2017年5月11日木曜日

間人(たいざ)

昨日に続いて「こころ旅」の話である。

今日の火野正平の行き先は、京都府の日本海側、丹後半島にある、間人(たいざ)というところであった。
ん?
「間人」で「たいざ」?
どう考えても「間人」は「たいざ」には読めないだろう。
そこでチョイト調べてみた。

聖徳太子の生母、間人(はしうど)皇后が曾我氏と物部氏との争乱を避けて丹後のこの土地に身を寄せた。
やがて、この土地を去るに当たって自らの名を贈ったものの、住民は「はしうど」と呼び捨てにすることを畏れ多く思い、皇后が退座(たいざ)したのに因み、間人を「たいざ」と読み替えた、との伝承が残っているということである。

ふーん、そういうことか。

ただし、間人皇后が丹後に避難したとする記述は、古事記や日本書紀にはなく、由来には他にも諸説があるそうだ。


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