京都には京都の三大珈琲と云われる老舗の珈琲屋がある。「イノダ珈琲」、「前田珈琲」、そして今回寄った「小川珈琲」だ。
それぞれ個性的な珈琲屋であり、その味も店によってかなり異なっている。今回の「小川珈琲」は三店の中では比較的「穏やかな?味」だとワタシは思っている。
さて、一緒に京都に行ったテニス仲間の一人が、写真の珈琲カップが気に入って、これを購入しようと値段を聞いたのであるが、店員曰く「一客、2,6400円です。」の答えが返ってきた。
仲間が購入を諦めたのは言うまでもないのである。
京都には京都の三大珈琲と云われる老舗の珈琲屋がある。「イノダ珈琲」、「前田珈琲」、そして今回寄った「小川珈琲」だ。
それぞれ個性的な珈琲屋であり、その味も店によってかなり異なっている。今回の「小川珈琲」は三店の中では比較的「穏やかな?味」だとワタシは思っている。
さて、一緒に京都に行ったテニス仲間の一人が、写真の珈琲カップが気に入って、これを購入しようと値段を聞いたのであるが、店員曰く「一客、2,6400円です。」の答えが返ってきた。
仲間が購入を諦めたのは言うまでもないのである。
考えてみれば、40℃という気温はかつて「トンデモナイ高温」という認識であったが、去年、今年と当たり前のように記録している。
ここ涼しいことをウリにしている御殿場でさえ、室内で32℃を超える温度であった。
この先、日本、地球はどうなってしまうのだろうか。
修理のために解体された、平安時代に造られたであろう仏像(阿弥陀如来立像)の中から、この時代の貴族の書簡が81通も出てきた。
平安時代における紙というものは、貴重なものであり、残っていること自体が大変珍しいことである。
ここで驚くべきは「記憶媒体としての和紙」の優秀さだ。湿気と火、そして虫には弱いが、保管状態さえよければ千年以上劣化しないそうだ。
それに対して洋紙は百年程度でボロボロになるという。またイマドキのデジタル記憶媒体の多くは、さらに寿命が短い。いくら大量のデータを保存していても今回発見された和紙のように800年後に、どれだけ再生が可能だろうか。
うーんと考えさせられる話であった。
前日に書いた「祇園祭」というのは、京都八坂神社の祭りであり、そのハイライトは「動く美術館」と称される「山鉾」が置かれている場所に行って、その鉾を鑑賞する「宵山(7月17日)」と「山鉾」が大路を練り歩く「山鉾巡行(7月18日)」である。
昨日の写真は、「山鉾」の提灯を撮ったものであり、今日の写真は「山鉾巡行」の一場面である。
「日本三大祭り」のひとつというだけあって、その規模や迫力はたいしたものなのである。
ちなみに写真の「山鉾」は「長刀鉾」と言って、他の「山鉾」は毎年抽選によって巡行が決まるのに対して、この「長刀鉾」は、常に先頭で巡行する「別格山鉾」なのです。
「祇園祭」はワタシ自身二回目であったが、前回はもう五十年近く前となるので、記憶はだいぶ薄れている。
さて、今回は16日の「宵山(山は山鉾の山か)」と17日の「山鉾巡行」を観たのだが、やはりこの祭りは凄い。
どのくらい凄いかは、また後で書くことにしよう。
ただし、外に出て運動でもしない限り、つまり部屋でジッとしている限りは、それほどツライ感じはしない。
このへんは流石御殿場なのである。
写真はかつてN東高に在籍していた頃の「海浜教室」の写真である。
今日は暑いゆえ、海の写真にしてみた。