2022年12月31日土曜日

寂寥感

2022年、一言で言うと「去る」という言葉が当てはまるような一年であった。

ワタシの身近から二人の人間が世を去り、またワタシのテニスの師匠も「水曜テニス」から引退してしまった。

ワタシが歳を取れば取るほどそこに付随する、これは「しょうがないこと」であるのだろうが、それにしてもワタシの「寂寥感」は、どんどん増幅するのである。

ああ、来年は是非とも良い年になりますように。


 

2022年12月30日金曜日

第九

昨日のテレビ番組で、ベートーヴェンの交響曲第九番ニ短調作品125『合唱』について特集していた。

いつも思うのだが、「第九」の面白さ(というか妙なところ)は、合唱が始まるまでの約一時間、合唱を歌う歌手たちはじっと待機しているところである。

よくも一時間我慢できるなあと、感心してしまう。

ところで、年末に何故「第九」なのかということをチョイと調べてみた。

これには諸説あるそうだが、次の二つの説が有力なのだそうだ。

日本で年末の「第九」が定着した由来は諸説ありるが、有力なのは以下の2説でである。
(1)1943年12月に上野奏楽堂で行われた学徒壮行音楽会で「第九」が演奏されたことに由来するとする説
学徒出陣で卒業を12月に繰り上げた学生たちの壮行会で「第九」の『歓喜の歌』が演奏されました。戦後、生還した学生たちが再び12月に「第九」を演奏し、帰らぬ仲間たちを追悼したという。
(2)戦後の貧しかったオーケストラが年末のボーナス獲得のために「第九」を演奏したことに由来するとする説
人気曲「第九」をやればお客が入る、アマチュア・コーラスならばコストを抑えられるし、チケットもメンバーがさばいてくれる、と良いことずくめ。
おそらくは(1)と(2)の両方の理由と、「第九」が醸し出す崇高にして華麗な雰囲気が師走に日本人が寄せる感情に合致したことで「年末=第九」の図式が定着したものと思われる。

ふーん、そういうことかあ。
 

2022年12月29日木曜日

薪

散歩途中に見つけた、ストーブ用にストックされている薪である。

「おお、この冬は心配なしですな。」と素人は思うのだが、実際はどうなんだろうね。

今回の冬、寒波が何回か襲来しそうなので、そう考えるとこれでも足りなくなるのだろうか?

何れにしても、ストーブでの暖房は一度は憧れるものだ。(実際はかなり管理が大変だということだが。)


 

2022年12月28日水曜日

蕎麦と金運

夕方の情報番組を見ていると、「蕎麦は金運をアップする」ということが言われていた。

ワタシも世間に倣って毎年「年越し蕎麦」を食べているのであるが、ン?「蕎麦」と金運とは。

チョイと気になったので、早速インターネットで検索してみると、次のようなことが分かった。

その昔、金銀細工師が、飛び散った金粉を集めるために蕎麦粉を使っていたそうだ。(金のついた蕎麦粉を水につけると、蕎麦粉は溶けてしまい、金だけが抽出することができた。)

そこからお金を集める縁起の良い食べ物として、新しい年に向けての「金運アップ」を願うために食べられるようになったのだと。

ふーん、そういうことか。
 

2022年12月27日火曜日

嬉しい便り

F高時代の教え子Kさんから嬉しい便りがあった。

来年は賀状を交わすことができないので、近況報告をしてくれたのであるが、家族で活躍している様子がよく分かり、ワタシも幸福を少し分けて頂いたような気がした。

それにしても、思い出すのは球技大会でのKさんの活き活きした姿、普段おとなしいKさんが、まるで「飛燕」のようにバスケットコートを駆け回っていたのである。

 

2022年12月26日月曜日

気が狂いそう

JAまで振り込み作業に行ったのだが、その振込先が「JA静岡厚生連リハビリテーション中伊豆温泉病院」という、気が狂いそうになる宛先であった。

さらに振り込み票には「フリガナ」の欄があり、そこには「ジェイエイシズオカコウセイレンリハビリテーションナカイズオンセンビョウイン」と表記しなければならない。

必死の思いで振り込み票を書いてJAの窓口に持っていくと、「JAからJAに振り込む場合は、最初のJAの文字は不要」とノタマウではないか。そして、その部分には訂正のハンコを押してくれと言う。

だって、病院から送られてきた文書には「お振込みは下記指定口座までお願いします」とあり、そこの講座名義には「JA静岡」としっかり書いてあるではないか。

ワタシは、もう一度振込先を書き直すか、駐車場の車までハンコを取りに行くかを迫られたのであった。(当然、ハンコを取りに行ったのですがね。)

 

2022年12月25日日曜日

踊り念仏

鎌倉時代に活躍した僧侶「一遍上人」を取り上げたテレビ番組があった。

Wikipediaによると、一遍は時衆を率い遊行(ゆぎょう)を続け、民衆(下人や非人も含む)を「踊り念仏」と「賦算(ふさん)」=「南無阿弥陀仏、決定往生六十万人」と記した札」とで極楽浄土へと導いた とある。

番組では、この一遍の「踊り念仏」がどのようなものであったのかを、「一遍上人絵巻」の踊りの描写から現代テクノロジーで再現していたのであるが、これが大変面白かった。

何とこの踊りは、1970年から80年に活躍したイギリスのロックバンド「ポリス」の曲に合わせて踊ると、ドンピシャの踊りになるのだと。

へー、時代を超しても人間の身体が受け入れる音楽は一緒なんだね。