2017年7月30日日曜日

応仁の乱

数日前に録画しておいた「応仁の乱」を扱ったテレビ番組を見た。
なんと今、日本史の中でも「応仁の乱」はブームだという。
今までは何だかよく分からない「乱」だなあと思っていたのだが、この「乱」一言で言うと、「自分ファースト」なのだそうだ。

応仁の乱とは、1467年から約11年間にわたって継続した内乱であり、室町幕府管領家の畠山氏と斯波氏の家督争いから、幕府の実力者、細川勝元と守護大名の山名宗全の勢力争い、さらに室町幕府八代将軍足利義政の継嗣争いも加わって、ほぼ全国的に争いが発展したのだという。

まあ、日本史的には(日本史の教師ではないのであまり自信はないが)こんなふうにまとめられるのだろうが、今日の番組を見ていると、実際は、とてもそのように一筋縄では行かないようだ。
敵が味方になり、味方が敵になる。
ひたすらこれの繰り返し、乱の始まりから凡そ十年後、中心人物であった細川勝元や山名宗全が亡くなり、最後にやっとけりをつけたのが、どうも日野富子だとも言っていた。

何はともあれ、結局は登場人物のほとんどが自分のこと(自分の利益)しか考えておらず、「自分ファースト」とは、よく言ったものだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿