2017年1月31日火曜日

THE NORTH FACE

1月31日ということで、3年生が授業で登校するのは、今日が最後になった。
これからも、講習などで学校に来る日はあるのだろうが、教務の記録としては、1回の登校日と卒業式前日、卒業式と、残すは3日である。

運動が出来ない日が続いている。
これはやはり、ストレスが溜まる。
ストレスと同時にお腹の脂肪も溜まるようだ。
(おっと、これは関係ないかもしれんね。)
何はともあれ、ストレス解消だ。

椿鬼奴という芸人が自分の夫が酔っぱらって、雪の中、道端でねてしまい救急車で運ばれた話をしていた。
「道路に死体がある」と通報され、救急車に乗せられたのだそうだが、本人は酒が入っていて身体が温まっている上、ダウンを着ていたので、まったくダメージはなかったそうである。

酔いがさめてからの本人の言葉がふるっている。
「オレはダウンによって救われた。これはダウンの素材が優秀だったのだから、今からダウンのメーカーに礼状を書く。」
うーん、気持ちは分かるよな。
因みに、このダウンのメーカーは「ノースフェース」だということだ。

おおー、そう言えばワタシのダウンも「ノースフェース」だったぞ。




2017年1月30日月曜日

隻眼

片方の目が見えなくなってから約2週間、目の中にあるカーテンのようなものは、次第に薄くなってきている。
このまま行ってくれれば、やがて見えるだろうと、信じているのだが。

さて、隻眼になって一番苦労しているのは車の運転だ。
どうしても左サイドが死角となってしまって、運転が心許ない。
夜の運転など滅相もないことである。

そしてもうひとつ。
字を書くこと。
遠近感がどうしてもつかめず、字が曲がってしまうのだ。
いずれにしても、これは経験して初めて分かることである。

2017年1月29日日曜日

風邪ひきの対処法

風邪をひいた時の有効な治療法についての番組があった。

「風邪をひいたら熱い風呂に入る。」
専門医の話によると、自分の身体を温め、ウィルスを殺すには有効な手段らしい。
ふーん、知らなかったなあ。
昔から風邪をひいた時には、風呂をさけていたのだがなあ。
風邪ひきの時に風呂を避けるのは、かつて日本家屋では、風呂が家の外に有ったときの名残なのだそうだ。

また、ニンニクをスライスものを足の裏にはり付けることも効果があるようだ。
これは足の裏を温めるため。
足の裏には体温を調節するセンサーがあるのだと。

そして、もっとも効果があるのは「チキンスープ」らしい。
アメリカなどでは、この方法を結構とっているということだ。

今、風邪をひいている「風邪ひきさん」早くよくなって下さいな。



2017年1月28日土曜日

水戸黄門は何故人気があったのか。

「ブラ・タモリ」という番組で、水戸黄門は何故人気があったのか、についてふれていた。

その中に、彼が編纂させた「大日本史」のことが出てきた。
ナント「大日本史」は、水戸黄門つまり水戸光圀が1662年に編纂を命じてから1906年の明治時代の完成までに250年もの歳月がかかったということが告げられた。
へー、250年と言ったらそれ自体が「日本史」となってしまうのではないか。

さて、最初の水戸黄門は何故人気があったのか?であるが、テレビに登場する「黄門さま」は当然フィクション性が高い。
それが、かくも人気が高いのは何故か。

番組では、このような解釈をしていた。
それは「大日本史」が250年かかったことに関係しているのだと。
つまり、「大日本史」を編纂するにあたり、水戸藩の藩士が日本全国を調査した。
その過程において、藩士が黄門の偉大さを説いてまわったのだと。

これで「黄門さま」は、全国区の偉人となったのだ。


2017年1月27日金曜日

ちょっと驚いたこと

ちょいと驚いたこと。

夜、TBSの「ぴったんこカンカン」という番組を見ていると、どこか見覚えのある顔。

シチュエーションは、アナウンサーの安住紳一郎が、箱根駅伝で優勝した青山学院大学の原監督をゲストに、監督がよく訪れる店を紹介するといった態である。
その中に 、インド人の経営するカレー店が出てきた。
ユーモアたっぷりのインド人、「あれっ、この顔、この話し方はどこかで・・・。」

記憶力のよくない頭をふりしぼって考えると、三、四年前、芹沢光治郎記念館で、初めての写真展を開催した。この際に、一緒に写真を展示したS先生のゲストとして会場に来てくれたのが、このインド人のカレー屋さんであった。

フーン、こんなところで再びお顔を拝見するとは。



2017年1月26日木曜日

授業の終了

今日の芸術科の授業をもって、三年生の授業のすべてを終了する。
これで、授業形態での付き合いはなくなってしまうのである。
ワタシも、生徒あってのワタシなので、多少のさみしさ有り。

明日からは二次対策ですな。

一棟の校舎横にある梅の木に芽吹きが見られた。
だいぶ寒い日が続いているが、春は確実に近づいているのです。
(なんちゃって、こんな物言いは実に似合わないワタシでありますが。)

2017年1月25日水曜日

芸術科の卒業作品展と卒業演奏会

三年芸術科の卒業作品展(書道専攻)及び卒業演奏会(音楽専攻)ということで、駅前のプラザヴェルデ、さらに沼津市民文化センターまで出掛ける。
観覧者としてみれば、ダブルヘッダーですな。

最初は書道である。
写真のようにサイズの大きい書が何点も見られた。
こういうデカイ作品を制作している時の気分は、それこそ爽快だろうな。
みんなよく頑張ったね。

次は音楽。
音楽の方は撮影禁止なので、写真はないのであるが、こちらもみな頑張っていた。
前回の発表会より格段に上達していたよ。

国語の当番でいつも顔を見せてくれているツインズのRさんは、ドビュッシーを、またAさんはショパンを。
対照的な曲調で披露してくれた。



2017年1月24日火曜日

初めは憂きことあれど

先日、「網膜裂孔」の治療のため、レーザー光線で裂孔の周囲を焼き固め、剥離を防止する手当をした。
今日はその治療の結果確認のための通院。

診断は、新たな眼底出血も見られず、焼き固めた裂孔も特に異常がないということなので、まずは落ち着くことができた。

まあ、これからワタシの身体というものは、マイナスの方へ向かうばかりなのだろう。
これは決して暗い気持ちではなく、いろいろなものを達観したいという気持ちなのですがね。

さて、左のお神籤は以前にもこのブログに載せたお神籤なのであるが、今改めて文面を見直して見ると、これがなかなかドキッとするものである。

今年の1月2日に、御殿場の浅間神社で引いたお神籤には、次のように書かれていた。


第二十六番「中吉」。
初めは憂きことあれど、後、吉。深く歎き悲しまず身を慎みおれば後は万事思ひのままなるべし。
あわてさわぎ心乱れるは災これより起こる事あり心静かにすべし。

「(年の)初めは憂きことあれど」なのである。
これからは、ここ書かれているように、あわて騒ぐことなしに心静かに生活するすることにしよう。

2017年1月23日月曜日

手を振ってくれたぞ。

先週は金曜日に通院のため学校を休んでしまったので、四日ぶりの勤務であった。
しばらく、引きこもっていたので、人の姿が見えるところは落ち着くし、楽しい。

今日も向かい側の校舎から、ワタシに気づいた顔見知りの三年生が手を振ってくれた。
(ここだけの話だが、いくつになっても、生徒に手を振られることは嬉しいものなのです。)
もっとも、ワタシは現在隻眼(せきがん)であるゆえ、せっかく手を振ってくれたことに気づかず、後でその旨を知らされたのである。
(おおー、情けないこっちゃ。)
N西の生徒たちは、みんな良いこだなあと、つくづく思うワタシであった。

大相撲初場所で優勝した、大関「稀勢の里」の横綱昇進が確実となった。
日本人の横綱は19年ぶりだという。
国技であるはずの大相撲で、日本人横綱がいないということは、情けないことこの上ない状態なのだ。
ワタシは決してナショナリストではないが、この点については心から良かったなあと思うのであった。


2017年1月22日日曜日

雪虫

北海道に冬の訪れを告げる風物詩ともなっている「雪虫」の特集をテレビで観た。

「雪虫」は、アブラムシ(カメムシ目ヨコバイ亜目アブラムシ上科)のうち、白線物質を分泌する腺が存在するものの通称。
(ふーん、「雪虫」ってアブラムシの一種なんだね。)
「しろばんば」の名もあり、井上靖の小説「しろばんば」のタイトルはこれに由来するという。
(そうか、「しろばんば」はこれか。)

アブラムシは普通、羽根のない姿で単為生殖によって多数が集まったコロニーをつくるが、秋になって越冬する前などに羽を持つ成虫が生まれ、交尾して越冬のために産卵する。
この時の羽を持つ成虫が、蝋物質を身にまとって飛ぶ。
この姿が雪を思わせるため「雪虫」となったのだと。

尚、北海道では初雪の降る少し前に出現すると感じられることが多いという。

雄には口が無く、寿命は一週間ほど。
雌も卵を産むと死んでしまう。

なんとも哀しい虫だね。雪虫は。

(写真は近くにある東山湖。人工湖であり、釣り人で賑わっている。)

2017年1月21日土曜日

金魚ちゃんからのメール

北海道の金魚ちゃんからのメールは、本当に嬉しい。
何時でも「気遣い」が感じられるのだ。
眼科診療に行って、落ち込んでいたワタシの心をホットさせてくれるのである。
「思いやりの心」というものは、強制されて身に付くものではあるまい。
どこでどうやって身につけたのか、知りたい気もするのです。

夕方、「近未来食堂」というテレビ番組を観る。
驚いたのは、金魚と鯛が同じ水の中で泳いでいる場面であった。
何でも、「好適環境水」という人工的に作られた水の中では、川の魚と海の魚が両方とも生きられるのだそうだ。

ふーん、科学技術の発展というのは凄いね。

写真は近所の平和公園から見た冬の富士山である。




2017年1月20日金曜日

網膜裂孔

先日行った眼科で紹介状をもらった、治療設備のある病院まで出かける。

再び診察した結果、病名は網膜裂孔(もうまくれっこう)というものであった。
硝子体剥離やその他の原因で網膜に穴が開くことを網膜裂裂孔というらしい。
さらにワタシの場合は眼底出血しており、その血液が硝子体に入っている。(血液が硝子体に入ると、目の前に赤いカーテンを引いたようになる)
出血が少なければ自然に治ることもあるが、多い場合は外科的な手術が必要。
結果、ワタシに対しては、出血の原因となっている部位にレーザーを当てる光凝固法という治療を行なうことになった。

治療自体は10分程度で終了するのであるが、治療の前に説明書と同意書が示され、さらにメニューのように値段が示される。
うーん、驚いた。
たった10分のレーザー照射で三万円。
三万円ですぜ。

まあ、しょうがないと言えばしょうがないのであるが、健康というのはそれだけで一つの財産なのだということをしみじみと理解したワタシであった。

 

2017年1月19日木曜日

トロロ蕎麦からガレット

芸術科音楽専攻の生徒が二人、来週行なわれる卒業演奏会の案内状を持ってきてくれた。
もうそんな時期になったのだ。

「是非行きたいので、チャリンコに乗せていってくれ」と提案してみたのだが断られてしまった。
残念。
でも来週は行くつもりだよ。

夜、コンビニのトロロ蕎麦からガレットを作る、という番組を見た。

まず蕎麦に粉チーズをまぜ、ビニール袋に入れて潰す。
それを平らに延ばしてフライパンで焼く。
蕎麦に付属しているトロロに千切りにしたビーフジャーキーを入れ、ガレットの具を作り、そこにこれもトロロ蕎麦に付属していたタマゴとネギをのせる。
ハイ、これで美味そうなガレットの出来上がり。

うーん、実際食べていないので、味については何とも言えないが、番組で食べていた人の反応は、一様に美味いということであった。

番組の趣旨が「コンビニにある食材で作る」ということなので、これは大したものである。
ちょっとやってみたくなるアイデアだ。

2017年1月18日水曜日

久しぶりの授業

久しぶりの授業をやる。
現在、左目が見えない状態なので、果たして黒板に字が書けるかどうかが心配であったが、まあ何とか書くことができた。
人間てえのは、やればなんとかなるものだ。

日本海側の雪もひと段落したようで、とりあえず良かった、良かった。

我々静岡県民にとっては、理解しにくいだろうが、雪の害というものはそれはタイヘンなものである。

ものであると、エラソウにいうのも御殿場というところが、静岡県で唯一「雪害」をうけたところだからだ。
数年前に御殿場を襲った大雪は、我が家のカーポートを押しつぶし、さらにフェンスをなぎ倒した。

ほんとうに忌まわしい思い出である。



2017年1月17日火曜日

後部硝子体剥離

朝食後、眼科に出かける。
朝の9:30頃に病院に到着したのだが、終了したのが13:30.
なんと4時間の病院滞在であった。

症状は左目にすりガラスが入っているような感じで、はっきり見えない。
さらに紐のような筋が何本もある、といったものであった。
これは「網膜剥離」かと、病院に向かったのだ。

検診の結果は、どうも「後部硝子体剥離」のようである。
「硝子体(しょうしたい)」というのは、網膜の前にある寒天のようにドロッとした透明の組織で、この硝子体が加齢とともに、すこしずつ液体に変化し、しぼんでくる。
そして、60歳前後になると、網膜から剥がれて硝子体と網膜の間に隙間ができる。
これが「後部硝子体剥離」なのだと。

病院からもらったパンフレットにはこんなことも書かれていた。
「後部硝子体剥離が起こると、硝子体の後ろ側の膜が網膜に写り、急に飛蚊症が現れる。
このとき、眼の中に大変なことが起こったのではないかと慌てて眼科を受診する人もいる。」
まさに今日のワタシかもしれない。
さらにパンフレットは続く。
「しかし、後部硝子体剥離は誰にでも起こる生理的な現象であり、それ自体は問題がない。時間がたつと硝子体後方の膜が遠くなるので、影が薄くなって気にならなくなる。」

うーん、そういうもんか。



2017年1月16日月曜日

自己採点

センターテストの自己採点の日であった。
予想以上に点が取れた生徒、取れなかった生徒、悲喜交々であった。

さあ、これからは個別試験に向かって頑張れよ。

昨夜、風呂に入って入るときに目に異変を感じる。
左の目が、靄がかかってしまったように見えなくなってしまったのだ。
加齢が原因か、それともなにかダメージが与えられたのか。

明日は病院に行ってみよう。

2017年1月15日日曜日

国語はやや難

センターテスト二日目。
これで試験も終了だ。
受験生諸君、ご苦労さまでした。

国語に関しては予備校「やや難」との講評が出ている。
予想平均点も、去年が129点なのに対して、115から120点程度だという。
まだ、予想の段階なので、本来の平均点とは差があるかも知れないけれどね。

何れにしろ、「やや難」というのは、N西の生徒にとっては微妙だなあ。

古典の文法だとか語彙に関しては、それほど難しくはなかったんだがなあ。

寒さを理由に引きこもっていたのでは、精神的にも良くないと思い、秩父宮記念公園まで写真を撮りに行ってみる。
確かに外の気温は低いが、樹木は春の準備をしているようで、ナントナク勢いが感じられた。








2017年1月14日土曜日

帳面

センターテストの1日目。
全国的に雪の地域が多かったようであるが、静岡県は幸いなことに、晴天に恵まれた。
N西の三年生はどうだっただろうか?
チョイト気になるなあ。

夜のテレビ番組「池上彰が伝えたい 実はしらない日本」を見た。
番組の中で、日本語についてのことも出てきていたのであるが、今の若者の知らない言葉として、「帳面」「どてら」「お勝って」などがあった。
「帳面」はノート、「どてら」は昔の防寒着で、冬に着る袢纏の長いヴァージョン、さらに「お勝手」とは台所のことですよ。
N西の生徒諸君、分かっていただろうか。

写真は、羽田空港から横浜までの間の高速道路から撮った「京浜工業地帯」の灯りである。

2017年1月13日金曜日

北大饅頭

三年生は4限にセンターテスト激励会。
明日に向けて、教員たちからの「ガンバレよ」である。

何はともあれ、マークミスだけはせぬように。

写真は十二月に北海道に行った際、N西の卒業生Nさんからお土産にもらった「北大饅頭」。
北大生の彼女は、授業もバイトも趣味も充実しているようだ。
結構、結構。

この饅頭、但し書きがなかなか面白い。
「雪と南瓜(かぼちゃ)が恋をした」
餡が南瓜餡で、北大生協オリジナルの饅頭ということである。






2017年1月12日木曜日

天気の神様

センターテストまであと二日。
いよいよだ。
生徒の顔にも多少の緊張の色が見られる。

今日の天気予報で、当日の天気は、首都圏や静岡県を除くと、全国的にあまりよくないことを告げていた。
何もこのタイミングで雪を降らせることもないだろうに、お天気の神様は意地悪だ。

そう言えば、何年か前のN西の生徒は、JRの電車が止まってしまい、電車の中に閉じこめられ試験開始に間に合わなかった。
この時は、追試験の措置がとられたのであるが、このことは決してプラスにはならないよな。
ワタシも長い教員生活の中で、こんなこんなことは初めての経験であった。



2017年1月11日水曜日

宇多田ヒカルの才能

昨夜「マツコの知らない世界」という番組に、ゲストとして小室哲哉が出ていた。
小室哲哉と言えば、かつて一世を風靡した日本ポップス界界のヒットメーカーであるが、この対談の中で、彼に第一線を退く覚悟を決心させた作曲家のことを話していた。

ふーん、小室哲哉に引退の覚悟をさせた?
一体誰だろうと注目して見ていると、それはなんとその当時まだ十代であった宇多田ヒカルであった。
宇多田の曲「オートマチック」はそれだけ衝撃的であったのである。
素人のワタシでさえも、何かワクワクするような気分であったことを思い出す。

そう言えば、昨年のクリスマス、小田和正の番組に何年ぶりかで姿を現した宇多田ヒカルがゲストとして出演しており、その時の小田和正が、まったく同じようなこと(宇多田の「オートマチック」には衝撃を受けた)を言っていた。

二人のトップアーチストからこのように言われる宇多田ヒカルの才能というのはトンデモナイものなんだろうね。

才能と言えば、今日国語研究室に来た(絶対音感を持つ)芸術科の生徒が、たまたまかかってきた電話の音を、音階で表現したのだが、これも驚きである。


2017年1月10日火曜日

キャノンボール・アダレイ・クインテット・イン・シカゴ


「キャノンボール・アダレイ・クインテット・イン・シカゴ」という二人のサックス奏者をフューチャーしたジャズのアルバムを聴く。
(因みに、、ここでの「アラバマに星は落ちて」はワタシをジャズにどっぷりと浸からせた曰く付きの演奏である。)

このアルバム、言ってみれば、バリバリのロックシンガー(ジョン・コルトレーン)と演歌の大御所(キャノンボール・アダレイ)が共演しているようなアルバムであるのだが、これが聴いていて実に心地よい。
アダレイにしてもコルトレーンにしても、マイルス・デイヴィスグループの一員であったのだが、親分マイルス抜きでせいせいと演奏している態なのである。
選曲もマイルスグループのレパートリーとはかけ離れたもの(中山康樹「大人のジャズ入門」)である。

リズムセクションはウィントン・ケリーがピアノ。
ベース、ポール・チェンバース。
ドラムス、ジミー・コブと、まさにマイルスバンドであるのだが、マイルスの影はまったく感じられない。
中山康樹はその理由について、次のように述べる。
「彼らは、いかなる要望にも応えうる訓練を積んできたスタジオ・ミュージシャンとしての側面を備えていた。」
さらに彼は言う。
「同時にこれらの演奏(マイルスの影を感じさせない演奏)は、存在することによってすべてのサウンドを『マイルスの音』へと変換させてしまうマイルスの特異な才能を逆説的に証明している。

うーん、癪に障るが、やはり最後はマイルスか。




2017年1月9日月曜日

18祭(フェス)

NHKの夜の番組で、ONE OK ROCK という日本のロックグループと、そのファンである18歳の若者1000人が、同じ場所に集まって、ロックグループが作った歌を一曲だけ一緒に歌う 、「ONE OK ROCK 18際(フェス)」フェスティバルの様子を放映した。

番組の狙いは当然、物事にあまり感動しないだろう「現代の若者達の感動」なのであろうが、どうも観ていて「作られ過ぎ」の感が否めなかった。
大人が作る意図的な感動を押しつけている感じなのだ。

大体、大学生でない、進学のための受験をめざす18歳の高校生(全国にどの程度の人数がいるか、正確な数は分からないが)は、この時期(コンサートは11月)非常に神経質になっており、かなりの確率で「それどころではない」と思っているはずだ。
それを恰(あたか)も「日本の若者もこんなに熱いんだよ」的な持って行き方をするのは、どうもね。

これは、受験生を目の前にしているワタシの偏った見方なのですかね。



2017年1月8日日曜日

「元寇」の事実

今日の朝刊に日本史でいうところの「元寇」の記事が出ていた。
我々が高校生の時に、日本史で学習する「元寇」だが、実は「元寇」では「神風」は吹かなかったというものだ。
確かに、我々が習う1274年と1281年の「元寇」、つまり「蒙古襲来」は、「神風」つまり台風が当時の日本に近づき、蒙古の船の多くを沈め、日本は難を逃れたというものであった。
しかしながら、記事は言う。
最近の資料によると、1274年の「元寇」については、季節が11月頃であり、台風による被害は考えにくい。
また、1281年の方は、台風により蒙古の船が沈んだ記録はあるが、その多くは老朽化した船であったということだ。
したがって、二回の「元寇」を防げた理由は、当初から早めの撤退を予定していたこと。さらに日本の鎌倉武士が意外と強かったことと、食料に不足をきたしたのではないかということであった。

ふーん、今となれば我々が習った歴史は「事実ではなかった」ということか。
歴史を習うということは、なかなか難しいことだよね。


2017年1月7日土曜日

ニッポンの立体

イメージ 1静岡県立美術館の「ニッポンの立体(再発見 生人形からフィギアまで)」を鑑賞するために静岡まで出かける。

パンフレットには次のように書かれている。
「古来、日本では仏像、神像、人形、置物、建築彫物など様々な立体造形がつくられてきました。しかし、それらは西洋的な彫刻の概念に基づくものではなく、また西洋的な芸術鑑賞の対象でもありませんでした。そのため、その多くは西洋的な彫刻とは異なるものとみなされて、いわゆる美術(ファイ・ンアート)としては位置づけられてきませんでした。近年、日本近代彫刻史の再検討が盛んに行われる中で、こうした日本の前近代以来の立体造形が改めて注目されています。(以下略)」


御殿場から静岡まで往復一般道を走ってみたのだが、以外と
時間をかけずに行くことができた。
御殿場を10:20頃出発、美術館で4,50分過ごして帰着が3:00だったので片道は2時間を切ることになる。
高速道路を使用しても1時間半程度なので、これは大したものだ。

さて、展覧会の方であるが、それほど期待していなかった割には、興味深い作品が多く、それなりの収穫があった。
まず以前から興味のあった人形作家、四谷シモンの作品を観ることができたこと。
なんでも四谷シモンのシモンは、ジャズシンガーのニーナ・シモンからとったということである。
ジャズということだけで親近感がもてるものね。
さらに極めて刺激的な現代人形作家の荒井良と桜文鳥、こんな人形作家がいることはまったく知らなかった。
また、去年の夏に安曇野の美術館で観た高村光雲、光太郎の親子の作品や、ワタシがこよなくアイする円空、そして木喰の仏像があったことも収穫であった。

やはり、展覧会というのは実際に観てナンボのものだよね。


2017年1月6日金曜日

「高齢者、75歳から」

N西は始業式。

学校に行くと、二学期に推薦入試の小論文指導をしていた生徒から志望校合格の連絡があった。
担任もワタシも心配していただけに、この報告は嬉しい限りであった。

今日の朝刊に「高齢者、75歳から」の記事。

一般に65歳以上とされている高齢者の定義について、日本老年学会と日本老年医学会は5日、75歳以上とすべきだとする提言を発表した。
65歳~74歳は「心身ともに元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」として、新たに「准高齢者」と位置づけた。
また、新聞記事には次のようにも書いてある。

高齢者には年齢などによる厳密な定義はない。しかし、一般的に65歳以上を高齢者と位置づけるのは先進国でほぼ共通している。

先進国の常識として「高齢者は65歳以上」とあるのに、それを無理矢理「75歳以上」としてしまうのは、基礎年金の支給開始年齢を意識した国家の戦略なのだろうが、実に勝手な考え方である。
「元気だから高齢者ではない」とはナント勝手な言い分ではないか。

「元気とか元気でない」は個人のあり方だろうに。




2017年1月5日木曜日

みそおにぎり

およそ二週間ぶりに学校まで出掛ける。
大学卒業以来、四十年以上教員の生活を続けているワタシにとって、やはり一番落ち着くのは、学校という環境なのかも知れない。
忙しい時には、こんな生活もうイヤダと考えたこともないではないが、すっかり身体に染みついている教員根性が、この環境がないと生きていけないと、身体をコントロールしてしまうのだろう。
因果な商売だぜ。
教員は。

秘密のケンミンショーという番組で「みそおにぎり」についてふれていた。
関東以北の地域では、当たり前のように食べられている「みそおにぎり」であるが、関西人はそれを「気持ち悪い」とまで言う。
そこで静岡県人である自分を考えてみると、「それほど積極的ではないが、食べたことは食べたなあ。」である。

確かにコンビニのおむすびに、その種類はないがあっても不思議ではないおむすびである。

2017年1月4日水曜日

老人性乾皮症

ホンマでっかTVというテレビ番組で、「老人性乾皮症」という年寄りの冬特有の疾患のことについて触れていた。
これは、加齢に伴って皮膚や汗の分泌が減少し、角層の水分保持機能が低下することにより、皮膚が乾燥した状態。
皮膚に浅い亀裂や白いふけのような鱗層が生じ、かゆみを伴う。

おおー、ここで言っているほど深刻ではないが、冬になると肌がなんかパサパサになるような気がするのは、このせいか。
昔は「もち肌男」と言われたんだがなあ。

もうひとつ、受験生に対する「ガンバレ」の言葉のかけ方についても説明していた。
日本人はどうしても「精神的な励まし」の言葉、つまり「落ち着け」とか、「緊張するな」とか精神性にかかわる言葉を投げかけてしまうが、これは本人にとってマイナスに働くことが多いのだと。
それに対して、西洋人の場合、「顎をあげろ」とか「声をあげろ」とか身体性にかかわる言葉であるそうだ。

おおー、これからは受験生にはこの手でいこう。






2017年1月3日火曜日

だらっとした生活

今年の三が日は晴天が続いた。
最近では珍しいことのような気がする。

写真は昨日参拝した浅間神社の賽銭箱である。
ここの賽銭箱はがっちりした青銅製だ。
賽銭が多いので(普段はそんなに参拝者もないように見受けられるが。失礼、失礼。)木製では盗難の恐れがあるからなのだろうか。

今日もだらっとして日を過ごす。
たまにだらっとするなら良かろうが、ワタシの場合、普段からだらっとしているので、これはもうどうしようもない。
日常がだらっと・・・だと、非日常が規則正しい生活となる。

あと数日で学校の方も始まるが、早く非日常の世界に戻りたいものだ。





2017年1月2日月曜日

お神籤


元日の二の岡神社に続いて、御殿場森の腰の浅間神社に詣でる。

普段はあまり信仰心のない私だが、こういう時に積極的に神社詣りがしたくなるのは、やはり、身体の中に日本人の血がしっかり流れているからなのだろうか。

さて、正月二日とあって浅間神社にはそれほど参拝客もなく、スムーズに参拝を終え、偶には「お神籤」でも引いてみようかと、(これも日本人の血がそうさせるのか)拝殿横のお神籤ボックスからひとつ引いてみた。

左の写真が「お神籤」の内容である。
第二十六番の「中吉」。
初めは憂きことあれど、後、吉深く歎き悲しまず身を慎みおれば後は万事思ひのままなるべし。
あわてさわぎ心乱れるば(ナンカここはミス
であろう、「は」とすべきところが「ば」と濁点がついている。)災これより起こる事あり心静かにすべし。

どうも今年の初めは、あまり良いことは期待できそうもないようだ。
ただ、嘆き悲しまずに慎み深く生活すれば、万事思いのままになるらしい。

うん、明日から早速慎み深い生活をすることにしよう。




2017年1月1日日曜日

自虐ネタ

2017年初日。

夜コント番組をみていると、自虐ネタをやる芸人が二組続いた。
ヒロシというホスト風の芸人。
彼の芸風は結構好きだ。
「車なのに自転車から煽られました。」

もうひと組が いつもここから というコンビの「悲しい時」というネタ。
スケッチブックの絵で示しながらコントは始まる。
「悲しい時、クリスマスイブに男四人で軽自動車に乗っているの見た時」
こちらの方は、自虐ネタというよりも、自分も含めた周りのできごとから取材しているのだが、その観察力は秀逸である。