2012年12月31日月曜日

大晦日

大晦日である。
「みそか」というのは「三十日(みそか)」であり、月の最後を表す。
では、本当の「おおみそか」は三十一日なのに、何故「三十日(みそか)」の読みをするのか。
 月の終わりは、それぞれ二十八日・二十九日であったり、三十一日であったりするのだが、旧暦では月の終わりの意味を表す言葉として、さらに一年の最後ゆえ「大」の字を使って「大三十日(おおみそか)」としたのだという。

 ところで、三十日は晦日とも書くが、「晦」の字は一体どこから来たのだろう。
「晦」の読みは「かい」である。サンズイをつけると、「海」となるし、リッシンベンをつけると、後悔の「悔」となる。そして「かい」は「灰」でもある。灰燼(かいじん)などの読みがあるので知れよう。
火が死ぬと「灰」になるが、「月」の光が尽きるのが、それに似ているのだそうだ。
「月」が尽きるのが「晦」なのだ。

2012年12月30日日曜日

ニセコグランドホテル

 さて、ニセコのホテルである。
「ニセコグランドホテル」と言って、この地区では老舗のホテルであるらしい。
このホテルのウリは、夕食のバイキングと大きな露天風呂だ。
バイキングは写真のように、(写真は、ほんの一部。)和・洋・中の料理が並んでおり、けっして高級な態ではないが、それぞれ味は良いものであった。
中でも驚いたのは、料理の一番上の写真、「玉葱のグリル」である。
最初は、食べるのに躊躇したのだが、食べてみると、これが美味い。甘いのだ。玉葱がこんなに甘いものだとは、思ってもみなかった。
料理を作った人に直接聞いてみたのだが、作り方は極めて簡単。
玉葱を切って、ちょっと塩をふり、トースターで焼くだけ。
焼くだけでこんなに美味しいものができるとは。驚き、驚き。

次に温泉である。

 庭園露天風呂とでもいうのだろうか。
かなり大きなスペースで、その露天風呂はある。しかも男女混浴。
ただし、女性用に湯着なるものがあって、女性にはこの湯着が無料で貸し出される。
「なーんだ、そういうことか。」と少々がっかりしながら露天風呂に入っていると、「おおー、なんと湯着をきていない若い女性が数人入ってくるではないか。」自分の目がまん丸くなっているのが良くわかった。
その理由は、この女性たちが外国人(西洋の血が入ったアジア人といった雰囲気)であったからである。おそらく、「混浴」の字がわからなくて露天風呂に入ってしまったのだろうが、こちらにとってはラッキー・ラッキー。
ここのお湯は別名「若返りの湯」とも言うので、こんな良い思いができたのでしょうか。


2012年12月29日土曜日

ニセコ・アンヌプリ

今回スキーに出かけたのは、ニセコ・アンヌプリというスキー場であるのだが、ニセコ・アンヌプリとは標高1.300メートルの山の名前である。
アイヌ語では「絶壁に向かってある山」の意なのだが、山の姿はどう見ても「絶壁に向かってある山ではない。
 実は北海道には、このような地名が結構あって、これもそのひとつのようだ。
その成り立ちは、和人が勝手にアイヌ語風に作りあげた言葉で、このような言葉を「幽霊アイヌ語地名」というらしい。
 さて、写真はニセコ・アンヌプリの頂上に近いところの写真である。ここはマイナス15度の世界であった。

2012年12月28日金曜日

高度一万メートル

高度一万メートルからの地上である。
12月25日、北海道に向かった。
説明がなかったので、どこの上空かは、しかと分からぬが東北地方のどこかの県の上空である。
上から俯瞰すると、日本というのは、なんと山の多い国なんだろうと、実感される。
国のほとんどが山で、その山と山との間の僅かなスペースに我々日本人は住んでいるのだ。
 東京の羽田から北海道の千歳までは、およそ一時間三十分、御殿場から東京に行くのよりも短時間である。
「時間はお金で買うことが出来るのだ。」ということも実感できるフライトであった。

2012年12月25日火曜日

寒波

寒い。
本日は本当に御殿場に雪が降った。
なんでも、「クリスマス寒波」というのがやって来たのだと。
明日からは、もっと冷え込んでくるらしい。

思い起こせば、去年も「クリスマス」は、酷い天気で、(去年の12月の24・25は北海道にいたのです。)スキーに行ったのに、スキーがまったく出来ないという情けない「クリスマス」だった。

実は、今年も25日から北海道にスキーに出かける。しかし、これがどうも怪しい様子で、26日は北海道も大荒れとなるらしい。
12月のこの時期は、今までは天気が安定していたのに、やはり地球の気候は、おかしくなってしまったのだろうか。

というワケで、明日から日記を少しの間お休みします。


2012年12月24日月曜日

兎角(とかく)

兎角(とかく)という言葉がある。
意味は、「あれこれするうちに(当面の対象がひとつの事に限定されないことを表す。)」とか「ややもすれば(一般的にそのような悪い状態・傾向が、しばしば見られることを表す。)」の意味がある。
 
 兎角の本来の意味は、「ウサギのツノ」。
つまり、「あり得ないもの。」
従って、「誤ったものの見方。」のことで「それについて論ずるのは無益だ。」という趣旨で使われた。
 「左右」と書いて、「とかく」と読ませる場合もある。

この言葉は、「あり得ないもの」の意味であれば、極めてわかりやすいのに、だんだん分からない方へ変化してしまった、典型的な言葉ではなかろうか。

2012年12月23日日曜日

1969

先日レンタルしてきたCD。
①WOMAN Ms.00JA
②[an imitation] blood orange
  Mr.Children
③日本の恋とユーミンと。 松任谷由実
④DAVE Digs DISNEY
  The Dave Brubeck Quartet
⑤1969
  PINK MARTINI & SAORI YUKI

①はカヴァーアルバムである。Ms.OOJAというのは三重県出身の女性歌手で、高校卒業後、百貨店に勤務しながら、音楽活動をしてインディーズからたたき上げてきた実力派である。歌は抜群に上手い。
④はジャズアルバム。「テイク・ファイブ」でおなじみのデイブ・ブルーベックが、ディズニーに関係の深い曲を演奏したもの。
⑤はちょっと前に話題になった、「夜明けのスキャット」で一世を風靡した「由紀さおり」のカヴァーアルバムである。
由紀さおりはもう60歳を超えているのに、どうしてあのような艶やかな声が出るのだろうか。