2015年9月25日金曜日

「慰藉」

「だから、宗助の淋しみは単なる散歩か観工場縦覧位なところで、次の日曜まではどうかこうか慰藉されるのである。」
(*観工場縦覧 観工場は現在のデパート)

今日も漱石の「門」から引用してみた。
主人公の宗助が自宅から出て、街を散歩する場面である。

「慰藉」とは(「藉」は沈んだ心に元気を与える意)、寂しさで満たされない心や逆境にある人に、安らぎとなるものを与えること。
「慰」だけで何となく意味は類推できるのだが、「藉」にはヤラレテしまう。

漢文好きの漱石はなかなか難しい熟語を当たり前のように使用してくる。
まあ、ここが今の時代にはとてもオシャレに見えるのですがね。

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