2014年9月12日金曜日

信用の合理化

またまた、三年生の放課後講習で扱った「遊びの社会学」である。

この論説文の中で「信用」について、筆者は言う。
資本主義の信用は、信用の合理化、つまり「個人の人格にかかわるものというより、その人の所有物や社会的属性にかかわるものとなり、そのかぎりにおいて合理化され、客観化される。」

例えば、我々が銀行のローンを利用しようと思えば、利用者はまず、財産、地位、職業、収入、勤続年数、家族構成などの多くの指標を組み合わせた信用算定のテストに合格しなければならない。
さらに我々は、ローンによって得る財産と、将来の生命および労働力を担保として差し出さねばならない。
要するに、自分自身を人質として、銀行に差し出すのである。
分かっていることとは言え、なんてえこったい、である。
一方、我々が銀行に預金するときには、銀行に担保を要求することはない。
銀行が潰れればそれまでなのに、我々は潰れないと信じて(信用して)預金をするのである。

信用にこんなに差があるとは。
これが資本主義なんだね。

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