2023年2月23日木曜日

親鸞はエライ

今日の朝刊に平安時代の末期から鎌倉時代にかけて活躍?した「親鸞」のことが載っていた。

仏教にそれ程詳しくないワタシが言うのも烏滸(おこ)がましいが、「親鸞はエライ」。

九才で得度した「親鸞」はその後比叡山に修行に入る。しかしながら二十年の修行の後、彼は自力修行の限界を感じるようになる。そして、29歳の時に叡山と決別して下山、法然の専修念仏の教えに触れ入門を決意する。

要は、比叡山という仏教の総本山みたいな格式のある寺?を見限って、庶民の中に入って行く決意をしたのである。これは法然の「お金をかけて仏像を作ったり、戒律を厳しく守り、修行に耐えたりするのではなく、誰もが等しく唱えられる念仏だけが救済の道」という考え方に同調したからだ。

以前、比叡山の「千日回峰行」をなし終えた阿闍梨が、テレビ出演をしていたのだが、その時ワタシは、たしかに「すごいなあー」の感はあるが、同時に「私は特別な修行をしたのだ」感も見られて、「何か違うなあー」と思ったのである。



 

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