この暑さは夏なのである。
暑くはあるが、暑いことを覚悟して空き家になっている沼津の実家まで、草取りに出かける。
あまり草茫々となって、近所から苦情でも出たら困るからだ。
しかしながら、暑い時期の草取りはやりシンドイなあ。
この暑さは夏なのである。
暑くはあるが、暑いことを覚悟して空き家になっている沼津の実家まで、草取りに出かける。
あまり草茫々となって、近所から苦情でも出たら困るからだ。
しかしながら、暑い時期の草取りはやりシンドイなあ。
面目ねえ、これは完全にワタシの記憶違いである。
では、何故このような記憶が残っていたのだろう。これはまったく分からない、ただ単にワタシの思い込みなんだろうね。これが歳を取るということなのです。
彼の印象をつらつら考えてみるに(個人的にはあまり興味のある人物ではなかったが)、ミスター(ミスターだけで誰であるか通じてしまうのはすごいなあ)があの有名な「巨人軍は永久に不滅です」という言葉を残した引退のセレモニー時に居た場所が、東京の府中にあった友人の下宿であったことくらいだろうか。
これは今年の梅雨なのであろうか。
今、三年生の古典では「徒然草」の「あだし野の露消ゆるときなく」という教材を講義しているのだが、そこには「命長ければ恥多し。長くとも四十に足らぬほどに死なむこそ、目安かるべけれ。」と書かれている。
「目安かるべけれ」とは、「見苦しくないだろう」という意味だが、「人は長生きすると恥をかくことが多くなる、四十までには死ぬべきだ」と言っているのだ。(おおー、兼好はすごいなあ。)
当時は人生五十年の時代なのであろうが、確かに歳をとってくると「恥」は多いのです。
うかうかしているとスグ七月、七月には期末テストと古典講座が控えている。
そろそろ準備をして行かねばと考えるのであるが、年々準備が億劫になって行くのである。
ところで億劫とは何か?
「億劫」とは、「面倒くさくて気が進まないこと」、簡単な言葉に直すと「やる気がおきない」という意味の言葉である。何かをすることがわずらわしく、実行する気にならないさまを表現する。読み方は「おっくう」が基本であるが、「おっこう」と読むこともある。
これは仏教用語から来た言葉で、「億劫」の「劫」は仏教において長い時間の単位を表す言葉、昔のインドでは「カルパ」と言われ、その漢字「劫波」、さらにこれを略したのが「劫」だという。さらに「劫」の億倍が「億劫」であり、それほど長い時間を表す言葉が「億劫」ということだ。
さて、その答えは「火星」であるのだが、20キロといえば、高さ20000メートル、想像を絶する高さだ、そしてその裾野はなんと600キロメートルにも及ぶそうだ。
もっとも、はるか昔の日本にも高さ10000メートル級の山が、穂高連峰あたりに存在していたらしいので、「なるほどな」である。