廊下で生徒から質問があった。
「いやー、参ったなあ。」という時の「参った」は、何故「参る」を使うのですか?
古文に出てくる「参る」は、「行く」の謙譲語で「参上する」という意味が多く、生徒の質問した「降参する」の意味はない。
因みに「参る」を古語辞典で引くと
①参上する。
②出仕申し上げる
③入内申し上げる
④参詣する。
⑤(何かを)して差し上げる。
⑥差し上げる(与える)
⑦「食ふ」「飲む」などの尊敬語。
とあり、これで見る限り、生徒がいうところの「降参する」の意味はない。
つまり、古語を使用していた時代は「降参する」の意味はないので、「降参」の意味が登場したのは、現代語、つまり口語の時代になってからのことと考えられる。
さて、「参る」について古語ではなく、口語(現代語)の辞書には次のようにある。
A到着(帰着)点を尊い所と認めた場合の移動をいう言語。
B劣位(と認める状態)に立つこと。
うんうん、ここでやっと納得がいく言葉が出てきた。
古語の①から④を見ればわかるが、①から④は、口語の辞書のAにある「到着点を尊い(身分の高いところ)と認めた場合の移動」のことである。
そして、「到着点を尊いと認める」ことが、自分を「劣位」に立たせることなのだ。
自分を劣位に立たせること=(相手に対して)参ってしまう(降参しまう)ことなのである。
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