2015年12月30日水曜日

上の山


現在、山形県の上の山というとろに来ている。御殿場を八時半に出発して、こちらに到着したのが午後の三時過ぎ、凡そ七時間のドライブであった。今までは東名高速から首都高速さらに東北道を経由して山形まで来ていたのだが、今年の夏に圏央道という高速道路が 東名と東北道を直接結びつけた。このことにより、おそらく一時間くらいの時間の短縮ができたのではなかろうか。

代は時短を生むのである。

2015年12月29日火曜日

ブルーダイヤモンド

札幌の大通り公園のホワイトイルミネーションである。
今年は例年に比べると雪が少なく、、この夜も星が出ていたようだ。
ただ、地べたは以前に降った雪が凍ってツルツル。
あちらこちらで人が転倒していた。

ここのところ毎年のようにイルミネーションを見ているが、写真のイルミネーションは初めて見た気がする。
ダイヤモンドをテーマにしているのだろうか。
言ってみれば、ブルーダイヤモンドである。

今、見ているテレビ番組で、側溝の下に隠れて女性のスカートの中を覗いていた男が、逮捕されたことを告げていた。
この事件の男のコメントが、私にはなんともウケタ。

「生まれ変わったら道になりたい。」








2015年12月28日月曜日

「奏(あつ)まる」

昨日は演奏展覧会「奏(あつ)まる」の開催日であった。
写真と書の展覧会「ずんぶり浸る展」の逆バージョンだ。
芸術科音楽専攻の先生たちの発表会に、我々写真と書がゲスト参加するという形である。

「奏(あつ)まる」とは、今回の演奏展覧会に際して付けた会のタイトルである。
最初は「奏(かな)でる」にしたのだが、あまりにもダイレクトだ。
他に読み方はないかと漢和辞典を引くと、「あつまる」の読みがある。
「奏」に、水を意味する「サンズイ」をつけると、「湊」となる。
舟の「あつまる」のが湊だ。
おおー、これは良いではないかと「奏まる」に決定。
音楽と写真と書が「あつまり」、そこに客が「あつまる」のである。

会場は学校から程近い「千本プラザ」。
ちょうど演奏用の小ホールと簡単な展示ができるロビーがあり、写真と書はそのロビーに、という具合であった。
(展示が11時~16時まで、演奏会が13時30分~15時。)

今回の主役は、あくまでも音楽。
我々は至って気楽。
我々にも演奏会の途中に舞台での挨拶。
これも極めて気楽。

当たり前であるが、やはりプロはプロだなあ。
滞りなく演奏は終了。
良い演奏会であった。

帰りに芸術科美術専攻の生徒達の卒業展に寄る。





2015年12月27日日曜日

晴天スキー

今回の北海道行きにおいて、一番の幸運は「天気」であった。
初日、二日目と晴天であり、特に二日目の札幌国際スキー場でのスキー時に晴天であったことはラッキーこの上ない。

写真はスキー場の頂上であるが、左下には小樽の港が見えている。
こんな景色を見るのは何年ぶりだろうか。
やはり、スキーというのは晴れてナンボなんだろう。

このスキーで、気のついたこと。
「スキー場には何と老人の多いことか。」

頂上まで行くゴンドラの中に乗り込んでくるのは、我々より上か、もしくは同年代の人達ばかりであった。

2015年12月26日土曜日

鴇の家

札幌のラーメン屋、「鴇(とき)の家」である。
下の写真を見ると分かるが、下の写真はどう見てもニワトリなのである。
それが何故「鴇の家」などというネーミングにしたのか、よく分からない。
何はともあれ「鴇の家」なのである。

北海道の新千歳空港を17時発のフライト。
その前に、ひとつ札幌ラーメンをということで、
前から気になっていた「鴇の家」に行ってみたのである。
札幌ラーメンというのは、基本的には味噌なのだが、この店は塩で有名な店である。
実は以前、この店に行って「味噌ラーメン」と頼んだところ、ここのオヤジサンに「ちっ」という顔をされたのだ。
「ウチのウリは塩なのに、この客は塩を頼みやがったぞ。」
と、いった感じ。

つまり、今日は「ウリ」である「塩」を確認に行ったのである。
結論から言うと、ここの「塩」は美味い。
私がイメージしていた「塩ラーメン」とは異なり、例えるなら「醤油のような塩」とでもいうのか、不思議な味であった。





2015年12月25日金曜日

余市

昨日晴れていた交差点が今日は雪景色である。
北海道の天気というのは、本当に恐ろしいのです。
去年、ブームだった「余市」まででかける。
途中、雪が激しくなって、わざわざ「余市」までやってきたのに、いったいなんていう天気だとブツブツ言いながら到着。
弱り目に祟り目とはこのことか、なんと目標にしていた「ニッカウィスキーの醸造所がおやすみ。
何のためにここまでやって来たのだと、さらにブツブツ。
まあ、こんな日あるのだと、最後はあきらめの境地。
さんざんな一日であった。



2015年12月24日木曜日

札幌国際スキー場

札幌国際スキー場にてスキー。
天気は快晴。
こんなに天候に恵まれたのは久しぶりである。
おかげで足はガクガク、腕はこりこりである。
三キロ近い斜面を八本滑ったのだから無理もないのである。
それにしても、北海道スキーは何故こんなに楽しいのだろう。

夜、去年の3年の北大生Nさんが宿泊先まで来てくれた。
大学生になって、立派なレディーになったね。


2015年12月23日水曜日

今日より北海道

北海道への出発である。
この時期の北海道は、比較的天候が安定しているのがかつてのイメージであったが最近はどうもそのイメージが変わってきてしまっていた。
ただし、今回の北海道は、かつてのイメージ通り。
無事、千歳空港に到着することができた。

さて、天候は良かったのであるが、やはり北海道は寒いところ。
千歳がマイナス2度、富良野に至ってはマイナス20何度とかいうことであった。
今後はどうなるこやら。

2015年12月22日火曜日

忘年会

N西の忘年会である。
こうやって忘年会に参加するのもあと何回になるのだろうか。

今年の会場は、一昨年と同じ場所であった。
長岡温泉、楽山安田屋。
この宿屋の面白いのは露天風呂である。
屋上に露天風呂が四つあり、それが全部「貸し切り」になっているのである。
貸し切りなので、中から鍵をかけると、他の人は入れない。
風呂には一人でも、二人でも三人でも貸し切ることができるのだ。

このスタイル果たして良いのか悪いのか。




2015年12月21日月曜日

口内炎

舌の先っちょに口内炎が出来てしまった。
痛いんだな、これが。
言葉を発するのにも影響がある。
ラッキーなことは明日から授業をすることがなく、喋らなくてもいいことだ。
お喋りは、舌があるからこそできるのだということがこれにより、よーく分かった。

何はともあれ、物事には理由がある。
今回の口内炎もオノが暴飲暴食によるものであることには間違いない。
よーく反省することにしよう。

2015年12月20日日曜日

桜エビ

由井の漁港まで桜エビを食べに出掛ける。
何でも桜エビというのは、駿河湾でしか獲れないエビらしい。

獲れないと書いたが、実は東京湾、相模湾にも桜エビは分布しているのだそうだ。
ただ、漁獲対象となっているのが駿河湾のみであるということらしい。
なお、天敵は人間と外洋性のハダカイワシやイカである。

今日は「桜エビのかき揚げ丼」を食べたのであるが、やはり最高に美味いのは、生の桜エビにわさび醤油だよな。

2015年12月19日土曜日

新潟ラーメン

 何日か前に放送された「秘密のケンミンショー」という番組で「新潟ラーメン」を特集していた。

私が以前食べたことのある「新潟ラーメン」と言えば、超コッテリラーメン。
とんこつ醤油に太麺、玉葱のみじん切りにチャーシュー、そして極めつけはスープの表面をおおう大量の背脂というものであった。
右の写真のようなラーメンである。
(もっとも写真のラーメンはちょいと大盛りすぎるのだが。)
何はともあれ、カロリー何するものぞといった趣きのあるラーメンだったような気がする。

しかしながら、番組を見ていると、「新潟ラーメン」というのは、もっと奥が深く、実際にはもう少しバラエティーに富んだものであった。

「新潟あっさりラーメン」
「燕三条背脂ラーメン」
「長岡生姜醤油ラーメン」
「新潟濃厚味噌ラーメン」
「三条カレーラーメン」

ふーん、こんなにあったんだ。
新潟のI君、今度紹介してね。







2015年12月18日金曜日

こちとら

時代劇などに使われる言葉に「こちとら」という言葉がある。

例えば「こちとら、江戸っ子でぇい」などと使われる。

「こちとら」とは「此方人等」と書いて、「自分たち」の意の口語的表現だという。
「と」は人の意。
さらに、代名詞「こちと(此方人)」に、複数を示す「ら(等)」を加え、おれたちとなる。
また、単に自分の意にも用いられることもあるようだ。

さて、ここまでは何となくと理解できたが、「こちと」の部分がイマイチ納得がいかない。
もう少し勉強せにゃあいかんね。










2015年12月17日木曜日

落ち葉

N西という学校は樹木の多い学校である。
敷地内の樹木が多いのは勿論だが、道を挟んだ西側に千本松原があり、更に樹木の数をプラスしている。
さて、その多くの樹木を強い風が揺らす。
そして、風によって散った葉が・・・・・

オー、マイゴッド。
私の車のボンネットは、御覧のとおり。
しかしながら、よくよく見てみると、赤い葉や黄色の葉がバランスよく散って、これはこれでオツなのかもしれない。



2015年12月16日水曜日

日帰り温泉

久し振りに、日帰り温泉「紅富士の湯」。
10月、11月と内装工事のため休館していたのだが、最近リニューアルオープン。

なんだか分からんが、どさくさに紛れて700円が800円にリニューアルされていたぞ。
入浴の施設はほぼ変わっていないのに、値上げとはケシカラン。

まあ、ケシカランにはケシカランが「湯」自体は相変わらず気持ちが良い。
なんと言ってもここのウリは庭園露天風呂だ。
今日も晴れていたので、風呂に浸かりながら富士山を眺めるという、極めて贅沢な入浴を楽しめた。



2015年12月15日火曜日

アイスマン福留

「マツコの知らない世界 2時間スペシャル」という番組を観た。

その中に「濃厚&リッチ、絶対に買うべき冬アイス19品」のコーナーがあり、
1日3個×5年間食べ続けるアイスマン福留」なる人物が出ていていろいろなアイスを紹介していた。

なんでもコンビニアイス評論家なのだそうだ。

驚いたのは「あずきバー」をチンすると、「ぜんざい」になる・・・・のくだり。
さらに、究極のコラボ。
「あずきバー×雪見だいふく」の紹介。

味は十分に想像できる。

当たり前と言えば当たり前なのだろうが、ちょいとそこには気がつかなかったね。



2015年12月14日月曜日

「理性の追求」より

センターテストの演習において、西村修「理性の追求」という、ちょいと面白い文章を見つけた。

「われわれは夜空の星を(現在)のものとして見るが、実際に見えているのは星々の(過去)の姿である。」

うーん、確かにそうだ。
われわれ目の前に広がっているものが(現在)の光景だと思い、これが(現実)の宇宙だと思っている。
だが、実はわれわれが見ているのは(現在)ではなく(過去)なのだ。
われわれは常に現在から過去を見ているのだ。

さらに作者は言う。

「人間の視覚は光のある空間に限られた能力であり、実際には宇宙空間に作用する(時間)を(見る)ことはできないが、それを見ようとして望遠鏡で観測することは、(見る)ことと離れて時間の痕跡を収集し、宇宙の(闇)を触知する。」

つまり、見ることはできないが「それでも人間は宇宙を見ようとする姿勢」を持つのである。


2015年12月13日日曜日

花輪くんのお母さん

三年生は最後の模試。
今日の模試は成績云々よりも、本番のセンターテストのシュミレーションである。
みんなしっかりシュミレーションできたかな。

帰宅途中に「ちびまる子ちゃん」を観ていると、花輪くんのことがいろいろ分かった。
まず、花輪くんのお母さんは二十代であるということ。
花輪くんは小学校三年生(八歳)らしいが、お母さんが花輪くんを生んだのが二十歳の時だとか。
したがって、現在花輪くんのお母さんは二十八歳か?

次に学級委員の丸尾くん(まるおくんというのは名前かと思っていたら、丸尾末男のまるおだった)。
この丸尾くんのお母さんは四十代後半だということ。
ということは、丸尾くんのお母さんは四十過ぎで丸尾くんを生んだことになる。
所謂、四十過ぎの恥かっきっこというやつだ。

丸尾くんは花輪くんのお母さんを見てショックをうけるのだが、結局、お母さんが外国に行ってしまって、めったに会うことがでない花輪くんよりも、いつも「お母様」から大事にされている自分のほうが幸せではないかと、思うのでした。



2015年12月12日土曜日

町内会忘年会

町内会の忘年会があった。
今どき、町内会で忘年会をやるところも珍しいのではなかろうか。
ただし、忘年会という名の会だが、実態は老人会の様相が強い会なのである。
恐らく、平均年齢は七十歳を軽く超えているであろう。

私の住んでいるところは、かつての新興住宅地というところで、同じような年齢の人がマイホームの夢を持ち、その実現場所として購入したであろうところだ。

したがって、それぞれの家が同じように子育てをし、子供たちは同じように巣立って行き、そして年寄りが同じように残ってしまっている。
私のように、定年間近になって移り住んできた人間は極めて珍しいのである。

たぶん、今の日本にはこのような場所がたくさんあるのだろうね。





2015年12月11日金曜日

お飾り

帰りがけにショッピングセンターに寄る。

世の中は、クリスマスと正月のムードいっぱい。
何がクリスマスと正月かというと、そのグッズである。
クリスマスの樅の木に吊す様々なグッズ。
六十を過ぎたジジイでも何となくワクワクする。
不思議なもんだ。

一方、正月グッズも出始めた。
正月グッズと言えばお飾り。

ところで、このお飾り、正月飾りの意味であるが、どうも今ひとつはっきりしない。
ネット検索をしてみると、「年神様をお迎えする」飾りというのが、その意味であるようだ。
では「年神様」とは一体どんな神様なんだろう。

年の神というくらいだから、毎年毎年異なった神様が来るのだろうか?
どこから来てどこに帰る神様なんだろう?
迎える時だけ飾りを用意して、送る時には何にもしないのか?

考えれば考えるほど分からない神様なのである。

尚、年神様のいる方角を「恵方」といい、平成28年は南南東らしい。



2015年12月10日木曜日

おやつ

朝の通勤の車の中、FM放送を聴いていると「三時のおやつ」の「おやつ」とは何か、と言う問題が出されていた。

これは江戸時代の時刻の数え方「八つ時(午後2時から4時前後)」に由来すると言う。

日本では、古くは食事が朝夕の一日二食であったが、農民たちが体力維持のため、休憩時に軽食をとった。
これを中食(ちゅうじき)、あるいは間食(かんじき)などと呼んだそうである。
さらに元禄時代に一日三食が一般化して、この頃に「おやつ」の語が出現したということである。

ヘー、なるほどね。



2015年12月9日水曜日

名声・権威

アキレス腱にやや不安があったので、抑え気味のテニスであった。
年寄りに無理は禁物である。

今朝の新聞に夏目漱石のことが書かれていた。

漱石が、国から博士号授与を断った話はよく知られる。そのときの言葉がいい。
「今日までただの夏目なにがしとして世を渡って参りましたし、これから先もやはりただの夏目なにがしで暮らしたい」
権威に向き合う自由な精神にあふれている。

さすが漱石である。

新聞はさらに
名声や権威に人は弱い。
巨匠の絵と知れば見え方は違い、国宝の仏像と聞けば背筋は伸びる。
とも言う

本当にその通り。
名声や権威と言われるもの、必ず自分の目で確かめるべきだ。

2015年12月8日火曜日

消しゴムの紙カバー

昨夜の深夜番組?
深夜0時をまわっていたので今夜か?
兎に角、深夜番組を見ていると、
身近な疑問が提示され、それに答える態の内容の番組があった。

例えば、「消しゴムについているカバーのような紙は、何のためにあるのか?」
とか、「台所の魚焼きグリルのトレイには、何故水を張るのか?」
などである。

さて、「消しゴム」の紙の役目は何のためかというと、
消しゴムの中には可塑剤と呼ばれるプラスチック製品を柔らかくする薬剤が使われている。
消しゴムに含まれるこの可塑剤がくせ者なのだ。
プラスチック製の筆箱と消しゴムが接する時間が長いと、消しゴムがプラスチックを溶かしてしまう。
(消しゴムがケースにくっついている光景はよく見る光景だ)
したがって、それを防ぐためにあるのが紙ケースであると。

ふーん、しらなかったなあ。
因みに、「グリルトレイの水」は、「水がないとトレイにたまった魚の油分が発火してしまうから」ということである。


2015年12月7日月曜日

この木何の木?

先週の日曜日、御殿場の高根あたりだったと思う。
どこかの会社の駐車場にあった樹木である。
これは木と、その木に巻き付いた蔦のような植物なのか?
それともこういう種類の木なのか?
最近、御殿場地方ではよく見られる風景である。

ちょうど木の横に「世界遺産」も入れることができた。
また、その「世界遺産」のさらに横には、一見縦に延びた雲も見られる。

さて、昨日の「正義の哲学」のブログについて新潟の友人から「お叱りのメール」がきた。
友人曰く


ところで、ブログの「正義の哲学」についてイチャモンを付けたくなった。
「真実」の概念の問題かもしれないが、「宗教的決断」によって「真実」が見えるというのは
まさに金目当ての新興宗教のキメ台詞のように感じる。
宗教を否定はしないが、そもそも哲学と宗教は相反する思考で、その昔ギリシャでも
殺し合いがあったくらいの関係である。宗教指導者にとって哲学は邪魔な学問だ。
ISの自爆テロも「宗教的決断」によって「真実」が見えたのだろうというのは、あまりにも
危険な書き方だと思う。自爆テロを擁護していると勘違いされる表現ですぞ。
罪の無い人がテロによって殺害されることは、「真実」によってではなくて「真実の錯覚」であると
声を大にして言うべきである。
と、まあ感じた次第です。



うーん、私の文の拙さが出てしまったようだ。
これで「自爆テロの擁護」と、とられてはタマラン、タマラン。
私はすべてのテロを支持しません。
念のため。

「宗教的決断」というのは「理性と対極にある決断」のことだ。
まず、絶対的なものがあり、その絶対者が「正しい」と言ったことは、決断者にとってすべて「正しい」ことになる。
つまり「信じて疑わない」ことだ。
正確に言えば「宗教的決断」により「真実と思わされているもの」が見えるのである。






2015年12月6日日曜日

正義の哲学

センターテスト平成26年の国語追試問題に、「正義の哲学」という田島正樹の評論文が出題されている。

その中に、「宗教的決断」というキーワードが出てくる。
「信じる決断をした人だけに見えてくる真実」があり、それは決断に先立って見ることはできない。

なかなか鋭い指摘だ。
「宗教」というのは「信じる決断」によって「何らかの真実」を見ることができるのである。
確かにそうだ。
何かを信じることによって何かが見えるのだろう。
逆に言えば、信じなければ何も見えない。
(私なんぞはいつも何も見えていない。信じるものがないからなのだろう。)

最近の「イスラム国」の起こす自爆テロは、まさにこれなのだろう。
彼らは「宗教的決断」によって、きっと「真実」ををみるのであろう。

2015年12月5日土曜日

桂花ラーメン

新宿西口のヨドバシカメラ近くをふらふらしていて「桂花ラーメン」を発見した。

「桂花ラーメン」というのは、熊本ラーメンのひとつで、豚骨鶏ガラスープにマー油(にんにくを揚げた油)という独特の風味をもった油を使用しているかなりクセのあるラーメンである。
おそらく、このラーメンを食べた人は、好きか嫌いかのどちらかの感想をもつだろう。

私は幸か不幸か、前者の感想をもってしまい、東京でこの店を見付けると、必ず入ることになっていた。
残念ながら今回は、食事をした直後だったので流石に食べることはできず、泣く泣く引き上げたのである。


2015年12月4日金曜日

マイケル・ウォルフ

新宿駅西口の夜景である。
いつの間にかこんなにビルが建ってしまったのだよなあ。

さて、お茶の水に「ディスクユニオン」というCDショップがある。
ここは従来のCDのほかに中古のCDも販売もする。
かつてのレコードとは異なり、中古のCDは(CDというものはコーティングを施してあるので)音的には新品とそれほどの違いがない。
ということで、今回も五枚ほど中古のジャズCDを購入してみた。

掘り出し物①
「JUMPSTART」
マイケル・ウォルフ トリオ

マイケル・ウォルフ、初めて聞く名であった。
1952年生まれというから同い年である。
なんてったって、コマーシャル文句が「遅れてきた新星」というのだから。
ライナーノーツにもあるが「ミュージシャンとしてというよりは、音楽ビジネスの世界で実力をつけていった」ピアニストなのだ。
一言でいうと、ピアノの1音1音がとてもキレイで、不思議な感覚のメロディーである。

私の大好きな、デューク・ピアソンンといって、やはりミュージシャンより音楽プロデューサーで活躍していたピアニストがいたが、どうもそんなイメージである。

演奏スタイルはまったく違っているがね。




2015年12月3日木曜日

とんかつ「いもや」

東京神田神保町に「いもや」というトンカツ屋がある。
昔から古本屋街に出掛けた時には、必ず寄ったのが「いもや」だ。
もっとも昔はトンカツの「いもや」ではなく、天丼の「いもや」だった。

さて、トンカツの「いもや」、暖簾をくぐって中にはいると、「とんかつですか?」の声がかかる。
メニューは二種類しかないのだ。
「とんかつですか?」に対して、頷くかあるいは「ひれかつ」と答えるかのどちらかである。

「とんかつ800円、ひれかつ1000円」
こちらも分かりやすい。

今どきトンカツ定食800円
何と安いことか。

2015年12月2日水曜日

水天宮

今回の東京行きの目的の二つめは、お茶の水でジャズのCDを買うためであった。

一つめの目的地「たばこと塩の博物館」のある「押上」から再び地下鉄半蔵門線に乗った。
降りる駅は神保町なのであるが、途中「水天宮」の文字が気になって、ここで途中下車。

何故気になったのかというと、落語の「子褒め」?の中に「水天宮」の地名があり(実は私、高校時代に落語研究会に所属していたのです。)、以前から行ってみたいと思っていたのだ。

ウィキペディアで調べると、水天宮とは、江戸時代より安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集める神社である。

仏教の神である「水天」の信仰は、神仏習合の時代には「水」の字のつながりで「天之水分神(あめのみくまりのかみ)・国之水分神(くにのみくまりのかみ)」と習合とかなんとか。
水分神(みくまりのかみ)は、本来子供とは関係なかったが「みくまり」の発音が「みこもり(御子守)」
に通じるというので、「子育て」の神、子供の守り神として信仰されるようになったのだと。

さて、現在、安産も子育ても関係ない私であるが、何はともあれ、お参りしようと地下鉄の駅から地上に出たのであるが、ななーんと水天宮は工事中、お参りは出来なかったのであった。

本来であれば、下のような建物が見られるはずだったのだがね。

Tokyo-suitengu.jpg














2015年12月1日火曜日

たばこと塩の博物館

何ヶ月ぶりかの東京。
今日の一番の目的は、たばこと塩の博物館で開催している「浮世絵と喫煙具(世界に誇るジャパンアート)」を観るためである。
この博物館、以前は渋谷にあったのだが、今年より押上に移転、スカイツリーのすぐそばである。
写真のように、見あげるとスカイツリーといった感じだ。

新宿から地下鉄丸ノ内線、大手町乗り換えで半蔵門線と乗り継ぎ、押上(おしあげ)到着。
この地は初めてであるが、なかなか面白そうなところだ。

たばこと塩の博物館の良いところは、何といっても入館料が100円というところ。
今どき100円ですぜ。
これで、歌麿とか国芳の浮世絵が観られるのだから、なんともハヤ。
今回は特に、あの作品数の極めて少ない東州斎写楽の浮世絵も観ることができた。

東京篇明日に続く。

2015年11月30日月曜日

白い柿の木

写真は「夜の柿の木」
土曜日に秩父宮記念公園に紅葉を観に行った際のものである。
フラッシュを使わずに露出を長くして撮ってみた。
一眼レフではないのでどうしても手ぶれをおこしてしまう。
ただし、その手ぶれが思わぬ面白さを作ることもある。

真ん中やや上に、柿の実があって本当は鮮やかな「柿色」なのだが、その鮮やかさを夜の闇が消してしまっている。

白い柿の木というのも、なかなかオツなのである。

2015年11月29日日曜日

気ぶっせい

朝刊に掲載されている新聞小説、夏目漱石の「門」を読んでいて、気になる言葉を発見した。
「御米(およね・・・主人公宗助の妻)は、小六(主人公の弟)と差し向かいに膳に着くときのこの気ぶっせいな心持ちが、何時になったら消えるだろうと、心の中でひそかに疑った。」

「気ぶっせいな心持ち」とは何だ?
なんとなく感覚的には分かる。
義理の弟と、差し向かいで食事をしている主人公の妻の気持ちなのだから。

そこで国語事典で意味を調べてみる。
事典には極簡単に載っていた。
「気ぶっせい=気づまり」
予想通り、気詰まりな様子である。

形容動詞「気塞い(きぶさい)」の音変化だという。
考えてみれば簡単なことだが、「気ぶっせい」には何か親しみを感じる。



2015年11月28日土曜日

紅葉ライトアップ

夜、(紅葉ライトアップなのだから夜に決まっているのだが)秩父宮記念公園まで紅葉鑑賞に出掛ける。
暗いので確かなことは言えないが、昨年の紅葉に比べると、どうも鮮やかさに欠けるようであった。
ピークを過ぎたのか?
前なのか?
何れにしても色が冴えない。
また、そのせいかどうか人もまばらであった。

もっとも、今夜は、高尾祭という商売繁盛の夜の祭典が旧御殿場の神社で行われているので、そっちかも知れないが。

2015年11月27日金曜日

「写真家の眼/版画家の眼」

午前中で授業が終了したので、前から行こう行こうと思っていた静岡県立美術館まで出掛ける。

展示タイトルは「写真家の眼/版画家の眼」
最初の説明には、こんなことが書かれていた。

「同じ風景を見ても、あるいは同じ物語を読んでも、その印象や感想は人によって異なります。感動のポイントも人それぞれです。作家についても同じことが言えます。すなわち、素材は同じでも、写真家が心魅かれシャッターを押すワンショット、画家や版画家の記憶に残り、画面に描き出す光景も千差万別です。」

なかなか良いことを言っとる。
確かにその通りである。

ここでは「6つのアンソロジー」と称して、「江戸・東海道」
「オリエンタリズム」「ドイツ」「ローマ」「パリ」「神話風景」
と、時代も国も多様な20人の作家の作品が展示されていた。

うーん、狙いは素晴らしいが、何かインパクトに欠けるのだよなあ。
どなたがプロデュースしたのかわからんが、ものがちと足りない。
おそらく、観覧料600円がそれを象徴していると思うのだが、展示作品の収集予算に限界があったのだろうね。








2015年11月26日木曜日

松葉

N西のすぐ近くにある松林の中を歩いていると、落ちた松葉のかたまり。
強い雨によって流され、それが面白い形を作っていたのである。
写真ではチョイト分かりにくいが、このような形がずっと続いていた。

昨日の御殿場地方は雨。
これでは水曜テニスはないだろう、と思いつつも念のため確認。
するとどうだ、沼津の愛鷹はまったく降っていないと。
おやおや、これは急いで支度。

実にバタバタした一日であった。

2015年11月25日水曜日

アメリカンスナイパー

「アメリカンスナイパー」という映画を観る。
去年、話題になったクリント・イーストウッド監督の戦争映画だ。

この映画はイラク戦争に4度にわたって従軍、アメリカ軍史上最多160人以上を射殺した、伝説のスナイパー、クリス・カイルの自伝をを元にして作られた映画である。

残酷な戦場と幸せな家庭の狭間で精神が崩壊していく男の葛藤が主題だ。
反戦映画と言えば反戦映画なのだろうが、クリント・イーストウッドがつくると、どうもひと味違った反戦映画になるようだ。

戦争なんていうものは、もっと人間の醜い部分が描かれるのが当たり前なのであるが、彼の場合「格好良さ」が先行してしまう。

なお、英雄クリス・カイルは皮肉なことに、アメリカ国内で、戦争で精神を病んでしまった男に射殺されるという最後を遂げるのである。

2015年11月24日火曜日

1970.11.25

「報道ステーション」という番組で、「三島由紀夫」についての特集を組んでいた。
そう言えば、明日11月25日は三島由紀夫が45年前に、「切腹事件」を起こした日である。

その日のことは今でもはっきり覚えている。
事件のことを初めて知ったのは、通学途中の電車の中。
私の前に立っていた人が、号外の新聞を読んでいた。
その見出しは、「市ヶ谷の自衛隊に三島由紀夫が押し入り、幹部を人質に立てこもり、さらに切腹をした」というショッキングな見出しであった。

今、当時の映像を見ても、また当時の印象も、それは非常に理解し難く不可解な行動である。
「三島由紀夫の文学的行き詰まり」としか考えられない。
要するに、天才の行き詰まり自殺である。

芥川龍之介は睡眠薬自殺、太宰治は入水自殺、そして三島由紀夫が切腹自殺なのだ。
この三人、いずれも死の直前の作品は難解である。
精神的に病んでいるとしか思えない。

天才というのは、自分の能力が行き詰まることを何よりも恐れるのではなかろうか。
こんなふうに思うのは私だけだろうか。





2015年11月23日月曜日

テロリズム


午前中に、東京の靖国神社でテロのニュース。
ウーン?テロ?

テロとは、
「政治的に対立する個人または集団に対し、その肉体的抹殺をも含めて、組織的暴力を加える行為をいう。実行者が単独であっても、その動機に一定の政治的主張があれば、テロリズムと呼ぶ。」とある。
ここでいう「政治的に対立する個人または集団」に該当するのが「靖国神社」か?
犯人も分かっていないのにテロはおかしい気もするがね。

もっとも、いろいろ調べてみると「テロリズム」の語の正確な定義には、多数の困難が伴っており、100を超える多数の定義が存在しているという。

「テロリズム」の語源はフランス語の「terrorisme」で、1793年から1794年のフランス革命での恐怖政治(La Terrur)に由来していて、これはラテン語「terreo」から派生した語で「恐怖」を意味すのだそうだ。

靖国神社の事件は、トイレに手製の時限装置をつけた爆発物だという。
どのくらいの殺傷能力があったのか分からないが、何だかテロというより「嫌がらせ」の感じがする。
因みに、夜九時のニュースでは「テロ」の文字は消えていた。


2015年11月22日日曜日

瀬戸内寂聴・密着500日

「瀬戸内寂聴・密着500日」というテレビ番組を観た。
93歳の彼女のパワーには恐れ入る。

あの元気の源は一体何なのだろうか。
昨年、骨折、ガンに見舞われたが、なんのその四ヶ月で復帰したのだそうだ。
この密着取材を見て感じたことは、人間思ったことを直ぐに実行に移すことが肝心であるということだ。
例えば、ふっと思いついて、東京で安保法制反対の集会に参加したかと思えば、次は岩手県平泉のかつて自分が勤めていた寺に出掛けて法話をする。
常に自分の強烈な意志を持ち、その意志を実行に移す。
「やりたいことをやる。」これが彼女のパワーの源なのだろう。

寂庵の玄関にかかっていた「狂風」の書が、妙に印象に残った。



2015年11月21日土曜日

気温の上下


土曜講習にて学校まで出掛ける。
三年生もあと少し。
私の土曜講習もあと少し。

このところ気温の上下が激しい。
今日は平年よりも三、四度温度が高いということである。
こんな時は体調を崩しやすい。
受験生気をつけてね。
私も老人なので気をつけることにしよう。

大相撲の北の海理事長が亡くなった。
憎たらしいほど強かった横綱だ。
「憎たらしい」の前置き言葉がつくように、「素人人気のある」横綱ではなかったような気がする。
ただ、今日のニュースで親しかった人達のコメントを聞くと、たいへん人情味のある方だったようだ。

2015年11月20日金曜日

差別とか偏見


今のフランスはなかなか複雑だ。
移民に寛容であり、大勢の移民を認めてきたフランス。
かつてサッカーワールドカップの英雄となったジダンもアルジェリアからの移民であったという。
ところが、今回のテロ事件の犯人が、イスラム系移民だったことにより、イスラム国だけではなく、イスラム系移民全体への不信感が広まりつつあるのだと。
現に、今晩のニュースでは、テロとは何の関係もないイスラム系の女性が、酷い言葉を投げつけられた事実が告げられていた。

いやな感じだなあ。

差別とか偏見というものは、こんなところから始まって行くのだろう。 

2015年11月19日木曜日

焼きチーズタルトⅡ

さて、今日も「濃厚焼きチーズタルト」である。
サークルKサンクスから11月10日に発売されたこのチーズタルト、発売3日間で販売数が100万個を突破したのだという。

私はコンビニの回し者ではないが、このタルト確かに美味い。

コマーシャルに曰く。
「バターの風味豊かなサクサク食感のタルト生地。フランスパンでも使われる小麦粉を独自に配合し、時間がたってもサクサク食感のバタータルトに仕上げました。」

さらに曰く。
「三種のクリームチーズのバランスを何度も試作。濃厚でとろけるチーズの生地にたどり着きました。」
フーン、いろいろ研究しているんだね。

2015年11月18日水曜日

雨じゃ

水曜テニスで沼津まで出掛け、さあやろうと言うときの突然の雨、こんなタイミングもあるものだと、がっかりして帰宅帰宅、ただ帰るのもなんだな、どこかへ立ち寄ろう、そうだそうだとサークルK、今盛んにコマーシャルのチーズタルト、ついでにホット珈琲100円、合計258円の満足満足、これは結構美味いではないかの満足満足、タルトの大きさ適当なのが成功のもと、これならだいぶ売れそう売れそう、コストパフォーマンス抜群抜群、雨がどんどん強くなり、やはり中止は正解正解、ということで本日は終了終了なのです。

2015年11月17日火曜日

フランスは今、戦争状態にある。

フランスのオランド大統領がベルサイユ宮殿において演説を行ったという。
「フランスは今、戦争状態にある。」と。
ずいぶん重たい言葉だ。
フランスは戦時体制に入ろうとしているのか。

先日の同時テロによりフランスの受けたショックは、一体どれほどのものだろう。
また、パリという、世界でも最も有名な街の一つで行われたテロであるだけに、それぞれの国に与える影響は大である。

人種の坩堝と言われたパリ。
人種に寛容であったパリ。
そのパリが移民問題において、揺れ動いている。







2015年11月16日月曜日

世界野球

世界野球プレミア12「負けたら終わりの準々決勝」を観ている。
現在七回の裏で、日本が7対0でリード。
まだ二回を残しているが、今日も圧勝の予感。

日本チームは、何か神懸かり的に勝利しているのだ。
一体これは何なんだろうか。

もっとも、スポーツというものは、いつナンドキ流れが変わるかわからないので、絶対ということはあり得ない。





2015年11月15日日曜日

後醍醐天皇

昨日から今日にかけて雨。
最近珍しく晴れが続いていたので、気持ちの良い雨でもあった。

昨日の二年生の講習で「太平記」を講義する。
昨日、講義した場面は、クーデターの発覚により隠岐島に流された後醍醐天皇の無事帰還を祈って、皇后の三位殿が北野天満宮まで参詣に行く場面であった。
さて、ここで話題の後醍醐天皇、なかなか話題の多い天皇である。

鎌倉時代後期から南北朝時代初期にかけての、第96代天皇にして南朝の初代天皇でもある。
在位途中に二度の廃位と譲位、鎌倉幕府を倒し建武の中興を実施したものの、足利尊氏の離反に遭って、大和吉野へ入り南朝を樹立。
結局、劣勢を覆すことはできず失意の中で亡くなる。

後醍醐天皇、日本のトップの座から島流しまで、まさに波瀾万丈の人生だったようだ。






2015年11月14日土曜日

フランスでテロ

フランスのパリで、テロにより120人以上の市民が殺された。
犯人はイスラムの過激派ということらしい。
おそらく、彼らの理屈から言えば、フランス軍がシリアでおこなった空爆に対する「目には目を」の報復なのだろうが、悲しいことだ。

どんな国でも、どんな宗教でも「人を殺しても良い」などという理不尽はあるまい。

土曜講習のため学校まで出掛ける。
昨日の球技大会で、生徒の疲れも尋常ではなかろうに。
みんなよく頑張っているね。





2015年11月13日金曜日

球技大会

N西では球技大会。
クラス対抗の球技大会を見るのは楽しい。

女子バスケットボールの試合では、普段大人しい生徒が、ボールを持った途端、ドリブルとともに飛燕のようにコートを駆け抜けていった。
クラスメイトに聞くと、彼女は中学生の時に、部活でバスケットボールをやっていたとのこと。
なるほどね。
それで合点がいった。

実に感動的である。
「ハンドルを握ると人が変わる」とはよく言うが、「ボールを握ると、人が変わる」ようであった。

と、ここまで書いたところ
「待てよ、このフレーズは何か記憶があるぞ」
という気がしてきた。
慌てて去年のブログをチェックすると、なんと去年の十一月十四日(金)に、ほとんど同じ内容でブログが書かれていた。
ウワー、こんな調子でいくと、私は毎年毎年女子バスケットを見て、普段大人しい生徒が活躍する場面に感動してしまうのだろうね。