2015年7月7日火曜日

「共通認識」なんてえものは存在するのか?

教員対象の研修があり、その中で強調されたことが、「共通認識」という言葉であった。

最近、至る所で登場してくる「共通認識」であるが、実はこの「共通認識」、国語事典には表記されていない。
「共通」と「認識」はそれぞれ載っているが、ふたつが合わさった「共通認識」という語は、日本語にはないのである。

ただし、実用日本語表現辞典(この辞典にいつ掲載されたのかよく分からないが)には、「共通認識」の意味として、「相互の共通の認識・特に同じ物事や同じ言葉について、同じように理解しているという共通理解のこと。」とある。
これも何だかよく分からない説明だ。
「同じ物事や同じ言葉を同じように理解する」なんてえのはおかしい。
「同じ物事や同じ言葉を同じように理解させる」だったら、まだ分かる。
そこには強制力が働いているから。
しかし、物事や言葉は必ずしも同じように理解はされないはずだ。

人間も同様である。ある人間をすべての人が、同じように理解していることなどあり得ない。
同じ理解をしないから人間は面白いのだ。
「共通理解」という言葉には、何か胡散臭さを感じる。
この「共通認識」によって、過去の日本はトンデモナイ方向に行ってしまったのではないか。

なお、「共通認識」を英語で言うと(私は専門家ではないのでいい加減だが)
on the same page とか
consensus とか
common sense とか
common knowledge とかイロイロあるようだ。

全然、「共通認識」ではないね。







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