2013年3月31日日曜日

秩父宮記念公園

御殿場に秩父宮記念公園というところがある。
これは、皇族である秩父宮が、昭和16年から約10年間、実際に居住されていた住まいを平成7年、御殿場市に移譲したものである。
敷地面積は東京ドームの1.5倍らしい。(なぜか面積の比較には東京ドームが登場することが多いのだ。)

その記念公園を散歩してみた。
ここには樹齢130年のしだれ桜があるのだが、(満開の沼津と違って、御殿場の桜はもう少し後なのです。その代わりと言ってはなんですが、開花前の桜の木もなかなかなのです。)
木全体が色づいているとでも言ったらよいのだろうか。
目には、はっきり見えないものの、何かが木の中からフツフツと湧き出しているようなのだ。

吉田兼好も「徒然草」の中で書いている。
花(桜)は満開の時期だけを見るものだろうか。いやいや、そうとは限らない。「咲きぬべきほどの梢・・・みどころ多けれ。」
今にも咲きそうな(桜の花の)梢とかが・・・かえって見所が多いのだ。」

2013年3月30日土曜日

N西の離任式

離任式があった。
去年のN東の離任式からもう一年もたったのかと、感慨深いものがある。

何人かの離任される先生の話を聞いたのであるが、その中でも特に印象深かったのが、全盲のO先生の話であった。
何がそうさせているのか、考えてみた。

彼は目が見えない分、耳から入る言葉を一分のスキもなく集中してとらえる。
また、話す時にも自分の言葉を、いかに正確に相手に対して伝えるか、ここに神経を使っているのだ。

従って、彼の話というのは極めて説得力があるし、相手の心に響くのである。
彼の話が印象深いのは、ここに秘密があるように思われる。

2013年3月29日金曜日

「外見なんて個性じゃあない。」

妙法華寺の山桜。
一本の木が方々に枝を伸ばして見事に咲いている。
手前の軽自動車と比べると、その大きさがわかると思う。
これも世間でいう名木のひとつなのだろう。

最近、気に入っているコマーシャル。

ソフトバンクの例の白い犬が言う。
「外見なんて個性じゃあない。」
言いえて妙である。
人間は、どうしても目を持っているが故に外見でものを判断してしまいがちであるが、実は「外見なんて個性じゃない。」のである。
内容が伴っていなければ。
そう考えると、この桜なんぞは、樹齢ウン百年という重みがしっかりあるのだろうね。
きっと。


2013年3月28日木曜日

妙法華寺

国語科のH先生から三島の玉沢に妙法華寺という寺があり、そこの桜がきれいである旨を聞いた。
これは早速写真に撮らねばと、曇り空の中、妙法華寺まで出かけた次第である。

妙法華寺は「日蓮」の弟子「日昭」が鎌倉で1284年に創建した寺という。それ以降数々の移転を経て、1621年現地、三島の玉沢に落ち着いたという。江戸時代には、徳川家康の側室、養珠院(お万の方)や英勝院(お勝の方)、さらに江戸城を築城した太田道灌の庇護を受け、最盛期には庫裏、塔中が24、240棟を誇った。
すごいね。
建物が240棟というのだから。
確かに往時を偲ばせる石組みのようなものは、いくつか見とめられるようだ。

さて、妙法華寺の桜だが、境内の一番西よりに一本の山桜が威風堂々の態で立っている。

左の写真は境内の落椿。
桜の写真については次に載せたいと思う。



2013年3月27日水曜日

椿

椿である。
右の写真は椿越しに見える桜。
椿と桜は同時に咲く花である。
椿はキヘンに春と書くので、桜同様、春を代表する花なのであろう。

椿について少々調べてみた。
歴史的な背景として、日本では733年「出雲風土記」にすでに椿が用いられている。その他、多くの日本の古文献に出てくる。
中国では隋の王朝の第2代皇帝煬帝の詩の中で椿が「海榴」もしくは「海石榴」として出てくる。
海という言葉からもわかるように海を越えてきたもの、日本からきたものを意味していると考えられる。榴の字は、ザクロを由来としている。

これはすごい。
中国から日本に伝わってきたものは山ほどあるが、椿は日本から中国に伝わったのだ。

ただし、このようにも書いてあった。
しかしながら、海石榴と呼ばれた植物が本当に椿であったのかは国際的には認められていない。中国において、ツバキは主に「山茶」と書き表されている。「椿」の字は日本が独自にあてたものであり、中国においては椿といえば、「芳椿」という東北地方の春の野菜が該当する。

うーん、果たしてどうなんだろうか?

2013年3月26日火曜日

本田圭佑のこと

これも一つの窓。
記念館の螺旋階段、途中にある明り取りの窓。
窓の向こうには松の木が見える。

NHKの特集番組において、日本を背負ってたつサッカー選手、本田圭佑ことを取り上げていた。
印象的なのは、自分本位だと思われていた彼が、次第に変化していく過程であった。
サッカーというのは、結局は団体スポーツであるがゆえに、自分ひとりでは、どうしても立ち行かなくなる。
かつては得点をしてナンボの思いで、かなり個人プレイに拘っていたが、彼は自分を売り出すためのチームメイトへの妥協点を見出した。
(このあたりがやはり強かだ。)
その妥協点が「ギブあんどテイク」なのである。
他人の得点への協力、これが自分の得点への足がかりとなる。
「ギブあんどテイク」
まあ、言ってみれば、世の中ことごとくそんなものだと、イミジクモ気づいてしまったのだろう。
さすが本田圭佑である。

2013年3月25日月曜日

カイトボード

写真展を開催している「芹沢光治良記念館 」から徒歩一分。
 
我入道海岸に出る。

右の写真は風避け、砂避けの木のフェンス。



海では「カイトボード」をやっていた。
上の写真がそれ。
あまり耳にしたことのない言葉であると思う。
マリンスポーツのひとつで、例えるならば、パラグライダーにウェイクボードをくっつけたようなもの。
海の上をカイトに受ける風を利用して、すごい速さで滑っていくスポーツである。

記念館の前には菜の花。椿、桜は満開。
沼津は春爛漫といったところであろうか。

2013年3月24日日曜日

ブラック・マジック・ウーマン

ブラック・マジック・ウーマン。
サンタナというロックグループのヒット曲である。
グループというよりも、ギタリスト、カルロス・サンタナのワンマンバンドであるのかも知れぬ。
また、正確に言えば純粋なロックではなく、ラテンの混じったロック、ラテンロックでもある。

そのサンタナのブラック・マジック・ウーマン。
曲も魅力的なのだが、その歌詞が面白い。
まず、タイトル。
ブラック・マジック=黒魔術
ウーマン=女
「黒魔術の女」である。
黒魔術の女がどうしたのかというと、次のような歌詞になるのである。

Got a black magic woman   黒魔術の女を手に入れた
I've got a black magic woman   俺は 黒魔術の女を手に入れたんだ
Got me so blind I can't see   俺の目が くらんで見えなくなってしまうほどの   
that she's a black magic woman   彼女は 黒魔術を使う女
She's trying to make a devil out of me   彼女は俺を 悪魔に仕立てようとしている

つまり、私が「黒魔術の女」を手に入れたことになるのだが、どういうわけか、女のほうが私を悪魔に仕立てようとするのだ。
かってに想像すると、不思議で魅力的な女を手に入れたと思っていたのだが、実は自分の方が女の罠に嵌って、どうにも逃げられなくなってしまっている、ということなのだろうか。

2013年3月23日土曜日

生麩

写真は「芹沢光治良記念館」螺旋階段途中にある明り取りの窓である。
ガラスが汚れているので、この画面ではっきり見ることはできないが、外には椿の花が見えていて、なかなかモダンだ。

静岡新聞に「フォト2人展」が掲載された件。
それにしても、恐ろしきは新聞の威力である。
静岡新聞は地方紙とはいえ、発行部数が67万3千部、東部伊豆版に掲載された記事なので、その三分の一程度としても、20万部の新聞にフォト展の記事が掲載されたことになる。
今朝さっそくかつての教え子から「見ましたよ。」とメールがあり、学校に行くと何人かの同僚からも声をかけられた。

おいしいお菓子。
国語科のH先生から、麩饅頭をいただいて食べた。
生麩はその名の通り、生の麩であるが、生麩の中にさらし餡を入れて、それを笹の葉で包んだもの。
これが麩饅頭。
笹の葉を剥いてたべるのだが、しっとりしていて上品な味わいがある。
生麩の作り方は比較的簡単だという。
小麦をこねて、水中で、でんぷんを分離すると、水にとけないグルテンというたんぱく質だけが残って、これを蒸すと生麩になり、これを焼くと焼き麩ができるという。
そんなに簡単にできるのだろうか?



2013年3月22日金曜日

螺旋階段

 螺旋階段。
記念館の階段である。
螺旋の「螺」は、漢和辞典によると、腹足類の軟体動物の総称とある。
例えば、巻貝の殻を持つタニシ・サザエなど。
タニシは「田螺」と書くし、サザエは「栄螺」と書く。
また「旋」の方は①めぐる、まわる、帰るの意。
②小便をする。(何故、小便なのかわからぬがともかく小便の意がある。)
従って「螺」と「旋」を足すと、タニシやサザエの殻ようにグルグルまわる階段が、螺旋階段なのだ。








 では記念館にどうして螺旋階段かというと、螺旋は運動や生命力を感じさせる面があるので、芸術作品においては、様々な意味をこめた象徴としてもちいられるという。

さらに、基本的には繰り返しの構造でありながら、同じ位置をたどらず
例えば無限に上昇する構造を歴史や生命になぞらえる例もあるという。

うーん成る程ね。




2013年3月21日木曜日

「沼津芹沢光治良記念館」にてフォト2人展

「フォト2人展」のパート2開始。

一月に沼津マルサン書店で「フォト2人展」を開催したのであるが、その際「沼津芹沢光治良記念館」の館長に観覧いただいた。
これがきっかけとなり、記念館ギャラリーにおいて、パート2を開く運びとなったのである。

魅力はなんといっても、その記念館の建物であった。
1970年の建設というから、すでに築40年以上を経過しているのだが、内部は古さをまったく感じさせない。
その理由は、建物が極めてすぐれた先進性を備えたものであったからであろう。
右の写真でわかるように、コンクリートのうちっぱなしで、非常にシンプルである。

設計は「菊竹清訓(きよのり)」という建築家で、黒川紀章などと並ぶ日本の有名建築家なのだそうだ。
(代表的な建築は、江戸東京博物館等。)

二番目の写真は一階と二階をつなぐ螺旋階段。
上に見えるのが二階でギャラリー
また下は一階の芹沢光治良(沼津が生んだ偉大な作家)の資料展示室である。


三番目の写真が、今回我々が写真を展示しているギャラリー。
東西南北にそれぞれ大きなガラス窓をとっており、室内は開放的で明るい。

写真の中央やや左に木の扉があるが、扉の中は現在使用されてはいない展示スペースがある。


四番目が写真を展示するコンクリートの壁面。
上から展示用のワイヤーがぶら下がっており、なんとなくプロの写真家になって、個展でもやっているような気分が味わえる。


パート2の作品はパート1で展示
した写真がほとんどであるが
昨年撮った御殿場の「桜」も展示してみたので、パート1にお越しになった方も、記念館の建物を見るつもりで
来ていただけると幸いです。

写真展は三月三十一日まで開催。
(休館日は二十一日、二十五日)


実は本日(三月二十日)静岡新聞の取材があったので、(たぶん)明日の新聞に記事が掲載されるのではないかと思います。

おおー、緊張する。


2013年3月20日水曜日

久しぶりのイタリアン

N西国語科、納めの会があった。
三島のイタリアン「LA BOCCA」という店。
前菜、魚料理、肉料理、パスタ、デザートのお決まりのコースである。
久しぶりのイタリアン、全体的に良い味であったと思う。

中でも秀逸だったのは、パスタ。
勿論、イタリアンであるので、パスタは得意中の得意であろうが、それにしても、なかなかであった。
パスタの具はフルーツトマトだけが認められたが、それだけで十分という感じ。
パスタはペペロンチーノ風(イタリア語でペペロンチーノは唐辛子を意味するという。)だが、パスタ自体、結構甘さが目立つものであった。

2013年3月19日火曜日

春の嵐

台風並みの低気圧のおかげで、強い風が吹きまくっている。
これぞまさしく春の嵐というところだろうか。

「南海トラフ巨大地震で想定、揺れと津波、損失220兆円」
現在放送されているニュース番組のサブタイトルだ。
静岡県も巨大地震がやってくると言われてン十年、その間静岡県以外に、阪神の震災、東日本の震災、大きな震災が二つやってきた。
静岡県民としては、疑心暗鬼の状態だが、それはそれ、これはこれの気持ちでいないといけない。
 明治の物理学者且つ文学者の寺田寅彦
(夏目漱石の弟子で、小説「三四郎」に登場する「野々宮宗八」のモデルと言われた。)の有名な言葉にこのような言葉がある。
「天災は忘れたころにやって来る。」
 

2013年3月18日月曜日

日本と台湾のいい話

昼間の気温がだいぶ上がってきて、いかにも春らしくなってきた。
御殿場ビール=時之栖(ときのすみか)の桜も満開である。(写真の桜は去年の御殿場東山湖の桜)

十七日、夜十一時過ぎのニュース番組においてちょっと泣かせる特集をしていた。
「WBCの裏のつぶやき」というタイトルで、サブタイトルが、「海を越えた感謝と友好」であった。

話はこうだ。
東日本の震災時、いち早く日本に救援隊を送ったのが台湾であり、また200億円の救援金も送ってきたのだそうだ。
このことに感謝の意を表そうと、WBCの試合時に「台湾ありがとう」のプラカードを球場でかかげよう、とのツイッターがあり、同調した人たちが球場にかけつけた。

そして、予選のもっとも壮絶な試合、これが日本と台湾の試合だったのだが、その試合の時にプラカードが掲げられた。試合は辛くも日本の勝利で終わった。しかしながらプラカードを見た台湾の選手たちは試合終了後、マウンド付近に集まり360度の観客に深々と礼をしたのである。
これには観客も感動し、球場全体が拍手につつまれたそうだ。

いい話だね。

2013年3月17日日曜日

エリック・クラプトンとノラ・ジョーンズ

写真は2012 3.24のN東の桜である。
N東からN西に移動して、もう一年が経過してしまう。
月日の立つのは早いものである。

今日もクラプトン。
ユーチューブで昨日はクラプトンとマルサリスを観たが、マルサリスとノラ・ジョーンズというのもあった。
この組み合わせも異色と言えば異色。
ノラ・ジョーンズというのは、アメリカの女性歌手で、ジャズ、カントリー、ブルース等々いろいろなジャンルの歌を歌う歌手である。(グラミー賞も受賞している。)


 クラプトンの話をしているのに、何故ノラ・ジョーンズなのか?どこで繋がるのか?
じつはノラ・ジョーンズの父親はインド人であるシタール奏者のラヴィ・シャンカールなのだ。さらに、ラヴィ・シャンカールの弟子がビートルズのジョージ・ハリソンであり、ジョージ・ハリソンの親友がエリック・クラプトン(おおー、ここで繋がった。因みにクラプトンの「いとしのレイラ」の「レイラ」はジョージ・ハリソンの妻であり、クラプトンは、あろうことか親友の妻に恋をしてしまい、歌まで作ってしまったのだ。)なのである。
不思議な縁だね。

2013年3月16日土曜日

クラプトンの話

N東の卒業生と会って話しをした。
四月からは愛知県の高校教師となる。
これから様々なことを乗り越えて行かなければならないのだろうが、ガンバレ、ガンバレ。

さて、今日はクラプトンの話。
エリック・クラプトンである。
今日も「私はロックはあまり好きでは有りません。」というこの卒業生に、クラプトンを聞かせてみたのだが、卒業生曰く、
「なかなか良いではありませんか。」
クラプトンの凄いところは、十代から七十代、ひょっとしたら八十代あたりまでの支持があることだ。

そうこうしているうちに、私も急にクラプトンが観たくなり、ユーチューブで、クラプトンとジャズトランペット奏者ウィントン・マルサリス(クラッシックの基礎をしっかり持ち、米国では現在ナンバーワントランペット奏者と言われている)のコンサートを観た。
曲はゴリゴリのロック「いとしのレイラ」だった。
しかしながら、このゴリゴリのロック「いとしのレイラ」がすっかりジャズに変わっていたのである。
なぜこんなに上手く嵌ってしまったのか考えると、そのキーワードは「ブルース」ということになる。
クラプトンはイギリス生まれだが、彼の身体に染みついているのは「ブルース」であるし、マルサリスは出身がニューオリンズ故、やはり「ブルース」とは切っても切れない縁がある。
ちょっとミスマッチのように思えた、クラプトンとマルサリスであったが「ブルース」でしっかり繋がったのである。



2013年3月15日金曜日

男子のクッキー

ここ数日、暖かいのか寒いのか、ちょっと首を傾げたくなるような気候が続いている。
まるでジェットコースターのような気候である。

国語研究室にいると、N西の卒業生が挨拶に来てくれた。
東北大学、京都大学、一橋大学と、それぞれ難関大学に合格した三人であった。
みんなよく頑張ったね。
驚いたことは、京都大学に合格したS君が「お世話になった御礼です。」と、自分で焼いたクッキーを持ってきてくれたことだ。

別に男子高校生がクッキーを焼いて、おかしいことはないのだが、彼がエプロンなどして、ニコニコしながらクッキーを焼いている姿を想像すると、何となく妙な感じがして微笑んでしまうのである。




2013年3月14日木曜日

えび千両ちらし

こちらは豪農の館にあった雛人形の女雛である。
これはどう見ても中国の皇太后といった感じの顔である。
昔の美人はこのような顔であったのだろう。






さて、楽しい時間というものは、あっという間に過ぎてしまう。



いよいよ、お別れ。
新潟の友人 から別れ際に渡されたものがこれ。
私が日本で一番美味しいと思っている駅弁である。
実は新潟の友人の会社(新発田三新軒)で作っている駅弁なのだ。
駅弁の名を「えび千両ちらし」という。
右の写真はそのパッケージ。
デザインも彼が考えたものである。

まず、ふたを開けるると、厚焼きの卵があらわれる。
「えー、卵焼き弁当ではないか。」と思った次の瞬間、その卵焼きの下から、イカ、エビ、ウナギ、さらにコハダがあらわれ、ご飯の上に敷き詰めたとろろ昆布と一緒に食するのである。


俳優の高嶋政宏(高嶋兄弟の兄の方)が「はなまるマーケット」の「はなまるカフェ」で絶賛したという誉れ高い駅弁でもある。
新潟駅以外でも、東京駅とか上野駅でも買うことができる(ただし、
すぐに売り切れてしまうので買えたらラッキーらしい。)ので、チャンスがあったら是非食べて欲しい。

おおーすっかりコマーシャルをしてしまった。
でも、ほんとうに美味しいのですぞ。




 

2013年3月13日水曜日

豪農の館

 新潟には「豪農の館」、正式には、登録有形文化財「北方文化博物館」という館があって、翌日はそこを案内してもらった。
右の写真は「座敷の中から庭を見る」の図。
この「豪農の館」は明治15年から8年がかりで建てられた伊藤家の本邸で、敷地が8,800坪、建坪が1,200坪だという。
そして、庭園に面した座敷は何と雨戸が26枚なのだそうだ。
写真では分かりにくいが、廊下の上には長さ30メートルの一本杉の丸桁が使われている。
なんでも、ここにこの一本杉を運ぶために、途中にあった家を二軒壊したという話であった。

新潟の豪農は、けた違いだね。







下の写真は
座敷に展示してあった当時の雛人形である。
今の雛人形とは、趣きも随分違うようで、少し不気味な感じもある雛人形である。

2013年3月12日火曜日

日本海のサカナ

 東京から新潟までは上越新幹線で二時間。
意外と近いのである。
新潟の友人は駅まで迎えにきてくれた。(感謝、感謝)
最初に案内してくれたのが、昨日も写真を載せた日本海である。
右の写真も日本海であるのだが、荒れた海の様子が多少わかっていただけると思う。
荒れた海は、荒れることと引き替えに美味い魚を提供してくれる。
下の写真は友人に御馳走してもらった割烹での肴である。
奥の魚は日本海名物の「のどぐろ」。実際、喉の奥のほうが黒い。
また、手前が「ほうぼう」というらしい。

両方とも極めて美味。
だったと思う。
「だったと思う」というのは、私は魚にあまり詳しくないのです。

飲んで食べて、昔話に花を咲かせて、実に楽しいひとときを過ごすことができた。
不思議なことは(ほんとうは不思議でもないのかもしれないが)かなり長い間会っていなかったはずなのに、話す時には、まるで一週間ぶりくらいの感じで話すことが出来ることだ。
学生時代を一緒に過ごした仲間というのは、こういうものなのだろう。

2013年3月11日月曜日

日本海

海である。
どこの海かというと日本海である。
左に写っている人物は、もう43年のつきあいのある新潟在住の友人である。
海の彼方を見て何かを考えているように見えるのだが、おそらく何も考えてはいないだろう。
(I君ゴメンナサイ。)
気になるのは、彼の後ろにある黒い点のようなもの。
パソコンの場合、写真をクリックすると拡大できるので、興味をもった方は是非拡大してみて下さい。
もしかしたら未確認飛行物かも知れない。

というわけで、10日・11日と、同じく43年のつきあいのある静岡の友人と一緒に、新潟の友人のところまで出かけてみた。

2013年3月10日日曜日

ちがく無い

沼NのH君から合格の知らせがあった。
難関突破、よくやったね。
おめでとう。

さて、先日国語の同僚の先生たちとの間で、「ちがく無い」という言葉が話題になった。「それはちがくない」といったような使い方をすることがあると。
これは文法的には明らかに間違っている。「ちがう」は動詞だが、「ちがく」となれば形容詞になってしまうからだ。
すなわち、五段活用の動詞「ちがう」であれば、未然形「ちがわ」に「無い」がつくのが正解である。
したがって「それはちがわない」となるべきなのだろう。

「ちがくない」は、いわゆる動詞の形容詞化である。
実は、これと似ているのが「好きくない」である。
大学生時代の友人が「好きくない」と言っていたのを思い出す。(この時、この言い方は方言だと思っていたのだが)
「好き」の方は形容動詞なので、形容動詞の形容詞化となるようだ。
両方とも間違ってはいるが、結構市民権を得てきているような気もする。

以前から「言葉は変化していくのが当然」というのが私の基本的な考え方であったのだが、この二つの言葉に関しては、まだなんとなく違和感がある。

2013年3月9日土曜日

PM2.5

昨日今日と風が強く、花粉がぶんぶんと舞っているような感じがあった。
鼻水ビー、くしゃみへくしょんである。
また辛い季節が巡ってきたようだ。
さらに、今年の春は花粉だけではなく、中国から飛来するPM2.5という変な物質もあるらしい。

PM2.5とは、大気中に漂う粒径2.5μm(1μm=0.001mm)以下の小さな粒子のことで、従来から環境基準を定めて対策を進めてきた粒径10μm以下の粒子である浮遊粒子状物質(SPM)よりも小さな粒子という意味らしい。
そうか、小さな粒子ということか。
さらにPM2.5は粒径が非常に小さいため(髪の毛の太さの1/30程度)、肺の奥深くまで入りやすく、肺がん、呼吸系への影響に加え、循環器系への影響が懸念されているという。

このPM2.5を吸ったから、今すぐどうこうということはあるまいが、何か不気味な感じであることは否めない。

2013年3月8日金曜日

ペン習字について

ここ何日か国公立大学の合格発表日が続いている。
今日も、何人かの卒業生が嬉しい知らせをくれた。
おめでとう。
よくがんばったね。

 さて、最近のテレビ番組において(何度も言うが私はテレビが好きだ)、やや気になることがある。
それは、漢字の書き順であるとかペン習字といった文字に関する番組が、やけに増えてきたことだ。
 なかでも、私にとってペン習字というのは実に不思議なものであって、いかにマネをするかを練習し、お手本そっくりに書くことが良いとされる、極めて非個性的な学問?である。そこでは個性的な字は排除されてしまい、先生からはケチョンケチョンに貶される。
一体何なのだろう。
文字というのは所詮記号である。
記号に上手い下手もあるまい。
英語にもフランス語にもペン習字なるものはあるのか?
上手い下手とか言うのだろうか。
書道というのなら、それはまた別の話だ。
文字を芸術として見ているから。

何か変な世の中になってきたような気がする。
 

2013年3月7日木曜日

坂本龍馬 どこまでが真実?

三月四日の朝日新聞文化欄に面白い記事があった。「どこまでが真実?坂本龍馬」という記事である。

 幕末の志士として活躍した坂本龍馬に近年、研究者から疑問の声があがっている。
例えば「薩長同盟」。
倒幕軍事同盟と言われてきたが、資料ではその内容は薩摩藩が長州藩主の親子の官位停止の撤回を働きかけるという支援表明で、倒幕云々ということでは無理があるそうだ。
また、薩摩と長州の会談も、龍馬が発案したというより、薩摩の意を受けたエージェントとして働いたようで、両藩とも重要な交渉は、正規の藩士がおこなっており、龍馬はその下働きに過ぎなかったとのこと。
きっと龍馬ファンが聞いたら、目をむいておこりそうな記事である。
 しかしながら、歴史というのは常に後生の人間がつくるのだから、当然脚色はつきものなのだろう。

2013年3月6日水曜日

空を飛べるようになった。

「踊るさんま御殿」という番組を見ていると、(これは所謂トーク番組であるのだが)
お題で「我が子について、これは将来が心配と思った瞬間」なるものがあった。
その中のエピソードのひとつ。

小学生の息子を持つ母親が息子の卒業アルバムを何気なく見ると、「卒業するまでに出来たこと」の欄があり、自分の息子の欄には次のように書いてあった。
「空を飛べるようになった。」

ウーン、この息子なかなかだね。
おそらく他の子は
「縄跳びが100回できるようになった。」
とか
「50メートル泳げるようになった。」
とか書いているのだろう。
そこへもってきて「空が飛べるようになった。」である。すごいね。

 以前私がクラス担任だった頃に、いつも遅刻をする生徒がいて、遅刻の理由をあれこれ申告するのだが、とうとう理由に事欠いてしまったのだろう。
苦し紛れに書いたのが
「空を見ていたら悲しくなってしまった。」だった。
遅刻カードに書かれたその理由を見て、私は思わず納得してしまったのである。

 最初の小学生にしろ、後の遅刻生徒にしろ、私が感心するのは、そのイマジネーションである。
このようなイマジネーションというのは人間にとって極めて大事なものではなかろうか。
想像することである。
先が想像できない人間というのは非常に危険だ。
「これこれこうすると、人は死んでしまう。自分では取り返しのつかないことになってしまう。」
これができないから悲しい事件が起きるのだ。


写真は以前100円ショップで買った立ち雛。100円でも立派なものである。

2013年3月5日火曜日

思わず涙が出てしまった。

女雛ばかり注目したのでは、男雛に怒られてしまうので今日の写真は男雛である。
貴族の顔立ちを作りあげようとするのだから、当然、上品さと優しさを持った貴族っぽい顔になるようだ。

 北海道のオホーツク海に面した湧別というところで、横なぐりの地吹雪から我が娘を守ろうと、軽装を顧みず、自分の身体を犠牲にして、抱き続けた父親がいた。
父親は娘を覆うような状態で、雪のなかに埋もれていたという。
おそらく、これが最後の手段だったのだろうと思う。
悲しく切ない出来事である。
思わず涙が出てしまった。

一方、その記事の横には、東京の吉祥寺で17歳と18歳の少年が、お金欲しさに、まったく面識のない女性を刺し殺してしまった事件が報道されていた。
この国は一体どういう国なのだろう。

2013年3月4日月曜日

上巳(じょうし)

 昨日に続いて雛の顔。
光線、角度によって顔が変わってくる、上の写真は意志が強そうであり、また自分の言動にはしっかり責任を持つ、というような顔をしている。
また、逆に下の顔はちょっと照れた恥ずかしそうな顔をしている。
やはり日本の職人のもっている技術というのは、素晴らしいの一言に尽きる。

 ところで、三月三日は「桃の節句」というが、正確には「上巳(じょうし)=上旬の巳の日」だという。
節句は一年に五回あって、「人日(一月七日)」「上巳(三月三日」「端午(五月五日)」「七夕(七月七日)」「重陽(九月九日)」の五節句である。

(なんだか古典の先生みたいなことを言うね。)

 


この三月三日
本当だったら国民の休日になっても良さそうなのに、そうならないのは、不思議と言えば不思議である。
何故なら「端午の節句(5月5日)」が国民の休日だからである。
この休日が設定された時代が、男女均等でなかった時代であるからなのだろうが、理由は明確にはなっていない。ただ逃げ口上としては、五月五日は端午の節句としての休日ではなくて、「子供の日」である、ということなのだそうだ。

2013年3月3日日曜日

雛(ひな)

三月三日、桃の節句である。
ウチでも娘が二人ゆえ、この時期になると雛人形が登場する。
しかし、日本の雛人形というのは、本当に良くできている。
雛人形は顔が命。
優れた雛人形ほど表情が豊かになるのであろう。
ウチの雛もそれ程高価ではないと思うが、実に品のある顔をしている。
 さて、この雛人形、基本の形は親王と親王妃を表しているのだそうだ。
この形が出来てきたのは江戸時代あたりからで(姿形は平安時代の貴族の姿がモデルとなっているようだが)江戸時代の武家の子女の遊び道具として発展していったのだという。
また、はっきり断定はできないのであるが、それ以前の雛というのは、立ち雛であり、身代わり雛として、厄災を払うのに使用された人形だという。

2013年3月2日土曜日

前代未聞の卒業式

前代未聞の卒業式。
こんな時代になってしまったのか、とため息が出てしまう。

発端は警視庁の掲示板への書き込み。
それは「完全武装をして武器をもった人間が、相模原、沼津の学校を襲う」という書き込みであった。
おそらく十年前であれば、こんな書き込みなど信用せずに、卒業式は平然と行われていただろう。
ところが臆病になってしまったというか、ネットを無視できなくなってしまったというか、そいう時代になってしまったのだろう。
とうとう脅迫による卒業式の時間変更、という事態に及んだのである。
式が始まったのが午後の2時、最後のHRをいれると、すべての終了が5時をまわってしまった。
おかげで、N西の三年生とは、ほとんど話ができず、さみしい卒業式。

N西の三年生諸君、また話をしに来ておくれ。
私は不完全燃焼状態です。

2013年3月1日金曜日

ボン・ヴォヤージュ

いよいよ卒業式。
N西もN東も。
どちらの三年生も私には、縁の深い三年生なのである。
N東の方からも卒業式に招待されたのであるが、やはり道理としてはN西の三年生と一緒に卒業式に参加するのが筋だろうと、N東の方は欠席することにした。
身体が二つあればなあ、とつくづく思う今日である。
このブログを見てくれているN東の三年生諸君、ごめんなさい。
本来なら、前任校の卒業式には「電報」でも打って、卒業式に披露してもらう、というのが習いなのだろうが、私はそのようなことはしません。
なぜなら、「電報」の短い文では、とても自分の気持ちなど伝えきれないからです。

さて、卒業して行くN西、N東の三年生諸君。
おそらく多くの諸君は、国公立の二次試験の結果が出ていない状態なので、落ち着かない気持ちではなかろうか。
でも明日は卒業式。
明日だけは、「卒業」をかみしめてみよう。

高校において、16歳・17歳・18歳という、感受性豊かな時期を過ごした諸君は、中学卒業とは比べものにならない程の成長をしたはずである。それは大人になるための重要な一つのステージなのだよ。感受性が豊かゆえ、他人を傷つけ、自分が傷つけられ、希望と絶望を繰り返して成長して来たのです。(なんだか、熱血先生みたいなことを言うね。熱血先生というのは、私の対極にある言葉です。)この時期傷ついたり、傷つけたりして過ごせない人間は、きっと後でそのツケがまわってくような気がするよ。傷つけ傷ついた挙げ句にわかるのが、「痛み」だ。
諸君にただひとつ望むことは、「他人の痛み」のわかる人間になって欲しいということです。
(やっぱり、熱血先生みたいだ。)

では諸君、ボン・ヴォヤージュ(よい旅を)。