週刊誌に「司馬遼太郎と宗教」という特集があり、その中に「新島襄」のことが書かれていた。
あの、クリスチャンであり、同志社大学を創設した人物である。
彼は上州(群馬県)の安中藩士で江戸詰めの父の元に生まれた。
彼自身江戸っ子であり、好奇心の強い少年であったという。
その好奇心から自由な国アメリカにあこがれ、アメリカに渡る。
転機はアメリカの神学校に在学中、日本から来た「岩倉使節団」の通訳・秘書をつとめ、木戸孝允と知遇を得たことである。
やがて日本の戻った彼は、木戸を尊敬していた長州出身の植村正直京都府知事、またそのブレーンであった山本覚馬(大河ドラマ「八重の桜」に登場・妹の八重は後に新島の妻となる)たちに支えられ、同志社を創設することとなるのである。
さて、この新島襄は46歳で亡くなるのであるが、その遺言の中に次のような言葉が使われている。
「倜儻不羈(てきとうふき)の学生を育てなさい。」
「倜儻不羈」の意味は「才気に優れ、信念と独立心を持ち、安易に他人に左右されないこと。」
「倜儻」
①独立して他から拘束されないこと
②才能が優れているさま
「不羈」
①自由を拘束されないこと
(「羈」とは馬のの手綱のことである)
うーん、教育者の端くれであるワタシにも、ナンか心に響く言葉だなあ。
2018年8月14日火曜日
2018年8月13日月曜日
記録的短時間大雨情報
昨日は御殿場市の隣り、裾野市に「記録的短時間大雨情報」というやつが出ていた。
ン?
ナンじゃこれは。
テレビのテロップで流すのは良いが、その意味を視聴者が理解できなければ意味は無いんじゃないの、と思いつつ真面目なワタシは色々調べてみた。
気象庁のホームぺージには「記録的短時間大雨情報」について次のような表記があった。
数年に一度程度しか発生しないような短時間の大雨を、観測(地上の雨量計による観測)したり、解析(気象レーダーと地上の雨量計を組み合わせた分析:解析雨量)したりしたときに、各地の気象台が発表します。その基準は、1時間雨量歴代1位または2位の記録を参考に、概ね府県予報区ごとに決めています。この情報は、大雨警報発表中に、現在の降雨がその地域にとって土砂災害や浸水害、中小河川の洪水害の発生につながるような、稀にしか観測しない雨量であることをお知らせするために発表するもので、大雨を観測した観測点名や市町村等を明記しています。
ふーん、結果的に裾野市は大した被害もなく無事にすんだが、もう少し視聴者に分かりやすい表示をして欲しいものだ。
ン?
ナンじゃこれは。
テレビのテロップで流すのは良いが、その意味を視聴者が理解できなければ意味は無いんじゃないの、と思いつつ真面目なワタシは色々調べてみた。
気象庁のホームぺージには「記録的短時間大雨情報」について次のような表記があった。
数年に一度程度しか発生しないような短時間の大雨を、観測(地上の雨量計による観測)したり、解析(気象レーダーと地上の雨量計を組み合わせた分析:解析雨量)したりしたときに、各地の気象台が発表します。その基準は、1時間雨量歴代1位または2位の記録を参考に、概ね府県予報区ごとに決めています。この情報は、大雨警報発表中に、現在の降雨がその地域にとって土砂災害や浸水害、中小河川の洪水害の発生につながるような、稀にしか観測しない雨量であることをお知らせするために発表するもので、大雨を観測した観測点名や市町村等を明記しています。
ふーん、結果的に裾野市は大した被害もなく無事にすんだが、もう少し視聴者に分かりやすい表示をして欲しいものだ。
2018年8月12日日曜日
アラビア書道
昨日、今日とスマホで撮った写真を使ってみた。
やはり、テクノロジーの進化というのか、色彩の再現力は半端ではない。
夕方テレビを見ていると(最近はすっかりテレビジジイなのです。)、「アラビア語を筆記する場合に、その上手い下手はあるのか?」という話題登場した。
結論から言うと、「ある。」ということである。
何でもアラビア語にはコーランを美しく書くための「アラビア書道」というのもあって、小池東京都知事はそれが得意ということである。
ふーん、そうだったんだ。
やはり、テクノロジーの進化というのか、色彩の再現力は半端ではない。
夕方テレビを見ていると(最近はすっかりテレビジジイなのです。)、「アラビア語を筆記する場合に、その上手い下手はあるのか?」という話題登場した。
結論から言うと、「ある。」ということである。
何でもアラビア語にはコーランを美しく書くための「アラビア書道」というのもあって、小池東京都知事はそれが得意ということである。
ふーん、そうだったんだ。
2018年8月11日土曜日
平成最後の夏
夕方のニュースを見ていると、都会では「平成最後の夏」のワードを「ウリ」にして商戦が繰り広げられているという報道があった。
うーん、それほど意識はしていなかったが、まさに今が「平成最後の夏」である。
あと何年後になるのか分からないが、「そう言えば、平成最後の夏は大雨に猛暑、大変な夏だったよなあ。」なんてえことを話題にしているのだろうなあ。
うーん、それほど意識はしていなかったが、まさに今が「平成最後の夏」である。
あと何年後になるのか分からないが、「そう言えば、平成最後の夏は大雨に猛暑、大変な夏だったよなあ。」なんてえことを話題にしているのだろうなあ。
2018年8月10日金曜日
万世橋
秋葉原の電気街南端に、神田川に架かる「万世橋」という橋がある。
神田駅から秋葉原まで徒歩で行くと秋葉原に入る直前に渡る橋だ。
「マンセイ」という何となく日本語らしくない音が、いつも気になっていたので、ここでチョイト調べてみることにした。
この橋は、1676年(延宝4年)に架けられた筋違橋(すじかいばし)であり、徳川将軍が寛永寺に詣でる時に渡る橋で、現在の昌平橋と万世橋との中間ににあったのだそうだ。
すぐ南に筋違見附があり、橋はその見附の付属物であった。
1872年(明治5年)に筋違見附が取り壊され、翌1873年(明治6年)にその石材を再利用して、筋違橋の場所にアーチ二連の石造りの橋が完成した。
当時の東京都知事大久保忠寛が萬世橋(よろずよばし)と命名したが、次第にまんせいばしという音読みが一般化した。
ふーん、「よろずよばし」か。
言いにくいと言えば言いにくいなあ。
2018年8月9日木曜日
阿修羅像
国宝でもあるこの仏像は、チャーミングな仏像として女性に人気の仏像でもあるのだが、そのモデルとなったであろう人物がなかなか面白い。
モデルは後に「孝謙天皇」となる「阿倍内親王(聖武天皇と光明皇后の娘)」だったとも言われている。
「阿修羅像」制作時の時、彼女は十七歳。
この四年後に、日本史上唯一の女性皇太子となった。
もともと女性であるが故に、皇太子とは成り得ないのであるが、聖武天皇と別の夫人の間に皇子が生まれたため、光明皇后の実家である藤原氏が、新しく生まれた皇子の即位を阻むために女性皇太子を立てたのである。(まあ、言ってみれば、藤原系の次の皇子が生まれるまでの中継ぎですな。)
しかしながら、藤原系の皇子はその後生まれず、「阿倍内親王」が「孝謙天皇」として即位することとなる。
「孝謙天皇」はその後「道鏡」と仲良くなったり、重祚(ちょうそ=退位した天皇が再び皇位につくこと)して「称徳天皇」となったり、波乱万丈の人生を送るのであるが、考えてみれば「孝謙天皇」自身が、帝釈天に戦いを挑み鬼神とされてしまった「阿修羅」そのものであるのかもしれない。
2018年8月8日水曜日
台風十三号
台風十三号は予想よりも東に逸れて「静岡県にまともに上陸」の危険は避けられたようだ。
おかげで、「今日はてっきり雨で中止」の期待は見事に裏切られ、水曜テニスは行なわれたのである。
御殿場を出たときには結構な「雨降り」だったんですけれどね。
写真は、「本日午後四時ニューヨーク」と言ってもおかしくないような風景であるが、実際は東京日本橋の夕暮れの風景である。
手前を歩いている女性が白人女性なので、かなりニューヨーク感はあるのですがね。
おかげで、「今日はてっきり雨で中止」の期待は見事に裏切られ、水曜テニスは行なわれたのである。
御殿場を出たときには結構な「雨降り」だったんですけれどね。
写真は、「本日午後四時ニューヨーク」と言ってもおかしくないような風景であるが、実際は東京日本橋の夕暮れの風景である。
手前を歩いている女性が白人女性なので、かなりニューヨーク感はあるのですがね。
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