2016年10月26日水曜日

「夕焼け」について

新潟の友人と「夕焼け」が季語かどうかということでメールの交換をした。

現代俳句では「夕焼け」を詠んだ句は山ほどある。
しかし、不思議なことに江戸時代の松尾芭蕉の句には「夕焼け」を詠んだ句はひとつもないようだ。
これはおそらく「夕焼け」という感覚が、芭蕉には美的感覚として存在していなかったのではないかと思われる。
それはともかく「夕焼け」が近代以降に「季語」となったのは事実らしい。

「夕焼け」について評論家の山本建吉が次のように述べている記事を見つけた。

夕焼けも朝焼けも夏の季語とされている。どちらも夏に限らず秋にも春にも、時には冬にも現れる。しかし夕焼けがもっとも鮮やかに感じられるのは夏だということで、俳句の世界では「夏のもの」とされた。

(一部略)

「夕焼け」が季語として成立したのは明治以降、いはゆる近代俳句になってからのようである。江戸時代の俳書や歳時記には夕焼けはあまり現れない。ただし、この雄大な自然現象が古代から人々に強い印象を与えていたことは確かで、「風土記」には「夕焼け」「朝焼け」をひっくるめて「やけ」と称して登場している。


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