現代文の探求において、西村清和の「写真の哲学」という文章を演習した。
文章に曰く。
写真が見せるのは、(かつて・あった)できごとである。しかし、それだけではない。写真はそれまでのできごとが、シャッターの一瞬に押し止められた結果でもある。シャッターを切ることは、できごとに、そのつどひとつの結末をあたえることである。
なかなか面白い文章である。
作者は、さらに、写真というのは、「ものごとに結末を与え」連続する現実を「物語化」する装置である」。・・・・・とまとめている。
ここでいう「物語化」とは、「物語」には必ず「結末」があるということだ。
写真というのは、時間を切り取るわけだが、それを「ものごとに結末を与える物語化」と言っているのである。
我々は一枚の写真を見て、そこに物語を感じる。
右の写真は、昨年の七月、N東の高原教室でのワンカットである。何か物語りを感じてもらえただろうか?
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