2014年6月26日木曜日

藤原道兼

三年の古典「大鏡(道長の豪胆)」に登場する藤原三兄弟(道隆・道兼・道長)において、一番貧乏くじを引いてしまったのが、道兼である。

三兄弟の父、兼家の亡き後、政治の最高実力者「関白」に就任したのは、長兄の道隆であった。
この人事に不満をもったのが道兼だ。

道兼は、自分が功(花山天皇の退位に関して活躍した。)があったのだから、当然関白を継ぐべきだと望んでいたのに、長兄の道隆が選ばれたことを憎み、父の喪中にもかかわらず客を集めては遊興にふけっていたともいう。

およそ五年後、道隆が重い病に伏した。
やっとチャンスがめぐり関白の座を手にいれた道兼であったが、この男、ツキにはどうもめぐまれない。
道兼は疫病にかかり、朝廷に関白として参内してから七日めに亡くなってしまった。
これが世に言う「七日関白」である。
このような男なので「栄花物語」などでは、道兼のことを、「容姿は顔色が悪く、毛深く醜かった。また性格は非常に冷酷で意地も悪く、人々から恐れられていた。」と最悪の評価である。

まあ、「大鏡」にしろ、「栄花物語」にしろ、フィクション性が強い文学作品では仕方がないことなのか。





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