なんということだ。
あっという間に三月も半分が過ぎようとしている。
何という速さ、歳を取ると一年間が短い?(若者に比べてやるべきことが少なくなってくるので)というが、本当にその通りである。
なんということだ。
あっという間に三月も半分が過ぎようとしている。
何という速さ、歳を取ると一年間が短い?(若者に比べてやるべきことが少なくなってくるので)というが、本当にその通りである。
この暖かさにつられ、近所の富士山がよく見えるところまで散歩してみた。
富士山を撮るのはあまり好みではない。
その理由は、どこからどう撮っても「いつか見た写真」となってしまうからである。
それだけ被写体としての富士山が偉大なのであり、そこに降参してしまうワタシがいるのである。
インターネット検索をしてみると、「さきはふ」の「はふ」は接尾語で「延(は)ふ」から出た語と言われているそうだ。名詞やそれに準ずる語に付いて、その状態が進展する、またはその状態を進展させる意を表す。
この「はふ」が付く言葉には、「さきはふ」のほか、「にぎはふ」などもあるようだ。
さて、「さきはふ」は「幸(さき)」つまり「幸福な状態」を「は(延)ふ」=進展すること。または「幸福を与える」、「栄えさせる」ということになる。
「さきはひ」は「さきはふ」という動詞が名詞化したもので、これが「さいわい」つまり現在の「幸い」となったものであろう。
ひとつは東京の「砧公園」で大木が立て続けに倒れたこと。そしてもうひとつは、大阪の中心街「梅田」で、地中に埋まっていた巨大な鋼鉄管が13メートルほど隆起したこと。
いづれも巨大な物体が倒れたり隆起したりで事件となったのであるが、どうも東京の倒木は「根腐れ」が原因であり、大阪の隆起は「人為的ミス」が原因のようだ。
何はともあれ、人為的なミスはあってはならないことだろう。
東北地方から東京、さらにワレワレの静岡県に至るまで大きな影響を与えた震災、もう十五年も経ってしまったの感がある。
さて、今日は水曜テニス、気持ちの良かったことはワタシのファーストサーブ四本でゲームをひとつ取ったこと、こんなことは滅多にないことなので今日は「サーブ記念日」としよう。
ただし、気持ちの落ち込むこともあり、右足太ももの筋を痛めてしまったこと。これでは当分足を引き摺りながら歩くことになってしまうだろう。
返却を終えた後に時間があったので、生徒たちと他愛もないオシャベリをした。
ワタシはこの他愛もないオシャベリがとても好きだ。生徒達もここでは「素の顔」を見せてくれるからである。
さて、来年はこの「愛すべき生徒」達と再び会うことができるだろうか。
(写真は近所の公園にあった遊具)
「棗」はクロウメモドキ科の落葉小高木である。(小高木の意味が妙だが)
和名は夏に入って芽が出る(夏芽)に由来するという。
果実は乾燥させたり(干しなつめ)など菓子材料として食用にされ、また生薬としても用いられるそうだ。