曜日

コスモスの萼

本日もコスモスであるが、コスモスの「面白いところ②」である。
 右の写真でもわかるように、花が咲いて、その花が散ってしまったあとに残っているのが、とんがった星のような形をしたコスモスの萼(がく
)?である。
形状が実に面白いし、空を背景にして、逆光で撮ると、存在感がいっそう増してくる。
また、不思議な小宇宙がそこにあるようにも感じられるのだ。
実際「コスモス」の意味を辞書で引くと、(秩序ある)世界とか、宇宙と載っているのだから、これは、もっともなことなのかもしれぬ。
「咲いてよし、散ってよし」がコスモスなのではなかろうか。
 

2012年10月23日火曜日

「は」の字食品

ブログの索引欄をみていると、「は」の字日記
の近くに「は」の字食品というのがあった。
親近感を持ったので、「は」の字食品についてチョイと調べてみた。
「は」の字食品というのは、静岡県焼津市にある、1920年創業の練り物を製造している会社とある。
資本金2000万円、社員27名、薩摩揚げとか黒はんぺんなどを製造。
もしかしたら、すでにこの会社の製品を食べているかもしれんね。
「おでん」とかで。
社是がこれまた面白い。
「信用を第一とし、創意工夫に励み、時間を惜しめ。」最後に「惜しめ」と命令形で言っているのがなんとも味わいがある。

2012年10月22日月曜日

ベーグルにスモークチキン

今日の朝食②
前回の写真は、イングリッシュマフィンにメンチカツの超シンプルな組み合わせであったが
今回はべーグルに、スモークチキン、ゆで卵のスライス、レタスの組み合わせである。
卵の下にちょこっと見えるのが、スモークチキン。
 ベーグルの方は、このほかパストラミビーフの組み合わせも結構いける。
ただし、ベーグルはメンチカツとかコロッケなどの揚げ物は、どうも合わない。
その点、イングリッシュマフィンの方が万能型というか、選択の幅が広いのである。
マクドナルドが朝マックというやつで、マフィンを使用しているのも、道理である。

2012年10月21日日曜日

メダカの水かえ

今日のコスモスである。
まだ捜すと、あちらこちらで見ることができる。

家のまわりの草取りやメダカの水かえで身体を使ったので、身体の節々が痛い。
メダカは全部で六匹。
我が家の唯一のペット?
である。
なんと贅沢なことに、三つの水瓶に、
四匹・一匹・一匹とすんでいる。
メダカの世界でもイジメがあるようで、
四匹によってイジメられる二匹のメダカのために一つ水瓶を用意したところ、その二匹が喧嘩をするので、さらにあと一つ水瓶が用意されたのである。
生き物というのは、なかなか難しいようだ。

2012年10月20日土曜日

パストラミビーフ

最近、凝っている食べものに「パストラミビーフ」がある。これをベーグルに挟んで食べると、実に美味いのである。
 「パストラミ」というのは、香辛料で調味した肉の薫製食品くらいの意味らしい。
「パストラミビーフ」は勿論「ビーフ」なのだから、牛肉を使用しているのだが、牛肉を薫製にした後に、粗挽き胡椒、パプリカ、コリアンダー、ニンニク、マスタードなどを加えている。
なんでも「パストラミ」の語源はトルコ語の「パストゥルマ・エト(押しをした肉)」からきているそうだ。
そういえば、イスラム圏の人たちが食べそうな姿である。
「パストラミビーフ」はスーパーなどでも、300円前後で販売しているので、是非試してみてくださいな。

2012年10月19日金曜日

売鬼

三年生の古典講読の授業で「売鬼」を講義している。
これも「捜神記」という中国の奇談のひとつであるが、これがなかなか面白い話である。
「鬼」というのは「幽霊」のことで中国では、キョンシーと言われている「幽霊」だと思うのだが、この「幽霊」が、人間に騙され、痛い目にあい、挙げ句の果てには、市場で羊として売られてしまうというかわいそうな話だ。
 元来、恐怖の対象であるはずの「幽霊」、その「幽霊」が冥土の死者として出現すれば、恐れて逃げ出すか、命乞いをするのが当然である。しかし、この話の主人公である宋定伯は「幽霊」を欺き、その弱点を聞き出し、金儲けまでしてしまう。
つまり、定伯を「目から鼻に抜ける」といったタイプの人間として描いている。
一方、ここに登場する「幽霊」はどことなく間が抜けており、親近感さえ感じてしまう「幽霊」なのである。
従って、この話は、頭の回転の速い小利口な人間と、どちらかというと鈍くさく、人間のいうことを直ぐに信用してしまう愛すべき幽霊との対比がテーマのような気がする。本当に怖いのは、実は人間なのである。

2012年10月18日木曜日

You are My Everything

ディック・ハイマンというジャズピアニストがいる。
それほどビッグネームではないが、実に個性的なピアニストである。彼の「You are My Everything」というアルバムが、どうしても欲しくなってアマゾンで購入した。
今晩そのアルバムを聴いた。
おお、なんという素晴らしさ。
ディック・ハイマンは現在85歳。
アルバムは83歳の時に作られたものだが、この爺さん
ただ者ではありません。
特にタイトル曲の「You are My Everything」がいい。
ハリー・ウオーレン作曲のこの曲
タイトルを和訳すると
「あなたは、私のすべて」ということになる。
恋人と別れた女性が、恋人によく似た男性に声をかけてしまう、そこであらためて彼の存在の大きさを知る、といった按配であるのだが、その気持ちの集約された言葉が
「You are My Everything」なのである。
なかなかだね。

2012年10月17日水曜日

フロー・ライダー

おしゃれな友人が、今一番のお気に入りが「フロー・ライダー」だという。フロー・ライダーというのは、黒人のラッパーである。
ラップというジャンルの音楽には、そう抵抗はない。
割と心地よく聴いていられる。
ラップはメロディーをあまり必要としない、似た言葉や語尾が同じ言葉を繰り返し、韻をふむのが特徴なのだが、そのへんが、抵抗のない理由かもしれない。
考えてみると、俳句でも短歌でも五七五であるし、五七五七七である。また漢文の詩なども必ず韻を踏んでいる。国語の教師を生業(なりわい)にしている私にしてみれば、抵抗がないのはあたりまえなのかもしれぬ。
ためしに百人一首の和歌をラップ風に詠んでみると、これが実にフィットするのだなあ。
ホント。
口語に近い抑揚をつけて発声するのもラップの特徴である。
この抑揚というやつもなかなか。
テンポはちがうが、詩吟は抑揚だらけだ。

以上、無理やりにラップと国語を結びつけてみました。

2012年10月16日火曜日

指が曲がっちまった。

やっちまった。
N西の国語研究室で椅子から立ち上がろうとした瞬間、手提げバッグのひもに引っかかって転んでしまった。
例えていうなら、カエルのようにべちゃっと転んだのである。
さらに転んだ時に手をついたのだが、手をついた時に、どうやら指を曲げてしまったようである。右の写真の右から二番目の薬指が曲がってしまっている。
痛くもなんともないので、そのままにしているのだが、指は見事にまがってしまった。
今更嫁に行くわけでもないので、多少指が曲がってもいいか。
ああ、歳はとりたくないものだ。

2012年10月15日月曜日

「堀内孝雄」コンサート

 昨日(10/13)は、G南の同窓会50周年記念行事ということで、市民会館まで「堀内孝雄」のコンサートを観に出かけた。
 今の高校生には、チョイとわからないだろうが、(堀内孝雄というのは、みんなのお父さん、お母さんの青春時代に活躍した人だよ。) 昔「アリス」という三人組のグループがあって、ジャンルでいうと、フォークロックとでもいうのだろうか、それはもう一世を風靡したものですの二人のうちの一人が、あの有名な曲「いい日旅立ち」や「昴(すばる)」を作曲した谷村新司なのです。
というよりも、谷村新司のほうが「アリス」の実質的なリーダーだったのかな。

「アリス」のことが特に好きだったというわけではないが、先ほどもいったように、一世を風靡したグループなので、コンサートで歌われた過去のヒット曲を聴いていると、当時のことがよみがえってきた。
1970年代の終わりの方というと、富士のF高にいた頃だろうか。
学校祭などで、彼らの歌を、生徒がよく歌っていたのを覚えている。

 






(今日の写真は前々日に載せた富士吉田の神社のもの。)

2012年10月13日土曜日

今日もまた写真展

 今日もまた写真展

夕方、空にすじ雲。
コスモスと一緒にすると、面白いだろうと思い何枚か撮ってみた。

コスモスの花の色をつぶしても面白いし、ピンクの色を出しても面白い。
コスモスというのは、ほんとに面白い花だ。




失敗。
レンタルDVDをうっかりしていて、返し忘れていた。
四本のDVDを二時間ほど延滞したところ、なんと960円の延滞料。
旧作を一本50円で借りたのに、なんということだろう。
不条理である。
でもこれがルールというものなんだろうね。


 まあ、今日は気に入ったコスモスの写真が撮れたので、勘弁してやろう。







このコスモスは近所の小さな畑にあったコスモスであるが、この時期になると、咲いているコスモスをさがすのが大変。
「よくぞ、残っていてくれた。」という感じであった。





富士吉田浅間神社

N西は今日(10/12)遠足。
三年生は山梨の昇仙峡に行って、その後、勝沼でブドウ狩りということであった。
「よし、それでは私もブドウ狩りに乱入しよう。」 と決め、車でナビにブドウ園の位置をセットして出発。
ところが、山中湖を過ぎたあたりで、「紅富士の湯」の看板。
「おお、今日は天気もいいし、露天風呂もいいな。」と予定を変更。
結局、露天風呂を堪能してきたのである。

露天風呂のあとには、チョイと足をのばして富士吉田の浅間神社まで行ってきた。

右上の写真は浅間神社の境内にあった神木である。
ここの神社は日本三大火祭りのひとつ「吉田の火祭り」で有名である。


また、左の写真は浅間神社の近くにある別の神社の木であるが、実はこの木見たさに、もう三回来ている。
木の格好が面白いのだ。
枝をみな落とされてしまって、妙な格好であるが見ていても飽きない木なのである。


これからも、この木を見るために、ここを訪れたいと思っている。


2012年10月12日金曜日

主人公


「主人公」という言葉がある。
物語の「主人公」などというアレである。
 実はこの「主人公」とい言葉は、禅の言葉であるらしい。
意味は「本来の面目」
「真実の自己」
「本来の自己」
あるいは、「主体的な私」という意味であるという。

物語の「主人公」などと言う時は、物語の中心人物の意味であるのだろうから、これは「主体的な私」になるのだろう。
しかしながら、「本来の面目」などという意味になってしまうと、「本来の意味」からチョイと意味がはずれてしまう。

仏教用語というのは、本来の意味から外れて、言葉が一人歩きするケースが多々あるような気もするが、これも禅の言葉が一人歩きした例なのだろう。

2012年10月11日木曜日

またさらにミニ写真展

またさらにミニ写真展 


どうもコスモスに取り憑かれ、コスモスがまだ離れてくれないようだ。
コスモス病である。
 コスモスを見ると、写真に撮りたくなってしまうのである。撮れば撮るほど深みに嵌って行くような気もしている。
 また、この花は実に奥が深い。
時間により色が違って見える花でもある。
私が撮っているコスモスの花は、色で言えば三色ほどであるが、花を撮る時間によってその三色が微妙に変わるのである。
朝、昼、晩の色がそれぞれ変わってくる。


 さらに、表から撮るか、裏から撮るかによっても色が変わる。
 実に不思議な花だ。

次に花とカメラの距離によって形が変わること。
花の茎も大事な要素だ。
近くに寄れば寄るほど、茎が複雑にからんでくる。
誤解を恐れずに言うならば、花と茎がからむことにより、花の大きさも異なって見えてくるのである。




そして、秋桜花は逆光が似合う花でもある。
花の中でも、これ程逆光の似合う花はあるまい。

逆光で撮ったコスモスは、活き活きとしていて輝く花に変化するのである。

スモスてえのは、へそまがりの花か?






2012年10月10日水曜日

雀の彫刻

昨日、マンホールの蓋のデザインにあった鳥のことで、御殿場市の鳥は雀ではなかろうか?と書いたのだが、調べてみると、これは雀ではなく「くろつぐみ」という鳥であった。
 ナンデ御殿場市の市鳥が「くろつぐみ」なのかはよくわからないが、なにはともあれ、「くろつぐみ」なのだ。
 昨日「雀」だと騒いだ根拠となったのが、右の写真である。
市役所近くのガードレール?にある彫刻で、歩いていて偶然見つけたものだ。
 これはどう見ても「雀」なのだがね。
ちょっと裏道で、気づかないようなところにある金属の彫刻なのだが、以前から気になっていた彫刻である。
 まわりに竹藪があるので、雀にはぴったりのシチュエーションでもあるのだが。

2012年10月9日火曜日

マンホールの蓋

 道を歩いていると、結構面白い発見がある。
写真はマンホールの蓋であるが、その蓋たによって、中に入っているものが認識できるようだ。
 下のSLの絵の蓋には「おすい」の文字がある。さらにその下の写真の蓋には「水」の字がある。つまり、SLの蓋は下水道の蓋なのだろう、また「水」のマンホールの下には水道管があるのだろう。
 一番上の「仕切り弁」と一番下の「仕切り弁」の文字は何を「仕切って」いるのかわからないが、ガス管あたりなのだろうか。
デザインとして私が最も気に入っているのは、右上の「富士山と雀?」である。
青系を二色使って、配色もとてもしゃれている。
さらに秀逸なのは、GOTENBA CITYの文字と
そのまわりにある 雀の足跡である。
よくここまで考えたものだ。
これだったら、御殿場市のシンボルマークにしても良いのではないかとも思える。
ただ不思議なのは、何で鳥が雀なのだろうか。
謎である。



2012年10月8日月曜日

さらに写真展

 さらに写真展 

漢文の講習において、「捜神記」の漢文を講習した。
以前にも「捜神記」については書いたことがあるが、日本の古典でいうならば、「今昔物語」のような性格をもった作品ではないかと思う。
 今回の話は、ある男が冥界(あの世)の役人と出会い、その役人が持っていた死者の名簿を見てしまう。その名簿の中には自分の名があった。驚いた男は役人に延命を願いでる。すると役人は、ふたつの条件を付けて、それができるようなら助けることを約束する。ふたつの条件とは、名簿を見たことを他言しないこと、これから三年の間、家から一歩も外に出ないことである。
 さて、男は言われたとおりにしていたが、三年めが近づいたある日、隣の家で人が亡くなる。今まで、男が外に出ないことを疑問に思いつつ、我慢していた家人もここに及んで、男を責め立てる。「葬式に出なさい。」そして意を決した男が家から外に出たとたん、役人がやってきて男を冥界に連れ去る。




この話を読んでいて、「はっと」思った話がある。それは、日本の落語の中にある「死神」という話だ。この話は、何をやってもだめな男が、老人の姿をした死神と出会い、死神にいろいろ助けてもらうのだが、結局、死神を裏切ってしまい、自分の命を落としてしまうといった話だ。
 テーマは両方とも、「約束を違えると命取りになるぞ。」なのであろうが、なかなか考えさせる話であった。

2012年10月7日日曜日

クロスオーバー

暑い暑いと思っていたが、道を歩いていると、柿が落ちていた。アスファルトにぶつかって、ぐちゃっと潰れていたが、色はいい色であった。気づかぬうちに秋が来ていたのだ。
 
 午前中にN西で三年生の土曜講習(漢文)。その後にN東に寄った。N東に寄った理由のひとつは馴染みの先生に写真を届けるため、そして、もうひとつは三年生が模試をやっているということで、N東の三年生の顔が少しは見られるかもしれないと、思ったからである。ちょうど昼休みになっていたので、何人かの顔を見ることができた。この時期、さすがに顔が引き締まってきたようだ。
 今日のN東は中学生向け、七高校合同説明会ということで、たまたまN東以外の教員が来ていて、玄関を出たとたん、N西の先生とも顔をあわせた。N西の生徒とN東の生徒、N西の教員とN東の教員、一日のうちに私の中で、すべてがクロスオーバーした。
 

2012年10月6日土曜日

今日の朝食

今日の朝食はシンプル
イングリッシュマフィンに
メンチカツとレタスをはさんだもの
朝から結構カロリーは高い
しかし
これがやめられませんのですわ
飲み物は
珈琲
朝の珈琲は
やはり
ストレートです
疲れた時は
ミルクに砂糖も良いけれど
朝は
やはり
ストレートです

2012年10月5日金曜日

「稲荷神社」と「狐」

普通、神社には狛犬だが、稲荷神社は狐である。
何故「稲荷」に限って狐なのだろうか。

これについては、いろいろ説があるようだ。
まず、「稲荷」というのは「稲生り」でもある。
ここから「稲荷」は食物と関係のある神になったようだ。

一方、別の食物の神で「御餞津(みけつ)」という神がある。
狐の古名は「けつ」であり、どうもこのふたつが混同されて、
「稲荷神社」の守り神が狐となったようだ。

ただし、「稲荷」と「狐」の関係には諸説があり、これが確実というのがなかなかないようである。

写真の狐は、何年か前に、鎌倉の「佐助稲荷」というところで撮った狐である。
それにしても
よくみると、なかなか狐というのは怖い顔をしている。


2012年10月4日木曜日

石仏 2

 この石仏、結構好きである。
どのような人物を表現しようとしたのかは、はっきりしないのであるが、なんとなくユーモラスであり、また見る角度によって表情が変化するのである。
いずれにしろ、何か文句がありそうな顔もしている。
お寺の近くにある石仏であるし、頭のほうも丸めてあるので、坊さんのような気もするが、では何故お寺の境内にないのだろうか?
石仏は完全にお寺の外に出されているのだ。

何か悪いことでもして、寺から追い出されてしまったのだろうか。






2012年10月3日水曜日

またまたミニ写真展

またまたミニ写真展

である。
今年はすっかりコスモスに魅せられてしまったようだ。コスモスを撮っても撮っても、また更に撮りたくなってしまうのである。

午前中で授業が終了したので、今日もまた裾野のコスモス畑に寄ってみた。
もう盛りは過ぎてしまっているし、昨日の台風でだいぶ花が倒れてしまっている。
まだ比較的良いものを選んで撮った写真である。
したがって、実際のコスモス畑は大変に悲惨な状態なのだよ。








不思議なことは、コスモスというのは、すべての顔がちがうのである。
そして、その顔が毎回毎回ちがっているようにも見える。
これは単に、私の強い思い入れにちがいないのであるが、それにしても不思議だ。

どうも私にはコスモスの霊が取り憑いているようだ。