2017年6月30日金曜日

看護師シンガーソングライター

「瀬川あやか」という、現役の看護師でありながら歌手活動を実践している女性がいる。
言わば二刀流の生活をしているのだが、大したものだ。

また、そのビジュアルもワタシのイメージを完全にひっくり返してしまった。
看護師であることや、その歌声からして、もう少し生活感のあるビジュアルをイメージしていたが、これはどうみてもアイドル系である。

ウィキペディアによると、大学(看護系)卒業後の進路に悩んでいた時に、体が自由に動かせない認知症の患者に出会ったが、その人が好きなソーラン節を歌ったところ、歌に合わせて起き上がることが出来た。
彼女はそこで音楽の魅力を再認識したのだという。
歌手と看護師を両立させた活動していくことを決意は、ここから生まれたのだと。

現在は午前中看護師、午後から歌手活動ということらしいが、それでも困難なことには違いあるまい。

2017年6月29日木曜日

帝釈天とか毘沙門天

昨日に続いて、司馬遼太郎の講演録の話である。

今日もこの講演録を読んでいて、ハタと気づかされたことがあった。

例えば、日本のお寺には帝釈天とか毘沙門天、あるいは金毘羅(これは現在神社であるが、明治の神仏分離前までは寺でもあった。金毘羅とはインドのガンジス河のワニを神格化したものである。)など、現世利益をウリにするバラモン教に関係の深い名前が登場する。
仏教を守る神と言ってしまえば、それまでだが、どうもそれは後付けのような気がする。

本来仏教の教祖、インド釈迦が到達した心境はひとつ。
人間は誰でも死ぬ。
そして万物もみな死ぬ。
しかしながら、それは流転していくものである。

この考え方からすると、バラモン教の現世利益、俗な部分とは本来関係のないのが仏教である。
さて、この点について講演録には、次のように書かれていた。

日本の仏教は中国から輸入された。
そして、中国の仏教はインドから輸入された。
中国に仏教の経典をもたらしたのは、三蔵法師でお馴染みの玄奘(げんじょう)である。
玄奘法師がインドに行った時、隆盛きわめていたのはバラモン教であった。
バラモン教というのは、非常に妖怪変化を好み、現生利益を求めるところがある。
実は玄奘法師、インドのサンスクリット語がよくわからない。わからないまま多くのお経を集め、中国に持ち帰った。
勿論、その中にバラモン教的なものがあり、それはいつともなく仏教の世界にとけこんでいった。

うーん、なるほど。
帝釈天など観光客でいっぱいだものね。

(写真の石仏は「とらや工房」の庭にあったもの。ひとつの石に二体の珍しい石仏である。)




2017年6月28日水曜日

最澄と空海

水曜テニスは雨のため今日も中止。
二週続けての中止は何ともさみしい。

司馬遼太郎の講演録「法然と親鸞」を読んでみたが、この中に最澄と空海のことが書かれていて、これが結構面白い。

平安時代に日本から唐に渡り、多くの経典を持ち帰ったのは最澄と空海。
最澄というのはどちらかというと、科学的な性格を持ち、あやしげなことは嫌いだった。
論理的な事柄の好きな、宗教家というよりも学者タイプであったという。
したがって、何を学んだら救われるといったものではない。救われる、救われないは関係ない。ただ勉強せよ、研究せよ。そして極めていく果てに、ひょっとしたら救われることもあるだろう。冷厳で、科学的な世界が最澄の世界であった。

一方、空海は不思議な人物で、芸術性と宗教性に富んだ才能を持っていた。
空海の持ち帰った宗旨は真言宗である。
真言宗はとにかく拝むこと。
極端にいうと、当時は拝んで病気も治してしまえといったところがあった。

実に対象的な二人であるが、おそらく現在出版されている二人について書かれた本を比較すると、空海のことを書いた本の方が圧倒的に多いだろう。
ワタシも含めて不可思議なことに興味を持つ人間のなんと多いことか。

2017年6月27日火曜日

虎屋工房

昨日は暇にまかせて、「虎屋工房」まで出掛けてみた。

虎屋工房というのは、御殿場にある「羊羹の虎屋」の「工房」である。
和菓子の工房と喫茶サロンをガラスだけで隔て、「作り手と食べ手の距離を縮める」をコンセプトににしたチョイと面白いカフェ?だ。

写真は、その「虎屋工房」に至る小径の入り口。
向かって右に、見事な竹林がある。
ここの庭は、かつて日本の総理大臣であった岸信介の別荘をベースにしているのだそうだ。

妖怪と言われた総理大臣は、こんなところに別荘を持っていたんだね。



2017年6月26日月曜日

「食の県民性・珈琲編」

さて、昨日に続いて「食の県民性」である。
今日は「珈琲」編。

地域別にみた家庭一世帯あたりの支出額をみてみると、「珈琲」は一位が大津、次に奈良・福島と続く。
関西が多いのは何となく分かるが、三位に福島が入っているのは意外だった。

また、ワーストスリー(これをワーストとは言べきではないが)の都市が鹿児島・長崎・熊本と、九州の三都市が並んでいるのも面白い。

長崎なんかは、イメージ的には上位でもおかしくないような気がするが。

(写真は鉢で育てられた紫陽花。フリスビーパープル?)

2017年6月25日日曜日

豚肉と牛肉

先週読んだ週刊誌に「食の県民性」という記事があった。

例えば、冬になると人気が出てくる「中華まん」。
これを、東京の老舗「新宿中村屋」では、「肉まん」と呼び、大阪の名物「551蓬莱」では「豚まん」と呼ぶ。

これが何を表しているかというと、東京、すなわち関東地方では、肉といえば当然「豚」を指す。
したがって、「肉まん」と表現すれば、当然「豚肉」を使用した中華饅頭を意味することになる。
一方、大阪、関西地方での肉は、豚肉でもあり牛肉でもある。
だから、「肉まん」では豚肉か牛肉か分からず、「豚まん」とはっきり表明する必要があったのだろう。

因みに、地域別にみた「豚肉の家庭1世帯あたりの支出額」上位三都市は、横浜・さいたま・福島で、「牛肉」の方の上位三都市は、大津・奈良・京都ということである。

2017年6月24日土曜日

コミュニケーション

N西とG南の、掛け持ち土曜講習の二回目であった。

前回は、教える生徒が初めての生徒であったため、コミュニケーションがなかなか難しかったのであるが、今日はまったく問題なくできた。
「おおー、コイツは一度見たことがあるぞ。」という事実は大事なこと。

やはり、授業というのは、人間と人間が顔をつき合わせる空間を持つ故、そこでの空気は重要なものとなるのだろう。

午後からは先週に引き続き、ラグビーのテストマッチ、の日本対アイルランド戦を観る。
予想通りの展開で、日本は大差での敗戦。
勝つチャンスがまったくなかったかというと、そうではないだろう。
前回のワールドカップで南アフリカに勝利したのだから。
ただし、伝統とサイズの違いというのは、如何ともし難く、これを埋めることは至難ワザである。

2017年6月23日金曜日

八十八夜

今日、国語の準備室で、よく「(夏も近づく)八十八夜」というが、この「八十八夜」の「夜」は一体何だろうということになった。

「八十八夜」は立春を起算日として、八十八日めにあたる。(これは太陽暦をベースにしているので、「八十八夜」の歴史はそれほど古くはないらしい。)大体五月二日ころである。

まあ、それは良いとして、八十八日目であるならば、「八十八日」でも良いだろう。
なぜ、「日」でなく「夜」なのだ。

ネットでも、そのあたりは詳しく言及しているものがなかったが、推測するに「八十八夜」というのは、どうも「霜」と関連があるらしい。
ウィキペディアには、「八十八夜の別れ霜」とか「八十八夜の泣き霜」があり、五月二日あたりは「遅霜」が発生する最終時期だという。

したがって、「夜」は「霜」が発生する時間帯ということなのだろう。
「遅霜」の発生は農家にとっては死活問題である。
どうも、その「遅霜」に対する注意喚起が「八十八夜」という言葉のようだ。

2017年6月22日木曜日

パワハラ

がく紫陽花である。
もう少し、ブルーの色が出るとよかったのだが、曇りの天気なので、まあこんなものでしょう。

自民党の女性国会議員が、秘書に対するパワハラで、自民党を離党することになった。

ニュースで取り上げられた音声情報を聴くと、確かに酷い怒鳴り声であった。あのような「証拠の品」が出てしまっては、もう弁解の仕様もないのだろう。
おそらくこれは、離党だけでなく、彼女の政治生命を左右するような出来事となるにちがいあるまい。

パワーハラスメントは、日常的に行われていたようで、被害者である男性秘書も、きっと一大決心をして録音したのであろう。
まあ、これで恨みは多少晴らしたことになるのかなあ。



2017年6月21日水曜日

辛口ぬれおかき

水曜テニスは雨で中止。
久しぶりの中止である。
雨で外には出られないため、ひたすら引きこもっていた。

そのせいというわけではないが、以前購入していた、新潟「岩塚製菓」の「辛口ぬれおかき」を食べてみた。

なぜ「ぬれおかき」かというと、「新潟名物かんずりパウダー使用」の文字に心惹かれたからである。

「かんずり」というのは、新潟県妙高市にある食品製造販売会社、かんずり社が1966年に登録した商標、製造・販売している製品名であるという。
「かんずり」そのものは、塩漬けのトウガラシを雪の上にさらして灰汁をぬき、ユズや麹などと混ぜて発酵させたものである。

さて、「辛口ぬれおかき」の方であるが、まあ大体予想通りの味であった。
ぬれおかきに、ピリッとしたアクセントがあって、この味、嫌いではないです。

それにしても「岩塚製菓」というのは、(以前このブログでも紹介した「えびカリ」を製造している会社なのです)なかなかやるなあ。













2017年6月20日火曜日

再び「紫陽花」

 再び、秩父宮記念公園まで「紫陽花」を撮りに行ってみた。
前回よりは多少開花がみられたが、もう一息である。
左の写真は、多少のうちのひとつ。

「紫陽花」の語源はどうもはっきりしていないようであるが、有力なのは「藍色」が集まったものを意味する「あづさい(集真藍」がなまったものとする説なのだそうだ。

また、日本語の漢字表記に用いられる「紫陽花」は、中国の唐の詩人白居易が、ライラックに付けた漢字であるが、 日本の平安時代の学者、源順がこの漢字をあてたことから誤って広められたという。


いづれも説なので、真贋は分からんですな。





2017年6月19日月曜日

MRIの工事

定期健診というか、何というか、二月に頭の手術をして以来、三月、四月とMRI検査をしてきた。
そして、さらに四か月後の検診のため、K脳神経外科まで出掛けた。

病院に到着してみると、月曜だというのに待合室が妙に空いている。ありゃりゃ、これはどうしたことだと思ったが、とりあえず診察券を出してみた。
するとどうだろう。
受付で名前を呼ばれたのは良いが、今日は診察ができない旨を告げられた。
何でもMRIはこれから工事(修理とか改修ではないですぞ)なのだそうだ。
しかも、一か月もの間。

やはり、外から診断ができない脳神経というものだけに、商売道具がないことは話にならないのだろう。
うーん、残念。

七月にもう一度、気合を入れ直して、診察を受けることにしよう。

2017年6月18日日曜日

伯楽

「伯楽」という言葉がある。

現在は「資質の優れた選手などを見出し、それを上手に育てる人」の意で使われる言葉のような気がするが、その出典を読むと、多少の違いがあるようだ。

次週のN西の土曜講習のテキストは、韓愈の記した「唐宋八大家文読本」であるのだが、その「温処士の河陽軍に赴くを送る序」に「伯楽」の記述があって、そこにはこう書かれている。

「伯楽一度(ひとたび)冀北(きほく)の野を過ぎて、馬群遂に空し」
(馬の鑑定名人である)伯楽がひとたび、冀北の野を通り過ぎると、馬の群れは無くなったという。

つまり、伯楽は馬のことが良く分かっていたので、群れの中の良馬に出会うと、そのたびごとにそれを取ってしまい、群れの中に良馬を残すことがなかったということだ。

実際の「伯楽」というのは、能力はあるが、どうも自分勝手な人間のようだ。




2017年6月17日土曜日

土曜講習の始まり

六時半起床、七時十五分御殿場発。
八時半講習開始で九時半終了。
九時五十分沼津発。
十時五十五分講習開始で十二時講習終了。

今日から土曜講習の始まりである。
今年の土曜講習は、一限のN西、三限のG南というタイトでハードな(タイトでハードという比喩の仕方が適当であるかどうかは、分かりませんが)講習である。

我ながら、こんなこと良く引き受けた思う。
まあ、講習自体は実に楽しく、時間もあっという間に過ぎてしまうのだから、後悔はないのだが。

写真は一度名前を覚えたのだが、ややこしい名で忘れちまった花。

2017年6月16日金曜日

環境慣れ

御殿場でも陽射しの強さを感じたので、下界は相当な暑さなのだろうと、覚悟して下界に下る。

下った理由は、車の保険の確認である。
ワタシは名目上、家族の分も含めて、四台の車の所有者になっているのだ。
したがって、任意保険も四台分の保険に入ることになる。
ということは、車の車名をしっかり確認しておかないと、何が何やらわからなくなってくるのだ。
さすがに、自分の車の保険だけは、どのような保険か認識しているのだが、その他はあまり分かっていない。

まあ、その確認のために下界に下った次第である。

さて、予想通り今日の下界は暑かった。
三月までは、勤務地が下界であった故、体の方も半分は下界の環境に慣れていたのだが、四月からは高原の気候にしっかり浸かってしまった。
おおー、この暑さは一体何なんだ。

人間というのは、楽な方楽な方に流れて行くものなのです。

2017年6月15日木曜日

ドクダミ

一昨日「秩父宮記念公園」で撮った「ドクダミ」である。

普通「ドクダミ」というのは、花びらが四枚(実は本当の花弁ではないらしい)であるが、この「ドクダミ」は、八重咲きの花びらとなっている珍しい「ドクダミ」である。

さて、「ドクダミ」は葉のニオイがそれほど好まれてはおらず、「みんな大好き」という植物ではないが、その効能は大したもので、「ドクダミ」の別名は「十薬」ということである。
江戸時代の儒学者・本草学者である貝原益軒が著した「大和本草」には、馬に与えると「十種ノ薬ノ能アリテ十薬ト号ス」と書かれているそうだ。
また「ドクダミ」の名は、「毒や痛みに効能がある」という意味の「毒痛み」に由来すると言う。
へー、そうなんだ。

ワタシが「ドクダミ」で思い出すのは、北原白秋の短歌だ。
「どくだみの花のにほひを思うとき あおみて迫る君がまなざし」
である。
これは、白秋が隣の家に住んでいた人妻との恋を詠んだ歌であり、「ドクダミ」のツーンとくるニオイは、近づいてはならない恋の認識であるという。
(実際、白秋は人妻の夫から姦通罪で訴えられ、投獄されている。)
これは、なかなか奥が深いぞ。

2017年6月14日水曜日

「何という花か分からない花」

一週間おいての水曜テニスであった。

本日の出席者は8人。
8人ということは、4人づつの2コートテニスになるのである。
そしてこれは、ほとんど休むことなく、2時間の間、コートを走り回ることなのである。
気温が上がり、晴天の中でのそれは、チョイと危険行であるはずだが、そこはそれ、
我らがテニス同好会は、半分体育系の同好会。
2時間最後まで走り回ったのである。

写真は昨日「秩父宮記念公園」で撮った「何という花か分からない花」。

2017年6月13日火曜日

ドラマー川口千里


今日の朝刊にドラマー、川口千里の囲み記事が載っていた。

五歳の時に、父の電子ドラムをおもちゃがわりにたたき始め、八歳で師匠であるドラマー菅沼孝三に弟子入りした。
最初はロックから入ったので、ジャズやフュージョンは難しい曲の印象だったと言う。
十三歳の時、人気バンドアニメ「けいおん‼」の曲を演奏した動画ををインターネットのユーチューブにアップ、これがデビューにつながったとある。
1997年生まれ、現在早稲田大学の三年だが、東京ブルー・ノートなどでのライブ活動もこなしている。

川口千里?
ん?
早速、ユーチューブで見てみた。
なるほど、なるほど。
超絶技巧というだけあって、上手いし、力強い。
フュージョンを演奏している曲を何曲か聴いてみたが、実にフィットしている。

ただ、問題はジャズの演奏だ。
ジャズは基本、フォービートでさらにアフタービートとなるので、エイトビートが身体にしみついている彼女には、なかなか難しいのだろ。
いささかの違和感があった。







2017年6月12日月曜日

阿多野の石仏

久しぶりの「紅富士の湯」。
月曜日は比較的すいているので、のんびり湯に浸かることができる。
今日は天気があまり良くなかったので、富士山を見ながら露天風呂というわけには行かなかっが、精神的にゆったりすることはできた。
この贅沢な時間を、週に一度は持ちたいものだが、人生そんなに甘くはあるまい。

温泉からの帰り道を、今日は須走から北郷の方をまわるコースにしてみた。
阿多野の紫陽花を撮ってみたくなったからだ。
しかしながら、阿多野の紫陽花は、もう終わったのか、これからなのか、ほとんど咲いている様子は見られなかった。
仕方なく撮ってきたのが、阿多野の石仏。
全部で三体の仏さまなのだが、みなさん良いお顔をされている。

2017年6月11日日曜日

写真の修行

テニス仲間Tさんの写真を観るために、沼津の静銀ギャラリーまで出かける。

Tさんは「写友会」というの写真サークルに入っており、いわばそのサークルの発表会である。
発表会の作品は、一人、三・四点、自然の景色を中心に撮影したものであった。

やはり、他人の写真を観ると勉強になることが多い。
自分でも気づかぬうちに、この写真の背景のここがああだとか、この色はこうだとか、勝手に評論している。

まあ、これも自分自身の修行ですな。



2017年6月10日土曜日

気になる橋

上山田温泉からの帰り道、どうにも気になる橋があって、寄り道をした。
橋はコンクリート造りの橋で、かなりガッチリ造られた感じの橋であった。
橋上の道幅も今の時代となっては極めて狭く、普通乗用車がやっとすれ違うことができる幅である。
橋全体の趣きというのは、言ってみれば、古い歴史のあるような橋ではなく、かと言って近代的な橋でもない。
何か中途半端な趣きなのである。
しかしながら、この中途半端さが妙に気になる橋なのだ。

自分の友人でも、教えている生徒でもこういうタイプがよく居る。
特に特徴はないのだが、チョイとひっかかって、気になる。
そのような橋であった。
因みに、この橋の名前が知りたくて、いろいろ地図で調べてみたのだが、未だに名前は分からない。

2017年6月9日金曜日

上田館

写真は、長野の上山田温泉で宿泊した「リバーサイド上田館」という温泉旅館である。
リバーサイドというだけあって、千曲川という大きな川に面している温泉旅館だ。

なぜこのホテルを選択したかというと、理由は簡単。
コストパフォーマンスが極めて良かったからである。シングルの部屋に宿泊で、一泊二食なんと6414円(税込み)ですぞ。
しかも、夕食のバイキングには「紅ズワイガニ食べ放題と地酒飲み放題(勿論、ビールやソフトドリンクも飲み放題)」のサービスが付く。
料理もまったく不満のないものであった。
さらにウリの温泉は、かけ流しの温泉であり、クセのない湯であった。

と、ここまで書くと何だか良いこと尽くめであるようだが、所詮この値段である。
当然マイナス面がないはずはない。
で、何がマイナスかというと、シングルの部屋である。
部屋はおそらく、以前は旅行会社の添乗員などが泊まったと思われる、まことに狭い部屋。
部屋のほとんどがベッドで占められるという態であった。
(まあ、寝てしまえば狭かろうが、広かろうが関係ないのであるが。)

というわけで、総体的にはほぼグッドだったのである。




2017年6月8日木曜日

卯建(うだつ)

一昨日訪れた、海野宿である。
観光地としては比較的マイナーであるためか、あるいは訪れた時間が午後三時過ぎであったためか、ほとんど人影はみられなかった。

海野宿は江戸時代に北国街道(ほっこくかいどう)の宿駅として開設されたという。
北国街道は中山道北陸道を結ぶ重要な街道で、当時は旅人の往来も激しかったようだ。
しかし、明治時代になると宿場の機能が失われ、宿は養蚕業に転換、こちらの方でも活況を呈した。
したがって、この宿の特徴は、江戸時代の旅籠屋造りの建物と、明治・大正時代に建てられた養蚕造りの建物の共存であるという。


さて、右の写真は卯建(うだつ)である。
(江戸時代と明治時代ではスタイルがやや異なっているという。)

卯建は防火壁の役割をもった壁であるが、町衆の自主・自立の精神を示すものとも言われる。所謂「うだつが上がらない」の「うだつ」である。
「うだつが上がらない」とは、このことから「いつも上に押さえられていて、よい境遇になれない」の意を持っている。
また、卯建は富裕の家でなければ造ることができないため、経済的に富裕でないことを「うだつが上がらない」と譬えることも多い。

ワタシなんぞ、一生「うだつ」は上がらないだろうね。



2017年6月7日水曜日

「小作」のほうとう

今日の昼食は「小作」のほうとう。
写真は「かぼちゃほうとう」である。
山梨県の清里に近いところで食した。
山梨のほうとう有名店である。

山梨には、もうひとつ「不動」という、ほうとう専門店があるが、今回は野菜のより多い「小作」である。

昨日は上山田温泉に宿泊して、今年の「ずんぶり浸る展」についてのディスカッションを行なう。

ここで展覧会の大枠が決まってくるのである。

更に、案内状およびポスターの候補写真を決定。
決定と言っても、ワタシがコレヲ、という写真を見せ、その中から選ぶわけであるが、ここは二人の息が合っていないと、これはなかなか決められない。

今回は二枚の写真を見せたのであるが、二人の意見は見事に一致した。
ただ、この写真、若干の問題があるので、確実に決定するにはもう少し時間が必要。
時間は 少々かかってしまうが、実に楽しみである。

2017年6月6日火曜日

上山田温泉合宿

書道教師のSさんと「ずんぶり浸る展」に向けての合宿旅行。
今回は長野県の戸倉上山田温泉である。
やはり気持ちの通じた同志との旅行は楽しい。
特に今回は、N西を離れてから初めての旅行ゆえ、久しぶりの会話を堪能することができた。

写真は以前訪れたことのある、小諸の蕎麦屋「なごみや」。
昼食はここにしてみた。
自家製粉の蕎麦屋である。
本日は天ざる九百円。
コストパフォーマンスに優れた蕎麦だ。
また、この蕎麦屋の驚きは、蕎麦汁にゴマ油を入れて食べること。
入れる入れないは勿論自由なのだが、これを入れると蕎麦の世界が一変する。

皆さん、是非お試しを。

2017年6月5日月曜日

昨日に続いてN西の体育祭



昨日のG南に続いて、今日はN西の体育祭に行ってみた。

どうしても体育祭の写真を撮ってみたかったからである。
フォトジェニックというかなんというか、実に魅力的な被写体が多いからである。
レンズを向けた時に、とても良い顔をしてくれるのだ。
今日も、すでにN西を去ったワタシに対して「あのオジサンはどこかで見たことがあるぞ。」と思ってくれたのだろうか。(これはたぶん二、三年生なんだろう。)
特に警戒することもなく良い顔をしてくれたのであった。

めでたし、めでたし。

2017年6月4日日曜日

G南体育祭



G南の体育祭を観てきた。
やっていることは、昔とほとんど変わらないし、N西ともそれほど変わっているものでもない。
変わっているとすれば、自分自身が歳を取って、ヒナタはややしんどいなあ、と思うことくらいである。

今日のブログは新しいパソコン(と言ってもWindows7なのですが)で作成した記念すべき第1号でした。

2017年6月3日土曜日

二回目のゴールデン・ウィーク

N西は学校祭初日、一方G南は二日目、若干のずれがあるようだ。

何れにしろ、退職、再任用の期間を終えてしまったワタシにとっては、関係のない時間となってしまった。
今週の水曜日より来週の水曜日までの八日間のお休みは、本年二回目のゴールデン・ウィークである。

ところで、「池上彰のニュース解説」という番組を見ていると、「北朝鮮特集」というのがあった。
この中で、重要な出来事があると、いつも怒ったようにテレビに登場してくる女性アナウンサーの年齢は、なんと73歳であることを告げていた。

おおー、せいぜい五十代後半くらいかと思っていたんだが。

(写真は平和公園の池の鯉)


2017年6月2日金曜日

自動販売機

今日も平和公園である。
平和公園は、いくつも話題を提供してくれる、大変有り難い場所である。

さて、今日の話題は平和公園の自動販売機だ。
この販売機、左の写真で分かるように、一番上と一番下の飲み物は、それぞれ同じ種類が並んでいる。

一番上は「おしるこ」、一番下が「水」である。

まあ、「水」は分かるととして、「おしるこ」とはなんじゃい?
しかも、この量。
一体、誰が「おしるこ」を買うのか?

そこで、販売機をじーっと見てみた。
すると「おしるこ」の上に「紅豆濃湯」の文字?
ん?
「紅豆濃湯」?
これはどう見ても中国語。
そう言えば、ここは中国人観光客の日本ツアー立ち寄り地点だったのだ。

要は、中国の観光客に人気のある商品を並べたのである。

それにしても、中国人は斯くも「おしるこ」が好きだったんだね。

2017年6月1日木曜日

ハトと平和の関係

昨日は、ハトと平和について、何気なく書いてしまったのだが、よく考えてみると、ハトと平和の関係はどこからきたのだろうか?
何となくイメージ(聖書系か?)はあるが、はっきりは分からなかった。

かなり気になったので調べてみた。
元はどうも聖書の「ノアの箱船」のようだ。

世界をのみ込む大洪水から逃れたノアの箱船、ノアは洪水後の外の世界の様子をみるためにハトを放ったところ、ハトがオリーブの葉をくわえて帰ってきた。
ノアはここで水が引いたことを知ったのである。

ここから、「良い知らせを運ぶ使者」として、ハトが「平和の象徴」になったそうである。