2013年9月30日月曜日

「なまはげ」の存続について

日曜の夕方、「おらが町のお悩み陳情」というテレビ番組を観た。
自分の町の困っていることをテレビ番組に陳情、その陳情内容によって番組で援助をするかどうかを決定する、といった体裁である。

例えば、秋田県の男鹿半島では、「なまはげ」という無形文化財の行事があるのだが、現在では「なまはげ」が民家を訪れても、訪れた家から家の中に入ることを断られてしまう、どうしたらよいか、の問題。

その中では「なまはげ」が嫌われる理由がいくつか挙げられていた。

まず、子供達に与える恐怖心、これがトラウマになるのではないかということ。
確かに責任問題がすぐに問われる時代にあっては、これは大きな問題だ。
迂闊に「脅し」はできないのである。
次に、この「なまはげ」の行事は12月31日、大晦日に行われるので、各家庭にとっては鬱陶しくもある。大晦日の忙しい時に「付き合っていられない」感があるのだろう。
そして、後継者の問題。
いつだったか、後継者不足に悩んだ主催者が、経験のない若者を雇ったところ、酔っぱらって旅館の女風呂に乱入してしまっった。
このような事件を起こしてしまってから、特に家庭では警戒心が増したという。
さらに、「なまはげ」が来たあとには、「なまはげ」が身につけている藁が散らかっていて、片づけるのが大変、などという理由もあった。

番組の結論では「援助」となったが、これはなかなか悩ましい問題である。



2013年9月29日日曜日

曼珠沙華

彼岸の頃に咲くから「彼岸花」。
ただし、この花には「曼珠沙華」という名もある。
花の姿態からすると、「曼珠沙華」のほうが似合っているような気もする。

「まんじゅしゃげ」の読みは、梵語からきており、梵語の意味は天上に咲く花の意らしい。
またこの花には、見る者から悪行を取り払う効果があるということでもある。

派手ではあるが、何となく厳かな感じのする花だ。

2013年9月28日土曜日

数字にこだわった戦略

北海道ではもう氷点下になったところがあるという。
御殿場も冷えてきた。
現在の気温が21度。
20度をきるのも時間の問題だろう。

東北楽天イーグルスが優勝した。
ニュース番組「報道ステーション」では、若い球団社長(42歳、慶応大学のラグビー部キャプテン経験者)の数字にこだわった戦略を紹介していた。

まず、数字から楽天のウィークポイントを見つける。それによって、勝つための選手補強を実施したのだそうだ。
楽天のウィークポイントは次の3つだった。

・左投手に弱い
・出塁率が低い
・長打が少ない

そこで、アメリカの大リーグから実績のある、そしてウィークポイントを克服できそうな、ジョーンズとマギーという右打者を補強した。
確かに楽天の優勝は、この二人の強力な右打者のおかげといっても過言ではない。
数字がすべてではなかろうが、数字のすごいところは、説得力があるところである。

数字が嫌いな私ではあるが、少し見習うことにしようっと。



2013年9月27日金曜日

不思議な事件

昨日、夏の花「カンナ」のことを書いたのに、今日は、もうすっかり秋の風情が感じられる。
現在、御殿場の気温は室内で23度、半袖だといささか肌寒い。
このまま季節は秋から冬に移って行くのだろうか。

千葉県の茂原市で、下校途中に行方不明になっていた県立高校三年の女子生徒が、自宅近くの神社から発見された。
なんと二ヶ月半の間、行方不明だったのである。
生徒は軽い脱水症状があるものの、怪我はないという。
生徒は行方不明になった時と同じ制服姿であり、事件に巻き込まれた可能性はないという。
不思議な事件だ。
二ヶ月半の間、彼女は一体どこで何をしていたのだろうか。


2013年9月26日木曜日

カンナ


カンナである。
裾野の本屋の駐車場に咲いていた。

カンナは不思議な花である。
ナリは派手であるのだが、どうもメジャーな花とは思えない。
「私はカンナの花が好きです。」という言葉もあまり聞いたことがない。
実に不思議な花だ。

カンナはカンナ科カンナ属のみで構成されるらしい。
純粋種なんだね。
日本には、江戸時代前期に渡来しているというから、歴史は結構古い。
ちょいと洋風なイメージがあるので、それほど古いとは思っていなかった。

カンナはギリシア語で「アシ(葦)」を意味している。
その草姿がアシに似ているところに由来するという。

写真を撮ってから気がついたのだが、偶然トップの花びらと右下の花びらの間に蜂が飛んでいる。
(パソコンでこのブログを御覧になっている方は写真をクリックして拡大してみてくださいな。)

特に理由はないのだが、この花、暑い時が似合う花である。
その姿が暑さに妙にフィットするのだ。



2013年9月25日水曜日

きんきんに冷えたビール

今日のニュースに文化庁の「国語に関する世論調査」のことが書かれていた。
「きんきんに冷えたビール」「ざっくりした説明」の表現を使う人は、今、3人に1人に上るそうである。
この使い方は、従来の使い方から派生したもので、すでにマスメディアや日常会話に広く登場しているのだと。

「きんきん」はもともと、「音や声が甲高く、鋭く響く様子」、あるいは、「鋭く痛むこと」を示す。
文化庁は、これを「中途半端な状態ではない」というイメージから、よく冷えた様子を表す意味が派生したとみている。

また、「ざっくり」は編み目が粗いことを表す際に使われていたものだが、今では、「大ざっぱ」という意味に使われるケースが多い。
文化庁は「これらの擬音語は、これから新たな用法として定着する可能性は高い。」とも言っている。
確かに擬音語とか擬態語は、感覚的な言葉なので、「きんきんに冷える」とか「ざっくり説明する」のほうが、現代の感覚には合っているような気はするが。

2013年9月24日火曜日

ゴキブリ殺しの文化論

先週、現代文の時間に養老孟司の「ゴキブリ殺しの文化論」という評論文を題材にした。

ゴキブリという日本人が異常に嫌う生き物がいる。

養老孟司は言う。
そのゴキブリを嫌うのは我々のせいであり、ゴキブリの性質に仮託(ゴキブリが嫌味なのはゴキブリのせいではない。ゴキブリは生まれつきあの姿、あの動きなのである。)して嫌うのは、「差別」である。
日本人は「感覚」を「行動」に直結させることにためらいがなく、ゴキブリ殺しを平気で許容する。

「感覚が行動に直結する」という「進化的にはもっとも下等な神経系」を日本人は持っているというのだ。
相手がゴキブリなら社会問題は生じないが、人間となると大問題を生じる。
「倫理」の代わりに「美的感覚」を導入するので、わりあい差別感を表明しがちになる。

「倫理」は行動の原則である。
政治家の発言は、その影響力から考えるならば、「行動」として捉えられる。
それなのに「感覚」のレベルから発言をするので、「差別発言」が止まらない。

最後に筆者は言う。
このような社会は、ゴキブリがすべていなくなれば、次の対象は人間にするのかもしれない、と。