写真は、「紫陽花ロード」ではないところに咲いていた紫陽花である。
何年か前にも、紫陽花をまったくみることが出来ないことがあり、今年もその年なのかと、内心ガッカリのワタシであった。
写真は、「紫陽花ロード」ではないところに咲いていた紫陽花である。
何年か前にも、紫陽花をまったくみることが出来ないことがあり、今年もその年なのかと、内心ガッカリのワタシであった。
アテンションデトックスとは、スマホやSNS、通知などが生む絶え間ない刺激から距離を置き、散漫になった注意を本来の目的に戻す行動を指します。従来のデジタルデトックスが機器の使用量を減らすことに焦点を当てるのに対し、アテンションデトックスは「どの情報に意識を払うか」を再設計する点が特徴だという。
これにより、他人の視線や評価のネットワークから精神を解放し、心理的安全性を確保することができるということだ。
要するに、若者たちの「スマホ疲れ」が増加、その結果若者たちは「評価ネットワークを含むSNSを敢えて見ないこと」にシフトしたのである。
情報番組でも言っていたが、そもそもSNS自体が「中毒性」を起こすものであり、それを覚悟することなしにハマッテしまったのであるから、その「中毒性」に気が付けば、自ずと「デトックス」ということになるのでしょう。
先週の金曜日は学校祭、授業が休講であったため、今日は一週間ぶりの授業であった。
長い間大きな声を出さなかったためか、最初の授業では、声を出すことに多少の辛さを感じた。
教員とは因果な職業なのである。
天気がハッキリしないと自分の心もなかなかハッキリ晴れないのである。
歴史番組で、横井小楠という幕末期に活躍した人物のことを取り上げていた。
彼の言葉の中に「理解して思う」という言葉があった。本を読んで内容を理解するだけではダメであると。その内容から自分が何を思うかが大切なことであると。
うーん、なかなか考えさせられたなあ。
昨日の花も今日の花も「秩父宮記念公園」で撮ったものである。
こちらの花は北米原産の帰化植物であり、日本へは観賞用として輸入・栽培されていたものが野生化したものであるという。
名称の由来は、宵に咲く「月見草(ツキミソウ)」とは異なり、昼間に開花していることによるということである。
「ツユクサ」と「ムラサキツユクサ」の違いは、濃い紫色の花びらを三枚持ち、草丈が高くスラリとしているのが「ムラサキツユクサ」だと言う。
一方、「ツユクサ」は青い花びらが二枚で、草丈が低く地面を這うように広がっていると言うことである。
何となく、日本古来の花のような感じであるが、原産はカナダ南部からアルゼンチンにかけての新大陸なのだそうだ。
今日観たテニス仲間が属している写真のグループは、ワタシの属しているテニスグループ同様、年配者が多いということであった。
年配者には年配者なりの良いところもあるのだが、やはり「刺激」という点ではイマヒトツなのである。(まあ、これは仕方ないことなのだが。)