先週の日曜日、御殿場の高根あたりだったと思う。
どこかの会社の駐車場にあった樹木である。
これは木と、その木に巻き付いた蔦のような植物なのか?
それともこういう種類の木なのか?
最近、御殿場地方ではよく見られる風景である。
ちょうど木の横に「世界遺産」も入れることができた。
また、その「世界遺産」のさらに横には、一見縦に延びた雲も見られる。
さて、昨日の「正義の哲学」のブログについて新潟の友人から「お叱りのメール」がきた。
友人曰く
ところで、ブログの「正義の哲学」についてイチャモンを付けたくなった。
「真実」の概念の問題かもしれないが、「宗教的決断」によって「真実」が見えるというのは
まさに金目当ての新興宗教のキメ台詞のように感じる。
宗教を否定はしないが、そもそも哲学と宗教は相反する思考で、その昔ギリシャでも
殺し合いがあったくらいの関係である。宗教指導者にとって哲学は邪魔な学問だ。
ISの自爆テロも「宗教的決断」によって「真実」が見えたのだろうというのは、あまりにも
危険な書き方だと思う。自爆テロを擁護していると勘違いされる表現ですぞ。
罪の無い人がテロによって殺害されることは、「真実」によってではなくて「真実の錯覚」であると
声を大にして言うべきである。
と、まあ感じた次第です。
うーん、私の文の拙さが出てしまったようだ。
これで「自爆テロの擁護」と、とられてはタマラン、タマラン。
私はすべてのテロを支持しません。
念のため。
「宗教的決断」というのは「理性と対極にある決断」のことだ。
まず、絶対的なものがあり、その絶対者が「正しい」と言ったことは、決断者にとってすべて「正しい」ことになる。
つまり「信じて疑わない」ことだ。
正確に言えば「宗教的決断」により「真実と思わされているもの」が見えるのである。
2015年12月7日月曜日
2015年12月6日日曜日
正義の哲学
センターテスト平成26年の国語追試問題に、「正義の哲学」という田島正樹の評論文が出題されている。
その中に、「宗教的決断」というキーワードが出てくる。
「信じる決断をした人だけに見えてくる真実」があり、それは決断に先立って見ることはできない。
なかなか鋭い指摘だ。
「宗教」というのは「信じる決断」によって「何らかの真実」を見ることができるのである。
確かにそうだ。
何かを信じることによって何かが見えるのだろう。
逆に言えば、信じなければ何も見えない。
(私なんぞはいつも何も見えていない。信じるものがないからなのだろう。)
最近の「イスラム国」の起こす自爆テロは、まさにこれなのだろう。
彼らは「宗教的決断」によって、きっと「真実」ををみるのであろう。
その中に、「宗教的決断」というキーワードが出てくる。
「信じる決断をした人だけに見えてくる真実」があり、それは決断に先立って見ることはできない。
なかなか鋭い指摘だ。
「宗教」というのは「信じる決断」によって「何らかの真実」を見ることができるのである。
確かにそうだ。
何かを信じることによって何かが見えるのだろう。
逆に言えば、信じなければ何も見えない。
(私なんぞはいつも何も見えていない。信じるものがないからなのだろう。)
最近の「イスラム国」の起こす自爆テロは、まさにこれなのだろう。
彼らは「宗教的決断」によって、きっと「真実」ををみるのであろう。
2015年12月5日土曜日
桂花ラーメン
新宿西口のヨドバシカメラ近くをふらふらしていて「桂花ラーメン」を発見した。
「桂花ラーメン」というのは、熊本ラーメンのひとつで、豚骨鶏ガラスープにマー油(にんにくを揚げた油)という独特の風味をもった油を使用しているかなりクセのあるラーメンである。
おそらく、このラーメンを食べた人は、好きか嫌いかのどちらかの感想をもつだろう。
私は幸か不幸か、前者の感想をもってしまい、東京でこの店を見付けると、必ず入ることになっていた。
残念ながら今回は、食事をした直後だったので流石に食べることはできず、泣く泣く引き上げたのである。
「桂花ラーメン」というのは、熊本ラーメンのひとつで、豚骨鶏ガラスープにマー油(にんにくを揚げた油)という独特の風味をもった油を使用しているかなりクセのあるラーメンである。
おそらく、このラーメンを食べた人は、好きか嫌いかのどちらかの感想をもつだろう。
私は幸か不幸か、前者の感想をもってしまい、東京でこの店を見付けると、必ず入ることになっていた。
残念ながら今回は、食事をした直後だったので流石に食べることはできず、泣く泣く引き上げたのである。
2015年12月4日金曜日
マイケル・ウォルフ
新宿駅西口の夜景である。
いつの間にかこんなにビルが建ってしまったのだよなあ。
さて、お茶の水に「ディスクユニオン」というCDショップがある。
ここは従来のCDのほかに中古のCDも販売もする。
かつてのレコードとは異なり、中古のCDは(CDというものはコーティングを施してあるので)音的には新品とそれほどの違いがない。
ということで、今回も五枚ほど中古のジャズCDを購入してみた。
掘り出し物①
「JUMPSTART」
マイケル・ウォルフ トリオ
マイケル・ウォルフ、初めて聞く名であった。
1952年生まれというから同い年である。
なんてったって、コマーシャル文句が「遅れてきた新星」というのだから。
ライナーノーツにもあるが「ミュージシャンとしてというよりは、音楽ビジネスの世界で実力をつけていった」ピアニストなのだ。
一言でいうと、ピアノの1音1音がとてもキレイで、不思議な感覚のメロディーである。
私の大好きな、デューク・ピアソンンといって、やはりミュージシャンより音楽プロデューサーで活躍していたピアニストがいたが、どうもそんなイメージである。
演奏スタイルはまったく違っているがね。
いつの間にかこんなにビルが建ってしまったのだよなあ。
さて、お茶の水に「ディスクユニオン」というCDショップがある。
ここは従来のCDのほかに中古のCDも販売もする。
かつてのレコードとは異なり、中古のCDは(CDというものはコーティングを施してあるので)音的には新品とそれほどの違いがない。
ということで、今回も五枚ほど中古のジャズCDを購入してみた。
掘り出し物①
「JUMPSTART」
マイケル・ウォルフ トリオ
マイケル・ウォルフ、初めて聞く名であった。
1952年生まれというから同い年である。
なんてったって、コマーシャル文句が「遅れてきた新星」というのだから。
ライナーノーツにもあるが「ミュージシャンとしてというよりは、音楽ビジネスの世界で実力をつけていった」ピアニストなのだ。
一言でいうと、ピアノの1音1音がとてもキレイで、不思議な感覚のメロディーである。
私の大好きな、デューク・ピアソンンといって、やはりミュージシャンより音楽プロデューサーで活躍していたピアニストがいたが、どうもそんなイメージである。
演奏スタイルはまったく違っているがね。
2015年12月3日木曜日
とんかつ「いもや」
東京神田神保町に「いもや」というトンカツ屋がある。
昔から古本屋街に出掛けた時には、必ず寄ったのが「いもや」だ。
もっとも昔はトンカツの「いもや」ではなく、天丼の「いもや」だった。
さて、トンカツの「いもや」、暖簾をくぐって中にはいると、「とんかつですか?」の声がかかる。
メニューは二種類しかないのだ。
「とんかつですか?」に対して、頷くかあるいは「ひれかつ」と答えるかのどちらかである。
「とんかつ800円、ひれかつ1000円」
こちらも分かりやすい。
今どきトンカツ定食800円
何と安いことか。
昔から古本屋街に出掛けた時には、必ず寄ったのが「いもや」だ。
もっとも昔はトンカツの「いもや」ではなく、天丼の「いもや」だった。
さて、トンカツの「いもや」、暖簾をくぐって中にはいると、「とんかつですか?」の声がかかる。
メニューは二種類しかないのだ。
「とんかつですか?」に対して、頷くかあるいは「ひれかつ」と答えるかのどちらかである。
「とんかつ800円、ひれかつ1000円」
こちらも分かりやすい。
今どきトンカツ定食800円
何と安いことか。
2015年12月2日水曜日
水天宮
今回の東京行きの目的の二つめは、お茶の水でジャズのCDを買うためであった。
一つめの目的地「たばこと塩の博物館」のある「押上」から再び地下鉄半蔵門線に乗った。
降りる駅は神保町なのであるが、途中「水天宮」の文字が気になって、ここで途中下車。
何故気になったのかというと、落語の「子褒め」?の中に「水天宮」の地名があり(実は私、高校時代に落語研究会に所属していたのです。)、以前から行ってみたいと思っていたのだ。
ウィキペディアで調べると、水天宮とは、江戸時代より安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集める神社である。
仏教の神である「水天」の信仰は、神仏習合の時代には「水」の字のつながりで「天之水分神(あめのみくまりのかみ)・国之水分神(くにのみくまりのかみ)」と習合とかなんとか。
水分神(みくまりのかみ)は、本来子供とは関係なかったが「みくまり」の発音が「みこもり(御子守)」
に通じるというので、「子育て」の神、子供の守り神として信仰されるようになったのだと。
さて、現在、安産も子育ても関係ない私であるが、何はともあれ、お参りしようと地下鉄の駅から地上に出たのであるが、ななーんと水天宮は工事中、お参りは出来なかったのであった。
本来であれば、下のような建物が見られるはずだったのだがね。
一つめの目的地「たばこと塩の博物館」のある「押上」から再び地下鉄半蔵門線に乗った。
降りる駅は神保町なのであるが、途中「水天宮」の文字が気になって、ここで途中下車。
何故気になったのかというと、落語の「子褒め」?の中に「水天宮」の地名があり(実は私、高校時代に落語研究会に所属していたのです。)、以前から行ってみたいと思っていたのだ。
ウィキペディアで調べると、水天宮とは、江戸時代より安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集める神社である。
仏教の神である「水天」の信仰は、神仏習合の時代には「水」の字のつながりで「天之水分神(あめのみくまりのかみ)・国之水分神(くにのみくまりのかみ)」と習合とかなんとか。
水分神(みくまりのかみ)は、本来子供とは関係なかったが「みくまり」の発音が「みこもり(御子守)」
に通じるというので、「子育て」の神、子供の守り神として信仰されるようになったのだと。
さて、現在、安産も子育ても関係ない私であるが、何はともあれ、お参りしようと地下鉄の駅から地上に出たのであるが、ななーんと水天宮は工事中、お参りは出来なかったのであった。
本来であれば、下のような建物が見られるはずだったのだがね。
2015年12月1日火曜日
たばこと塩の博物館
何ヶ月ぶりかの東京。
今日の一番の目的は、たばこと塩の博物館で開催している「浮世絵と喫煙具(世界に誇るジャパンアート)」を観るためである。
この博物館、以前は渋谷にあったのだが、今年より押上に移転、スカイツリーのすぐそばである。
写真のように、見あげるとスカイツリーといった感じだ。
新宿から地下鉄丸ノ内線、大手町乗り換えで半蔵門線と乗り継ぎ、押上(おしあげ)到着。
この地は初めてであるが、なかなか面白そうなところだ。
たばこと塩の博物館の良いところは、何といっても入館料が100円というところ。
今どき100円ですぜ。
これで、歌麿とか国芳の浮世絵が観られるのだから、なんともハヤ。
今回は特に、あの作品数の極めて少ない東州斎写楽の浮世絵も観ることができた。
東京篇明日に続く。
今日の一番の目的は、たばこと塩の博物館で開催している「浮世絵と喫煙具(世界に誇るジャパンアート)」を観るためである。
この博物館、以前は渋谷にあったのだが、今年より押上に移転、スカイツリーのすぐそばである。
写真のように、見あげるとスカイツリーといった感じだ。
新宿から地下鉄丸ノ内線、大手町乗り換えで半蔵門線と乗り継ぎ、押上(おしあげ)到着。
この地は初めてであるが、なかなか面白そうなところだ。
たばこと塩の博物館の良いところは、何といっても入館料が100円というところ。
今どき100円ですぜ。
これで、歌麿とか国芳の浮世絵が観られるのだから、なんともハヤ。
今回は特に、あの作品数の極めて少ない東州斎写楽の浮世絵も観ることができた。
東京篇明日に続く。
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