まあ、明日からは天気予報によると「晴れ」のの日も出て来るそうなので、チョイと期待することにしよう。
実に不思議ではあるが、考えられるのは、その古本のデータをAIに読み込ませて、何かに利用するのではないかということだ。
そう言えば、このブログもここのところ毎日のように外国からのアクセスが増えている。例えば昨日だけで1946という異常な数のアクセスが見られるのだ。
これは、ワタシのブログを読み込ませて何かに利用しようとしているのだろうか。
オカシナ時代になったものだ。
要は温泉を供給する機械が故障したのだとか。
これで「八景の湯」は二回ほど門前払い、仕方がないので小山町にある「足柄温泉」まで足を延ばしてみた。
昔はここにもよく通ったのであるが、最近はチョイとご無沙汰であった。
さて、温泉に到着してみると、今日は雨降りなのに駐車場はいっぱい、少し躊躇したのであるが、ここまで来て引き返すのはと思い切って中までで入ってみた。うーん、やはり駐車場の混雑は当たっていて中もかなりの混雑、今日は温泉の日ではなかったのである。
横綱を目指した力士、大関を目指した力士が目標を達成することが出来ず、次々と脱落していったのは、やはり「心の強さ」が足りなかったのではないかと思われる。
スポーツにおける「心の強さ」というものは、なかなか鍛えられないのであろう。
今朝の新聞のコラムには、こう書かれていた。
コラムは先日の千葉県の洪水に言及しているのであるが、云われてみればその通りであり、このことは、すなわち「水で隔てられている地域のこと」に関しては千葉県に限ったことではあるまい。
日本列島というのは、いつどこで洪水が起きても仕方がないのである。
ひとつは勿論、温泉に入るためであるが、もう一つはこの施設近くの「コスモス畑」を見てみようと思ったからである。
さて、「コスモス」はどうだろうと勢い込んだのだが、残念なことにその姿はまったく見ることができなかった。
もう畑はやめたのだろうか、それともワタシが遅すぎたのだろうか。
しかしながら、今回も終了三十分前から雨が降り出して、最後までとはいかなかったのである。
ワレワレは余程心がけが悪いのだろうか。
しかしながら、朝のテレビニュースを見てみると、千葉県や神奈川県、さらに東京都でも浸水被害が出ているとのこと。
どうも雨量に対して排水がが追い付かないところに原因があるようだ。
これから先、これはどこの地域においても起こりうる災害だと思われる。決して他人事ではないのです。
数日前にも新聞のコラムを見ていると、あるコラムニストの「1ミリも話に入っていけない」というフレーズがあった。
考えてみれば「1ミリ」は「長さの単位」であって、「話に入って行ける」かどうかは「長さ」の問題ではない。
勿論、かのコラムニストは「1ミリ」を「短い距離」として「少し」の意味で使用しているのであろうが、では何故「1ミリ」よりも短い「1ミクロン」や、逆に長い「1センチ」を使用しなかったのだろうか。
まあ、「1ミクロン」の方は、その長さが感覚として分からないからなのだろうが、「1センチ」であればこれは分かるだろう。「1センチ」は「少し」には入らないのだろうか。うーん謎だ。
ところで、「少し」の感覚を長さで表す手法は今に始まったことではなく、「ちょっと」は漢字で書くと「一寸(3.03センチ)」となるので、かつては(今もそうなんだろうが)「3.03センチ」が「少し」の意味となっていることになる。
今回の台風25号は、カナリの確率で上陸しそうであり、静岡県もそのターゲットになっている。
写真は綿毛を付けた状態の「蕗」である。「フキノトウ」の雌花が花後に茎を伸ばして成長し、種子がついた状態らしい。
ここのところ、この様な天気がなかったので、気分までも晴れた感じがした。
そのせいかどうか、学校からの帰り道、御殿場「樹空の森」にある「御胎内温泉」に立ち寄る。
平日の昼過ぎなのに温泉は結構な「混み具合」であった。
やはり、天気が良いと人は温泉に入りたくなるのであろうか。
しかしながら、この予報ははずれ(最近は予報がよくはずれるので、腹もたたない)、御殿場では今のところ、ほとんど「雨」は降っていないのである。
「どこで何が起こるのか分からない」が、ここのところのキーワードであるゆえ、これはショウガナイことなのであろう。
そこで今日はそのリベンジということで、再び「時之栖」に立ち寄る。
「時之栖」の「気楽坊」という温泉は、帰りの道筋にあるので、ワタシとしても都合の良い温泉なのである。
すでに大学の授業も始まったのか、今日は団体の姿は見られず、ゆったりと温泉に浸かることが出来、しっかりとリベンジできたのである。
ここのところ、確かに「強烈な暑さ」は影を潜めてきた感はあるが、どうも最近の地球のことを考えると、そうも行かないような気がする。(暑さ、寒さの繰り返しは老体にはコタエルのです)。
冒頭に書いたように、「~まで」と区切りをつけて欲しいものだ。
これは後期高齢者のすることではないぞ、と思いながら、今日も富士市まで行ってしまったのです。
さすがに疲れるなあ。
果たしていつまで続くやら。
まあ、オファーのある間はやるとするか。
よくは分からないが、どうもパソコンのOSの「更新」が絡んでいるようだった。
何はともあれ、今まで通りになってくれれば文句はないのである。
今日も相変わらずの雨、マスコミの方も雨に関しての話題には飽きてしまったようで、あまり話題に取り上げないようである。
原因は謎であるのだが、今日はいつもと異なった挿入の仕方で入れてみたのである。
パソコンの素人にとっては、何だかよく分からいのであるが、何はともあれ挿入することに成功したのである。
予想していたこととは云え、ワタシの場合、火曜日・水曜日が休業日ゆえ、三日間の休みとなるのである。
夏休みという長期の休暇が終え、これでやっと本来の生活に戻れる、規則正しい生活ができると思っていた。
そして、先週は木曜日・金曜日と授業、さらに土曜日には富士での古典講座と、比較的充実した週末を送っていたのである。
やはり、ここでの三連休は自分のペースが乱れてしまうのでチョイと痛いなあ。
今日あたりも、日本の各地でいろいろな催しが企画されていただろうに、残念なことである。
また一周間も降り続くのであれば、たとえ催しを延期したところで、再び雨ということになってしまうので、これはもう天を恨むしかないのである。
一体、この地球はどうなってしまうのだろうか。
ひょんなことから富士市にある「富士文庫」という図書館で「古典講座」をやることになり、本年度で五年連続。
しかしながら、地元御殿場の「古典講座」と異なり、富士市までは片道およそ一時間、しかも十里木街道という標高千メートの道を通わなければならない。
この山道が年寄りにはツライ。数年前までは山越えもドライブ気分で楽しかったのであるが、体力の劣化なのかどうか最近はツライのである。
まあ、これも人生の修行と考えることにしよう。
「九月の長雨」とはよく言ったものである。
「霖雨(りんう)」という「数日間にわたって降ったり止んだりする雨」であり、「林」のように雨が多く集まる様子から、長く降り続く雨のイメージもある。
ただし、「霖雨」に関しては、「梅雨」のように六月の入梅時に「霖雨の侯」などと、使用され、九月ではないのかもしれない。
まずは良い滑り出しである。
学校からの帰り道、時之栖の日帰り温泉「気楽坊」に寄る。
チョイと前まで御殿場市から配布される「高齢者健やか施設利用券」というやつを出すと、無料の上タオルまで貸し出してくれたのであるが、今日行ってみるとタオルが有料となっていた。
こんなところまで「世の中の値上げ」の影響が出てきているとは。
およそひと月半の間、休日が続いていたので、九月の新しい生活に、心身が対応できるかどうか、それが心配であったのである。
出かけてみて、心の方はまずは何とかなりそうなのだが、身体の方がついていけるかどうかは、やや不安が残った。
何はともあれ、今週の木曜日からフンドシを締め直して行くことにしよう。
しかしながら、病院に入ってから出て来るまでに一時間半の時間を要するというのは、どうもいただけない。
おそらく、どこの病院でも待ち時間はこんなもんだろうが。今は、それだけ老人が多いということなのだろうな。
右の写真は「花筏(はないかだ)」である。葉っぱをよく見ると、葉の上に丸いものが乗っているのだが、これが「花筏」の所以である。
今朝も福井県で大雨の警報が出ていて、つい先日大きな被害を受けた石川県や富山県も心配である。
それにしても、北陸地方は、大雪、地震、豪雨と試練が続いているなあ。
静岡県や御殿場市も、他人事と思ってはいけないだろう。
今という時代は、いつ、どこで、何が起きても不思議ではないのだから。
ところが、ナント。
特定検診の検診は土曜日はやっておりません、ときたもんだ。
今朝のワタシの「張り切って」を返してほしいものです。
今までは多少高くても「許容範囲のうち」として、服用を拒否していたのだが、どうも最近は「老人傾向」が増してきたためか、「おおー、今日は高そうだぞ」の意識があり、止む無く服用を開始したのである。
今までは週六時間の授業であったので、週二回は一日三時間、これが週三回は一日二時間となるのです。
つまり、身体的には楽な方へ移行することになるのである。(老人が三時間もしゃべり続けることはキツイのです。)これは歓迎すべきことだ。
ただし、年間を通してのプランがいくつか狂ってきたのはチョイと残念だなあ。
さて、ワタシにとっての長い夏休みは、今週でほぼ終了する。
休み中にすべきことは無事熟(こな)すことが出来ただろうかと、自問自答してみる。
いささか疑問であるが、そこはそれ「ワタシは高齢者だから」ということで、許すことにしよう。
しかしながら、ここ最近の気象に関しての特別番組を見ていると、これからは、今いう「異常気象」が「異常」ではなくなってしまうような気がする。
これは人間の力ではどうしようもないことなので、人間の方がそれに対処する方法を身につけなければならないのだろう。
携帯電話がいきなり激しく鳴って、「地震です」と大声で告げたのである。実際、直後に大きな揺れが襲ってきて、思わず身構えてしまった。
震源は茨城県だったので、それほど近くはなかったが、意外なほど大きな揺れだったのである。
それにしても、今日本で起こっている「地震」「大雨」「酷暑」は一体何なんだ。
「人の心を動かせるのは人だけ」と断言していたユーミンが、「(そのことは)もう言っていられないです。クリエーティビティーや言語感覚は人間の牙城だと思っていました。それももう溶け出していると思います。人の創作とAIの創作でブラインドテストをしたら、どうなるでしょうか」と。さらにユーミンは「結構、やばいと感じています」とも。
長らく第一線で活躍してきた、クリエーターであり歌手のユーミンが、前言の「人の心を動かせるのは人だけ」を翻しているのだ。
うーん、AIはここまで来たか。
旧盆もすでに過ぎて、霊園は意外と静かであった。
全国的にそのようであるのだが、不安定な天気が続く。
御殿場地方も今日は夕方になって突然の雨、都会ではゲリラ豪雨が猛威を奮っているようだが、天候ばかりは誰もどうにも出来ないのである。
「色彩のブルース」は、EGOーWRAPPIN(日本の音楽ユニットで多様なジャンルをクロスオーバーしたサウンドで独自の音楽性を築き上げているといるバンド。)のアルバムにある曲であり、魅力的な曲である。
さて、ワタシはEGOーWRAPPINなるグループがチョイと気になったので、さらにYouTubeでEGOーWRAPPINを見てみると、今度は千堂綾乃 Music channelなる作者が「千堂綾乃が歌う日本のブルースカバーシリーズ」と言うAIカバーの作品を作っており、これもなかなか良い。
オリジナルはEGOーWRAPPINの「色彩のブルース」なのであるが、これをジャズ風に聴くのと、ブルース風に聴くのではずいぶん味わいが異なっているのだが、両方とも優れた作品であるので一聴の価値はありますぞ。
理由は手間が非常にかかるということと、地球の温暖化に伴い、生産地の気候が変化してきたことによるらしい。
「フランス」とは異なり、日本では山形県において「ラ・フランス」の生産が盛んであり、(全国の八割を生産)現在も多くの出荷が見られ、ワタシも時々食することができる。
ただ「ラ・フランス」は極めて美味な果物なのであるが、食べるタイミングが難しく、これも極めて厄介な果物なのです。
それにしても、皆さんお元気です。
もう少しで「後期高齢者」となるワタシが、グループの最年少なのですから。
帰りがけに、所用があったので三島M高校に立ち寄る。N西高校に在籍していた時の同僚二人と話をしたのであるが、楽しい時間を過ごすことが出来た。
「贅沢三昧」などで使われる「三昧」である。これはサンスクリット語のサマーディの音写(ある言語の音声を他の言語の文字で書き写すこと)で、心をひとつのものに集中させて安定した精神状態に入る宗教的な瞑想だという。
ヨーガなどでは、精神的集中が深まりきった後に訪れる深い瞑想状態、またその先のさらに深い宇宙意識状態だとも。
どうも、「贅沢」などとは縁のない言葉のような気がするのですが。
せねばならぬことも、多々あったはずなのに今は何が何やら、分からなくなってきてしまったぞ。
取り敢えず、九月の古典講座、十月の展覧会に向けての準備があるので、これに集中することにしようと、自分で自分に言い聞かせるワタシなのでありました。
ひとつは「This Moment(Live at Kyoto)Ai Furusato and YOYOKA Orignal song 」
Ai Furusato14歳(ピアノ)・YOYOKA16歳(ドラム)の少女たちがアイコンタクトをしながらジャズを演奏している。
もうひとつが「Andy Timmons Electric Gypsy Live Cover」
こちらは何とAkarin10歳(ギター)と前項のYOYOKA16歳(ドラム)のライブである。
何れのライブも感動することマチガイないと思います。
それにしても、今時の十代は凄いのです。
昨日は千葉県において「線状降水帯」が発生し、各地に大雨被害を与えている。
このブログでも何度か嘆いているのだが、最近のニュースにはよく「経験したことのない」の文字がおどっており、さらに言えば、今の日本列島は、いつどこで何が起きてもおかしくない列島なのである。
「怪雨」とは一定範囲に多数の物体が落下する現象のうち、雨・雪・黄砂・隕石のような良く知られた原因によるものを除く「その場にあるはずのないもの」が空から降ってくる現象を指す。
つまり、「怪雨」とは「水」が空から降ってくるのではなく、それ以外の何かが空から降ってくる現象だ。
具体的には「蛙」とか「魚」が降ってくる現象で、「ファフロッキー現象」とも言われているそうである。
最近の日本列島は、全国どこにでも災害が起こる可能性があるからだ。
本来であれば「水曜テニス」をやっている日であるが生憎の雨、残念であるがこればかりはしょうがないことである。
今日はオトナシク家で過ごすことにしよう。