「一生懸命」という言葉がある。
「懸命」の意味は「力の限りを尽くすこと」である。
では、そこに「一生」を加えると、「一生の間、力の限りを尽くす」となる。
何かおかしい。
例えば、「今日は一生懸命頑張ろう」という場合、「今日は一生頑張ろう」ということになってしまう。
「一生」とは「生まれてから死ぬまで」のことだ。
「今日は一生頑張ろう」では、言ってることが矛盾してしまうのだ。
さて、国語辞典でこの意味を引いてみると、「一生懸命」は「一所懸命」の長呼とある。
長呼とは、「披露」を「ひろう」というなど、発音の便宜上一音節の語に母音を添えて発音すること。
「披露」は普通に読めば「ひろ」であるが、そこに「う」を加えて「ひろう」とするのである。
従って、本来「いっしょけんめい」となるところを、母音を加えて「いっしょうけんめい」となったということだ。
では、「一所懸命」とは何か。
武士が昔、ただ一か所の領地を死守して生活の頼りとしたこと。
「(自分の)ただ一か所の領地のために、命を懸けた」のである。
「一生懸命」は、先に「いっしょうけんめい」の読みがあって、「いっしょう」の部分に「一生」の字を当てはめたのである。
「一生」に「命」を「懸」ける、これでは変だものね。
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