結構疲れが溜まってきたようである。
身体が思うように動かない。
まあ、ジジイなのだからしょうがないのでしょうがね。
どなたか癒しの言葉のお恵みを。
夜、テレビコマーシャルを見ていると、よく分からないコマーシャルがあった。
老人がテニスをやっているのだが、途中ニシコリケイ選手の「エアーK」を炸裂させる。
ところが、そこに大型送風機のようなものが登場してきて打った球が戻されてしまう。
(どうもこれは人生何が起こるか分からない」の意らしいが。)
人生何が起こるか分からないのだったら、老人が「ジャンピング・スマッシュ」をすること自体のほうが、何が起こるか分からないこととしてインパクトがあるであろう。
そこですかさず流される「JA年金口座」。
な、なにが言いたいのだ。
このコマーシャルは。
「残りの人生何が起こるかわかりませんよ。」だとしたら、このコマーシャルあまりにも残酷ではありませんか。
2016年9月30日金曜日
2016年9月29日木曜日
蒸し暑い
蒸し暑い、実に蒸し暑い日であった。
もう九月も末、週末には十月になろうかというのに。
湿度が高いことは、歳をとってくると身体にこたえる。
昨日、プロ野球のパシフィックリーグで日本ハムが優勝した。
驚くべきは、昨日先発で完投をした投手「大谷翔平」であろう。
優勝のプレッシャーがかかる試合で、1対0の1安打完封、15奪三振のおまけ付きというのだから。
もっとも、今シーズンの彼の活躍、投手として10勝、打者として3割2分2厘の打率、22本のホームランを考えると、こんなこと当たり前なのかも知れない。
今までこのような選手はいなかったし、これからも現れることはないだろう。
ただ、忘れてならないのは、あえて二刀流を支持した栗山監督の英断である。
もう九月も末、週末には十月になろうかというのに。
湿度が高いことは、歳をとってくると身体にこたえる。
昨日、プロ野球のパシフィックリーグで日本ハムが優勝した。
驚くべきは、昨日先発で完投をした投手「大谷翔平」であろう。
優勝のプレッシャーがかかる試合で、1対0の1安打完封、15奪三振のおまけ付きというのだから。
もっとも、今シーズンの彼の活躍、投手として10勝、打者として3割2分2厘の打率、22本のホームランを考えると、こんなこと当たり前なのかも知れない。
今までこのような選手はいなかったし、これからも現れることはないだろう。
ただ、忘れてならないのは、あえて二刀流を支持した栗山監督の英断である。
2016年9月28日水曜日
筋肉痛
水曜テニスだった。
今日は午前中から曇り空であり、午後からのテニスはちょいと無理かなと思っていたのだが、とんでもなかった。
午後のテニスは、ほぼバッチリ。
しかも今日はフルメンバーの八人。
二つのコートを使って二時間、こちらもフルタイムで身体を動かしたのである。
おかげであちこち筋肉痛。
夜、「あいつ、今何をしてる?」という番組をみていると、仙台出身のお笑いコンビ「サンドイッチマン」が出ていた。
彼らが高校時代の友人をあげて「今、何をしてる?」といった按配の番組である。
さて、その中に「山田強(つよし)」という人物が出てきたのだが、なんと兄の名が「勉(つとむ)」。
兄弟二人を合わせて「勉強」になるのだ。
この兄弟二人のご両親はエライね。
今日は午前中から曇り空であり、午後からのテニスはちょいと無理かなと思っていたのだが、とんでもなかった。
午後のテニスは、ほぼバッチリ。
しかも今日はフルメンバーの八人。
二つのコートを使って二時間、こちらもフルタイムで身体を動かしたのである。
おかげであちこち筋肉痛。
夜、「あいつ、今何をしてる?」という番組をみていると、仙台出身のお笑いコンビ「サンドイッチマン」が出ていた。
彼らが高校時代の友人をあげて「今、何をしてる?」といった按配の番組である。
さて、その中に「山田強(つよし)」という人物が出てきたのだが、なんと兄の名が「勉(つとむ)」。
兄弟二人を合わせて「勉強」になるのだ。
この兄弟二人のご両親はエライね。
2016年9月27日火曜日
奇遇②
展覧会のあと片づけに会場まで出掛ける。
同じところに、ひと月も通っていると何となく愛着もでてきて、また土曜や日曜になると、会場となった「芹沢光治良記念館」に足を向けてしまいそうだ。
昨日は「奇遇」について書いてみたのだが、実はもうひとつ「奇遇」があった。
今回展示した女生徒の写真を、本人に提供しようとして写っている生徒に来てもらった。
(写真は体育祭の折、まったく自由に撮っていたものであり、当然、写した生徒の名前など知らない。)
すると、私のところにやってきた女生徒が言ったのである。
「先生はN東にいませんでしたか?」
「うん、いたよ。」
「私の兄が先生に教わったと言っていました。」
ん?
おおー、彼女の兄はN東の理数科の生徒であったのだ。
N東の理数科は三年間、クラスメンバーが替わらない。
一・二年と副担任をしていたので、彼女の兄はよく知った生徒だったのである。
同じところに、ひと月も通っていると何となく愛着もでてきて、また土曜や日曜になると、会場となった「芹沢光治良記念館」に足を向けてしまいそうだ。
昨日は「奇遇」について書いてみたのだが、実はもうひとつ「奇遇」があった。
今回展示した女生徒の写真を、本人に提供しようとして写っている生徒に来てもらった。
(写真は体育祭の折、まったく自由に撮っていたものであり、当然、写した生徒の名前など知らない。)
すると、私のところにやってきた女生徒が言ったのである。
「先生はN東にいませんでしたか?」
「うん、いたよ。」
「私の兄が先生に教わったと言っていました。」
ん?
おおー、彼女の兄はN東の理数科の生徒であったのだ。
N東の理数科は三年間、クラスメンバーが替わらない。
一・二年と副担任をしていたので、彼女の兄はよく知った生徒だったのである。
2016年9月26日月曜日
奇遇
何日か前、「ずんぶり浸る展」の会場から窓越しに下を見ていると、なにやら犬のような、猫のような動物が下を通っていった。
ん?
あれは何だ?
たまたま、来場していた男性と目を合わせた。
「うーん、どうみてもあれはタヌキ。」
そう、窓の下を野生のタヌキが通り過ぎたのである。
確実にタヌキであるという根拠は、目を合わせた男性が自衛隊員であり、野戦訓練などでよくタヌキを見かけていたからである。
それにしても、こんなところでタヌキを見るとは。
なんか化かされたようだ。
新潟の駅弁会社を経営している友人からメールあり。
沼津の仲見世商店街から駅弁の注文があったとのこと。
その注文の会話の中で、どのような経緯があったのかはわからないが、「ずんぶり浸る展」が登場。
商店街では書道のSさんに書道パフォーマンスでお世話になっていますとなり、新潟の駅弁と沼津の仲見世商店街と「ずんぶり浸る展」が繋がったのである。
奇遇ですなあ。
ん?
あれは何だ?
たまたま、来場していた男性と目を合わせた。
「うーん、どうみてもあれはタヌキ。」
そう、窓の下を野生のタヌキが通り過ぎたのである。
確実にタヌキであるという根拠は、目を合わせた男性が自衛隊員であり、野戦訓練などでよくタヌキを見かけていたからである。
それにしても、こんなところでタヌキを見るとは。
なんか化かされたようだ。
新潟の駅弁会社を経営している友人からメールあり。
沼津の仲見世商店街から駅弁の注文があったとのこと。
その注文の会話の中で、どのような経緯があったのかはわからないが、「ずんぶり浸る展」が登場。
商店街では書道のSさんに書道パフォーマンスでお世話になっていますとなり、新潟の駅弁と沼津の仲見世商店街と「ずんぶり浸る展」が繋がったのである。
奇遇ですなあ。
2016年9月25日日曜日
「ずんぶり浸る展」終了
「ずんぶり浸る展」の終了である。
帰りがけに記念館のIさんから「期間中の入場者は508名
ですよ。」の報告あり。
これは当然、観光客でふらりとやってきた入場者の数も、多少含まれるのであろうが、「それでもたいしたものだ。」と、自画自賛する私とSさんであった。
これも偏に来場して頂いた皆様のおかげです。
さて、今回Sさんと話をているうちに気づいたことがある。
「我々は実に理屈っぽい」ということである。
それは「感覚の中の理屈」とでも言うのだろうか。
書にしても写真にしても最初は感覚から始まる。
感覚で対象を決定するのだ。
従って「この対象は作品に出来る、これは出来ない。」と、感覚で決定する。
そして、次にすることが理由づけなのである。
これは所謂「後付け」というものではない。
謂わば感覚で選んだものから、何故その対象を選んだのかを引っ張り出す作業なのである。
なかなか上手く表現できないが、我々の感覚の中には「無意識の理屈」が含まれている。
それを探して引っ張り出すのである。
これが理由付けだ。
何はともあれ、「ずんぶり浸る展」が終わった。
ホッーである。
帰りがけに記念館のIさんから「期間中の入場者は508名
ですよ。」の報告あり。
これは当然、観光客でふらりとやってきた入場者の数も、多少含まれるのであろうが、「それでもたいしたものだ。」と、自画自賛する私とSさんであった。
これも偏に来場して頂いた皆様のおかげです。
さて、今回Sさんと話をているうちに気づいたことがある。
「我々は実に理屈っぽい」ということである。
それは「感覚の中の理屈」とでも言うのだろうか。
書にしても写真にしても最初は感覚から始まる。
感覚で対象を決定するのだ。
従って「この対象は作品に出来る、これは出来ない。」と、感覚で決定する。
そして、次にすることが理由づけなのである。
これは所謂「後付け」というものではない。
謂わば感覚で選んだものから、何故その対象を選んだのかを引っ張り出す作業なのである。
なかなか上手く表現できないが、我々の感覚の中には「無意識の理屈」が含まれている。
それを探して引っ張り出すのである。
これが理由付けだ。
何はともあれ、「ずんぶり浸る展」が終わった。
ホッーである。
2016年9月24日土曜日
豪栄道の優勝
展覧会も今日と明日の残り二日間となった。
雨の降る中、朝から沢山の来場者。
たいへん有り難いことである。
会場からの帰りみち、大相撲秋場所を聴きながら車を走らせた。
今場所は、日本人の優勝が確実(無敗の豪栄道か二敗の遠藤)であったので、誠に気分良く放送を聴いていた。
さて、結果は大関豪栄道が今日も勝って、優勝を決定させる。
チョット前に、大関琴奨菊が日本人力士何年ぶりかの優勝を結果してくれたが、いよいよモンゴル人時代も終わるのだろうか。
それにしても情けないのは大関稀勢里、横綱を目の前にして、また期待はずれの結果となってしまった。
今まで、これほど期待を裏切った力士は居るまい。
相撲というスポーツは極めてメンタルなスポーツなのだろう。
今日の豪栄道の初優勝でそれがはっきりわかった。
気力が実に充実しているのだ。
稀勢里が鍛えるべきものは、技なんかではない。
彼が鍛えるのは気力に他ならない。
稽古なんていくらやってもムダ。
座禅でも組んで、修行すべきなんだがね。
雨の降る中、朝から沢山の来場者。
たいへん有り難いことである。
会場からの帰りみち、大相撲秋場所を聴きながら車を走らせた。
今場所は、日本人の優勝が確実(無敗の豪栄道か二敗の遠藤)であったので、誠に気分良く放送を聴いていた。
さて、結果は大関豪栄道が今日も勝って、優勝を決定させる。
チョット前に、大関琴奨菊が日本人力士何年ぶりかの優勝を結果してくれたが、いよいよモンゴル人時代も終わるのだろうか。
それにしても情けないのは大関稀勢里、横綱を目の前にして、また期待はずれの結果となってしまった。
今まで、これほど期待を裏切った力士は居るまい。
相撲というスポーツは極めてメンタルなスポーツなのだろう。
今日の豪栄道の初優勝でそれがはっきりわかった。
気力が実に充実しているのだ。
稀勢里が鍛えるべきものは、技なんかではない。
彼が鍛えるのは気力に他ならない。
稽古なんていくらやってもムダ。
座禅でも組んで、修行すべきなんだがね。
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