さて、今「咲き乱れる」と書いたが、「咲くこと」に関してもう一つの似た表現に「咲き誇る」というのがある。
早速ネット検索をしてみると、「咲き乱れる」とは「たくさんの花が一面に咲いている様子」、一方「咲き誇る」のは一輪であっても複数であっても「周囲を圧倒するほどの存在感のある花が咲いている様子」だという。
つまり、威圧感があるのが「咲き誇る」、ないのが「咲き乱れる」ということだ。
記念公園のバラは威圧感はなかったなあ。
さて、今「咲き乱れる」と書いたが、「咲くこと」に関してもう一つの似た表現に「咲き誇る」というのがある。
早速ネット検索をしてみると、「咲き乱れる」とは「たくさんの花が一面に咲いている様子」、一方「咲き誇る」のは一輪であっても複数であっても「周囲を圧倒するほどの存在感のある花が咲いている様子」だという。
つまり、威圧感があるのが「咲き誇る」、ないのが「咲き乱れる」ということだ。
記念公園のバラは威圧感はなかったなあ。
そろそろ紫陽花かと思って出かけたのだが、「紫陽花の花」は、まだほとんど咲いておらず、目についたのが「ドクダミの花」であった。
「ドクダミの花」を見ると思い出すのが、北原白秋の歌 である。
静岡県の軽井沢である御殿場は、これから素晴らしい季節となるのである。冬寒いのだから、このくらいの恩恵はないとね。
ここのところ、「深夜にネットサーフィン」を続けている。
家族が寝静まってからヘッドホンを耳にあててジャズを聴く、これですなあ。
この先、土曜日、日曜日までは雨降りの予想が出ているが、なんと来週の火曜日以降は、三十℃超えの真夏日が続くということである。
ちょっと前に「梅雨入り」だと言っていたのに、やはり異常気象はこれからもずっと続くのだろうか。
すべての若者がそうではなかろうが、極端な例として、結婚式場での「三十分結婚式」というプランがあって、金額も七万円程度で行なうことが出来るらしい。
当然、披露宴の食事などは省略されるのだろうが、良い悪いは別として「とうとうここまで来たか」である。
一日をほぼ「無駄な時間」で過ごしているワタシなんぞ、これから一体どうしたらいいのだろう。
蜂のように刺されることはないと判断して行なった動作なのだが、生徒にしてみれば「有り得ない」行動だったのだろう。
イマドキの若者は虫も触れないのか?
雨は降らないと困るが、降り過ぎても困る、実にやっかいなもののようだ。
六月は「水無月」と書くが、雨が多く「水」があるはずなのに「水」の「無い月」と書くのはこれ如何に。
「水無月」語源の有力な説は、「無」の字は助詞であり、「~の」という意味だという説である。したがって「水無月」は「水の月」、つまり「水が豊富にある月」となるのである。
なるほどね。