相変わらず「命の危険」なる「暑さ」が続いている。
過去には、「御殿場三十五℃」などという言葉は存在しなかっただろうに。
大江山を越え、生野を通って行く丹後への道のりは遠いので、まだ天の橋立の地を踏んだこともなく、また、母からの手紙も見ていません。
小式部内侍(こしきぶのないし)は中宮彰子に仕えていたが、若くして死去。 和歌の実力を疑われていた作者が、母のいる丹後国の歌枕を読み込み、掛詞や縁語を駆使して即興的に詠んだ歌。(母は歌人として有名な和泉式部。)
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