2012年12月31日月曜日

大晦日

大晦日である。
「みそか」というのは「三十日(みそか)」であり、月の最後を表す。
では、本当の「おおみそか」は三十一日なのに、何故「三十日(みそか)」の読みをするのか。
 月の終わりは、それぞれ二十八日・二十九日であったり、三十一日であったりするのだが、旧暦では月の終わりの意味を表す言葉として、さらに一年の最後ゆえ「大」の字を使って「大三十日(おおみそか)」としたのだという。

 ところで、三十日は晦日とも書くが、「晦」の字は一体どこから来たのだろう。
「晦」の読みは「かい」である。サンズイをつけると、「海」となるし、リッシンベンをつけると、後悔の「悔」となる。そして「かい」は「灰」でもある。灰燼(かいじん)などの読みがあるので知れよう。
火が死ぬと「灰」になるが、「月」の光が尽きるのが、それに似ているのだそうだ。
「月」が尽きるのが「晦」なのだ。

2012年12月30日日曜日

ニセコグランドホテル

 さて、ニセコのホテルである。
「ニセコグランドホテル」と言って、この地区では老舗のホテルであるらしい。
このホテルのウリは、夕食のバイキングと大きな露天風呂だ。
バイキングは写真のように、(写真は、ほんの一部。)和・洋・中の料理が並んでおり、けっして高級な態ではないが、それぞれ味は良いものであった。
中でも驚いたのは、料理の一番上の写真、「玉葱のグリル」である。
最初は、食べるのに躊躇したのだが、食べてみると、これが美味い。甘いのだ。玉葱がこんなに甘いものだとは、思ってもみなかった。
料理を作った人に直接聞いてみたのだが、作り方は極めて簡単。
玉葱を切って、ちょっと塩をふり、トースターで焼くだけ。
焼くだけでこんなに美味しいものができるとは。驚き、驚き。

次に温泉である。

 庭園露天風呂とでもいうのだろうか。
かなり大きなスペースで、その露天風呂はある。しかも男女混浴。
ただし、女性用に湯着なるものがあって、女性にはこの湯着が無料で貸し出される。
「なーんだ、そういうことか。」と少々がっかりしながら露天風呂に入っていると、「おおー、なんと湯着をきていない若い女性が数人入ってくるではないか。」自分の目がまん丸くなっているのが良くわかった。
その理由は、この女性たちが外国人(西洋の血が入ったアジア人といった雰囲気)であったからである。おそらく、「混浴」の字がわからなくて露天風呂に入ってしまったのだろうが、こちらにとってはラッキー・ラッキー。
ここのお湯は別名「若返りの湯」とも言うので、こんな良い思いができたのでしょうか。


2012年12月29日土曜日

ニセコ・アンヌプリ

今回スキーに出かけたのは、ニセコ・アンヌプリというスキー場であるのだが、ニセコ・アンヌプリとは標高1.300メートルの山の名前である。
アイヌ語では「絶壁に向かってある山」の意なのだが、山の姿はどう見ても「絶壁に向かってある山ではない。
 実は北海道には、このような地名が結構あって、これもそのひとつのようだ。
その成り立ちは、和人が勝手にアイヌ語風に作りあげた言葉で、このような言葉を「幽霊アイヌ語地名」というらしい。
 さて、写真はニセコ・アンヌプリの頂上に近いところの写真である。ここはマイナス15度の世界であった。

2012年12月28日金曜日

高度一万メートル

高度一万メートルからの地上である。
12月25日、北海道に向かった。
説明がなかったので、どこの上空かは、しかと分からぬが東北地方のどこかの県の上空である。
上から俯瞰すると、日本というのは、なんと山の多い国なんだろうと、実感される。
国のほとんどが山で、その山と山との間の僅かなスペースに我々日本人は住んでいるのだ。
 東京の羽田から北海道の千歳までは、およそ一時間三十分、御殿場から東京に行くのよりも短時間である。
「時間はお金で買うことが出来るのだ。」ということも実感できるフライトであった。

2012年12月25日火曜日

寒波

寒い。
本日は本当に御殿場に雪が降った。
なんでも、「クリスマス寒波」というのがやって来たのだと。
明日からは、もっと冷え込んでくるらしい。

思い起こせば、去年も「クリスマス」は、酷い天気で、(去年の12月の24・25は北海道にいたのです。)スキーに行ったのに、スキーがまったく出来ないという情けない「クリスマス」だった。

実は、今年も25日から北海道にスキーに出かける。しかし、これがどうも怪しい様子で、26日は北海道も大荒れとなるらしい。
12月のこの時期は、今までは天気が安定していたのに、やはり地球の気候は、おかしくなってしまったのだろうか。

というワケで、明日から日記を少しの間お休みします。


2012年12月24日月曜日

兎角(とかく)

兎角(とかく)という言葉がある。
意味は、「あれこれするうちに(当面の対象がひとつの事に限定されないことを表す。)」とか「ややもすれば(一般的にそのような悪い状態・傾向が、しばしば見られることを表す。)」の意味がある。
 
 兎角の本来の意味は、「ウサギのツノ」。
つまり、「あり得ないもの。」
従って、「誤ったものの見方。」のことで「それについて論ずるのは無益だ。」という趣旨で使われた。
 「左右」と書いて、「とかく」と読ませる場合もある。

この言葉は、「あり得ないもの」の意味であれば、極めてわかりやすいのに、だんだん分からない方へ変化してしまった、典型的な言葉ではなかろうか。

2012年12月23日日曜日

1969

先日レンタルしてきたCD。
①WOMAN Ms.00JA
②[an imitation] blood orange
  Mr.Children
③日本の恋とユーミンと。 松任谷由実
④DAVE Digs DISNEY
  The Dave Brubeck Quartet
⑤1969
  PINK MARTINI & SAORI YUKI

①はカヴァーアルバムである。Ms.OOJAというのは三重県出身の女性歌手で、高校卒業後、百貨店に勤務しながら、音楽活動をしてインディーズからたたき上げてきた実力派である。歌は抜群に上手い。
④はジャズアルバム。「テイク・ファイブ」でおなじみのデイブ・ブルーベックが、ディズニーに関係の深い曲を演奏したもの。
⑤はちょっと前に話題になった、「夜明けのスキャット」で一世を風靡した「由紀さおり」のカヴァーアルバムである。
由紀さおりはもう60歳を超えているのに、どうしてあのような艶やかな声が出るのだろうか。  
    

2012年12月22日土曜日

古奈別荘の庭の木

昨日はN西の忘年会であった。
写真は宿泊先(古奈別荘)の庭の木。
左の方にある楓には少々紅葉が残っていた。

最近は聊か樹木の枝にはまってしまっていて、面白そうな枝があると、ついついカメラを向けてしまう。
右の木は何だろうか。
素人には、花も葉もないので、よくはわからない。
この木の魅力は、血管のような細い枝が四方八方に枝を伸ばして、空間を埋めているところだ。
冬の樹木は、このように枝が良い味を出している。枝越しに見える空もすてきだ。

幹事のM先生、ご苦労様でした。他の幹事の先生もご苦労様でした。



2012年12月21日金曜日

2012.12.21

終末思想というのは、時々ポコッと世に出てくるようで、今回は古代マヤ文明の暦によると、2012年12月21日に世界は滅びるらしい。
12月21日というのは今日だ。
ただし、これは解釈の違いのようでもある。
実際の話は、古代マヤ暦が5126年立つと、元に戻ることになるのだという。。
つまり、これですべての年がクリアーされるということだ。

人間はどうも騒ぎが好きな動物のようである。
聊かの根拠があれば、それに付け足し、付け足し話を広げて行く、これが人間である。
なんか、吉田兼好が書いていそうな話だぞ。

2012年12月20日木曜日

カレーライスの食べ方


御殿場にも雪が降りました。
というのは冗談で、この写真は去年の一月の雪でした。
しかしながら、今日の寒さからすると、雪が降るのもそう遠くはないだろう。

 水曜なので、「怒り新党」である。
今夜のお題で「私はカレーライスを食べる時に、ルーとライスをバランス良く食べることができない人に腹が立ちます。」
というのがあった。
確かに、カレーライスというのは、バランス良く食べないと、ルーが足りなくなったり、ライスの方が足りなくなったり、どちらかが余ってしまう。
 バランス感覚の悪い人間は、ここで分かってしまうだろう。
うん、これは人間を観察する時の、ひとつの目安になるかもしれないね。
 でも、最後にマツコデラックスがいうように、「美味しく食べたい食事なんだから、好きなように食べれば。」が正しいのですかね。

2012年12月19日水曜日

菊地神社の「合格鉛筆」

三年生の受験がだんだん近づいて来た。
受験というのは、昔から実力七割、情報1割、そして運二割と言われている。
私が担当している古典講読の生徒(5人)の授業もいよいよあと一回の授業を残すのみとなった。
あとは運をなんとか付けてもらうために何かを・・・と思って、どこかの天神(学問の神様)に行って、御札とか御守りでももらって来て、彼らに渡そうと考えたのだが、近所に天神はない。(天神屋という、おむすび屋はありますがね。)
そこで考えたのがこれ。
手作りの「合格鉛筆」ですぞ。(鉛筆本体は市販のもの)
菊地神社の「合格鉛筆」だ。
他のN西の三年生、N東の三年生にもあげたいものです。

2012年12月18日火曜日

投票率

昨日から今日にかけて、世の中は選挙、選挙であった。
結果はどうであれ、問題は投票率の低下である。今回はなんと、戦後最低の59.32%なのだそうだ。
国民の四割以上が投票を拒否したのだ。
 これはつまり、今回、国を動かして行く政府というのは、(別に今回だけとは限るまいが)国民の六割から更に与党以外の支持者を差し引いた数の支持でしかない、ということになる。
 
 現在、一生懸命に受験勉強をしている諸君。
君達が選挙権を持った時には、必ず投票をしようね。
何だか学校の先生みたいなことを言うな。


2012年12月17日月曜日

「ギョエー」の声

写真を撮ろうと思って御殿場二の岡神社まで出かけた。
いつもなら、静かな神社入り口の駐車場に今日は異常な数の車が駐車していた。
よく見てみると、カメラ機材などを積んだ車などがあった。
「どうもこれは何かのロケのような雰囲気だな。」と思って、さらに進むと境内のほうから、「ギョエー」という叫び声。
ずっと中まで行くことは、どうもできないようだった。
映画だろうか、テレビドラマだろうか。
どうでもいいことだが、あの「ギョエー」の叫び声が気にかかる。
なんと言っても、この二の岡神社というのは、不思議なオーラのあるところなのだから。

2012年12月16日日曜日

データ重視

雨降りであった。
これから雨が降る毎に寒くなって行くのであろう。
 NHKのスポーツ番組で、日本の女子サッカーの監督と女子バレーの監督の対談があった。
サッカーもバレーもロンドンオリンピックでメダルをとった競技である。
この両監督の話が結構面白かった。
バレーの監督は、データ重視で有名な監督である。
従って、選手起用もすべてデータで使う。
この理由がふるっている。
女子というのは嫉妬というものが結構激しい。従ってその嫉妬の部分を消し去るには、データが一番だというのだ。
選手起用の際にも、客観的な数値のデータを示せば、嫉妬などは起こらないとのこと。
うーん、なるほどね。

木曜日の夕方、N東の保健室までこっそり出かけ、養護のM先生やI先生から三年生のことを聞いた。
みんなその気になっているようだ。
また、今日は御殿場の100円ショップでN東の三年生に会った。
その三年生曰く、まわりの人の目の色が変わっていると。
この時期そうでなくてはね。
勿論、N西の三年生も頑張っているよ。



2012年12月15日土曜日

日本料理

N西家庭科のM先生から貸していただいた、日本料理のDVDを今日やっと観ることができた。
 「プロフェショナル」という番組から、日本料理の天才料理人といわれた「山本征治」の話である。
この中に、いくつか注目すべき言葉があったので、紹介してみる。
 まず、「日本料理というのは、結局、素材の持っている力をどのように引き出すか、ということである。」
 まったく同感である。
どの素材も素晴らしい味を持っているのである。いや埋まっていると言ったほうが良いだろう。
良い料理人は、その味を上手に引き出す。
言い方を変えれば、素材の素晴らしい味を上手に引き出すことができるのが、良い料理人なのである。

(この話とは関係ないが、写真は一昨年、北海道のホテルで食べた懐石料理の中から、穴子ご飯と魚ソー麺の吸い物。上にあるのが鰈の串あげ。)


2012年12月14日金曜日

南天③

さらに南天である。
常磐薬品という薬品会社(南天のど飴の会社)のコマーシャルブログの中に、南天とお手洗いの記事があった。
昔の家屋はお手洗いの近くに、よく南天の木があった。(そう言えば、私の実家の近所の家にもあったなあ。)
その理由はというと、南天手水(なんてんちょうず)と言って、水がない時には南天の葉で手を清めるためであったそうだ。(南天の殺菌作用か?)
また、トイレで年寄りが転んだりするのをさけるためのお呪い(おまじない)、つまり前にも書いたが、「なん(難)をてん(転)ず」の意味もあったそうだ。
さらに南天というのは、外国においても特別な木のようで、英語では、sacred bamboo(聖なる竹)とか、heavenly bamboo(天国の竹)と言うらしい。なかなかのネーミングである。

話は変わって、今12月15日午前0時26分現在、双子座流星群が空を次から次へと流れている。まだまだ続くようなので、まだ御覧になっていない方、是非どうぞ。

2012年12月13日木曜日

南天②

久し振りの「怒り新党」である。
テーマのひとつに「人前で大きなくしゃみをする人に腹がたちます。」というのがあった。
マツコにしろ有吉にしろ、その意見には否定的であった。
私も同感である。
「でものはれもの所きらわず。」の言葉がある。
どうしても自然現象というのは、避けられないものなのだ。自然現象を抑えてしまうのは、これは問題があるるのではないか。
身体によくないことだ。

さて、昨日に続いて「南天」の話。

中国に「邯鄲の枕(夢)」という話がある。

盧生(ろせい)という青年が邯鄲(かんたん)という町で枕を借りて眠ると、次第に出世して栄華を極めた人生を送る。
ところが目覚めてみると炊きかけの粟(あわ)も炊き上がっていないわずかな時間だった...。
 人生のはかなさをたとえる有名な故事だが、実はこの「邯鄲の枕」は南天の材で作られていたそうだ。
日本でも悪い夢を見たら床に南天を活けると悪夢が消え、枕の下に南天の葉を敷くと悪い夢を見ないという言い伝えが残っている。
今も南天の図柄をデザインした手ぬぐいや枕カバーが売られているのは、この故事が大切にされている証拠である。

2012年12月12日水曜日

南天

左の写真の紅葉だが、どうも「南天の葉」の紅葉のようである。
「南天のどあめ」の「南天」だ。
 「南天」というのは平安時代に中国から伝わってきた植物で、この「南天」の実を乾燥させたものを砂糖と混ぜて煎じて飲むと、咳にに効果があるということである。
最近ではその他、殺菌作用、鎮静作用もあり、喉の痛みや、炎症を抑える成分も、抽出されることが証明されたらしい。
 その他、「南天」は「難転(難を転じる。)」につながるので、縁起木として、戦国時代には鎧櫃(よろいびつ)の中に「南天」の葉を入れておいたそうだ。
 
そう言えば、赤飯の上に「南天」の葉がのっていたような気もするな。 

2012年12月11日火曜日

人力車

昨日の写真では人力車がわかりにくいので、今日再び人力車の写真を載せてみる。
 嵐山は、いたるところ人力車だらけである。
何故こんなに人力車が増えたのだろうかと、ツラツラ考えてみるに、(十年前にはこんなに多くなかったはずだ。)「これは老人が増えたからだ。」という結論に、自分で達した。
 嵐山は細い道がほとんど、しかもJR線にしろ、京福電車にしろ、「嵐山」という駅からの観光名所は結構遠い。
従って、足にあまり自信のない老人のため、人力車の需要が多くなるのであろう。
 わたしも老人ですがね。

2012年12月10日月曜日

オネゲスト

先日テレビを見ていると、「女子高校生の間で流行っている言葉」というのを放送していた。これは勿論、都会の高校生だと思うのだが、その中に「オネゲスト」なる言葉があった。
「オネガイ」「オネゲー」「オネゲスト」とでもいうのだろうか。
 これは、誰かに何かを頼む時に使う言葉で「オネガイ」は「お願いします」、それが比較級になると「オネゲー」、そしてどうしてもお願いしたいことがあると、最上級になって、「オネゲスト」と使うらしい。
 「ねえ、ねえ、オネゲストだから、この服買ってちょうだい。」とでも言うのだろう。


(写真は、京都嵐山のなんだかわからないが紅葉している葉と、人力車。)

2012年12月9日日曜日

コルトレーン

さて、昨日の続きでコルトレーンのこと。
1926年生まれのコルトレーンは1967年に亡くなってしまう。
 実はコルトレーンが注目を浴びて、活躍したのは、10年ほどである。
59年のマイルス・デービスのバンドで注目され(「カインド・オブ・ブルー」というアルバム。)、以後ジャズ界のトップに君臨するわけであるが、彼のCDを聴いていると素人の私でも、技術が格段に上達する過程がわかる。
これは、コルトレーンが短期間に一気に上達したことの証だ。
 60年代のコルトレーンは不動のバンド(カルテット)をつくりあげる。このバンドの凄さは、ライブでもレコーディングでも一切リハーサルをしないし、スタジオには楽譜すらなかったという。コルトレーンがキーを指示して、イメージする曲の名前を言うだけで演奏が始まるのである。
コルトレーンはやっぱり凄いなあ。

2012年12月8日土曜日

BEAT TAKESHIのジャズ

昨日借りてきたCDの中に、BEAT TAKESHIの「Intoroduces Jazz」というのがあって、まずこの話をしようと思う。

 最初にこのアルバムが出た時には、あまり興味もなく、それとなくやり過ごしていたのだが、今日これを聴いてみて、(このアルバムは言ってみれば、ビートたけしが好きなジャズの集合体である。)ビートたけしに強い親近感を覚えた。

彼は明治大学の工学部(今は理工学部)に在籍していたのだそうだが、その通学の乗り換えで新宿に立ち寄り、新宿のジャズ喫茶でアルバイトをするようになったとのこと。
これが、たけしとジャズとの出会いである。
 
 さて、私が親近感を覚えた大きな原因は、アルバムの一番最初に持ってきた演奏が、ジョン・コルトレーンの「マイ・フェイヴァリット・シングス」だったからだ。 (コルトレーンという人は、ジャズを聴いている人なら誰でも知っているサックスを吹くオジサンで、天才でありながら努力家というチョー真面目で、凄い人なのです。私も彼の演奏を聴く時には斎戒沐浴を必ず心掛けています。ナンチャッテネ。)

ビートたけしとコルトレーンは一見そぐわないような気もするが、ビートたけしという人間は、きっと見た目とは異なって、極めて真面目な人間なのだろう。

2012年12月7日金曜日

本日のレンタルCD

本日レンタルしてきたCD。
①「DUET」塩谷哲&小曽根真
②「BEAT TAKESI Intoroduce Jazz」
③「COVERS 2」BENI
④「I AM GILLE」GILLE
⑤「LEO」家入レオ

①②はジャズ
②はビートたけしがプロデュースした、ビートたけし好みの演奏を集めたものである。
まだ聴いていないが、彼のの好みはどんなジャズなのだろうか。
③④はカバーアルバム、③は前々回に紹介した「JILLE」のアルバムである。
⑤は、女子高校生のアルバムであるが、出勤途中に彼女の歌を聴いて、その歌唱力に驚いた。

まだ、すべては聴いていないので、後日感想を述べたいと思う。



2012年12月6日木曜日

歌舞伎役者「勘三郎」のこと

中村勘三郎という歌舞伎役者がなくなった。
享年57歳。
私よりも年下である。
歌舞伎をよく観るわけでもなかったが、彼の芸というのは、ほんとうに恐るべきものがあった。
本職の歌舞伎は勿論なのだろうが、私はあの話しっぷりに何時も驚いていた。
あれは話芸である。
無駄な言葉を使わない、とでも言うのだろうか。
何かのトーク番組で観たのだが、それは見事なものであった。
人の前で話すことを生業(なりわい)としているからには、学ぶものが沢山あったような気がする。

(写真は、京都嵐山「直指庵」前の柿の木。)

2012年12月5日水曜日

カバーアルバム

世の中カバーアルバムが流行なのだそうだ。
由紀さおり&ピンクマルティーニの「1969」や、BENIとかChenelleなどもそうだ。

さて、女性歌手の「カバーアルバム」を検索していると、Gilleという歌手にあたった。
他の歌手の歌をカバーするのは、相当な実力の持ち主である。

ユーチューブで観たのは、二人組のラップユニット「ヒルクライム」の「春夏秋冬」と「AKB48」
の「フライング・ゲット」を歌っている姿であった。
なんと言っても英語が上手い。
英語の教師でもないのに、英語が上手いなどというのは烏滸がましいが、兎も角上手く聞こえる。
何でも彼女は、小六から英会話を勉強しており、中高生の時には、弁論大会で多く優勝しているのだという。(上手いはずだ。)
 

2012年12月4日火曜日

きつねうどんの「今井」

大阪ミナミの道頓堀に「今井」という饂飩屋がある。うどん屋といったら語弊があるかもしれない。なぜなら、この店は饂飩も蕎麦も食べることができるからだ。
しかしながら、私にとって「今井」はうどん屋である。それも「きつねうどん屋」なのである。
 もう30年以上も前になるだろうか。
初めてこの店で「きつねうどん」を食べた時の衝撃は今でも覚えている。
「な、なんだこの汁(つゆ)は。」
これが最初の感想だ。
「今井」の説明書きに曰く。
「道南(北海道の函館近く)の天然元揃え昆布(昆布の高級品)を頑なに使い続け、今も昔ながらの八升釜で一杯一杯心をこめて出汁をつくっております。」
やはり、大阪というのは、出汁(だし)にこだわる街なのである。
(勿論、「麺のうどん」も「きつねの油揚げ」も当然こだわっている。)
うーん。今回も美味しく、いただきました。

2012年12月3日月曜日

高校生アスリート

NHKのスポーツニュースで、試練を乗り越えた女の子の高校生アスリートを二人、紹介していた。
 一人は、11月にスキージャンプのワールドカップで、見事優勝した高梨沙羅という選手。
今年の三月にワールドカップで優勝したのだが、そのあとスキージャンプにはルール改正があって(何だかわからんが、スキーのジャンプ競技というのは、日本人が勝つと必ず日本人に不利なルール改正がなされるようだ。ルールを変えた人間には、正々堂々とか、スポーツマンシップなどはないのかね。)、彼女には不利となった。(ジャンプスーツを浮力がなくなるように身体にピッタリするものに変えられたのである。身体の小さい人間には不利となる。)
しかしながら彼女は、その不利を踏み出し等で克服、見事にワールドカップで二勝目をあげたのだ。
 もう一人は、バドミントンのジュニア世界チャンピオンになった
奥原希望(のぞみ)という選手。
彼女は高校生で全日本のチャンピオンになったのだが、そのチャンピオンというプレッシャーから、その後さっぱり勝てなくなってしまった。悩んでいる時に目にしたのが、サッカーのセリエAでプレーしている長友の本だったという。
彼の「ポジティブシンキング」に学び、自分の気持ちを変化させていったのだそうだ。
二人とも、150センチそこそこのかわいらしい女の子なのだが、その肝っ玉は相当太いように感じられた。




2012年12月2日日曜日

常寂光寺

御殿場に白いものが散らついた。
初雪は例年より早いようだ。

毎年、暮れには京都に出かけることにしている。
今年は、まだ紅葉の時期に間に合いそうだということで、混雑を覚悟の上で嵐山に行ってみた。
予想通り、どこも人人である。
写真は「常寂光寺」、写真にはそれほど人は写っていないが、これは人の切れた瞬間をねらったもので、実際にはこの前も後も人だらけなのである。

「常寂光寺」というのは、和歌にも度々登場する「小倉山」の中腹にある日蓮宗の寺である。
「小倉山峰のもみじ葉心あらば今ひとたびのみゆきまたなむ」の「小倉山」である。
また、百人一首の制作者と言われる「藤原定家」の山荘があったとうのが、この「常寂光寺」なのだそうだ。
そう言えば「百人一首」の前に、「小倉」をつけて、「小倉百人一首」と言うね。

2012年12月1日土曜日

スキー人口

スキー人気が陰っているそうである。愛好者人口は最盛期だった1993年の三分の一に減っている。したがって、どこのゲレンデもすいているらしい。結構なことだと思うが、スキー産業にとっては、笑い事ではすまされない。
困ったものだ。
スキーというのは、ある程度歳をとってもできるのがありがたい。
世の中にはすごい人もいるもので、プロスキーヤー三浦雄一郎の父で三浦敬三さんは、99歳でフランスのモンブランの氷河を滑降したという。
還暦60歳・古希70歳・喜寿77歳・傘寿80歳
米寿88歳・卒寿90歳と、それぞれに記念の冒険スキーを敢行したそうだ。
すごいもんだ。

2012年11月30日金曜日

心霊スポット②

昨日は「心霊スポット」などと、物騒な言い方をしたのであるが、一体どこが「心霊スポット」なのだ?

 実は、見つかった頭蓋骨のうち、2/3は男性の頭蓋骨であるのだが、残りの1/3は女性の頭蓋骨なのだそうだ。
いづれも16世紀後半の頭蓋骨らしい。
してみると、武田氏と北条氏の戦いの中で、男性も女性も亡くなったということなのだろうか。
戦であれば、男性の頭蓋骨が、ほぼ全体をしめても不思議ではなかろうに。
女性の頭蓋骨は何を物語っているのか。

 さらに、頭蓋骨のうち、右の頭蓋骨が98で、左が105だという。
左右の頭蓋骨の数が異なっているのだ。
足りない右の頭蓋骨は持ち去られたのだろうか。
そして頭蓋骨は上部が切り取られているようなものもあるとか。
これは何を意味するのであろうか。
何かの儀式なのだろうか。
素人の私には皆見当も付かない。


2012年11月29日木曜日

N西の心霊スポット

古典講読の授業中、外を見てみるとグランド横に紅葉した葉っぱが見えた。
おお、これは写真に撮らねばと、空き時間にグランド沿いに歩いて行くと、グランドとなりにある寺の塀際になにやら石碑がある。
石碑に曰く。
戦国時代、沼津周辺では小田原北条氏と甲州武田氏の勢力争いが激しくとくに天正八年(1580)の千本浜の合戦は激戦であった。
明治33年の暴風雨で倒れた松の大木の下から、たくさん頭蓋骨が発見され、地元の人達はこの骨を集め、塚を築き、碑を建て「お首さん」と呼んで手厚く葬った。
人骨はこの合戦の戦死者のものと言い伝えられてきたが、昭和29年、人骨研究の権威鈴木尚東大教授の調査により当時のものと確認された。
おびただしい頭蓋骨の数や刀傷の深さから、戦いの激しさがうかがわれ、とくに十代後半の若者の骨の多いことが注目されている。

おお、これは首塚ではないか。
しかも、ここには100体以上が埋葬されていたという。
N西に隣接してこんなところがあったとは。

(写真は石碑の横にあった石仏、大正五年と刻んである。)

2012年11月28日水曜日

子の神社


先日の散歩の途中にあった神社。
「二の岡」の山の中にひっそりとたたずんでいる。
「子の神社」と書かれている神社である。

 実は、「子の神社」というのは御殿場の他の地区(沼田)にもあって、(こちらは「子之神社」と書く。)
どちらかというと「子之神社」のほうが、「湯立神楽」などで良く知られている神社だ。
どちらも無関係ではないと思うが、よくはわからない。
また御殿場には他にも大きな杉の木で有名な「子之神社」もあるそうだ。
うーん何だか郷土の歴史好きなオジサンのようになってしまった。
 
 さて、歴史はよくわからないが、私が興味を持ったのは、「子」という漢字である。
日本語では「ね」とか「こ」と読むが、これは中国伝来「餃子」の「ざ」でもある。また朝鮮語では、「じゃ」ともよむらしい。さらに日本の女性の名前に「子」がつけられたのも、何か意味があるにちがいない。
このあたりは今度じっくり調べてみることにしよう。

2012年11月27日火曜日

チョウザメ

日曜日のテレビを観ていると、チョウザメのことが話題となっていた。チョウザメの特徴というのは
①外観が鮫ににている。
②シーラカンスと同世代。
③背中のウロコが蝶々の羽根に似ている。
④淡水魚である。
などである。
「鮫に似ている」とあるように、チョウザメは、実際鮫でない。
なんでも鮫という表現をしているのは、日本と韓国だけだという。性質もおとなしく、鮫のように鋭い歯もない。
チョウザメの「チョウ」は③にあるが、ウロコが蝶のようなので、チョウザメとなったということだ。
 さて、テレビでは広島県の山の中で、このチョウザメの養殖をやっている人のことを取り上げていたのであるが、目的は勿論、チョウザメから採れる高級食材の「キャビア」だ。
チョウザメの卵である。
なんと、一匹のチョウザメからは600グラムの「キャビア」が採れ、この市場価格は18万円だという。
凄いなあ。
これからはチョウザメかもしれないね。

2012年11月26日月曜日

二の岡の紅葉

昨日までの写真は、去年の冬の二の岡神社であったが、本日はまた今年の十一月の写真にもどった。
今年の御殿場の紅葉はなかなか見事である。
今日(11/25)もカメラを持って二の岡あたりをブラブラしてみると、あちらこちら紅葉の盛りが見られた。
紅葉と言っても、これがなかなか難しい。
この写真のように赤が勝ってしまうと、ちょいとイヤミになってしまう。
だからと言って紅葉の盛りに、まだ遠い葉というのも色気がない。
これは、人間と同じなのかもしれない。
若すぎてもいけないし、自信がありすぎてもイヤミになる。枯れてしまってはもう意味がないのである。

2012年11月25日日曜日

同窓会

今から35年前に担任をしていた生徒との同窓会があった。
当時15歳の少年が、もう50歳のオジサンである。
不思議なもので、それぞれ格好は以前と違っていても、心のほうは以前に戻る。
生徒はいつまでたっても生徒なのだ。
それは何故かと考えてみると、年齢の差というものが絶対に逆転しないからある。
みんなかわいらしいのである。
これは、けっして、上から目線ではない。
 また、教師特有の感覚であると思うのだが、とても懐かしく、とても甘酸っぱいような感覚も同時に起きる。
懐かしさとは、文字通り懐かしさである。
そして甘酸っぱさとは、自分の当時の考え方であるとか、教え方であるとか、その時の未熟さが思い出されるのかもしれない。
いずれにしろ楽しいひとときであった。
分校の皆さん、どうもありがとう。


2012年11月24日土曜日

舞姫③

舞姫③
週刊誌を見ていると、たまたま鴎外のことが載っていた。
週刊誌に曰く。
鴎外の最初の妻である旧姓赤松登志子は一子「於菟(おと)」を生んだが離縁されている。
「於菟」は祖母(鴎外の母)峰子に育てられたが、祖母から父母の不和の理由をこう聞かされている。
「(登志子は)なにしろ鼻が低くて、笑うと歯ぐきがまるみえだから」「他のことは我慢できても、奥さんのきらいなのは我慢できないものだ」「美しいというのは大切なことだ」
 これを読む限り、鴎外とういうのは、どうも奥さんが不細工であったために、離縁したように思われる。ひどい話だ。
また、鴎外は母と最初の妻との子である於菟が住む家と、新しい妻と四人の子が住む家と、二つの家を持ったということである。
そして、その二つの家で、子供たちにとっていた鴎外の態度というのも、常に曖昧であったそうだ。曖昧は「舞姫」の豊太郎そのものだね。

2012年11月23日金曜日

舞姫②

舞姫②である。
「舞姫」の授業を自分でやっていて、いつも気になっていたことがある。
それは「舞姫」の「姫」である。
ここに登場する「エリス」という少女は、どう考えても「踊り子」なのだ。
 「舞姫」の「舞」は少女が「踊り」を踊る職業なのだから納得がいく。
 一方「姫」というのは、高貴な人の娘で未婚の女性をいう言葉である。
貧しい家の(話の中にも、「手足のか細くたおやかなるは貧家の女に似ず」の言葉あるのです。)エリスがどうして「姫」なのだ。
確かに、雅語(古代・中世の詩歌や物語・日記の中に用いられた和語)では女性の美称として、方言では女性の意に用いられるのが「姫」である。
おそらく、鴎外は女性の美称として使用したのだろうが、鴎外の女性への接し方(実生活において女性には、けっして優しくないようだ。)をみると、どうも納得がいかない。
森鴎外の「踊り子」というよりは、森鴎外の「舞姫」のほうが、様にはなるけれどね。


2012年11月22日木曜日

舞姫

季節はすっかり冬らしくなってきた。
冬と言えば森鴎外の「舞姫」。
何の脈絡もないように思えるが、実はわたしにとって、三年生を担当している年であれば、冬を迎える時期に行う現代文の授業は、かなりの確率で「舞姫」ということになる。
 何故なら、ほとんどの教科書が、この作品を三年生の現代文に掲載している。そして、それは教科書の後半にある。
これが「冬に舞姫」の理由だ。
どの学校に転勤しても、それは同様である。
 次に、「舞姫」では、ドイツの寒い冬の描写がよく出てくる。なんてったって、道路の雀が凍え死んでしまうのだから。
これも、冬と言えば「舞姫」の理由だ。
 そして「舞姫」は長い。
その気になれば、二ヶ月間、これだけで過ごせる。
そのくらい長い作品である。
従って十月頃に始めても、終わるのが十二月にかかる頃になってしまう。
これは、もうひとつオマケの理由だ。

2012年11月21日水曜日

写真はN西の球技大会。
一年生の女子がハンドボールの試合の前に輪を作って、気合いを入れているところだ。
ところで、「輪」いうのは、「車」偏に「りん」の音をつけて「輪」となる。
「輪」というのは、車輪の意味は当然だが、副詞に「順番・かわるがわるに」の意味があり、形容詞では、「高く大きい」。
 また動詞では、「振り回す」の意味を持つ。
予想していた「和」の意味がなかったのは、とても残念だ。
この写真で見る限り、「みんなで協力して行こう」の「和」の意味は必要だよね。

2012年11月20日火曜日

妓王のこと

日曜日にNHKの大河ドラマ「平清盛」を観た。
「平清盛」は大河ドラマにしては、極めて不人気な番組であって、まわりの人の意見を聞いていても、「人物が複雑すぎて、疲れてしまう。」など、マイナス評価が多かった。
 しかし、私は「へそまがり」なので、そういう評判の番組は「意地でもみてやるぞ。」という気になり、今でも日曜日には欠かさず観ることにしている。
 さて「平清盛」であるが、今回は「妓王」という白拍子(この時代の踊り子)が登場した。番組の中では、短い時間での登場であったが、「妓王」に関してのエピソードはとても悲しい。
古典の「平家物語」にそれはあり、清盛の横暴さを表現することによく使われる話でもある。
 一時、清盛の寵愛をうけた「妓王」が別の白拍子「仏御前」の登場によって、いとも簡単に捨てられてしまう。
簡単に説明すればこんな話なのだが、最初、清盛に追い返されそうになった「仏御前」を、無理を言って、清盛に会わせたのが「妓王」なのである。
つまり、自分が良かれと思ってしたことが、やがて自分を不幸にしてしまうパターンなのだ。
時に、人の運命っていうのは悲しいものだね。

2012年11月19日月曜日

厨仙

TBSの「情熱大陸」を観た。
京都の「菊乃井」という有名料亭の料理人が、英国のロンドンに「厨仙(クリセン)」なる料亭をオープンさせる様子をドキュメントした番組であったのだが、結構面白かった。

そのコンセプトが、日本料理を単に英国にもっていくのではなく、言い方は難しいが、「英国の日本料理」なのである。
例えば、マグロとイチゴの「巻きずし」とか、綿飴を砂糖代わりにした「すき焼き」だとか、我々日本人にしてみると、かなり意表をつかれてしまう。
しかし、「世界に出て行く日本料理」を考えた時には、これは理屈にあった手法だと思う。
インドから来たカレー。
中国から来たラーメン。
両方とも日本では、本国のものとはかなり異なった料理になっている。
これらは「日本のインド料理」「日本の中国料理」の代表的なものであろう。
おそらく、日本に根ざしている外国の料理は、皆日本風のアレンジが加えられているように思えるのだ。

さて、「厨仙」の現地の評判であるが、「五つ星」を与えるものと、「酷評」のものと、見事ふたつに別れていた。

2012年11月18日日曜日

恐ろしい時代

週刊誌のコラムで、池田清彦という早稲田大学の教授がこんなことを言っていた。
それは、哲学者の鷲田清一が「近代化とは生活に必須なインフラを他者に任せていくプロセスのことだ。」と言ったことに関して意見を述べているのだが、
「我々の多くは、水も食糧もエネルギーもお金さえあれば、いくらでも手に入ると思っている。しかし、ひとたび、これらの供給システムに不調が起きて、金を出しても入手できないとなると、供給元に文句言う程度のことしかできない。」
 つまり、近代化というのは、自活可能性を奪われていくプロセスのことだと。
さらに、「我々は自己家畜化している。」とも言う。
確かにその通り、というしかないだろう。
明日から、自給自足の生活をしろと言われても、為す術はない。
水も電気も食糧もない状況で、我々は飢えていくのであろう。
恐ろしい時代が来ているのである。

2012年11月17日土曜日

ビートルズを百倍楽しむナントカ

以前録画しておいた「ビートルズを百倍楽しむナントカ(正確なタイトルは忘れてしまった。)」という番組を観た。
その番組のなかで、ジャズピアニストの山中千尋が、とても面白いことを言っていた。
彼女は、桐朋学園(音大)からアメリカのバークリー学院に進み、バークリー学院を主席で卒業
の才媛である。
今はジャズだが、当然クラシックをがっちり勉強してきている。
その彼女がいうには、ビートルズの曲というのはクラシック音楽では曲を作る時に「こうしたらダメだ」ということを、すべてやっている曲があると。
しかし、そこに面白さがあり、凄さがあるとも。
その説明の例として、デビュー曲の「ラブ・ミー・ドゥー」をあげていた。
確かに「ラブ・ミー・ドゥー」は退屈してしまいそうな曲だ。
ところがである。
この曲は、耳に残る曲でもあるのだ。
耳につくとでも言ったほうが良いのかもしれない。なにはともあれ耳から離れないのである。
ビートルズはやっぱり凄いなあ。
(写真は私の好きな4枚のアルバムです。)

2012年11月16日金曜日

球技大会

N西は球技大会であった。
所変われば品変わるというように、球技の種類は各学校によって、変化するようだ。
やはり定番は、バレーボールにバスケットボールであろう。
N西もこの二つに、ハンドボール、サッカーが入ったものであった。
 さて、私が経験してきた学校での変わり種と言えば、F高であろう。今はどうなっているのか分からないが、当時は恐ろしいことに、三年の男子はクラス対抗でラグビーをやっていたのである。ラグビーというのは、何といっても合法的に敵を転倒させることができる唯一の球技なのだ。
この十一月に来て、大きな怪我でもしたら受験がすべてパーになってしまう。
これは担任にとっては冷や汗ものであった。
そして、その心配が見事に当たり、私のクラスのF君という生徒は腕を骨折してしまったのである。不幸中の幸いは、折った腕が左腕であったことだった。
これも、今は懐かしい思い出である。

2012年11月15日木曜日

昔の貯金通帳

部屋の整理をしていると、昔の貯金通帳が出てきた。
どのくらい昔かというと、昭和52年(1977年)の通帳である。
今から35年前の通帳だ。
果たしてこの通帳が有効かどうか、気になって、ネットで調べてみると、これはどうも無効のようだ。
だいたい銀行名がすでに変わってしまっている。
通帳の銀行名は、「東海銀行」なのだが、現在「東海銀行」は「三菱東京UFJ銀行」となってしまっているのだ。
ただし、銀行によっては有効な銀行もあるそうなので、万が一の場合もあるかもしれない。
少しだけ期待してみることにしよう。


2012年11月14日水曜日

ブログとは

ちょっと気になっていたことがある。
自分では、いい気になって「ブログ」を書いているつもりであったのだが、果たしてこれは本当に「ブログ」なんだろうか?
ということである。
「ブログ」とは、「Web」を「Log(記録)」するの「ウェブログ」で、その「ウェブログ」の「ブログ」の部分をとって、「ブログ」というようになったのだと言う。
「Web」とは「ドキュメントシステム」であり、これはインターネット上で、文字・画像などをレイアウトして簡単にアクセスできるようにするための仕組み。
何だかわかったような、わからないような、オジサンにとってはなかなか難しい。
 本来、時事ニュースや専門的トピックスに関して独自の情報や見解を掲載するのが「ブログ」だという。
その意味で考えてみると、「は」の字日記本人の日記の要素が強いので、「ブログ」ではないのかもしれんね。