2013年11月26日火曜日

埴生の小屋

放課後補習の教材の中に、小林一茶の俳文「我春集」が出てきた。
上総の国のある老婆が自分の田んぼを、奉行所に良い条件を提示され、制収容されそうになるが、頑固に抵抗する。
これに関して一茶は、老婆のことを強情な愚か者と評しつつ、共感を覚える、といった話だ。

「いつの時代にも強制収容ってえのはあるもんだ。」と思いつつ、この文の中の一つの言葉が気になった。
「埴生の小屋(をや)」という言葉である。
この言葉の意味は設問としても使われている。
「埴生の小屋」、意味は「粗末な家」である。

さて、「小屋」は「家」なのだろうが、「埴生」が何故「粗末」なのか。
「埴生」は「はにふ(はにゅう)」、「はに」は「粘土」のことだ。
「ふ」は一面それを産する場所のこと。
「柳生」は「柳」のいっぱいあるところ、「麻生」は「麻」、「竹生」は「竹」、「萩生」は「萩」のいっぱいあるところである。
つまり「はにふ」は、「粘土」のいっぱいある土地の意となる。

「粘土のいぱいあるところの小屋」が「埴生の小屋」の意味となるはずなのだ。
それが何故「埴生の小屋(埴生の宿の方がポピュラーかもしれない。)」の意味が「粗末な家」なのだろう。
ここが今ひとつ納得がいかないところである。

うーん、後日また考えてみよう。




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