2015年4月7日火曜日

ポテそば

今日の夕刊の社会面に「ポテそば」「ポテうどん」なるもののことが載っていた。
かけそば、かけうどんのトッピングにフライドポテト、ということだ。
これは、大阪十三(じゅうそう)の蕎麦店が、若者客を増やそうとして二月から「ポテそば」「ポテうどん」の販売を始めたところ、一ヶ月の売り上げ記録を更新、3000食以上が売れる人気となった。
そば・うどんは、ポテトと別の皿で提供される。
ツイッターなどで「組み合わせが新すぎる」と評判になり、土・日は一日約150食が売れ、三月には3000食を突破、これまでの最高だった海老天そば約1800食の記録を抜いたのだそうだ。

この人気を受けて、首都圏でもあの「名代 富士そば」が、「関西で密かなブーム」とか「噂の商品、東京上陸」と紹介、ポテそばの販売を始めたそうである。

うーん、抜け目ないね。

2015年4月6日月曜日

いよいよ新年度

N西は職員会議。
いよいよ新年度が始まる。
教員をしている限り、この時期の落ち着かない気分は、常に付きまとうことだろう。
毎年、毎年、新しい環境にチェンジするのだから。

ところで、今ニュースをみていると、面白いニュースがあった。
スマホのニュースである。
信州大学の入学式において、学長が「スマホやめますか、それとも信大生やめますか。」と学生に投げかけたということである。
入学生に対して、スマホばかり見ていて良いのか?本を読もう、友達と話そう、と訴えているのだ。

一方、立教大学ではそれとは逆に、スマホを有効に利用しようということで、大学が情報提供アプリ「SPIRIT-Mobile」を使って、休講情報や教室変更の通知をしているのだと。

うーん、いろいろ考えてしまうなあ。

2015年4月5日日曜日

わたぼうし

先日、三島大社に出掛けた際に撮った写真である。
たまたま結婚式を挙げた直後の花嫁、花婿が桜の前で記念撮影をしていた。
これはチャンスと、どさくさに紛れて写真を撮ってみた。

花嫁が被っている布状のものは「綿帽子」という。
「綿帽子は」は室町から安土時代にかけて、武家婦人の外出着として、小袖を頭から被って着られていた「被衣(かづき)」が起源であるという。
おおー、そういえば着物を頭に被っている絵は時々見ることがあるな。

そして、これが江戸時代に、真綿で作られた「綿帽子」として、若い女性のものに定着していったのだそうだ。
うーん、それで「綿帽子」か。

では、それを何故花嫁が被るようになったのかというと、西洋のウエディングドレスのベールの影響で、「挙式が済むまで、花嫁は新郎以外の人に顔を見られないように」をという風習を踏襲したのだと。
また婚礼衣装に白無垢が用いられるようになったのに合わせて、白い「綿帽子」を取り入れるようになったということだ。

なお、結婚式で花嫁が被るものに「角隠し」があるが、これは幕末から明治にかけてあらわれ、現在では白無垢の場合にのみ「綿帽子」、色掛けと白無垢には「角隠し」を着用するらしい。
ふーん、そういうことだったのか。
色の付いた着物に、「綿帽子」は似合わないものな。



2015年4月4日土曜日

曇り空の桜

何だかはっきりしない天気が続く。
四月の天気というのはこんな感じだったかなあ。

御殿場の桜の偵察にでかけてみた。

曇り空の桜はそれなり。
それなりの桜はそれなりなのだがそれはそれでそれなりの良さがある。
それは墨絵のそれ。
薄墨のそれ。

曇り空の中に桜の白が溶け込んで、それはそれで良いのである。




2015年4月3日金曜日

セーラー服と桜

昨日は天気もまあまあ、三島大社に行ってみた。
平日にもかかわらず人でいっぱい。
さすが三島大社だね。

目的は桜。
満開をやや過ぎた感ではあったが、こちらもまあまあ。
老若男女、各世代取り揃え、である。

桜を堪能。
桜を堪能。

写真は大社に程近い三島K高の女性徒。
彼女たちも花見であろう。
沼津N高と同様セーラー服である。
桜にセーラー服、よく似合う。
(これは私の思い入れか?)

御殿場の桜はこれから。
来週あたりが満開となりそうだ。


2015年4月2日木曜日

レッド・アルバム

ビートルズのドキュメンタリーDVD「ザ・ビートルズ/ レッド・アルバム 1962-1966」を観た。
これはビートルズのベスト盤、通称「赤盤」に収録された曲に、ビートルズの演奏映像を交えて、その編集者や記者、プロデューサーなどが、それぞれの視点でコメントをして行くといった体裁のDVDである。

この中で特に印象深かったのが、ビートルズの作品の中で最も知られていると思われる曲、「イエスタディー」に関しての識者のコメントだ。
「イエスタディー」はポール・マッカートニーが作曲した曲であるのだが、ポールはこの曲が夢の中で出来たと説明したのだそうだ。

よく言われていることだが、ビートルズの曲というのは、ほとんどがジョン・レノンとポール・マッカートニーが作曲している(勿論、ジョージ・ハリスンも素晴らしい曲は作っているのです)。
しかしながら、その作り方には大きな差があって、ジョンは苦しんで苦しんで自分の身体から絞りだすように作曲するが、ポールはまるで好きなお菓子でも食べるように、いとも簡単に作曲する、のだそうだ。その典型的な例が「イエスタディー」なのである。

ふーん、才能というのは、こういうことなのですね。

2015年4月1日水曜日

インサイド・ルーティン・デイヴィス

コーエン兄弟の映画「インサイド・ルーティン・デイヴィス」を観る。
コーエン兄弟というのは、兄のジョエル、弟のイーサンの兄弟でハリウッドの映画会社20世紀フォックスと契約、次々と話題作を製作していった兄弟である。

私が初めて彼らの作品を知ったのは、「バートンフィンク」だった。
この映画はカンヌ国際映画祭でパルム・ドール、監督賞、男優賞の三部門を制覇した。
ホテルの隣室に居を構える大男チャーリーに対する主人公の不信と恐怖の念が錯綜して行く、といった按配の映画で、私がショックを受けたのは、そのストーリーの展開がまったく読めなかったことである。

さて、今回観た「インサイド・ルーティン・デイヴィス」は、60年代のニューヨーク、売れないシンガーソングライターの一週間をユーモラスに綴ったもので、ボブ・ディランが敬愛したフォーク・シンガー、デイヴ・ヴァン・ロンクの姿を描いたものだという。

派手さはまったくないのだが、その映像の妙と、展開の見えないストーリーの不思議さは、いかにもコーエン兄弟の作品であった。