人間社会にはそれ自体の安定を求める力が内在し、その為に文化の各領域の価値意識が相互に牽制しあって、全体としての安定を維持している。
それゆえ、あるひとつの領域で新しい地平を開拓しようとする先駆者は、自らの領域における反動だけでなく、たの領域からの牽制とも闘わねばならず、むしろその方で苦しむことが多い。
作家、高橋和己は、「悲劇の先駆者」の中でこう言っている。
彼は画家、青木繁を例に出して、説明する。
伝統的権威に支えられて安定している画壇に対し、浪漫的幻想の美意識に拠って立ち向かったものの、その結果あえなく押しつぶされてしまった。
それは画壇の圧力だけでなく、家族の生活という重荷、すなわち他の領域
からの牽制でもあった。
青木は、画家としての情熱と家族への倫理的責任感の内面的葛藤に耐えられず、自らを破滅に追い込んだ。
その遺書ともいえる肉親への手紙には、最期まで倫理観と美意識の矛盾に苦しんでいた彼の心情がうかがわれる。
安定とは何らかの犠牲の上に成り立っているのだね。
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