2026年4月16日木曜日

泉涌寺

京都駅の南東の方角に、観光客にはあまり注目されない「泉涌寺(せんにゅうじ)」というお寺がある。
京都における人の多さに疲れていたワレワレ老人グループは「注目されていなければそれほど観光客はいないだろう」と、長距離を歩くことを覚悟して、そこにかけたのである。

案の定、めざした「泉涌寺」には観光客の姿はほとんど見られず、平安神宮とか南禅寺において人の多さに辟易していたワレワレに、一時の心の安らぎを与えてくれることとなった。

写真はその「泉涌寺」の敷地内にあった「土蔵」の鍵である。意匠が素晴らしかったので撮った次第。


 

2026年4月15日水曜日

東寺

京都駅からも見える「東寺の五重塔」である。

「東寺」の創建は平安京が出来て間もない頃、796年と云われている。その後823年に弘法大師空海が嵯峨天皇から「東寺」を下賜され真言密教の根本道場としたそうである。

「東寺」というからには、かつては「西寺」というお寺も存在していたのであり、「東寺」と「西寺」の間には「羅城門」があった。

そして、「羅城門(らじょうもん)=芥川龍之介の小説では羅生門(らしょうもん)」から北に向かって「御所」まで延びている大きな通りが「朱雀大路(すざくおおじ)」なのです。



 

2026年4月14日火曜日

鴨川のカップル

写真は京都鴨川の土手に座るカップルたちである。

カップルどうしが等間隔で並ぶことが面白く、よくテレビなどでも報道されていたが、実際この目でみてもカップルどうしは等間隔で並んで座っていた。

写真を撮っている場所は先斗町(ぽんとちょう)通りで、一本西が木屋町通りとなる。

そして木屋町通りに添って流れるのが「高瀬舟」で御馴染の「高瀬川」なのです。
 

2026年4月13日月曜日

アヴァンギャルド

京都というところは、古都の印象が強いところであるのだが、実は先進的というか実にアヴァンギャルドなところもある街なのである。

日本で一番最初に地下鉄を走らせたのは京都であるし、珈琲文化やラーメン文化なども、京都ならではの独特なものを作り出している。

写真は「六角堂」の近くに合ったお店(何の店かは失念してしまったが)の外付けのディスプレイである。

この自転車、インパクト十分ではなかろうか。
 

2026年4月12日日曜日

「錦小路」の今

右の鳥居は、よく見ると左右の建物の中に、鳥居の先端が食い込んでいるのです。

場所は京都「錦小路」の東のはずれ、寺町通にぶつかる直前である。

おそらく、鳥居が先に出来ていて後から建物を建てる時に、鳥居を削るわけにもいかず、致し方なく建物の方に穴をあけたのだろうが、ワタシはこんなところに「いかにも京都」を感じるのです。

ところで、今の「錦小路」というところは、昔とはだいぶ変わってしまって、かつての京都市民の台所などという面影はまったくなくなり、あの狭い通りは外国人に奪われてしまって、ガタイの良い外国人(西洋人)がウジャウジャ歩いているような「小路」に変わってしまったのです。(外国人の皆さんゴメンなさい、すべての外国人をセメテいるわけではありません。)

そしてワタシは、立錐の余地もないような「錦小路」など、「もう二度とは行きたくない」の感を持ったのです。


 

2026年4月11日土曜日

珈琲屋

京都には「イノダコーヒ(コーヒーではなくコーヒなのです)」という京都人のこよなく愛する珈琲屋があり、観光客も多く訪れ、観光シーズンには行列も出来ていたのだが、最近は昔ほどの注目度もなくなったようである。

しかしながら、ほぼ昔人間のワレワレのグループは、どうしても「イノダ」に行こうということになり、出かけた次第。

ちなみにワタシは、京都の三大珈琲と云われる珈琲屋、すなわち「イノダ珈琲」「前田珈琲」「小川珈琲」の中では、圧倒的に「前田珈琲」が好きなのです。
 

2026年4月10日金曜日

水路閣

覚悟はして行ったのだが、近頃の京都はナント外国人が多いことか。

いわゆる観光地と云われる所は、ほぼ外国人の歩く姿しか見ることが出来ない。

さて写真は南禅寺の境内にある「水路閣」である。(ここも例にもれず外国人ばかりだ。)

これは1887年に完成した琵琶湖疎水の水路橋であり、当時は境内の景観に配慮して設計・デザインを行なったレンガ、花崗岩造りのアーチ型の橋脚だと言われているが、皮肉なことに今となっては「お寺の境内にある妙な建造物」となっているような気がする。