2013年3月7日木曜日

坂本龍馬 どこまでが真実?

三月四日の朝日新聞文化欄に面白い記事があった。「どこまでが真実?坂本龍馬」という記事である。

 幕末の志士として活躍した坂本龍馬に近年、研究者から疑問の声があがっている。
例えば「薩長同盟」。
倒幕軍事同盟と言われてきたが、資料ではその内容は薩摩藩が長州藩主の親子の官位停止の撤回を働きかけるという支援表明で、倒幕云々ということでは無理があるそうだ。
また、薩摩と長州の会談も、龍馬が発案したというより、薩摩の意を受けたエージェントとして働いたようで、両藩とも重要な交渉は、正規の藩士がおこなっており、龍馬はその下働きに過ぎなかったとのこと。
きっと龍馬ファンが聞いたら、目をむいておこりそうな記事である。
 しかしながら、歴史というのは常に後生の人間がつくるのだから、当然脚色はつきものなのだろう。

2013年3月6日水曜日

空を飛べるようになった。

「踊るさんま御殿」という番組を見ていると、(これは所謂トーク番組であるのだが)
お題で「我が子について、これは将来が心配と思った瞬間」なるものがあった。
その中のエピソードのひとつ。

小学生の息子を持つ母親が息子の卒業アルバムを何気なく見ると、「卒業するまでに出来たこと」の欄があり、自分の息子の欄には次のように書いてあった。
「空を飛べるようになった。」

ウーン、この息子なかなかだね。
おそらく他の子は
「縄跳びが100回できるようになった。」
とか
「50メートル泳げるようになった。」
とか書いているのだろう。
そこへもってきて「空が飛べるようになった。」である。すごいね。

 以前私がクラス担任だった頃に、いつも遅刻をする生徒がいて、遅刻の理由をあれこれ申告するのだが、とうとう理由に事欠いてしまったのだろう。
苦し紛れに書いたのが
「空を見ていたら悲しくなってしまった。」だった。
遅刻カードに書かれたその理由を見て、私は思わず納得してしまったのである。

 最初の小学生にしろ、後の遅刻生徒にしろ、私が感心するのは、そのイマジネーションである。
このようなイマジネーションというのは人間にとって極めて大事なものではなかろうか。
想像することである。
先が想像できない人間というのは非常に危険だ。
「これこれこうすると、人は死んでしまう。自分では取り返しのつかないことになってしまう。」
これができないから悲しい事件が起きるのだ。


写真は以前100円ショップで買った立ち雛。100円でも立派なものである。

2013年3月5日火曜日

思わず涙が出てしまった。

女雛ばかり注目したのでは、男雛に怒られてしまうので今日の写真は男雛である。
貴族の顔立ちを作りあげようとするのだから、当然、上品さと優しさを持った貴族っぽい顔になるようだ。

 北海道のオホーツク海に面した湧別というところで、横なぐりの地吹雪から我が娘を守ろうと、軽装を顧みず、自分の身体を犠牲にして、抱き続けた父親がいた。
父親は娘を覆うような状態で、雪のなかに埋もれていたという。
おそらく、これが最後の手段だったのだろうと思う。
悲しく切ない出来事である。
思わず涙が出てしまった。

一方、その記事の横には、東京の吉祥寺で17歳と18歳の少年が、お金欲しさに、まったく面識のない女性を刺し殺してしまった事件が報道されていた。
この国は一体どういう国なのだろう。

2013年3月4日月曜日

上巳(じょうし)

 昨日に続いて雛の顔。
光線、角度によって顔が変わってくる、上の写真は意志が強そうであり、また自分の言動にはしっかり責任を持つ、というような顔をしている。
また、逆に下の顔はちょっと照れた恥ずかしそうな顔をしている。
やはり日本の職人のもっている技術というのは、素晴らしいの一言に尽きる。

 ところで、三月三日は「桃の節句」というが、正確には「上巳(じょうし)=上旬の巳の日」だという。
節句は一年に五回あって、「人日(一月七日)」「上巳(三月三日」「端午(五月五日)」「七夕(七月七日)」「重陽(九月九日)」の五節句である。

(なんだか古典の先生みたいなことを言うね。)

 


この三月三日
本当だったら国民の休日になっても良さそうなのに、そうならないのは、不思議と言えば不思議である。
何故なら「端午の節句(5月5日)」が国民の休日だからである。
この休日が設定された時代が、男女均等でなかった時代であるからなのだろうが、理由は明確にはなっていない。ただ逃げ口上としては、五月五日は端午の節句としての休日ではなくて、「子供の日」である、ということなのだそうだ。

2013年3月3日日曜日

雛(ひな)

三月三日、桃の節句である。
ウチでも娘が二人ゆえ、この時期になると雛人形が登場する。
しかし、日本の雛人形というのは、本当に良くできている。
雛人形は顔が命。
優れた雛人形ほど表情が豊かになるのであろう。
ウチの雛もそれ程高価ではないと思うが、実に品のある顔をしている。
 さて、この雛人形、基本の形は親王と親王妃を表しているのだそうだ。
この形が出来てきたのは江戸時代あたりからで(姿形は平安時代の貴族の姿がモデルとなっているようだが)江戸時代の武家の子女の遊び道具として発展していったのだという。
また、はっきり断定はできないのであるが、それ以前の雛というのは、立ち雛であり、身代わり雛として、厄災を払うのに使用された人形だという。

2013年3月2日土曜日

前代未聞の卒業式

前代未聞の卒業式。
こんな時代になってしまったのか、とため息が出てしまう。

発端は警視庁の掲示板への書き込み。
それは「完全武装をして武器をもった人間が、相模原、沼津の学校を襲う」という書き込みであった。
おそらく十年前であれば、こんな書き込みなど信用せずに、卒業式は平然と行われていただろう。
ところが臆病になってしまったというか、ネットを無視できなくなってしまったというか、そいう時代になってしまったのだろう。
とうとう脅迫による卒業式の時間変更、という事態に及んだのである。
式が始まったのが午後の2時、最後のHRをいれると、すべての終了が5時をまわってしまった。
おかげで、N西の三年生とは、ほとんど話ができず、さみしい卒業式。

N西の三年生諸君、また話をしに来ておくれ。
私は不完全燃焼状態です。

2013年3月1日金曜日

ボン・ヴォヤージュ

いよいよ卒業式。
N西もN東も。
どちらの三年生も私には、縁の深い三年生なのである。
N東の方からも卒業式に招待されたのであるが、やはり道理としてはN西の三年生と一緒に卒業式に参加するのが筋だろうと、N東の方は欠席することにした。
身体が二つあればなあ、とつくづく思う今日である。
このブログを見てくれているN東の三年生諸君、ごめんなさい。
本来なら、前任校の卒業式には「電報」でも打って、卒業式に披露してもらう、というのが習いなのだろうが、私はそのようなことはしません。
なぜなら、「電報」の短い文では、とても自分の気持ちなど伝えきれないからです。

さて、卒業して行くN西、N東の三年生諸君。
おそらく多くの諸君は、国公立の二次試験の結果が出ていない状態なので、落ち着かない気持ちではなかろうか。
でも明日は卒業式。
明日だけは、「卒業」をかみしめてみよう。

高校において、16歳・17歳・18歳という、感受性豊かな時期を過ごした諸君は、中学卒業とは比べものにならない程の成長をしたはずである。それは大人になるための重要な一つのステージなのだよ。感受性が豊かゆえ、他人を傷つけ、自分が傷つけられ、希望と絶望を繰り返して成長して来たのです。(なんだか、熱血先生みたいなことを言うね。熱血先生というのは、私の対極にある言葉です。)この時期傷ついたり、傷つけたりして過ごせない人間は、きっと後でそのツケがまわってくような気がするよ。傷つけ傷ついた挙げ句にわかるのが、「痛み」だ。
諸君にただひとつ望むことは、「他人の痛み」のわかる人間になって欲しいということです。
(やっぱり、熱血先生みたいだ。)

では諸君、ボン・ヴォヤージュ(よい旅を)。