2012年5月7日月曜日

コンパクトディスクの落日

コンパクトディスクの落日。最近CDショップが目に見えて衰えている。ジャズのCDなど、店に行ってもほとんどが姿を消してしまっていて、手に入れることが困難な状態なのである。去年だったろうか、渋谷にあるHMVという大型のCDショップが閉店してしまった。これには私もショックを受けた。なんと場所が渋谷なのである。あの普段から人だらけの渋谷なのに閉店してしまったのだ。原因は勿論、パソコンや携帯の普及によって、音源の手の入れ方が大きく変化したからなのだろうが、
それにしても、今から十年前にこのような状態を誰が想像しただろうか。考えてみれば、『何かものを持つ』ということ自体が時代遅れなのかも知れない。次になくなるのは、書籍だろうか?

2012年5月6日日曜日

春はあけぼの

夕方、箱根山の方を見ると山端(やまのは)から月が顔を出していた。満月なのだろうか。
 古典を教える教師だから言うのではないが、枕草子などからうかがい知ることができる日本人の自然物に関する感性というのは、大したものだ。「春はあけぼの」でいう「あけぼの」は「東の空がほのぼのと明るくなる頃」であるが、当時の貴族は、この朝方の状態も、「あかつき」→「しののめ」→「あけぼの」→「あさぼらけ」→「あした」と時間によって変化させる。なにもこんなに細かく分けなくても良いではないかと思うのだが、そこがそれ、貴族。拘るのである。
 私も日本人に生まれて良かった・・・・・・のだろうか。

2012年5月5日土曜日

インタープレイ

今日はビル・エヴァンス(ジャズピアニスト)の気分だったので、朝からビル・エヴァンスのピアノトリオをたっぷり聴いてしまった。ビル・エヴァンスというのは、一見、銀行員風の白人で、およそジャズを演奏するには似合っていない風貌である。(気になった人は、是非ネットで検索してみて下さいな。)しかしながら、彼のジャズにおける業績は偉大であり、モード奏法とインタープレイに関しては彼なしではあり得ないことであった。モードについては、また機会があれば説明するとして、インタープレイについて、私の浅はかな知識で説明してみよう。
 極端に言えば、ビル・エヴァンス以前のピアノトリオというのは、ピアノが主役で、ベースとドラムがピアノに合わせてリズムを刻んでいくパターンが普通であった。ところが、彼はピアノもベースもドラムも対等にして、それぞれが即興で主張を繰り広げるようにしたのである。これは、スコット・ラファロという変な(とてつもないテクニックを持った)ベーシストがいたからこそ出来たことであるが、彼らの演奏を聴いていると、まるで三人が会話をしているようなのだ。楽器で話をする。
 ピアノが「今日の晩飯は何にする?」ベースが「寒いから鍋にしようか。」ドラムが「そうだ、そうだ。」と、こんな感じである。これがインタープレイである。
 考えてみると、国語の授業(特に現代文)なども一種のインタープレイなのかもしれない。教師が生徒に即興の質問を投げかける。それに対して即興で生徒が答える。教師が何を質問してくるのか。生徒はどう答えてくるのか。何れも事前にはわからない。ここがスリルがあって面白いのだ。
 よし、次もインタープレイ、がんばるぞ。

2012年5月4日金曜日

挨拶

先日、職員室で勢いよく「あいさつ」をする生徒がいたので、「それだけ良い『あいさつ』をするのだから『あいさつ』と言う字を漢字で書いてごらん。」とへんな言いがかりをつけて、漢字を書かせてみた。生徒にこう言ったものの、よく見ると「あい」も「さつ」もとてもへんな字だ。漢字で書くと「挨拶」であるが、どうもイメージがしっくりいかない。そのうちに、この字が気になりだして、とうとう語源を調べてみることになってしまった。
 語源辞典に曰く、禅宗で問答を交わして相手の悟りの深浅を試みることを「一挨一拶(いちあいいつさつ)と言った。ここから一般に問答や返答の言葉、手紙の往復などを「挨拶」というようになった。「挨」も「拶」も本来は「押す」という意味で、「複数で押し合う」ことなのだそうだ。
 つまり、「挨拶」というのは、まず言葉を投げかけて(「音」の場合も「字」の場合もある。)、お互いに相手の様子を窺うことなのだろう。
 件(くだん)の生徒が、「挨拶」と正しく書けたのは、勿論(もちろん)である。

2012年5月3日木曜日

ジャニス・ジョップリン

かつてジャニス・ジョップリンという米国の女性シンガーがいた。(ジャンルはブルースロックだとかブルースソウルとでもいうのだろうか。)今日は、突然このジャニスの歌が聴きたくなって、CDプレーヤーをまわしてみた。
 私が学生の時であるので、今から四十年以上も昔のことになるが、このジャニスの「パール」というアルバムが出た。このアルバムは曰く付きのもので、彼女はアルバム制作中に亡くなってしまったのである。飲酒癖があり、さらに薬物中毒者であった彼女が、誤って致死量の麻薬を服用してしまったのだ。ジャニス・ジョップリン27歳の時である。
 小さいころから、他人とのコミュニケーションが苦手であったジャニスが、薬に頼るのはわからないでもない。亡くなる前から破滅に向かってひたすら走っているような雰囲気もあった。そのしゃがれ声は酒と薬によるものであろう。でも、でもである。彼女の歌を聴いていると、何だか不思議な清々しさが感じられるのだ。まったく対極にある言葉のようだが、実に不思議だ。

2012年5月2日水曜日

マクドナルドで珈琲を飲んだこと

本日の授業は午前中だけ。ということで、ヒマな帰りに珈琲でも飲もうと、マクドナルドに寄った。なんでもマクドナルドのことを関東では「マック」、関西では「マクド」というそうである。まあそんなことはどうでもいいのだが、マクドナルドに入って、珈琲を注文すると店員から「この時間帯は、珈琲無料です。」と言われてしまった。「おお、これはラッキー。」と思ったのだが、いくら無料といっても、それだけをそのまま飲むということは、とても勇気のいることなのである。「うん、これはきっとマクドナルドの陰謀に違いない。タダであるはずがないぞ。飲み終わった後に何かが起きるかもしれんな。とんでもないことになるかもしれないぞ。用心用心。」と、疑心暗鬼になること甚だしい。
 そしてワタシは思わず言ってしまった。「アップルパイをひとつ。」

2012年5月1日火曜日

バス事故について

五月になった。現在、黄金週間の連休中であるが、ワタシはいつも三連休なので、有り難みが、あまり感じられず、いつものように家でグータラしているのである。
 さて、先日関越道で悲惨なバス事故があった。あれは運転していた運転手に、大きな責任があるのは無論であるが、事故のニュースを見ていて、「高速道路をひたすら500キロ以上走るのに、運転手が一人というのは、なんていうことだ。」の感を強くもった。ワタシも年に一度くらいのペースで山形県まで(距離にして片道大体500キロ程度、時間にして7時間)車を運転するが、これはしんどい、特に高速道路は単調で、すぐに眠気に襲われる。個人の場合は眠くなったら、休めば良いが、営業で運転していればそうもいくまい。
 なにが言いたいのかというと、長距離のバス運転は、二人以上の運転手にすべきであるということである。国土交通省のいう規則では、上限670キロでそれ以下であれば、運転手は一人で良いということらしい。とんでもない話だ。このルールを決めた役人たちが、自分で670キロを運転してみるといい。まあ、バス運行の営業というのはなかなか厳しくて、利益を出すのが大変だということらしいが、まず第一に考えねばならないのは、人の命だろう。