2012年7月9日月曜日

「嘘」「隠す」

最近のニュースには、「嘘」とか「隠す」という言葉がよく見られる。東京電力の嘘、大津の中学生の自殺に関する隠しごと、本当に心の重い事件だ。当事者が言っていることの真偽は、当事者しかわからないだろう。しかしながら、疑いをもたれているのは事実だ。
 この二つの事件の背景には、どうも「責任の回避」という意識が強烈に働いているような気がする。「言質をとられる」この言葉に常におびえて当事者は発言するのだ。大きな責任か、小さな責任か分からないが、責任はあるにきまっているのに。

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