今朝、N西に行くと、O先生がいて、富山県の総文祭でN西の筝曲部が優勝したことを聞いた。
すごいね、日本一だね。
Sさん、Nさんおめでとう。筝曲部の皆さんおめでとう。
今度ゆっくり話を聞かせてくださいな。
さて、写真は百合シリーズの②である。
天気は快晴であるが、逆光で撮るとまったく違うイメージの百合が撮れる。
ウィキペディアで調べると、「百合」の語源は
「揺り」である説が有望とのこと。
また、漢字の「百合」は「鱗茎(球根)」がたくさん重なりあっていることから「百合」となったとのこと。
さらに、これはどうでもいいことだが、女性同士の恋愛(所謂レズビアン)をあらわすのも「百合」という言葉であるそうだ。
そういえば、男性同士だと「薔薇」になるな。
2012年8月14日火曜日
2012年8月13日月曜日
夢十夜
夏の代表的な花と云えば百合の花である。
先週、通りかかった田んぼのあぜ道に百合の花が沢山咲いていたので思わずシャッターをきってきた。
私が百合の花を見て、いつもイメージするのが夏目漱石の「夢十夜」だ。
「こんな夢を見た。」で始まる十夜分の夢の話である。
この話を初めて教材として扱った時には、ショックを受けたものだ。
「漱石がこんな小説を書くなんて」というショックである。
「ファンタスティック」の英語がこれ程似合う小説はあるまい。
さて、「夢十夜」がなぜ「百合の花」か、というと
この小説の「第一夜」が「百合の花」の話で開始されるからである。
極、簡単にストーリーを説明すると、
「腕組みをして枕元に座っていると、仰向きに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。」さらに女はいう。「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待ってください。又逢いにきますから。」
自分は黙って頷いた。すると女は「百年、私の墓の傍に座って、待ってください。きっと逢いに来ますから。」といって死んでゆく。
果たして、自分は墓の傍で待つのだが、いつの間にかそこから青い茎が伸びてきて、やがて白い百合の花が咲くのである。「百年はもう来ていたんだな。」
「百合の花」の「百合」とは「百年たったら合う」という意味なのか?
と、この小説ではじめて納得したものである。
先週、通りかかった田んぼのあぜ道に百合の花が沢山咲いていたので思わずシャッターをきってきた。
私が百合の花を見て、いつもイメージするのが夏目漱石の「夢十夜」だ。
「こんな夢を見た。」で始まる十夜分の夢の話である。
この話を初めて教材として扱った時には、ショックを受けたものだ。
「漱石がこんな小説を書くなんて」というショックである。
「ファンタスティック」の英語がこれ程似合う小説はあるまい。
さて、「夢十夜」がなぜ「百合の花」か、というと
この小説の「第一夜」が「百合の花」の話で開始されるからである。
極、簡単にストーリーを説明すると、
「腕組みをして枕元に座っていると、仰向きに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。」さらに女はいう。「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待ってください。又逢いにきますから。」
自分は黙って頷いた。すると女は「百年、私の墓の傍に座って、待ってください。きっと逢いに来ますから。」といって死んでゆく。
果たして、自分は墓の傍で待つのだが、いつの間にかそこから青い茎が伸びてきて、やがて白い百合の花が咲くのである。「百年はもう来ていたんだな。」
「百合の花」の「百合」とは「百年たったら合う」という意味なのか?
と、この小説ではじめて納得したものである。
2012年8月12日日曜日
書中お見舞い申し上げます。
暑中お見舞い申し上げます。
夏の暑い盛りに、真冬のスキー場をプレゼントいたします。
この写真は、2010年の北海道スキーである。
この年は、ニセコのアンヌプリスキー場にでかけた。
ニセコというのは巨大なスキー場で、おそらく日本でも五本の指に入る大きさなのではなかろうか。
羊蹄山の北側に広がる複数のスキー場の総称がニセコであり、最近は東洋のサンモリッツと言われ、オーストラリアなどからも多くのスキー客が訪れているそうである。
写真(モデルはN東の化学のM先生)でもわかるように、本州のスキー場とは違って、人がいない。ゲレンデで、ふとまわりを見ると我々のグループしか人影が見えなかったなんていうことも、そう珍しいことではなかった。
またオリンピック。
一昨日も書いたが、「日本は女子でもっている」ということが、今日のバレーボールでも証明されてしまった。
万歳、日本の女子である。
夏の暑い盛りに、真冬のスキー場をプレゼントいたします。
この写真は、2010年の北海道スキーである。
この年は、ニセコのアンヌプリスキー場にでかけた。
ニセコというのは巨大なスキー場で、おそらく日本でも五本の指に入る大きさなのではなかろうか。
羊蹄山の北側に広がる複数のスキー場の総称がニセコであり、最近は東洋のサンモリッツと言われ、オーストラリアなどからも多くのスキー客が訪れているそうである。
写真(モデルはN東の化学のM先生)でもわかるように、本州のスキー場とは違って、人がいない。ゲレンデで、ふとまわりを見ると我々のグループしか人影が見えなかったなんていうことも、そう珍しいことではなかった。
またオリンピック。
一昨日も書いたが、「日本は女子でもっている」ということが、今日のバレーボールでも証明されてしまった。
万歳、日本の女子である。
2012年8月11日土曜日
「中国地方」は何故「中国地方」というのか。
今日で夏休みの補習が一段落した。
N西Sクラスの諸君ご苦労様でした。
突然の話題であるが、「日本の地名」という本を読んでいて長年の謎が解けた。
それは、「日本の中国地方は中国でもないのに、何故中国地方というのか?」という謎である。
「日本の地名」に曰く、かつて、奈良・京都に都があった頃、国の行政区分が、畿内からの距離によって、近国、中国、遠国と区分されていた。
岡山のあたりはこの行政区分により、中国と言われていたそうだ。区分の呼称は、時代が経過するうちに、次第に使用されなくなっていったのであるが、当時最も重要であった山陽道を含む地域である岡山あたりだけは、以前と変わらず残されて行き、現在に至ったということである。
因みに、近国・中国・遠国の言い方は、西の方だけではなく、東の方の言い方にも適用されており、我らが静岡県も「中国地方」と言ったようだ。
(写真は須坂で見た雨落とし)
2012年8月10日金曜日
この国の女子の強さ
今日のオリンピックはNHKで女子レスリング、フジテレビで新体操の競技を見ながら一人で興奮していた。
(ある意味、この二つは興奮の仕方が違っていたが。)
なんと言ってもワイルドとエレガントである。
レスリングを見ながら、「強いなあ」「凄いなあ」
新体操を見ながら、「顔ちっちぇー」「足なげぇー」
てなものである。
それはさておき、この国の女子は強い。
格闘技を見よ。
柔道といい、レスリングといい
金メダルをとるのは女子ばかりではないか。
しかも、その背景には、涙なしでは語れないドラマも控えている。
レスリング63キロ級金メダルの伊調馨選手は、じん帯損傷のまま決勝戦に出て、痛みをこらえながら優勝。
また48キロ級金メダルの小原日登美選手は、一度引退を決意、うつ病に襲われた時もあるという。そこから這い上がって金メダルを手にしたのである。
なんという精神力だ。
ただただ、恐れ入るばかりである。
(「豪商の館」による遠近法)
(ある意味、この二つは興奮の仕方が違っていたが。)
なんと言ってもワイルドとエレガントである。
レスリングを見ながら、「強いなあ」「凄いなあ」
新体操を見ながら、「顔ちっちぇー」「足なげぇー」
てなものである。
それはさておき、この国の女子は強い。
格闘技を見よ。
柔道といい、レスリングといい
金メダルをとるのは女子ばかりではないか。
しかも、その背景には、涙なしでは語れないドラマも控えている。
レスリング63キロ級金メダルの伊調馨選手は、じん帯損傷のまま決勝戦に出て、痛みをこらえながら優勝。
また48キロ級金メダルの小原日登美選手は、一度引退を決意、うつ病に襲われた時もあるという。そこから這い上がって金メダルを手にしたのである。
なんという精神力だ。
ただただ、恐れ入るばかりである。
(「豪商の館」による遠近法)
2012年8月9日木曜日
早朝テニス
早朝テニスのために五時半起きをして、愛鷹のテニスコートまで出かけた。
朝七時、テニスコートの駐車場に着いた途端、N東のI先生に出くわす。(親知らず抜き仲間のI先生である。)何でも生徒の試合の付き添いだとか。朝の七時からご苦労様。
テニスの方、私以外は皆七十歳以上なのに、皆さんお元気である。一年に数える程しかテニスコートに立たないアタシは、予想通り、全身筋肉痛となってしまった。
実は本日、このテニスの後にN西の夏の補習があったのだが、朝あわてて出てきたために、
補習を行なう時のシャツを忘れてしまい、仕方
なくTシャツで講義を行なってしまった。N西のアタシの補習に参加している生徒諸君、ごめんなさい。
(写真は「豪商の館」にいたカルガモ? 一月の写真展以来、なんでも後ろから撮る癖がついたようである。)
朝七時、テニスコートの駐車場に着いた途端、N東のI先生に出くわす。(親知らず抜き仲間のI先生である。)何でも生徒の試合の付き添いだとか。朝の七時からご苦労様。
テニスの方、私以外は皆七十歳以上なのに、皆さんお元気である。一年に数える程しかテニスコートに立たないアタシは、予想通り、全身筋肉痛となってしまった。
実は本日、このテニスの後にN西の夏の補習があったのだが、朝あわてて出てきたために、
補習を行なう時のシャツを忘れてしまい、仕方
なくTシャツで講義を行なってしまった。N西のアタシの補習に参加している生徒諸君、ごめんなさい。
(写真は「豪商の館」にいたカルガモ? 一月の写真展以来、なんでも後ろから撮る癖がついたようである。)
2012年8月8日水曜日
西洋の家・日本の家
今日の補習の教材は、滝沢健児(建築家)の「すまいの明暗」という文章であった。
西洋の建築物と日本の建築物の比較であるのだが、簡単にいうと、「西洋は厚い壁があり、日本には壁がない。」ということである。
壁があると、その壁に対して積極的にかかわるようになる。例えば外の空気を入れたければ壁に窓をあける。人間が自然に対して能動的に関わって行くのである。
それと比べると、日本の伝統的な家屋は右の写真でもわかるように、、厚い壁などはなく戸を開けると、外の自然とすぐに同化し、自然を受け入れることができる。つまり、自然に対して受動的に接して行くのが日本の特徴だというのである。
なんとなく説得力のある文章だ。
西洋の人間が能動的なのに対して、日本人が受動的なのも此の辺に起因しているのかも知れない。
そういえば、オリンピックの日本のサッカーも、守備に重点をおいてから快進撃が始まったような気もする。
やはり、日本は「受身でなんぼ」なのである。
(写真は須坂の豪商の館)
西洋の建築物と日本の建築物の比較であるのだが、簡単にいうと、「西洋は厚い壁があり、日本には壁がない。」ということである。
壁があると、その壁に対して積極的にかかわるようになる。例えば外の空気を入れたければ壁に窓をあける。人間が自然に対して能動的に関わって行くのである。
それと比べると、日本の伝統的な家屋は右の写真でもわかるように、、厚い壁などはなく戸を開けると、外の自然とすぐに同化し、自然を受け入れることができる。つまり、自然に対して受動的に接して行くのが日本の特徴だというのである。
なんとなく説得力のある文章だ。
西洋の人間が能動的なのに対して、日本人が受動的なのも此の辺に起因しているのかも知れない。
そういえば、オリンピックの日本のサッカーも、守備に重点をおいてから快進撃が始まったような気もする。
やはり、日本は「受身でなんぼ」なのである。
(写真は須坂の豪商の館)
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