2017年3月31日金曜日

縁は異なもの②

先日、「縁は異なもの」というブログを載せたのであるが、今日もまた「縁は異なもの」の話題である。

昨日、離任式のあとにN西の二年生Kさんが国語研究室にやってきて、「明日、兄が先生に会いたいと言っているのですが。」ということであった。
彼女の兄は、ワタシがN東の理数科の副担任をやっている時に、理数科に在籍していた生徒である。
二つの学校で、それぞれ兄弟や姉妹を教えるなんてえことはよくあることだが、彼女の場合、去年の「ずんぶり浸る展」に出品した写真のモデルだったのである。

つまり、ワタシは彼女がN東で教えていた理数科の生徒の妹とは知らずに彼女をモデルとしていたことになる。
たまたま撮ったN西の生徒が、N東でわりと深く関わっていた生徒の妹だったのだ。

今日、国語研究室にやってきたKさんの兄T君とは五年ぶり、心も身体もすっかり逞しくなっていた。(身体の方はジムに通ってベンチプレス100キロを目標にしているというから当然だが)
四月からは修士課程に進むということであった。
がんばれ、T君。




2017年3月30日木曜日

離任式・送別会

離任式、送別会となかなか充実した一日であった。

離任式終了後、フェンシング部の去年と今年の卒業生が顔をみせてくれた。
(フェンシング部とワタシは直接の関係はないのだが、どういうワケか毎年仲良しになる生徒がいて、よく話をした。)
HさんNさん、そして今年の卒業生のNさん、ありがとう。

夜は送別会。

こちらもなかなか楽しい送別会であった。
N西の先生達は仲も良く、和気藹々とした雰囲気の中で会は行われる。
五年間、ストレスもなく過ごせたのはこの和気藹々の御陰であろう。
還暦を過ぎて、まさかこのように幸福な時を過ごせるとは。

周りの先生達に、感謝、感謝である。



2017年3月29日水曜日

環境適応

N西に通うのも、今日を入れてあと二日、いよいよ明日は離任式である。

ワタシの場合、環境に適応することにはかなりの自信を持っており、今まで苦労したことはないのだが、中でもN西という高校の環境に慣れるのは極めて早かった。

その理由をツラツラ考えてみるに、ゆったりした時間の流れの中に身を置くことができたからだと思われる。
それは自分自身の身分が「再任用ハーフの教師」に切り替わったからであろう。
つまり、勤務時間が正規の教員の半分になったのだ。
半分になるということは、あらゆる時間に余裕ができる。
余裕ができると、周りの教員や生徒に対しても余裕ができる。

また、N西という「かつての女子校」の校風もワタシの性に合ってたいたことも、環境に適応した理由だろう。

いずれにしろ、良い同僚、良い生徒に恵まれ、幸福な五年間であったことに感謝、感謝である。

2017年3月28日火曜日

縁は異なもの

国語研究室を片づけるため、N西まででかける。
五年間の在籍であったが、結構モノが溜まった。モノが溜まるのは勿論ワタシのだらしない性格によるのであるが、教員という職業の宿命なのでもあろう。

午後、山形の芸術系の大学に進学した去年の卒業生が現れる。
ワタシが去年貸していた本を返しに来てくれたのだ。

さて、「縁は異なもの味なもの」という言葉があるが、実はこの卒業生が、現在授業を受けている先生の出身は静岡県であり、出身高校はワタシが四月から勤務するG南高であった。
しかも、その先生の奥さんはワタシのG南時代の教え子だったのである。

うーん、こんなこともあるのだなあ。


2017年3月27日月曜日

四月から社会人

五年前にワタシがN西で初めて担当した学年の卒業生と会った。
当時三年生だったので、この四月からは社会人である。
(もう、そんな時間が経ってしまったんだね。)
昔と同じようにお喋りをして、昔と同じように笑った。
実に楽しい時間であった。

栃木県の高校生が冬山登山の訓練中に雪崩に遭い、引率の教師を含む七名が死亡するという痛ましい事故が起きた。
生徒七名は、皆同じ高校である。

高校に縁有る者としては、本当に悲しい気持ちになる。





2017年3月26日日曜日

滝沢カレンの面白さ

朝のテレビ番組に「波瀾爆笑」という番組がある。
今日のゲストは滝沢カレン。
今話題のタレント・モデルであった。
彼女のウリはその妙なコメントである。
簡単にいうと、日本語がおかしいのだ。

言語学者の金田一秀穂が、彼女の日本語が何故可笑しいのか、分析をしていた。
結論はこうだ。
彼女は敬語を一生懸命使おうとしていて、それが使いこなせず妙な日本語になってしまう。
これは彼女の謙虚な態度に起因しているのだと。

うーん、なんとなく分かる気がする。
番組の前半では彼女の生い立ちを紹介する場面があって、そこでは彼女が幼い時から祖母に厳し躾けられていたことを紹介していたのである。

2017年3月25日土曜日

古典文学講座と誕生日

御殿場の市立図書館で「古典文学講座」を開く。
これは二月の手術・入院前に予定していた二回連続講座のうち、二回目が出来なくなってしまったので、その代替講座である。

予定では「源氏物語」以降、「徒然草」までの文学作品について講義するつもりであったのだが方針変更、清少納言・「枕草子」に絞っての講義となった。
「広く・浅く」から「狭く・深く」に変更したわけだ。

例えば「枕草子」は何故「枕草子」か?

実は「枕草子」というのは、「まくらさうし」と書いて、当時「分厚い綴本」を意味する普通名詞であった。
(「さうし」は漢語「柵子 さくし」のウ音便。「柵」は綴じること。
「子」は「障子」「椅子」などの「子」と同じで、物を表す接尾語。)
つまり「枕草子」とは、「枕元におくべき草子(綴本)」のことであり、少なくとも、「枕草子」は今のような作品のタイトルではなかったようだ。


そう言えば今日はワタシの誕生日であった。
この歳になると、歳をとることはメデタクはないのかもしれないが、だれにも「オメデトウ」と言ってもらえないのもサミシイものだなあ。

2017年3月24日金曜日

新しい勤務先

午後から四月からの勤務先となるG南高に出掛ける。
再任用教諭とは異なり、非常勤講師というのは、校務分掌の仕事は無し、勤務時間も担当する教科の授業の時間だけ。
さみしいと言えばさみしいが、楽と言えば楽なのである。

G南という高校は、かつて二十年ほど勤務した学校なので、再び故郷に帰ってきたような気持ちでもある。
これから先、人間関係もがらりと変わるので、不安と言えば不安だが、どのような人達と関わり合うのだろうかと、楽しみでもある。

(写真は昨日蕎麦を食べたあとに立ち寄った富士宮安養寺にいたポニー。)

2017年3月23日木曜日

富士の「遊玄」まで蕎麦を食べに

N西の先生ふたりと富士の「遊玄」まで蕎麦を食べに行く。
ふたりとも今年度、N西に新採用として入ってきた将来有望な教師である。
今年度限りで再任用5年の任期が終了し、いよいよ教諭という身分から切り離されるワタシと一緒に蕎麦を食べるというのも何か因縁深い気がする。

ここの蕎麦は、以前G南の同僚であった先生と食べて是非もう一度と思っていた蕎麦である。
ワタシの4月からの勤め先がG南であるので、これも不思議と言えば不思議だ。
(写真はK先生が食べた鴨蕎麦。)

やはり、若者と一緒の時を過ごすのは楽しい。
特に今回は手術・入院の後だけに話をしているだけでだいぶ勇気づけられた。

K先生、I先生ありがとう。


2017年3月22日水曜日

眼科に行く

眼科に手術後の経過チェックを受けに」行く。
(ワタシは頭の手術をしましたが、目の手術もしたのです。)
今のところ、特に問題はないようだ。
だんだん衰えていく目のことゆえ、性能がよくなっていくことはないだろうから、現状維持を目標に頑張ることにしよう。

それにしても、病院というところのあの時間のかかり方は何だろう。
午後の診療が始まる三時ちょい過ぎに病院に入って、出てきたのは病院の終了時間の六時チョイト前である。

三月のこの時期は、学校の春休みに当たるので、特に混むのだそうだ。



2017年3月21日火曜日

芸術のきびしさ

「マツコの知らないピアニストの世界」というテレビ番組を観た。

クラシック界のイメージを変える清塚信也の副題がついていて、所謂イケメンのピアニストが登場していた。
その中の話で、「音楽大学を出てプロになる演奏家はおよそ1%である。」との話題が出てきたのであるが、これはなかなかキビシイ話だ。

もっとも、芸術は、美術にしろ書道にしろ、すべからくそんなものなのであろう。

N西は終業式。
三年生しか関わりのなかったワタシは、知った生徒のいない終業式であったので、何となくさみしいのであった。

2017年3月20日月曜日

色遣い

蜷川美花の続きである。

彼女は、あの蜷川幸雄という名の知られた演出家の長女として生まれた。
その血は争えず、最近は土屋アンナ主演の「さくらん」、また「別に」で有名になった沢尻エリカ主演の「ヘルタースケルター」という映画の監督をしている。
映画は両方とも観てみたが、色彩の鮮やかさに目が奪われてしまって、内容はあまり覚えていない。

それはそうとして、今回の写真展も極めて鮮やかである。
(ワタシはモノクロの方が好きですが)
一目見て、「おお、これはニナガワだ。」と判断できるような色遣いはすごいなあ、である。


2017年3月19日日曜日

「蜷川美花」展

行くべきか、はたまた、やめるべきか、散々迷った挙げ句「行こう」と決心して出掛けたのが、静岡県立美術館の「蜷川美花」展。

イヤー、行って良かった。
三連休の中日ということで会場は結構混雑していた。
目立つのはやはり若者の姿である。
ワタシは若者ではないが、感覚的には「ドン・ピシャ」の写真展であった。

彼女は、写真家というよりもマルチアーチストと言うべきで、映画、ファッション、広告制作なども行なっている。
美しく鮮やかな色彩の写真が特徴である彼女だが、ワタシの心に一番食い込んできたのは、白黒で撮られたセルフレポートだ。
オリンパス(キャノンとかニコンでないことが嬉しい)のカメラで鏡に向かってシャッターを切っている。
自らのヌードも含めてその強烈な自己主張は、拍手・拍手だ。
ああ、行って良かった。

2017年3月18日土曜日

加給年金額対象配偶者

ここのところまた、寒いのか暖かいのかよくわからない天候となっている。
今日も昼間は春の陽射しであったのに、夜になるとストーブが必要な気温となってしまった。

「加給年金額対象配偶者」という単語がある。

ワタシが65歳から受給するために必要な提出書類の中に、「市町村長が発行する加給年金額対象配偶者の所得所得証明書」のくだりがあるのだ。

加給年金額対象配偶者?
何じゃこれは。
同封された説明にはこう書かれている。
「あなたと生計共にし、かつ収入が850万円未満または所得が655.5万円未満である65歳未満の配偶者」
うーん、これはほとんどの配偶者が該当するのではないか?
わざわざ「加給年金額対象配偶者」などと書く必要はないのではないか。
「加給」とはどうやら「給付」に加えてあげるよ、という意味らしい。
つまり、配偶者が年金を受給できる年齢に達するまでの間、家族手当のようなものをあげるよ、ということらしい。

したがって、書類提出の目的は、年収が850万円以下である証明をしなさいということだ。
まあ、加給してくれるのはうれしいが、日本の役所はどうしてこんなに難解な表現をするのだろうか。
もう少し簡単な表現の仕方があるように思えるのですがね。



2017年3月17日金曜日

最後の職員会議


N西では職員会議。

学校での職員会議というのは、(大袈裟に言わせてもらえば)ワタシの人生、これが最後になるであろう・・・・・と思い入れを持って出席したのであるが、会議はきわめて簡単に終了してしまった。
思い入れを持って臨む時ってえのは得てしてこんなものである。

新潟の友人に入院の事後報告をする。
メールではいくらか、やり取りをしていたのだが、やはり生の声を聞くと落ち着くなあ。






2017年3月16日木曜日

片づけ

N西での5年間の思いである品物の整理を始めた。

ワタシは典型的な「その昔タイプ」の人間ゆえ、なかなか物を捨てられない人間である。
したがって、整理には数日かかる。
物を捨てるには物をじっくり見ないほうが良いだろうに、どうもワタシはじっくり見てしまうのだ。
これがイケナイ。
次から次へと「これはアノ時のアレだ。」となってしまう。

おー、恐ろしや。



2017年3月15日水曜日

ヒロシです。

高校入試の合格発表の日であった。
いつものように、悲喜こもごもである。
ほとんどどの世界においても競争はあるわけで、生きている限り避けることはできないだろう。

自虐ギャグをウリにしている芸人「ヒロシ」が志村けんの番組に出ていた。
彼の芸風はとても好きである。

①ある女性に初めましてと言われました。
 あなたと会うのは三度めです。

②あるキャバ嬢のブログに好きなタレントは「ヒロシ」ですと書かれていました。
 ブログは3年間更新されていません。

うーん、古典的な自虐スタイルであるが、こういうの好きだなあ。

2017年3月14日火曜日

ヒエロニムス・ボス

今日の朝刊に16世紀の画壇に一大旋風を巻き起こした

ヒエロニムス・ボスのことが載っていた。

ネーデルランド(オランダ)出身のボスは、多くの謎に包まれた画家であり、当時ヨーロッパ各地の王侯貴族からの依頼に応じ、多くの作品を制作した。
しかし、ほとんどの作品が16世紀の宗教改革運動で、偶像破壊のあおりを受けて紛失し、現在はわずか30点ほどの作品が残されているのみという。

聖書に基づく寓話を絵にした作品が多いが、その特徴はシュルレアリスムを思わせる幻想的で怪異な作風である。(うーん、本当にシュールだ。)

右の絵は「快楽の園」といわれる三枚のパネルからなる三連祭壇画(ブログの絵は一番右の絵)で、左にはキリストの姿とった神が、アダムにイブを娶らせている「エデンの園」、中央には現世と考えられる裸の無数の男女が快楽にひたっている様の「快楽の園」。
そして、右には胴体が卵の殻になっている男。
さらに人間を丸飲みにしてはすぐに排泄してしまう怪鳥等が描かれている地獄。

この三連画の主題については、様々な解釈があり、中央のパネルが好色の罪を表し、その罪犯した者が右のパネルの地獄図で罰せられるというのが、一般的な説であるという。

時代は16世紀なので、日本では戦国時代。
ヨーロッパではこんな絵が描かれていたんだね。






2017年3月13日月曜日

N西を去る日

二月十九日以来久し振りの車での通勤、頭の外科的手術もしたが、目の手術もしているので、目がよく見えるようになり、運転の方は以前よりはるかにし易くなっている。
ただ、ここで運転をナメテはいけない。

車は謙虚に運転することにしよう。

さて、N西での再任用期間もあとわずか。
五年間はあっという間に経ってしまった。
この間、受け持った生徒はすべて三年生だったので、自分のところから去って行くのが当たり前であった。
それが今度は自分の番である。

自分が離任式で壇上に立っている姿は、なかなか想像できないのであるが、、現実としてあと二週間チョイトすればやってくるのである。




2017年3月12日日曜日

プレミアム

徐々に平常の生活に戻って行く。

しかしながら、平常の生活に戻るということは、それだけ雑用が増えてくるわけであって、今日も春の町内清掃、さらに町内会の総会と、行事が続いた。

総会後、御殿場プレミアムアウトレットまで歩いて出掛けてみた。
三月のアウトレットは人が多い。
いったいどこからあの人数が集まってくるのだろう。

ところで、プレミアム(プレミア)の意味は、上乗せされた価値・金額、付加価値という意味だという。
ここで売られている商品は、本当にプレミアムなのだろうか。
以前、商品によってはアウトレット専用の商品もあるということだが。

我々消費者はこのへんを、よーく考えなければいけないよな。










2017年3月11日土曜日

震災から六年

東日本大震災から六年。
各テレビ局は、様々な観点からの特集を組むことにより、注意喚起をしていた。

いくつかの番組を見てみたが、「池上彰と考える大地震のこと」では、これから起こる確率の高いと言われている「首都直下地震」について、様々な解説がなされた。(首都直下の首都とは、東京都ではなく首都圏のこと、ということである。)

ここであらためて知ったのは、マグニチュードと震度のこと。
マグニチュードは地震のエネルギー、震度は揺れの大きさだという。
因みに、東日本大震災のマグニチュードは「9」という桁違いの大きさだ。
結局、この巨大なエネルギーが恐ろしい津波を生んだということだろうか。





2017年3月10日金曜日

二次対策

少し暖かくなったかと思えばまたすぐに寒くなる。
ここ何日かはこれの繰り返しだ。
本当の春は一体いつになったらやってくるのやら。

国立大学の後期試験に向かって、まだ一生懸命頑張っている生徒がいる。
今日は校舎内立ち入り禁止だったため、受験生に対しての指導は、別館の芸術棟でおこなった。
さあ、もう少しの辛抱だ。
がんばれよ。

二次対策指導の中心となるのは、受験する大学の過去問を解く作業だが、その中にはなかなか面白い文も出てくる。

今日も日本文化の特殊性を南米のブラジルと比較した文が出てきたのであるが、確かに移民というシステムとはほとんど関係のない日本と、移民で出来上がっているようなブラジルでは大きく異なっている。
マチガイあるまい。







2017年3月9日木曜日

久し振りの生徒

久し振りにN西の三年生(卒業生)何人かと話をした。
どのくらい話していなかったのだろうか。
二月二十一日から三月三日まで、手術・入院で学校に行くことが出来ず、さらにその後、学検、採点と続き、生徒は校舎内に入ることが出来ない期間であったので、(入院のため)率業式に参加できなかったワタシはかなり、さみしい思いをしていたのである。
知った顔の生徒を見て何となく嬉しくなってしまった。

やはり教員にとって教え子は宝なのだ。

午後から手術をした脳神経外科まで、術後のチェックにでかける。
MRIによって頭の中の撮影するするわけだが、診断の結果は特に異常はないということでホットした。

頭の中というのは見えないだけに何とも気になるものだ。

春先の花粉がピークに達しているという。
幸か不幸か、今年は目の手術をして毎日毎日、治療のための目薬をさしているため、かゆみをあまり感じない。














2017年3月8日水曜日

珍事

昨夜、WBCの日本対キューバ戦をを見ていると、面白い出来事が起こった。
日本人選手が打ったホームラン性の打球をスタンドに入る直前で、観客がグローブを差し出して捕球してしまったのだ。
結果はホームランを取り消されて二塁打。

あれはまちがいなくスタンドインの打球だったと思うのだが(日本人選手にとっては、ホームランを一本損してしまった感じ)。

さて、この出来事でワタシが興味を持ったのは、打球を捕ってしまった人物が、その後どうなったかである。

周りのほとんどの観客が日本ファンで有るはず。
その中で、日本人選手の打ったホームランを帳消しにしてしまったのだ。
周りからからの冷たい視線を浴びながら、こそこそと姿を消したのか?
それとも開き直って、大声出して応援を続けたのか?

結果は日本チームの勝利となったので、問題はなかったのであるが、もしも負けていたら何を言われたかわからないだろうな。



2017年3月7日火曜日

御殿場高原ビールの桜

高校入試の採点日であった。
これも何日ぶりかの仕事。
約、二週間仕事をしていなかったので、多少の不安はあったが、特に問題なく、こなすことができた。

通勤途中にある「御殿場高原ビール」の早咲きの桜がきれいに咲き始めている。
ここの桜は所謂「河津桜」というやつで、比較的濃いピンクの桜である。
ワタシの春の始まりはこの桜を見ることから始まる。
(ナンチャッテ)







2017年3月6日月曜日

二週間ぶりの学校

二週間ぶりに学校に出掛ける。
イヤー、大変な二週間であった。
こんな二週間は、もうイヤジャ。

矛盾するようだが、職場というのは興奮するし、落ち着きもするものである。
ひさしぶりに同僚の顔を見、興奮し、さらに落ち着くのである。
コミュニケーションというのが、人間にとって斯くも大事なファクターであったとは。

四十年以上教員をやってきて、ここで初めて気が付くとは、ぬかったものだ。


2017年3月5日日曜日

福寿草


今日もウォーミングアップをかねて、秩父宮邸まで出掛ける。
日曜だけあって、公園内はいつもより人が多かった。

写真は園内で顔を見せていた福寿草である。

「福寿」などと、縁起のの良い名前はつけられているが、毒草ということである。
春を告げる花の代表であるため、元日草とか朔日(ついたち)草の別名がある。
根には強心作用、利尿作用があり民間薬として使われることもあるが、毒性(副作用)も強く、素人の利用は、死に至る危険がある。

やはり強烈な個性を持ったものというのは「薬にも毒にもなる」ということなのだろう。

花言葉は永久の幸福、思い出、祝福。

2017年3月4日土曜日

ひがみソングの女王


昨日に続き、今日もリハビリのため図書館まで歩いて出掛ける。
昨日、秩父宮記念公園まで歩いているだけに、身体の方もだいぶ楽であった。


先日、テレビを観ていると、関取花(せきとりはな)「ひがみソングの女王」といわれているシンガーソングライターが登場していた。
(本人はなかなかチャーミングな女性である。)
彼女は、神戸女子大学のコマーシャルソング「べつに」で注目されたのだという。

何はともあれ、その歌詞の一部を紹介してみる。







「べつに」

なぜだなぜ君らは
終電間際に現れる
なぜだなぜ君らは
改札前でキスをする

柱の陰に隠れてやってほしい
少しは恥を知ったほうがいい
とりあえず一応みないふり

べつにべつに
べつに悔しくない
べつにべつに
べつに悔しくない

うーん、なるほど、なかなかユニークだ。

2017年3月3日金曜日

「つるし雛」

体力もやっと回復。
今日はリハビリのため、秩父宮記念公園まで歩いて出掛けてみた。
約一週間程度、病院の中や家の中で過ごしていたため、やや不安はあったが、ほぼ問題なく行くことができた。
やはり、健康に勝るものはないよなあと、つくづく思うワタシであった。

写真は秩父宮邸に飾ってあった「つるし雛」である。
三月三日ゆえ、今日はこの写真にしてみた。

「つるし雛」の由来。
江戸時代にあまり裕福でない家庭で、内裏雛のかわりをするものとして発展してきたということである。
ここの「つるし雛」は地元の人達が作ったものなのだろうか?
なかなか賑やかな「雛」であった。

2017年3月2日木曜日

入院生活②


入院生活中で往生するのが、睡眠時間の設定である。
普段、夜更かしの極みのような生活をしているワタシにとって、これは実にきびしい。
九時に消灯するので、六時間睡眠だと夜中の三時に目が覚めてしまうのだ。

さて、この三時からが実に長いのである。
あたりが明るくなる六時ころまで、もんもんと時間をすごさねばならない。
「これは修行だ。」
と腹をくくって、ワタシは耐えたのであった。

おかげで今では、十二時近くになると、上のまぶたと下のまぶたがくっつきそうなのです。

頭にあけた穴をふさぐために縫合していた糸、この抜糸のため病院まで出掛ける。
「痛いですよ。」
と言われ、んなこと言ったって、たいしたことあるまいと、高をくくっていたのだが、これが痛い。
人生、高をくくってはいけないのである。


2017年3月1日水曜日

入院生活①

さて、2月23日から28まで、5泊6日の入院生活であった。
病名は前日に書いたが、要は脳内出血である。
不思議なことは2月20日から22日まで、自分ではブログを書いていたつもりなのに、それがまったく記録されていないことだ。
したがって、このあいだの自分は相当ヤバイ状態だったことが推測される。

出血の原因は恐らく去年の十二月のブログに載せた札幌での凍結転倒であろう。
まったく自覚症状がなかったので、ここまで酷くなってしまったようだ。

ところで、入院中は、まるですることもなく、ひがなボーッとしていたのだが、することがないとかえっていろいろなものが見えてくる。

今回は病院の看護師さんたちの誠実な仕事ぶりだ。
例えば、自由に身体を動かすことのできない患者さんのナースコールに素早く応え、自分に仕事があろうとも、いやな顔ひとつしないで行動する。
それが仕事だといえばそうであろうが、ワタシにはとてもできないことだ。
しかもそれはベテランの看護師でも、若い看護師でも同様である。
普段、高校生を相手にしている自分はその優しさと素早さがとても新鮮に見えた。

ハイ、今日はここまで。
明日は頭の抜糸に行かねば。