ひと月以上前に自宅の窓から撮った富士山である。
御殿場という所は、富士山の東側に位置するため、夕陽を写すと山がシルエットとなる。
従って写真のようなコントラストが効いたものが撮れるのであるが、自宅の窓ゆえ、どうしても邪魔な電線が入ってしまう。
かと言って、富士山全体のシルエットを撮るとなると、当然場所を移動しなければならぬ。
夕陽は時間が勝負となるので、ワタシのような怠け者は、これもなかなか難しい。
まあ、富士山はワタシの趣味ではないのですがね。
2018年9月14日金曜日
2018年9月13日木曜日
船につけられる「丸」
「日本人のおなまえっ」という番組で、「船に『ナントカ丸』というように『丸』をつけるのは何故か?」
という問題が挙がっていた。
うーん、これは考えてもみなかったなあ。
解答は次のとおりである。
「丸」とはトイレ用語「おまる」の「まる」のことで、「丸」とはトイレの便器、あるいは汚物(ウンチ)そのものを指す言葉なのだそうだ。
では、その汚い「丸」を何故船に付けたかというと、これは一種の「魔除け」であると言う。
いくら恐ろしい魔物でも汚いものは苦手だろう、というのがそのネーミングの意義である。
板一枚下は地獄と言われる船は、常に危険に晒されている。
この航海の安全のための「魔除け」が「魔物も嫌うマル(ウンチ)」であったということである。
という問題が挙がっていた。
うーん、これは考えてもみなかったなあ。
解答は次のとおりである。
「丸」とはトイレ用語「おまる」の「まる」のことで、「丸」とはトイレの便器、あるいは汚物(ウンチ)そのものを指す言葉なのだそうだ。
では、その汚い「丸」を何故船に付けたかというと、これは一種の「魔除け」であると言う。
いくら恐ろしい魔物でも汚いものは苦手だろう、というのがそのネーミングの意義である。
板一枚下は地獄と言われる船は、常に危険に晒されている。
この航海の安全のための「魔除け」が「魔物も嫌うマル(ウンチ)」であったということである。
2018年9月12日水曜日
伝統
用あってN西まで出掛ける。
やはり、G南とは異なったニオイを感じさせる学校である。
両方とも現在は男女共学であり、男女比もそれほど変わらないのであるが、何か違うのだ。
かつて女子高であったN西と、最初から男女共学のG南であるが、これが伝統というものなのだろうか。
やはり、G南とは異なったニオイを感じさせる学校である。
両方とも現在は男女共学であり、男女比もそれほど変わらないのであるが、何か違うのだ。
かつて女子高であったN西と、最初から男女共学のG南であるが、これが伝統というものなのだろうか。
2018年9月11日火曜日
非常勤講師
昨日の蒸し暑さから一転、秋を感じさせる涼しさとなった。
現在、室温が24℃なので心地よい温度と云えるのだろう。
火曜日の勤務は骨がおれる。
1限、3限、6限という非常勤講師にとって、これ以上ツライ時間割はないだろうという番組なのである。
(2限、4限、5限が空き時間となり、授業以外の仕事がないワタシはボーッと時間を過ごさねばならないのです。)
四月当初に「こんなのイヤだ」とケツをまくってもよかったのだが、それも大人げない故、現在に至ったのである。
現在、室温が24℃なので心地よい温度と云えるのだろう。
火曜日の勤務は骨がおれる。
1限、3限、6限という非常勤講師にとって、これ以上ツライ時間割はないだろうという番組なのである。
(2限、4限、5限が空き時間となり、授業以外の仕事がないワタシはボーッと時間を過ごさねばならないのです。)
四月当初に「こんなのイヤだ」とケツをまくってもよかったのだが、それも大人げない故、現在に至ったのである。
2018年9月10日月曜日
肘が痛い
昨日の天気予報によると、今日はマチガイなく雨の予想はずれ、ナント朝のうちは快晴、慌てて飛び起きテニスの支度、車を運転三島のコートまで、快晴ではあるが湿度は高く、テニスをしている間は玉の汗、おまけに翌日雨予想のワタシは昨日の夜更かしがコタエ、身体がいうことをきかない、そしてダメ押しは肘の痛み、これはトミー・ジョン手術かの、ありもしない心配、まあこんな一日でした。
2018年9月9日日曜日
鼻くそ
ここに来て雨の日が続いていたが、久しぶりの晴れ。
しかしながら、今週も何日かは雨降りという。
さて、インターネットで、とある記事を見ていると、次のような質問がなされていた。
しかしながら、今週も何日かは雨降りという。
さて、インターネットで、とある記事を見ていると、次のような質問がなされていた。
「鼻くそは、なぜ鼻の中にあるときは臭わないのですか?かなり、どうでもいい疑問が生じてしまいました。」
さらに質問者は続ける。「 鼻くそは、鼻の中にある時は臭くない。しかし外に出して、指先においてその匂いを嗅ぐと臭う。臭い鼻くそと、臭くない鼻くそがあることは問題としないとして、指に出して嗅ぐと臭いがするのに、鼻の穴の中ならどの位置にあってもたいてい自分ではその臭いを感じない。これはいったいどういうことなのでしょうか!」
うーん、なかなか深淵な謎である。
ワタシも実際試したことがあるが、確かにその通りである。
中にあると臭わないのに、外に出すと臭うのはこれ如何に。
ところで、この質問にはいくつかの解答があったのだが、そのうちのひとつ。
「鼻くそは、ずっと鼻の中にあるので、その臭いに慣れてしまっている。いったん取り出してしまうと、慣れた臭いはリセットをされる。この時に、周囲が無臭であれば、あらためて違う臭いがすることはない。ただ、大量にとれた時などは、周囲の臭いが少し強く感じるが、それもすぐにおさまる。そして、慣れた臭いがリセットされてしまうために、再度臭いを嗅ぐと、臭く感じてしまうのである。」
この解答に科学的根拠があるのかどうかは分からないが、へー、と思うワタシなのであった。
2018年9月8日土曜日
メダカの学校
ワタシが定時制高校の教員だった頃(今から四十年以上前のことです)の生徒と教員が集まって同窓会を行なった。
定時制というのは、全日制と異なり年令が様々であるので、自分よりも年上の生徒も珍しくない。
したがって、今日ののような同窓会ではパッと見ると、どちらが生徒でどちら教員なのか、チョイトわからない状況なのである。
これは「メダカの学校」か?
定時制というのは、全日制と異なり年令が様々であるので、自分よりも年上の生徒も珍しくない。
したがって、今日ののような同窓会ではパッと見ると、どちらが生徒でどちら教員なのか、チョイトわからない状況なのである。
これは「メダカの学校」か?
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