相変わらず「命の危険」なる「暑さ」が続いている。
過去には、「御殿場三十五℃」などという言葉は存在しなかっただろうに。
大江山を越え、生野を通って行く丹後への道のりは遠いので、まだ天の橋立の地を踏んだこともなく、また、母からの手紙も見ていません。
小式部内侍(こしきぶのないし)は中宮彰子に仕えていたが、若くして死去。 和歌の実力を疑われていた作者が、母のいる丹後国の歌枕を読み込み、掛詞や縁語を駆使して即興的に詠んだ歌。(母は歌人として有名な和泉式部。)
相変わらず「命の危険」なる「暑さ」が続いている。
過去には、「御殿場三十五℃」などという言葉は存在しなかっただろうに。
大江山を越え、生野を通って行く丹後への道のりは遠いので、まだ天の橋立の地を踏んだこともなく、また、母からの手紙も見ていません。
小式部内侍(こしきぶのないし)は中宮彰子に仕えていたが、若くして死去。 和歌の実力を疑われていた作者が、母のいる丹後国の歌枕を読み込み、掛詞や縁語を駆使して即興的に詠んだ歌。(母は歌人として有名な和泉式部。)
柔道やレスリング、そして今回はフェンシングだ。
173センチ対196センチというフェンシングという競技において、圧倒的に不利な状況にあっても、それを逆に自分にとってのアドバンテージとして取り入れるのだ。
フェンシングのことは良く分からないが、今度N西のフェンシング部OGに会った時に聞いてみることにしよう。
「やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな」
あなたがおいでにならないことを、はじめから知っていたら、ためらわずに寝ていまいましたでしょうに。今か今かとお待ちするうちに夜がふけて、ふけて、西に傾くまでの月を見たことです。
赤染衛門(あかぞめえもん)=大河ドラマにも登場している中宮彰子に仕えていた女性。
この歌は作者の姉妹の一人に通っていた男(藤原道隆)に、姉妹に代わって詠んだ歌だという。通ってこない男への恨み言に、待つ女の悲哀がにじみ出た歌だ。
それにしても、柔道の判定というのは実に判らんなあ。
「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」
まもなく私は死んでしまうでしょう。あの世への思い出として、死ぬ前にもう一度あなたにお逢いしたいものです。
和泉式部は、大河ドラマ「光る君」の後半のキーパーソンとして登場する恋多き女性で、道長の娘である中宮彰子に仕えた。
ここのところ御殿場も、かつてない 暑さに見舞われており、今日は三十四℃ということである。
最近よく使われる気象情報に「今まで経験したことのない○○」があるが、このフレーズは非常に「現実感」があるのである。
滝の水音は聞こえなくなってから長い年月がたってしまったけれども、その名声だけは流れ伝わって、今でもやはり聞こえてくることだ。
大河ドラマにも登場する藤原公任は、若い時から藤原道長の近くにいて、秀才の誉高い人物である。
「大鏡」という歴史物語の中では道長の父兼家に、道長たち兄弟はその能力を比較され、散々嫌な思いをしたのである。
相変わらず暑い日が続く。
一昨日は藤原兼家の妻、右大将道綱母の和歌であったが、今日は兼家の長男(道長にとっては兄)藤原道隆の妻、儀同三司母(ぎどうさんしのはは)=高階成忠の娘(貴子)の和歌である。「忘れじの 行く末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな」
いつまでも忘れまい、とおっしゃるそのお言葉が、遠い未来までは頼みにしがたいので、そのお言葉のあった今日と言う日を最後とする私の命であってほしいものです。
詞書には「中の関白(藤原道隆)通ひはべいけるころ」と、あるそうである。
道隆が婿として通い始めた結婚当初に詠まれたもので、常に男の訪れ待つしかない立場の女性としては、恋が成就した今日という幸福感を言い表しているとともに、いつかは忘れ去られるのではないかという不安も感じている。
キビシイ暑さの中、老人たちは恐れ知らずの水曜テニスをするのでした。
湿度が高いせいか、今日のテニスは実に辛かった。
言ってみれば、少し走るだけで身体中から汗が噴き出してくるような感じである。
これから毎年毎年、夏はこんな感じになってしまうのであろうか。
だいぶ短くしてもらったので(ワタシの意思とは関係ないような担当者の仕事ぶりであった。)、多少は頭が涼しくなったようだ。
四回目の百人一首である。
「嘆きつつ ひとり寝る(ぬる)夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る」
嘆き嘆きして、ひとりで寝る夜の明けるまでの時間がどんなに長いものであるか、ご存じないでしょうね。
なかなか自分のところに通って来ない夫への苦情であるこの和歌を詠んだのは、右大将道綱の母、「蜻蛉日記」の作者であり、藤原道長の父(藤原兼家)の第二夫人、さらに日曜の大河物語でも、何かたよりない存在として描かれている道長の腹違いの兄(藤原道綱)の母でもある。
「有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする」
有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよと音をたてる。さあそのことよ、お忘れになったのはあなたのほう、私はどうしてあなたのことを忘れるでしょうか。
作者のもとへ通ってくることが途絶えがちになった男が「あなたが心変わりしたのではないかと心配です」と言ってきたので、この歌を詠んだという。
今日は以前、「ユニ〇ロ」で販売された所謂「ジャズコラボTシャツ」(写真左がTシャツ、右がCDジャケット)が目についたので、それを着て作業をしている。
ジャッキー・マクリーンと言えば、高音でバリバリ吹くアルトサックス奏者なのだが、もうひとつの魅力がバラードを演奏する時の、極めてエモーショナルな(日本の演歌にも通ずる)泣き節である。
ワタシの中では、マル・ウォルドロンのアルバム「レフト・アローン」において、亡きビリー・ホリデーのボーカルに代わって演奏する泣き節は、これはもうたまらないのである。
「夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の関はゆるさじ」
夜の明けないうちに、鶏の鳴きまねで人をだまそうとしても、あの函谷関ならばともかく、この逢坂の関はけっして許さないでしょう。ーだまそうとしても、私はけっして逢うことを許しませんよ。
これは、たわむれを言ってきた藤原行成に対しての返歌である。
(函谷関とは、中国の戦国時代に斉の国の孟嘗君が、秦に使いして捕らえられたが、部下に鶏の鳴きまねをさせて、一番鳥が鳴かなければ開かない函谷関を夜中に開けさせて通り抜け、無事に逃げ帰ることができたという、抜けるのが難しい関所のこと。)
「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな」
久しぶりにめぐりあって、その人かどうか見分けがつかないうちに、雲間に隠れてしまった夜半の月のように、あの人はあわただしく姿を隠してしまったことです。
(詞書には、久しぶりに再会できた幼友達が、ほんのわずかに会っただけで、月と競うように帰っていってしまった時に詠んだ歌とある。)
慌てて行った訳でもないのに線香を忘れてしまった。線香を忘れるというのは正確な言い方ではないかもしれぬ。線香の入っていない箱だけ持って中身がなかったのである。
考えてみれば、前回墓参りをした時には、線香はしっかり持っていったのだが、線香に火をつけるためのライターにガスがなく、結局線香をあげることができなかったのである。
度重なる「ドジ」、これが歳をとるということなのだろう。
過去百万年の地球の歴史の中で、ありふれた状態とは 、実は不安定な氷河期のような時代であり、暴れている気候であった。
そして、十万年に一度程度、温暖で安定した時代が到来するのだと。
つまり、われわれは非常にラッキーな時代に生きているのだ。
そう考えると、やれ異常に暑くなったとか、寒くなったとか、経験したことのない大雨なんていうのはカワイイものかもしれない。
午前中に近くのドラッグストアに行くと、G南で同僚だったT先生に会う。
ワタシよりも四つ年上なのであるが、現在G高校で非常勤講師、そしてもうひとつ学童保育のような仕事をしているとおっしゃっていた。
実にお元気である。
ワタシにはそのようなパワーはないなあ。
雨、晴れ、曇り、さらに雷雨と瞬間的にドット降ってくるあめ、実に表現に困ってしまう天気だったのである。
昨日の朝、ふいに飛び込んできたニュースが「アメリカのトランプ元大統領の銃撃事件」である。
幸い、銃弾は耳をかするだけで、「本人の命には別状はない」ことをニュースは伝えていたのであるが、やはりアメリカの銃社会というのは恐ろしいのである。
最近は60歳を過ぎても元気な老人?が多く、要は元気なのだから皆さん70歳まではしっかり働いてね、ということなのだろうが、これはなかなか難しいと思われる。何故なら、60歳を過ぎてくると、その健康度が様々に変化してくるからである。
それを十把ひとからげにしてしまうのは何だかね。
写真の、野球をしていて極めて元気そうな高校生だって、今は猛暑の時間帯を避けて試合を行なうのである。これから先、ますます悪化が予想される地球環境の中で、老人を目いっぱい働かせることは、やはり問題なのである。
というのも、一学期に縁あって教えていた三年生のクラスに野球部の生徒がたくさんいて、今日の試合にもレギュラーとして四人出場していたからである。
またもうひとつ、今年のT高校には、プロも注目の152キロ(県内最速)を投げる投手(K君)がいて、彼のピッチングをこの目で見たいという理由もあった。
途中、相手の打球がK君の顔面を直撃、交代を余儀なくされたのであるが、二番手のピッチャーが落ち着いており、結果は6対1の快勝であった。
うーん、やはり球場に行って野球を観戦することは楽しいなあ。
F高時代に甲子園に行ったことを思い出してしまった。
ここ数年、「遅寝遅起き」の生活に馴染んでいたワタシにとって、ふいに訪れた「早起き」の生活は、自身の体調不良さえ起こしかねない「回避すべき」ものだったのである。(ジジイにとって、生活習慣の変更はトテモ辛いのです。)
さあ、明日からは写真展の準備をすることにしよう。
まあ、今日・明日が最後の1時間目となりそうなので、もう少し我慢することにしよう。
さて、時代劇などを見ていると、「かたじけない」という台詞が時々出てくるのであるが、これは古語の形容詞「かたじけなし」の口語的な使い方である。
意味は「はずかしい」「面目ない」「恐れ多い」などで、「身にすぎる恩恵を受けてうれしい、有難い(感謝の気持ちを表す日本人独特の感情表現)」の意味がある。
今回のワタシが作成した3年古典期末テスト「源氏物語」問題文にも「いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひ給ふ。」とある。
語源はイマイチよく分からないのであるが、どうも「かたしけ(難気)なし」からきているようだ。
陽射しはそれ程強くなく、気温も昨日・一昨日に比べると若干低くなってきたのだが、どうも今日は湿度が高かったようで、テニスを終えてからの疲労感が尋常ではない。
ジジイになると、湿度にも敏感に反応してしまうようだ。
都知事選と言っても、我々のような静岡県民にとってはほぼ関係のない、言ってみれば「他の地方」の首長を決める選挙なのである。
最近あった静岡県知事の選挙の際に、大河ドラマを潰して選挙速報なるものを入れただろうか。都知事選はそんなに重要なものなのか?東京都というのはそんなにエライのか?しかも、八時チョイと過ぎには「当確」が出ているではないか。
他の地方に比べて東京都は特別だという意識は、日本国民が持つべき意識ではないのである。
オヤ、「銃猟」とは何だ?
ひっくり返せば「猟銃」となる。「猟銃」とは鉄砲のことで、これはすぐに理解できるが、それをひっくり返した「銃猟」とはハテ?
漢字からは簡単に想像できる。つまり「銃」で「猟」をすることだ。
念のためにネット検索をしてみると、次のようにあった。
銃猟とは
散弾銃,ライフル銃,空気銃等の銃器を使用する猟法。空気銃によるものやカモ猟を除いては一般に猟犬を使うことが多い。対象により鳥猟(陸鳥猟,水禽=すいきん猟)と獣猟とに分けられる。後者のうち小物獣猟は単独で行われるが,大物獣猟(クマ,シカ,イノシシ等)では大勢の勢子(せこ)を使って獲物を追い出し,これを待って射手が撃つという猟法が普通。
この7月初旬の段階で40℃超えとは、この先が思いヤラレルのである。
このような時は、命の危険のあるジジイは外に出ることはしない。外に出ないで家の中にひたすら引きこもるのである。
ただし、ジジイはエアコンがあまり好きではないので、エアコンなしでひきこもっているのです。
老人は暑さに弱いはずなので、外に出ることは控え、家の中でオトナシク期末テストの採点をする。
今日の最高気温は、三重県松坂市の粥見というところで、で39.7℃だという。
現在、御殿場の自分の部屋は30.8℃であるが、今日は風があるので比較的涼しい。(部屋の中でひたすらジッとしていれば、快適なのです。)
去年だったか一昨年だったか忘れてしまったが、日本の史上最高気温(41.1℃)も浜松市(熊谷と同気温)が記録している。
一体いつから静岡県は日本を代表するような高温県になってしまったのだろうか。
静岡県というのは、日本一住みやすい県だと思っていたのですがね。
折しも今日は真夏日、ゆえに「お互い、自分の命は自分で守りましょうね。」と言いながらの「午後のくそ暑い日の」プレイであった。
そのような状況でも、平均年齢が80歳前後となるメンバーは、皆さんお元気で最後まで動き回るのである。
めでたし、めでたし。
ということで、午前中に採点を済ませ、運よく差してきた陽を味方にして、「紫陽花」を撮りにいってみた。
ワタシにとって撮影時にもっとも大事なことは、太陽の光があるかないか、ということである。
今日は朝から曇ったり晴れたり、ベストコンディションとは言えなかったが、何とか晴れ間をみつけて少しだけ撮ることができた。
写真はやはり太陽光なのである。
今日は二時間の試験監督だったのだが、試験監督というのはナントもツライ仕事である。
試験監督なのだから、何もせず黙って立っていれば良いと思われるのだが、この「黙って」がツライのである。
教師の性(サガ)として、生徒の前に立つとどうしても口を開きたくなるのだ。それを我慢して只管立つのは、これは拷問ですな。