2015年8月31日月曜日

だらだら

いよいよ新学期の始まりである。
何年やっていても新学期は興奮するのです。
その原因はリズムの変化であろう。

私なんぞは平常もだらだらしているのだから、休みが明けても、それほど影響はなかろうと思っていたのだが、どうもそうではなさそうだ。
ふだんのだらだらは、一応リズムがあってのだらだらである。
それに対して、休み中のだらだらは、リズムのないだらだらなのだ。
なんだか、訳の分からない言い方だと、自分でも反省しつつ、やっぱり休み明けのだらだらは、ちょっとツライだらだらだよな、と再確認する私であった。

2015年8月30日日曜日

蕎麦にゴマ油

写真は善光寺本堂の屋根である。

昨日、小諸の蕎麦屋のことをブログに書いたのだが、この蕎麦屋でちょいと面白い蕎麦の食べ方を知った。

それは蕎麦つゆの中に、ゴマ油をたらして食べるという、今まで思ってもいなかった食べ方である。
この店のテーブルの上には調味料のように、普通にゴマ油のビンが置いてあった。
試しに入れてみるか、ということで数滴たらして食べてみる。

おおー、これは美味いではないか。
まあ、ラーメンなどにはゴマ油をたらすことは、なくもなかったが、蕎麦にゴマ油は初めてである。

普通の蕎麦屋にはゴマ油などないだろうが、自宅で蕎麦を食べる時には是非試して頂きたい。

2015年8月29日土曜日

小諸の蕎麦屋「なごみ屋」

並盛長野県の小諸で蕎麦を食べた。
蕎麦屋の名前は「なごみ屋」。
インターネットの蕎麦屋情報からこの蕎麦屋に決めた。
実はこの蕎麦屋、セルフサービスをウリにしている。
店に入るとまずお金を払う。
注文は、並盛り(550円)、大盛り(650円)、特盛り(700円)の何れかを選ぶだけである。

その後、汁を椀に自分で好みの分量でつぐ。
さらに、ネギ等の薬味も好みの量で取る。
あとは、蕎麦が茹で上がるのを待つのみ。

五分もすると、写真のような盆にのせられた蕎麦の登場。
この量で並盛りである。
(なぜか蕎麦にはきんぴらゴボウがついている。)

さすが信州、さすが手打ち、美味い蕎麦であった。

2015年8月28日金曜日

長野善光寺

長野善光寺の境内にあった木である。
樹齢はどのくらいか分からないが、ずいぶん威厳のある樹木であった。

善光寺は何年ぶりだろうか。
夏休みも終わりに近い頃なので、観光客も比較的少ない。
「牛に引かれて善光寺参り」
という言葉があるが、その意味を参道にある店のオバサンに教わった。
店のオバサンいわく。
ざっくり言うと、昔、信心のかけらもないおばあさんが、洗濯ものの布が牛の角にひっかかり、牛を追いかけて善光寺にやってきた。以来おばあさんは深い信仰心を持った。
うん、ほんとうにざっくりだ。

因みに辞書で調べると、最初は自分の意志によらずに、し始めたことだが、次第に熱心になり、しまいには本腰を入れてやるようになること、なんだと。





2015年8月27日木曜日

四度めの「ワイン・ビストロ・ベルジェ」

四度めの「ワイン・ビストロ・ベルジェ」である。
今回は五月に予約、さすがに八月の予約を五月にとる人間はないようで、問題なく予約することができていたのである。

我々が店に入った時にはすでに二組の客があり、店内はいつも通り盛況であった。

テーブルにつくと、例の板製のメニュー(写真の一番目)の提示があり、注文の開始。
同行四人、悩みに悩む。

私の今回のチョイスであるが、前菜は「フォアグラの表面焼き」、前回もフォアグラだったので、写真を写すことをウッカリ忘れてしまっていた。

代わりに同行のOさんがチョイスした「自家製スモークサーモンとサラダマセトワーヌ」。
「マセトワーヌ」とは、ジャガイモ、ニンジン、豆など数種類の野菜を賽の目切りにして混ぜたサラダ
である。
(写真の二番目)
 私の主菜は「信州牛ホオ肉の赤ワイン煮」。
(写真の三番目)

柔らかい、実に柔らかい。
いったいどのくらい煮込んだのであろうか。
ナイフを入れると、肉自体がハラハラとほぐれるようであった。
これはまるでコンビーフのようだ。

添えてあるのはマッシュポテト。

四人のうち、三人までがこの「赤ワイン煮」を注文してしまったので、今回の写真はバリエーションに欠ける。

しかし、その中でOさんが注文してくれたのが「トゥールダルジャン御用達、名門ビュルゴー家の鴨モモ肉のコンフィと、とうもろこしのキッシュ」という超長い名のメニューだ。
(写真四番目)

これは一度聞いただけでは絶対に覚えられないだろう。
まあ、要は鴨肉のコンフィにキッシュがついているということなのだが。










さて、前菜、主菜と終了、最後の楽しみがデザートである。
私の今回のデザートは「ガトーショコラ、濃厚アイスクリーム添え」。
(写真五番目)
どいうわけか、デザートも四人が同じものを注文。

ただし、
これは三人分しかないということで、一人Aさんが「生チーズナンチャラカンチャラ」ということになった。



ただし、結果的にはこのデザートがとても美味しく、私などは密かに後悔してしまった。

いずれにしても、今回の「ワイン・ビストロ・ベルジェ」も大満足には違いなく、笑顔いっぱいで店を後にしたのである。

2015年8月26日水曜日

株の運用

日本付近をウロウロしていた二個の台風も、やっとどこかへ行ってしまったようだ。
予想のできない天気というのは、ほんとうに迷惑である。

台風同様、どこへ行くのか分からないのが、日本の株の動きである。
今晩のニュースでは、中国経済の停滞による株の値下がりを告げていた。

株というのは上がったり下がったり、それが株だ。
上がることばかりでなく、当然下がることもある。
我々の何らかのお金も、誰かの運用によりこの株というものに関わっているのではなかろうか。
だとすれば、これは実に怖いものである。

ぞっとするね。

2015年8月25日火曜日

兎角(とかく)

「とかく」という言葉がある。
文豪、夏目漱石は「草枕」という小説の冒頭で「智に働けば角が立つ、情に棹(さお)させば流される、意地を通せば窮屈だ。兎角(とかく)この世は住みにくい。」と、この言葉を使用している。
「とかく」のここでの意味は、「ややもすれば(一般的にそのような悪い状態・傾向が、しばしば見られることを表す。)」だろう。
念のために「とかく」を古語辞典で引くと、「と」は「あのように」「そのように」を意味する副詞であり、「かく」も「斯くして」などと使う副詞である。このふたつの副詞が一語となって、「あれやこれや」の意味として中古から使われ始め、中世以降「あれこれあるが」とか「いずれにせよ」の意味が生じ、さらに「ややもすれば」「何はさておき」などの用法が生まれた、とある。
では、これを「兎角」と書いた場合どのようになるのだろうか。
本来の意味は、文字の通り「ウサギのツノ」、つまり「あり得ないもの(こと)」である。これは、仏教語の「兎角亀毛」からと考えられ、兎(うさぎ)に角(つの)、亀に毛は存在しない、「現実にはあり得ないもの」の喩えとして用いられたものだ。したがって「兎角」と書いた場合、「誤ったものの見方」のことで、「それについて論ずるのは無益だ。」という趣旨で使用されなければならない。何れにしろ「ややもすれば」とはまったく関係のない言葉である。
では何故、文豪、夏目漱石は「とかく」の意味で「兎角」の漢字を使用したのだろうか。 
実は、夏目漱石、当て字大好き作家であり、「背負わされた(しょわされた)」とか「反間(へま)」、「例よりも(いつもよりも)」「一寸(ちょっと)」など、使用した当て字を挙げればきりがない。
とりわけ漱石は「とかく」に「兎角」の当て字が気に入ったようで、漱石の小説には、「兎角」が頻繁に出てくる。
文豪の影響力というのは恐ろしいもの、以来、我々は何の抵抗もなく「とかく」イコール「兎角」の字を当て、何の疑いも持たず使用するようになったのである。




2015年8月24日月曜日

再検の結果

成人病再検査の結果を聞くため、地元の病院に出掛ける。
もうこの形を何年続けているのだろうか。
少なくとも三十年は経っている。

結果は医者の診断をするまでもなく想像できる。
「経過観察」である。

問題となる悪玉コレステロールの数値は、殆ど変わらない。
ある意味、安定している状態なのだ。
お上は三十年間、ほぼ毎年再検を受けさせて一体どうしようというのだ。
病気で勤務を休んだことなどない、極めて健康なこの私を。

こんなことをしているから、日本の健康保険のシステムが壊れるのだ。

2015年8月23日日曜日

筋力の差

インターネットの回復。
昨夜調子が悪かった接続がやっと回復した。
原因はあまりハッキリしないが、私のパソコンも老朽化しているので、まあ仕方がないことなのだろう。

世界陸上を見ていると、トラック競技においてアフリカ系の選手が多いことがわかる。
それは恐らく筋力の圧倒的な差から来るものなのだろうが、私自身よくはわからない。
わからないながらもネット検索をしてみると、朧気ながら次のようなことがわかった。



・アフリカ系の人種の大腰筋は白人よりも、およそ三倍太い。

この大腰筋は脚を上げる動作に関わる筋肉であり、スポーツにおけるパフォーマンスが高くなるのだと。

ふーん、なるほどね。
筋力のちがいは、どうにもならないね。
元を正せば、農耕民族か狩猟民族のちがいなのだろう。
日本人が対抗しようとすることが所詮無理なのである。

そのかわり、農耕民族の日本人は寿命で勝っているのだから。

2015年8月22日土曜日

インターネットの接続の不具合

インターネットの接続が儘ならない。
どうも何ヵ月かに一度こような状態になるようだ。
理由はよくわからない。
                                                                                                                                                                   
しかしながら、自分にはどうすることもできないのだから、これはもうあきらめるしかない。
というわけで、本日は非常に不安定な
タブレット端末からのブログとなってしまっておるのです。

2015年8月21日金曜日

天才少年ピアニスト

ジャズCDの案内を見ていると、天才ピアニストジョーイ・アレキサンダーという十一歳の少年のアルバムが紹介されていた。

アルバム名は「マイ・フェイバリット・シングス」。
このアルバム名、当然意識しているのは、ジョン・コルトレーンであろう。
アルバムには他にもコルトレーンの名曲「ジャイアント・ステップス」が収録されているのだ。

おうおう、これは無視、いやいや無聴できないぞ。 
どれどれ、ユーチューブで見てみようかしらと思い、さっそくユーチューブのサイトへ。

うーん、凄いではないか。
インドネシア、バリ島生まれ。
とても小学生とは思えないキレのある演奏ある。
最近の小学生はヤルなー。

何はともあれ、この小学生が如何に凄いか、ユーチューブを是非見てほしいのです。







2015年8月20日木曜日

高校野球の決着

高校野球の決着。
仙台育英は残念だったが、よく闘った。

高校の一部活としては、かなり問題を提起するのが高校野球である。

つまり、野球だけが何故特別な応援(例えば、一年生全員での強制応援)をうけるのか?とか。
二年生全体の行事(高原教室)であるはずなのに、その全体行事に何故野球部の生徒が参加できないのか?とか。
おかしな点は多々ある。

おかしなおかしな高校野球であるが、個人的な興味として考えると、これほど面白いスポーツはない。
まあ、なんだな。
人生なんてえものは、矛盾だらけだものな。




2015年8月19日水曜日

早朝テニス二回目

早朝七時からテニス。
早起きは本当にツライ。
七時にテニスを始めるためには、五時台に起きなければならないのです。

最近すっかり、遅寝遅起きの習慣が身についてしまったようだ。
今日は湿度が特に高いようで、チョイト動くと汗びっしょりになってしまった。

高校野球はいよいよ準決勝。

残念ながら、マスコミを賑わしてきた早稲田実業と関東一の二人の高校球児が共に姿を消すこととなった。
やはり、ここまで来ると投手力の差が試合を支配してしまうようだ。

決勝は東海大相模と仙台育英に決まった。
東北勢初の優勝が見てみたいですな。





2015年8月18日火曜日

水素自動車

静岡トヨペットの友人のところへ所用があって出かけたのだが、帰りがけにその友人から「水素自動車」の試乗をしてみないかと言われ、初めての「水素自動車」を経験となった。

世界初の量産FCVとなる「MIRAI(ミライ)」である。
本体価格が723万6000円(税込み)だという。
うーん、ちょっと手が出ないだろうなあ。

「水素自動車」とは、タンクに積んだ水素と空気中の酸素を科学的に結合させて発電しながら走る電気自動車の一種であり、エネルギーを作る時に排出するのは水だけという究極のエコカーである。
また、水素は地球上に無限に存在し、化石燃料を一切使わないので、エネルギーの枯渇の心配もないという。

さて、試乗の感想。
動き出しは誠にスムース。
電車の動き出しをもっとエレガントにした感じである。
加速も素晴らしい、実際には出来なかったが、あの感じではあっという間に80キロ、100キロの時速に達するだろう。

「MIRAI」というネーミングの通り、これからの自動車の「未来形」を指し示す車であるのかもしれない。



2015年8月17日月曜日

今年の高校野球は、なんかすごいなあ。

今年の高校野球は、なんかすごいなあ。
まるでプロ野球を見ているようだ。
今日の試合でも「早稲田実業(清宮選手)」や「関東一(オコエ選手)」の打撃には、本当に驚いた。
ホームランなど狙って打てるわけはないのだが、それをいとも簡単にやってのけるのだから、これは驚愕以外のなにものでもないだろう。

ふたりは、マチガイナク父親のDNAを受け継いでいる。
ふたりの凄いところは、口だけでなく、結果がそれに伴っているところだ。

イヤハヤ、恐ろしい高校生がいるものだ。

2015年8月16日日曜日

あと三週間

「ずんぶり浸る展2nd」開催まで、あと三週間。
残り時間を考えると、もたもたしていられない。
もたもたしてはいられないのだが、今ひとつイメージがぴったりこないものもあり、ここが思案の○○どころなのである。

現在(午前0時)御殿場の気温は27℃。
このくらいの気温だと身体の方はだいぶ楽である。

今夜、ふたつの対談番組を見ていて、偶然にも同じような言葉が出てきた。
ひとつは歌手の小田和正と吉田拓郎の対談。
「成功したという思いは、一瞬で消えてしまう。」
どちらが言っていたのか忘れてしまったが、両人とも頷いていたので、どちらが言ったのかはどうでもいいことだろう。

して、もうひとつの対談が、現広島カープの選手であり、元大リーガー黒田選手と、今は引退しているが、こちらも元大リーガー石井和久の対談である。
黒田選手が言う。
「勝ったときの喜びは、一瞬だ。」

うーん、苦しみは長く続くことが多いが、喜びなんてえものは一瞬で終わってしまうものなんだね。
だから「喜び」なのかもしれない。



2015年8月15日土曜日

桜島に噴火の兆候

ブルーベリーは、こんな形で木に実るのです。

鹿児島の桜島で大きな噴火の前兆があると言う。
桜島というのは、年中噴煙を上げているので、周りの人も慣れているのだろうが、今回は臨時ニュースで取り上げ、避難指示も出ているようだ。
桜島がもし大規模噴火を起こすようなら、これは鹿児島だけでなく、日本列島のかなり広範囲に被害が及ぶそうだ。



2015年8月14日金曜日

ブルーベリー

家の庭で採れた「ブルーベリー」である。
毎年、この時期になると何粒かは採れるのであるが、今年は出来がいいようで、今回で二度目の収穫である。
と、言ってみたものの、ジャムにするとか、ジュースにするとかは、夢のまた夢なんですがね。

夜のテレビ番組「ぴったんこカンカン」の中に作家の「瀬戸内寂聴」と「林真理子」が対談する場面があった。
ご両人とも怪物であるのだが、特に「瀬戸内寂聴」93歳の怪物ぶりには、恐れ入った。
なんと言っても93歳ですぜ。
お土産にもらったシャンペンとかつサンドを美味そうに食べているのには、本当に驚いた。

2015年8月13日木曜日

サメ

サメが、数多くの日本の海岸で目撃されているという。
今年の異常さは、数が多いことと、海岸に程近いところに現れている、ということらしい。
日本の海も物騒になったものだ。

朝方に珍しく雨。
何日ぶりの雨だろう。
おかげで涼しく過ごすことが出来た。

久しぶりにN西まで出掛ける。
三年生は一生懸命勉強していた。
流石だね。
理系の教室を覗くと、何人かのなじみの顔。
いろいろ話をしたのだが、「自分の受験科目には古典はありません。」と女性徒。
いつも授業を真面目に受けている生徒だけに、残念だ。
まあ、これはしょうがないこと。

そのぶん他の科目を頑張ってちょうだいね。



2015年8月12日水曜日

氷河の遺体

私は毎朝、朝刊に掲載されている夏目漱石の「それから」を読んでいる。
今朝は、主人公「代助」が友人の妻である「三千代」に自分の気持ちを伝えた後の場面であった。
今までの「代助」の生き方というのは、「熱烈を厭う、危うきに近寄らぬ、勝負事を好まぬ、、用心深い」と言った生き方であった。
それが人妻に告白をしたのである。
小説ではそのときの気持ちを「マウンテン・アクシデント」という外国雑誌に記事(山での遭難事故)によって説明する。
「そのとき代助は、その絶壁の横にある白い空間のあなたに、広い空や、遥かの谷を想像して、怖ろしさから来る眩暈を、頭の中に再現せずにはいられなかった。」

さて、「代助」が引用した「マウンテン・アクシデント」の中には、次のような事故も載せられていた。「登山の途中雪崩に圧されて、行き方知れずになったものの骨が、四十年後に氷河の先に引っかかって出た。」

うーん、四十年後か。
と思っていた矢先、つい最近のニュースに「日本人2人の遺体、45年ぶりに発見 アルプスの氷河解け」という記事があることが分かった。

この日本人2人は、1970年、アルプスのマッターホルン(標高4480メートル)登山に挑んでいて遭難した。激しい雪のために捜索は打ち切られ、その後も痕跡は見つかっていなかった。
しかし、昨年になって氷河のふもと標高2800メートルの地点で白骨化した遺体と登山具が見つかり、DNA鑑定の結果、行方不明となっていた日本人登山者ということがわかった。

偶然とは言え、漱石の小説に出てきた話と最近のニュースが同じような話であることに、まず驚いた。そして次に夏目漱石が遭難事件を小説に使用していたことに驚いた。





2015年8月11日火曜日

妖怪「枕返し」


「日本の出番」という番組で、「日本の妖怪」についての話があった。

中でも興味が引かれたのが「妖怪枕返し」。

夜中にやって来て、枕をひっくり返す。
または、頭と足の向きを変える。
その姿は子供とか坊主の姿をしているという。

枕をひっくり返したり、向きを変えるなんぞは、妖怪のすることにしては、可愛すぎるのだ。

何故これが妖怪となってしまったのか。
この番組の解説では、自分が寝ぼけて枕をどこかへやってしまったり、寝相が悪く、朝起きた時、頭と足が逆になってしまった時の言い訳に妖怪が使われるのだ、ということであった。



2015年8月10日月曜日

渋滞の始まり

旧盆の渋滞が間もなく始まるようだ。

御殿場というところは、鉄道で例えるなら、ターミナル駅のようなところである。
国道246号線と東名高速道路、さらに国道138号線がそこにクロスする。
したがって、この時期の幹線道路は二進も三進もいかなくなるのである。

普段、どこに行くのも便利であるが、そのマイナスが、この時期の渋滞なのであろう。

ここから数日は、裏道生活の日々なんだろうなあ。

2015年8月9日日曜日

「そうめん」と「冷麦」

夜のテレビ番組、「そうめん」と「冷麦」の違いについて説明していた。
このふたつ、材料はまったく同じものであるという。
では、違いは何かというと、麺の太さであるらしい。
1.3ミリ未満が「そうめん」、1.3ミリから1.7ミリが「「冷麦」なのだそうだ。
さらに、5月と9月に作るのが「冷麦」、6月から8月に作るのが「そうめん」だという。
つまり、5、9月では温度の関係で細い麺が出来ないらしい。

ふーん、そうなんだと妙に納得したジジイであった。

2015年8月8日土曜日

ブログネタ

最近ブログネタに困窮していたのだが、それを知った新潟の友人が救いの手をさし伸べてくれた。
次に、友人からのメールの原文を紹介してみる。


ブログみたぞ!
俺が登場するぐらいだからネタに困っているだろうと親心でネタを提供する。
ほとんど「釈迦に説法」だが、方言のほうでネタになる。


「あったらもんだ」という新潟地方の方言がある。
そこに遭遇したときに俺はわからなかった。
初めて聞いたのが行きつけのスナックで、10歳年上の悪友がしゃべった。

<そのときの会話>
スナックのママ・・・「ボトルが無くなったので入れてくれる?」
悪友・・・「あったらもんだ!」

俺は新しいボトルを入れろという意味かと思ったら違った。
「もったいない(金が)」だった。

ここからが釈迦に説法なのだが、悲しいかな国語学を専攻した性で考えた。
昔、貴乃花が横綱になるときの有名な言葉「不惜身命」に関係があった。
反対語が「可借身命」。この「あたらしんみょう」の「あたら」が「あったらもんだ」だった。

「あたらし」「あらたし」の正しい用法が方言に残っていた。

以上チャンチャン。





「は」の字日記は、高校生の読者が多いので、ここで少し解説を。
特に受験生の三年生は、よーく見るべし。

新潟の友人のいう「あたらし」とは、重要古語で「惜し」と書く形容詞だ。
意味は、おしい・もったいない・残念である等。
意味的には「口惜し」と同じだよね。

うーん、やはり持つべきものは友だね。

2015年8月7日金曜日

国語科納涼会

 N西国語科の納涼会。
沼津の栞菜(かんな)という店であった。
ここは以前「もずくサイダー」で衝撃を受けた店であったのだが、今回はややインパクトに欠ける番組となった。

というのも、この栞菜、間もなく閉店となるのだそうだ。
現在の板長は他の店に移動、何でも今日がこの板長の最後のお勤めとなるということである。

宴会の前に「閉店ゆえ、食材が十分に揃っていない。」旨の説明。

いい加減な料理をせず、しっかりマイナス面を説明するところに好感がもてた。





2015年8月6日木曜日

「どうだビーム」

一昨日、新潟の友人と久しぶりに話をする。
話題はいくつかあったのだが、その中には若者との付き合いについての話があった。
(私の場合、仕事の対象が常に15歳から18歳までの年齢となるので、若者との付き合いは、いつものことであるが、ここで言う若者とは、社会人の若者のことである。)

さて、高校生以外の若者で考えてみると、私が今一番コミュニケーションがとれているのは書道教師のSさんであろう。
彼とは、話をしていてもまったく違和感がない。
私が若者ぶっているのか、それとも彼がジジイぶっているのか。
いやいや、どうもこれは感覚的なもののような気がする。
親子ほどの歳の差があっても、感覚が同じであるということは、それだけ良好なコミニュケーションがとれるのだ。

新潟の友人に、このようなコミュニケーションを私はとっているぞと、「どうだビーム」を出したところ、彼も「どうだビーム」に対して「どうだビーム返しビーム」を送ってきた。
新潟の友人いわく、「私が今ドラムを習っている先生は、息子程の歳だぞよ。」

2015年8月5日水曜日

ドア叩きモーニングコール

昨夜、頼んでおいた「ドア叩きモーニングコール」、生徒たちは無事果たしてくれた。
やはり、N西の生徒は優しいね。

今日の夜のニュースの中で、エアコンについて触れていた。
我々はエアコンによって、室内で凉しい思いをしているのだが、実は、そのエアコンが室外に排出する熱気によって、室外の温度は1度以上上昇するのだと。

エアコンについて、解剖学者の養老孟司が言っていた。
エアコンほど我侭な機械はない。
自分が涼しくなるために、自分と関係のない外を暑くする。
これがエアコンであると。

2015年8月4日火曜日

勉強合宿二日め

  1. 勉強合宿二日目、今日も蒸し暑いのである。
  2. 宿舎内は冷房によって、快適ではあるのだが、一歩屋外に出ると、御殿場とは言え、暑さは身体にこたえる。
夜には強いが、朝はからきしダメな私。
夜のうちに、明朝の「ドア叩きモーニングコール」を隣の部屋の生徒に頼んでおいた。

これできっと明日の朝は起きることができるだろう。

2015年8月3日月曜日

勉強合宿始まる。

N西の三年生は、Sクラス中心の勉強合宿が始まった。
何はともあれ、一日中勉強という、楽しい毎日だ。
Sクラスの諸君、頑張れ、頑張れ。

合宿の場所は、御殿場のYMCA東山荘というY
MCAの宿泊施設だ。

YMCAとは、キリスト教青年会、(Young Mens Christian Association)
キリスト教主義に立ち、教育・スポーツ・福祉・文化などの分野の事業を展開する、非営利公益団体。

キリスト教といっても、勉強合宿の際には、宗教色は皆無といっていいほどであり、単に宿泊施設を提供する団体といった感じである。

そう言えばG南高に勤めていた頃、ここでYMCA予備校の講師に予備校の授業を体験させるための講義をしてもらったことがあったなあ。

もう遠い昔のことである。


2015年8月2日日曜日

オホーツク人

午前中に、家のまわりの草取りをしたのだが、これが結構シンドイ。
炎天のもと、こんなことはしてはいけませんな。

図書館から借りたDVD司馬遼太郎「街道をゆく」を観る。
全部で五巻か六巻であるが、きょうのDVDは「オホーツク人」の話であった。

三世紀から十三世紀にかけて、オホーツク海沿岸を中心とする北海道北海岸、樺太、南千島の沿海部にオホーツク文化を担っていたのがオホーツク人である。
主に彼らは、海獣狩猟や漁労を中心とする生活を送っていたという。

北海道の先住民族と言えば、アイヌ人だけかと思っていたのだが、このような民俗がいたとは驚きであった。




2015年8月1日土曜日

39.8℃か39.9℃か?

暑さが続く。
何でも今日の一番は39.8℃だったか39.9℃だったか?
場所は、岐阜県の多治見だったような気がする。
この先、40℃を超すのも、そう遠いことではないだろう。

いただきものの白桃を食べた。
桃は「桃色」というくらいなのでピンクが当たり前だが、白桃もな
かなか色気があって、見た目も良いのです。

白桃の歴史は意外と古く?
1899年に岡山県で、偶然発見されたのだという。
おそらく、ひとつ500円以上する高級品なのだと思う。

味は非常に繊細で、甘みも強いものであった。