2018年3月14日水曜日

気温があがる

気温があがって五月の連休並みの暖かさ、ということであった。

このような気温の中で水曜テニスは結構ツライ。
若いころと異なって、身体がついていけないのだ。
しかしながら、我がテニスグループはワタシが一番年齢が下なのである。
そんなワタシがへばってしまうのはダラシナイこと。

文句は言えねえよなあ。

気温があがると同時に飛び上がるのが花粉だ。
ワタシは年季の入った花粉症なのであるが、最近は一切薬を飲まないようにしている。
多少のくしゃみや目の痒さはあるが、薬を飲んでいたころより調子は悪くない。
花粉症なんてこんなものかもしれないね。


2018年3月13日火曜日

全国制覇

だんだん春に近い陽気となって来ているようである。
右の写真の梅?の樹も、小さなツボミが枝に沢山出てきて、花を開く準備をしている。

さて、今日の朝刊に「謎とき日本一」というカコミの記事があり、「全国駅弁ランキング」の見出しが出ていた。

新宿の京百貨店では「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」が半世紀以上にわたって開かれてきた。
今年も1月に53回目の大会が行われ、販売のトップは北海道の「いかめし」で2万3103個を売った。2位が山形の「牛肉どまん中」、3位が福島の「うに貝焼き食べくらべ弁当」であるという。
一方、「JR東日本 駅弁味の陣2017」には、インターネットやハガキで2万6251票の投票があり、味・盛り付け・掛け紙の3項目で評価される駅弁のトップが決定した。

と、ここまでは新聞に記載された通りを説明したのだが、この先は私情が差しはさまれる。
以前、このブログでも紹介したのだが、何と東日本のトップには、新潟のわが友人I君のところの「えび千両ちらし」が輝いたのである。
全国紙の囲み記事に掲載されたのだから、全国制覇も夢じゃあないよね、I君。


2018年3月12日月曜日

のど元過ぎれば

以前ブログで触れた「三椏の花」であるが、しばらく日がたつと花もソレなりに開いている。

昨日は三月十一日、テレビ各局は東日本大震災の特集を組んでいた。
各局のコンセプトは若干異なってはいるが、共通していることは、「震災がだんだん忘れ去られようとしている」のようだ。
日本人の良い面でも、悪い面でもあるが「喉元過ぎれば」の意識なのであろう。

さて、番組を見ていて少々気になったのが、罹災した人たちへの援助が年を経るに従って薄くなっていることだ。
我々からは、復興特別所得税をしっかり徴収していながら、罹災者に対してどうもこの税金が活かされていないような気もする。

税金、へんな所に使われていないでしょうな。

2018年3月11日日曜日

カメさん

近所のパチンコ屋さんにいたカメさんである。

と言っても、これはパチンコ屋さんが、子連れの客のために、作ったカメさんの像である。
なんか妙にリアリティーがあったので、カメラで撮ってみた。

カメの向こうには、ちょっとだけしか姿は見えないが、ヒツジさんも見えるのである。

2018年3月10日土曜日

薩摩藩

夜、「ブラタモリ」という番組を見ていて、明治維新において「薩摩藩」の人間が活躍出来たわけがよく分かった。

「ブラタモリ」は、日本各地に行って、その土地の成り立ちとか歴史を研究する番組であるが、今日の特集は「鹿児島」であった。
土地の話は、鹿児島県の半分近くを占める「シラス台地」の話であったが、それは置いといて、ワタシが興味を持ったのは、「薩摩藩」の人間が活躍できた理由が、その経済力と教育であるということである。

つまり、鹿児島は琉球や中国に近く、貿易(おそらく密貿易)によって、莫大な資金をもっていた。
そしてそれ以上に驚くべきは、武士階級の人間の多さだ。
何でも薩摩藩の人間の四人に一人は「武士」だというのだ。

経済力に知的な戦闘力を持った人間が加われば、そりゃあ強いに決まっているよね。

2018年3月9日金曜日

スマホからのブログ

家庭の事情でガラケイからスマホにチェンジしたのであるが、現在こうして書いているブログが、どうもスマホから更新することが難しいようだ。

G南の同僚のM先生に、だいぶ骨を折って調べていただいたのであるが、ワタシの持っているスマホ(アンドロイド)では、ブログ更新が中々困難な作業であることが分かった。

これは、Google の開発したOSである Android上で、Google が提供するブログサービスが満足に使えないということになるという。

なんか矛盾しているようだがね。

2018年3月8日木曜日

恵比寿

写真は、以前訪れた恵比寿駅の前にあった「恵比寿像」である。

「えびす」は七福神のひとつであるが、七福神の中では唯一日本の神であるという。
(その他はインドや中国の神)
古くから漁業の神であり、のちに留守神(十月、つまり神無月は出雲に祭神が出向いてしまって、その地域を鎮護するものがいなくなるということから、「留守神」と呼ばれる留守番をする神も考え出されるようになった。一般に留守神には恵比寿神が宛てられ、十月に恵比須を祀るえびす講を行う地方もある)、更には商いの神ともされた。

ウィキペディアによると、蛭子蝦夷恵比須恵比寿恵美須などとも表記し、えびっさんえべっさんおべっさんなどとも呼称される。

「えびす」という神は複数あり、イザナギ、イザマミの子である蛭子命(ひるこのみこと)か、もしくは大国主命(大黒さん)の子である事代主神(ことしろぬしかみ)とされることが多い。また、外来の神とされることもあり、「えびす」を「戎」や「夷」と書くことは、中央政府が地方の民や東国の者を「えみし」や「えびす」と呼んで、「戎」や「夷」と書いたのと同様で、異邦の者を意味する。このように多種多様の側面があるため、えびすを祀る神社でも祭神が異なることがある。

へー、そうなんだ、ギョウサンありまんな。
えびす神が書物に登場したのが、平安時代末期ということなので、きっと、どこかの誰かが自分に都合のいいように利用したのだろうね。

因みに、恵比寿駅の由来は、1887(明治20年)、日本麦酒醸造会社(サッポロビールの前身)がこの地に工場建設用地を取得し、2年後の1890(明治23年)に発売されたビールが、「ゑびすビール」と名づけられて人気を博した。翌1891(明治24年)には、ビールの運搬のために日本鉄道品川線(現在の山手線)に貨物駅が開設され、「恵比寿停留所」と命名されたということである。