学校の方は久しぶりの授業、二年生に至っては一月十八日以来の授業、というのも、この時期にコロナ関係、入試関係、おまけに積雪での早退休業と、休業日が次から次へと続いたからである。
まあ、こんなことは極めて珍しいことなのであろうが、あまり歓迎できないことなのです。
学校の方は久しぶりの授業、二年生に至っては一月十八日以来の授業、というのも、この時期にコロナ関係、入試関係、おまけに積雪での早退休業と、休業日が次から次へと続いたからである。
まあ、こんなことは極めて珍しいことなのであろうが、あまり歓迎できないことなのです。
先週から始まった冬季オリンピックであるが、どうも問題百出のようである。
その大部分は審判の判定(あまり客観的ではない部分による)のような気がする。
実はスポーツほど主観が「モノをいう」ものはないのかもしれない。
家の前の道に出てみると、かなり下の方まで富士山に雪。やはり今はこのような季節なのだと、改めて実感した次第である。
散歩の途中で何人かの人に、「おはようございます」とか「こんにちは」とか声をかけられた。勿論こちらも返答するのであるが、まったく見知らぬ人に声をかけるという習慣が、最近は定着しているのだろうか。
温暖で知られている静岡県で、数少ない温暖でないところ、それが御殿場なのです。
この風景はどう見たって静岡県ではありませんぜ。
今シーズンの積雪はこれで二回目、次の日曜日も積雪の可能性があるということで、今年は雪の当たり年なのでしょうかね。
昨日、意を決して整形外科まで行ってみた。
診断は、腱は断裂していないが劣化しているとのこと。以前、旅客機などで「金属疲労」という言葉が流行った時期があったが、ワタシの場合も加齢による「筋肉疲労」すなわち「腱の劣化」ということになるらしい。
「劣化」に対する処置は、しばらくの間の「リハビリ」なのだそうだが、果たしてどこまで我慢できるのだろうか。
昨日のブログで「毀滅の刃」としたのだが、正解は「鬼滅の刃」だろうと。
「その通りです。ワタシが間違えました。ごめんなさい。」
「きめつ」を変換したところ、一番最初に出てきたのが「毀滅」だったので、それを使用してしまったのです。
因みに、「毀滅」とは「壊して滅ぼすこと」「死を悼むあまり、やせ衰え死ぬこと」である。
声をからして 燃える花のように
闇間を照らしたら
曖昧過ぎる正解も譜面にして
ワタシの興味を引いたのは「曖昧過ぎる正解」のフレーズである。
これは何だかワタシの「飯のタネ」でもある「国語」について言っているようだなあ、と。
もっとも、「国語」からこの「曖昧」さを取ってしまったら、「国語」の醍醐味は無くなってしまうだろうな。