2018年5月8日火曜日

月やあらぬ

現在授業をしている「伊勢物語 第四段」の中に「月やあらぬ春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして」という和歌が出てくる。
これは主人公が昔付き合っていた女性を偲ぶ場面に出てくる和歌なのであるが、少々悩ましい。

「月や」の「や」は係助詞であり、「あらぬ」の「ぬ」が結びとなり(「春や」の「や」も同様)、係り結びが成立するのであるが、モンダイはこの係り結びの意味なのである。

「や」を使った係り結びは「疑問」か「反語」を表す。
文意により、「疑問」か「反語」かどちらかが明確になればモンダイはないが、これが両方どちらでも成り立ってしまうと困るのだ。

「や」を疑問にとれば、「去年と同じであるはずの月も春も、まるで変ったように感じられる。それは自分だけ前と同じ場にあっても、いるはずの恋人がいないからである。」となる。
一方「や」を反語にとると、「月は昔のままの月でないのであろうか(いや昔の月だ)、春は昔の春でないのであろうか(いや昔の春だ)、二つとも昔のままである。わが身も昔のままであるのに、身の上はすっかり変わってしまった。」ということになる。

要するに、「月や春」が「変わったように感じられる」のか、「変わってないように感じられる」のかということになるのだ。
これは以前より説の分かれるところであり、「教員泣かせ」の部分でもある。

まあ、ワタシとすればどちらでも良いのですがね。


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