困った時の「秩父宮記念公園」なのである。
しかしながらこの時期は、ちょうど春と夏の端境期となるので、思ったほど花はさいておらず、少々期待を裏切られてしまった。
ただそのような中でも周りにお構いなく咲くのが「ドクダミ」なのだ。この花はとても強くたくましいのである。
困った時の「秩父宮記念公園」なのである。
しかしながらこの時期は、ちょうど春と夏の端境期となるので、思ったほど花はさいておらず、少々期待を裏切られてしまった。
ただそのような中でも周りにお構いなく咲くのが「ドクダミ」なのだ。この花はとても強くたくましいのである。
そのスピーカーの名を「アルテック・トリエステ」と言う。
ワタシが教師になり立ての頃に、少ない給料をコツコツとためて購入したのがこのスピーカーである。従ってこの「アルテック」は50年ものなのである。
アンプに繋いで音を出すまではドキドキしていたのだが、さすが名機の「アルテック」、50年前とほとんど変わらない音がそこから流れてきた。
「アルテック」は米国製のスピーカーであり、特に「A7」というスピーカーはジャズを聴かせる喫茶店では、そのどデカい姿を誇らしく見せていることが多かった。
無論、ワタシはそのようなどデカいスピーカーなど手に入れることは出来ず、コンパクト版である25センチウーハーの「アルテック・トリエステ」を購入したのである。しかしながら「アルテック」は「アルテック」、劇場用として開発された「臨場感あふれる」その音は、まったく衰えることなく響いたのだった。
「アルテックすげぇー」である。
ワタシも「アルテック」を見習うことにしよう。
しかしながらよく考えてみると、保護者といってもワタシの娘くらいの年齢なので(ちなみに生徒は孫でもおかしくない年齢なのです)、緊張感など皆無の楽しい授業であった。
実際には車による外出だったので、それほどの被害は被らなかったのであるが、それでも店から車まで移動する短い距離の間に、結構服がぬれてしまったのである。
最近、メキシコからこのブログに対してのアクセス数が多くなっているのだが、ハテ、これはどうしたわけなのだろうか。
したがって、函南町までの道中も平常に戻ってスムース、到着後も快適に水曜テニスをすることが出来たのである。
ただし、今日はもうすっかり「夏の陽射し」。今年もこれからは「老人には要注意」の「夏のテニス」が始まるのだ。
御殿場の現在は21℃ほどなのだが、体感はやや寒い、一方今日の長泉町は好天であり、半袖で丁度いいいほどであった。
このように、何だか落ち着きがないような気候が年寄りにはコタエルのである。
兎に角上手い。そして実に楽しそうにギターを弾いている。また最新の動画では「色気」さえも感じられる。
十歳の少女に「色気」も何もないのだが、これは所謂「大人の色気」というものではなく、曰く言い難いことを敢えて言えば、楽器を演奏する時の「人を引き付ける何か」であるような気がする。
興味のある方は、試しに是非見てみて下さいな。
答えは「ステンドグラスは聖書の代わり」ということである。
カトリックの教会では、「キリストの生涯を誰でも分かり易いように描いたもの」として、数多くのステンドグラスが作られたそうだ。(これだと文字が読めない人でも聖書の内容が理解できる。)
しかしながら、その後プロテスタントの勢力が台頭してくると、プロテスタントは「聖書の言葉」を重要としたため、ステンドグラスも衰退していったとのこと。
うーん、そこか。
(写真は一昨年小樽のステンドグラス美術館で撮ったもの)
夏の大会であれば甲子園であり、秋の大会であれば春の甲子園につながって行くのだが、今回の優勝は夏の県大会の第1シードと言うことらしい。
それにしても、県内の甲子園常連校を次々と倒してトップに立ったのだから、やはり凄いことである。
そう言えば、ワタシが1979年、F高校に赴任した年にF高校の野球部が夏の県大会で優勝して、F高校の教職員として「甲子園」のスタンドを経験したことがあった。懐かしいなあ。
そして連休でも何でも「水曜テニス」は行なわれる。
今日も御殿場から遥々函南のコートまで行って、「水曜テニス」を満喫してくる。
ただし、体調はイマイチであり、身体のアチコチが痛いのである。
感染力が「インフルエンザ」の十倍というから恐ろしい感染力だ。さらに、その感染は極端な表現をすれば、道ですれ違っただけでも感染するらしい。
さて、ワレワレ老人の世代はかなりの確率で「免疫」を持っているということであるが、それとて100%ではないのだろう。
イヤハヤ怖い世の中になったものだ。
夏目漱石はこの評論の中で「日本は明治維新後、急激に西洋文化の影響を受け、外発的に開化してしまった。」と言い、さらに「現代日本は、すでに外発的な開化の上に文化を築いてししまっている。この上もはや引き返すことは無理で、皮相上滑りに滑って行くほかはないが、それが本来の開化ではない以上、神経衰弱にかからない程度において、内発的に変化していかなければならない。」という。
つまり、「ワレワレは外国からの影響で開化した以上、政治・経済・思想・文化等すべてにおいて、これからも外国の影響を受けざるを得ない」のだろう。
昨今の世界情勢から受ける「日本経済の狼狽え」などを考えると、漱石の言った「内発的に変化」することなど、まだまだ難しいのかも知れぬ。
詐欺師も連休に入ったのだろうか。
気が付けばもう五月である。
そろそろ十月の写真展に向けた準備もしなければならないし、九月のオファーがあった「古典講座」も考えていかねばならぬ。
今年度のワタシのスタートだ。
朝の通勤については迷惑な雨であるが、雨量が少なく貯水が心配なところや、山火事の完全消火などについては、「待たれた雨」となっていることであろう。
そう言えば今日、さあ帰ろうと朝さしてきた傘を探したのだが傘がない。誰かが間違えて持っていったのだろうが、残念である。
もっとも傘自体は、年期が入っていて、壊れているところもある傘だったので、アキラメもつくが、なくなったことについてはやはり残念なのである。
(チョイと遅れてしまった写真を見てやってくださいな。)
ただワタシの場合、毎週連休があるので、その実感は「無い」に等しいのです。
祭日であったが「水曜テニスの日」であったので函南町のテニスコートまで出かける。
連休中のことゆえ、途中の「伊豆縦貫道」の渋滞を覚悟したのだが、縦貫道は意外とすいており、少々拍子抜けであった。
これはもう夏だと閉口したのだが、御殿場の我が家に帰ってくると、これが寒いのである。
四月のこの時期が、御殿場と長泉の温度差を一番感じるのではなかろうか。
老人にとって「温度差」はコタエルのです。
いづれにしても、毎週、毎週、三連休というのは「人間をダメにしてしまう」のだ。
つまり、二日だったらまだ許せるのであるが、三日休むと「休み明け」が辛くなってくるのである。仕事に行く気力がなくなってしまうのである。
と言うワケで、明日の「休み明け」はワタシにとって「自分との闘い」なのです。
カレンダーを見てみると、今日は「三隣亡」と書かれている。
「三隣亡」の由来は不明なようだが、少し前までは建築関係者の大凶日とされ、棟上げや土起こしなど、建築に関することは一切忌むべき日とされたそうである。
「三隣亡」の字面からこの日に建築事を行なうと「三軒隣(となり)まで亡ぼす」とされたからである。
ん?敗戦監督インタビュー?
放送に入らないところで、そのようなインタビューはあるのかもしれないが、生放送で敗戦監督のインタビューとは。
ただ、ワタシにとっては何か新鮮であり、清々しい感じさえしたのである。
また、この時期がイチバン御殿場と下界の温度に差があり、体調を保つのに苦労をしてしまう。
新年度が始まって、最初の一周間が終了、新しい環境に生徒もワタシも今週は疲れたのである。
ワレワレが見る地図は基本的に「メルカトル図法」であるが、この図法では面積に歪みが出てくるそうだ。
世界地図を見ると、アフリカ大陸とグリーンランドは同程度の大きさの面積に見えるが、実際にはアフリカは約14倍の面積を持っているのだと。
へー、知らんかった。
このことに関して、ワレワレは知らず知らず「誤った認識」を持っていたのです。
沼津の愛鷹コートが四月より倍額に値上げされたからだ。
諸事情からの値上げは仕方がないのだろうが、チョイと気に入らないのは、沼津市民でないグループに限っての値上げということである。
このような差別はしてもらいたくないなあ。
今年は昨年と異なり、週に三回ではなく週に二回、一日三時間の授業となった。
このことはワタシにとっては大きな変化となる。つまり週の勤務日は減ったのであるが、一日の勤務時間は増えたのである。
後期高齢者となるワタシにとって、一日三時間も授業することは結構キツイのです。
まあ、体力の問題ですな。
「コラテラル」は、2002年の作品であり、トム・クルーズが冷酷な殺し屋を演じている映画なのだが、24年前のトム・クルーズはこんな感じだったんだと思うには良い映画かもしれぬ。
なお、「コラテラル」とは、この映画の内容からすると、「巻き添え」の意味のようだ。
それにしてもアメリカという所は凄いところだ。今日の中継は標高1600メートルのコロラド州デンバーにあるクアーズ・フィールドからであった。(標高1600メートルは日本の志賀高原あたりの標高である。)
昨日も同じところからの中継があり、グランドを覆う雪をまず除雪してからの中継という、日本ではまず考えられない状況だ。
(おまけ。1600メートルの標高ではボールもよく飛ぶので、ピッチャーが嫌がり、良いピッチャーがやって来ないのだとか。)
去年一年間の付き合いがあっただけに、生徒も教員もかなりリラックスした授業ができる。
やはり、お互いが正体を知っているということは、授業において大事なことなのかもしれない。
(写真は京都の地下鉄の駅「蹴上」から南禅寺に向かう途中にあるトンネル。)
玄関前で、毎年今くらいの時期になると綺麗な花を見せてくれる。
この桜は盆栽用なので大きくはならず、三年前からずっとこのサイズ(1メートルあるかないか)であり、手入れはほとんど必用がない、いい加減人間のワタシにとっては、この上なくアリガタイ桜でもあるのです。
案の定、めざした「泉涌寺」には観光客の姿はほとんど見られず、平安神宮とか南禅寺において人の多さに辟易していたワレワレに、一時の心の安らぎを与えてくれることとなった。
写真はその「泉涌寺」の敷地内にあった「土蔵」の鍵である。意匠が素晴らしかったので撮った次第。
「東寺」の創建は平安京が出来て間もない頃、796年と云われている。その後823年に弘法大師空海が嵯峨天皇から「東寺」を下賜され真言密教の根本道場としたそうである。
「東寺」というからには、かつては「西寺」というお寺も存在していたのであり、「東寺」と「西寺」の間には「羅城門」があった。
そして、「羅城門(らじょうもん)=芥川龍之介の小説では羅生門(らしょうもん)」から北に向かって「御所」まで延びている大きな通りが「朱雀大路(すざくおおじ)」なのです。
カップルどうしが等間隔で並ぶことが面白く、よくテレビなどでも報道されていたが、実際この目でみてもカップルどうしは等間隔で並んで座っていた。
写真を撮っている場所は先斗町(ぽんとちょう)通りで、一本西が木屋町通りとなる。
そして木屋町通りに添って流れるのが「高瀬舟」で御馴染の「高瀬川」なのです。
日本で一番最初に地下鉄を走らせたのは京都であるし、珈琲文化やラーメン文化なども、京都ならではの独特なものを作り出している。
写真は「六角堂」の近くに合ったお店(何の店かは失念してしまったが)の外付けのディスプレイである。
この自転車、インパクト十分ではなかろうか。
場所は京都「錦小路」の東のはずれ、寺町通にぶつかる直前である。
おそらく、鳥居が先に出来ていて後から建物を建てる時に、鳥居を削るわけにもいかず、致し方なく建物の方に穴をあけたのだろうが、ワタシはこんなところに「いかにも京都」を感じるのです。
ところで、今の「錦小路」というところは、昔とはだいぶ変わってしまって、かつての京都市民の台所などという面影はまったくなくなり、あの狭い通りは外国人に奪われてしまって、ガタイの良い外国人(西洋人)がウジャウジャ歩いているような「小路」に変わってしまったのです。(外国人の皆さんゴメンなさい、すべての外国人をセメテいるわけではありません。)そしてワタシは、立錐の余地もないような「錦小路」など、「もう二度とは行きたくない」の感を持ったのです。
しかしながら、ほぼ昔人間のワレワレのグループは、どうしても「イノダ」に行こうということになり、出かけた次第。
ちなみにワタシは、京都の三大珈琲と云われる珈琲屋、すなわち「イノダ珈琲」「前田珈琲」「小川珈琲」の中では、圧倒的に「前田珈琲」が好きなのです。
いわゆる観光地と云われる所は、ほぼ外国人の歩く姿しか見ることが出来ない。
さて写真は南禅寺の境内にある「水路閣」である。(ここも例にもれず外国人ばかりだ。)
これは1887年に完成した琵琶湖疎水の水路橋であり、当時は境内の景観に配慮して設計・デザインを行なったレンガ、花崗岩造りのアーチ型の橋脚だと言われているが、皮肉なことに今となっては「お寺の境内にある妙な建造物」となっているような気がする。
仲間の一人の親族が京都に持っているマンションを宿泊先に提供してもらったのであるが、写真はこのマンションのリビングから撮った写真なのである。
なんとリビングの窓越しに「平安神宮の鳥居」が見えるのだ。
ワタシの家もリビングの窓越しに「富士山」が見えるのだが、この「鳥居」の迫力にはとても敵わないのである。
遠くから見ても、あるいは近づきすぎても、自分の納得できるような「桜の花」を撮ることが出来ず、とてもモヤモヤした感じがしていたのである。
最近、YouTubeの「AI Cover 」にハマッテいて 「AI Cover 駅 竹内まりあ」とか「AI Jazz Vocal Cover 夏をあきらめて」また「硝子の少 meets Metal KinKi Kids 放課後女子バンド」など毎日のように観ているのです。
AI技術もここまで来たかあ、です。
車を車検に出すために雨の中を出かける。
代車には軽自動車が用意されていたのだが、最近の軽自動車は優秀なのである。
エンジン音等、乗っていて普通車との違いはそれほど感じられないのです。
平日ということもあり、満開の桜に対して人はほとんど出ておらず、グランドではお年寄りが(ワタシもお年寄りなのだが)、楽しそうにゲートボールをやっていた。
じつに長閑な一人花見であった。
それにしても、名前をたった一つ変更するだけなのに、銀行というとこはどうしてあのように時間がかかるのだろう。
講座の名義変更なので、確かに慎重にしなければならないことは分かるのだが、終わるまでにほぼ一時間弱とは、呆れたものである。
大体こんなものなのであろうか?
天気は下り坂であり、午前十一時からのテニスは、予定の半分の時間だけ何とかすることが出来た。
高校生くらいであれば、多少の雨はオムニコートなので平気でやってしまうのだが、何と言っても我らは、ほぼ後期高齢者のグループ、そのような危険なことはでいないのである。
まずは安全第一。
今週は何でもほぼ毎日のように雨降りだと、天気予報が告げていた。
写真は御殿場駅横に野外展示されている「D52機関車」である。
かつての御殿場駅は「東海道線」が御殿場経由の折の主要駅だったのです。
気象庁の説明には次のように書かれている。
「花曇り(はなぐもり)」とは、桜の花が咲いたり、見頃を迎える頃によく見られる、明るくやわらかな曇り空を指す言葉です。空全体に薄い雲が広がり、太陽の日差しがぼんやりと感じられるような空模様が特徴で、暗くて厚い雲や雨雲とは異なって穏やかな印象です。