毎日、毎日、暑さを更新しているような日本列島である。
今日も朝から茹だるような暑さであった。
オリンピックの方もいよいよ競技が始まる。
競泳は初日から金メダル、銅メダルと順調のようだが、
柔道も体操も、期待したほど楽には行かないようだ。
物事、何でもナメタラアカン。
夜、NHKの「大アマゾン」というドキュメンタリー番組を観た。
そこに登場したのが文明との接触を持たない民族「イゾラド(隔絶隔絶された人々の意)」である。
彼らはアマゾンの奥地で生活する裸族だ。
ペルー政府は何度か接触を試み、実際に会うことが出来たのだが、結局数度の接触だけで彼らは再び森の奥に入っていってしまった。
何はともあれ、ワタシが驚いたのは、この21世紀になっても、このような未知の人たちが地球上にいたということだ。
おそらく彼らにしてみれば、現在の文明と関わり合うチャンスがないこともないのだろうが、彼らはきっと自らの意志でこれを望まなかったのではなかろうか。
2016年8月7日日曜日
2016年8月6日土曜日
リオ・オリンピック始まる
リオ・オリンピックが始まった。
思えばワタシがオリンピックを初めて意識したのが、1960年のローマ・オリンピックである。
まだ小学生であった自分に強烈なイメージを残したのが、体操の個人総合で優勝した小野喬という選手と、競泳の自由形で銀メダルを取った山中毅という選手であった。
1964年の東京・オリンピックのひとつ前のオリンピックである。
さて、それから56年。
二回目の東京・オリンピックは2020年に開催されるが、そのひとつ前の2016年リオ・オリンピック。
ここでも恐らく体操の個人総合と競泳では強烈な印象を残してくれるような気がする。
これも因縁なのだろうか。
思えばワタシがオリンピックを初めて意識したのが、1960年のローマ・オリンピックである。
まだ小学生であった自分に強烈なイメージを残したのが、体操の個人総合で優勝した小野喬という選手と、競泳の自由形で銀メダルを取った山中毅という選手であった。
1964年の東京・オリンピックのひとつ前のオリンピックである。
さて、それから56年。
二回目の東京・オリンピックは2020年に開催されるが、そのひとつ前の2016年リオ・オリンピック。
ここでも恐らく体操の個人総合と競泳では強烈な印象を残してくれるような気がする。
これも因縁なのだろうか。
2016年8月5日金曜日
作品の見せ合い
ニュースでは、今年最高の暑さであることが告げられていた。
確かに今日の沼津の暑さは、ただものではなかったなあ。
昨日、書道のSさんと打ち合わせをする。
打ち合わせというよりも、お互いの作品を見せ合って、調整の作業をするのである。
実はこの「作品を見せ合い、調整する」瞬間が我々の展覧会の最も緊張する瞬間なのである。
多少オーバーに言うなら、写真と書の激突の瞬間だ。
「うーん、そう来たか。」
と、相手の出方を確認するのである。
そして、種田山頭火という俳人の作った句に対して、お互いどのようなアプローチをしたのかが、ここで判明するのである。
おおー、心は、だんだん戦闘モードになってきたぞ。
確かに今日の沼津の暑さは、ただものではなかったなあ。
昨日、書道のSさんと打ち合わせをする。
打ち合わせというよりも、お互いの作品を見せ合って、調整の作業をするのである。
実はこの「作品を見せ合い、調整する」瞬間が我々の展覧会の最も緊張する瞬間なのである。
多少オーバーに言うなら、写真と書の激突の瞬間だ。
「うーん、そう来たか。」
と、相手の出方を確認するのである。
そして、種田山頭火という俳人の作った句に対して、お互いどのようなアプローチをしたのかが、ここで判明するのである。
おおー、心は、だんだん戦闘モードになってきたぞ。
2016年8月4日木曜日
信賞必罰
N西ではオープンキャンパス。
ワタシも「質問コーナー」係りということで、生徒会の生徒二人に付き添う。
「質問コーナー」係りとは、オープンキャンパスに訪れた中学生や保護者の学校に対しての質問に答える係りである。
「いつもそれほどの質問はありませんよ。」の言葉とは裏腹に、結構訪れる人あり。
さて、生徒会の生徒と、質問に訪れる人を待つ間に四字熟語の「信賞必罰」という熟語が話題となった。
件の二人は残念ながら理解してはいなかったようだが、この言葉、意味は「功があれば必ず賞し、罪があれば必ず罰する」である。
この中で、意外と理解されないのが「信」である。
「信」は「まこと」の意味であり、イコール「必ず」でもある。
受験生の三年生諸君、分かったかな?
ワタシも「質問コーナー」係りということで、生徒会の生徒二人に付き添う。
「質問コーナー」係りとは、オープンキャンパスに訪れた中学生や保護者の学校に対しての質問に答える係りである。
「いつもそれほどの質問はありませんよ。」の言葉とは裏腹に、結構訪れる人あり。
さて、生徒会の生徒と、質問に訪れる人を待つ間に四字熟語の「信賞必罰」という熟語が話題となった。
件の二人は残念ながら理解してはいなかったようだが、この言葉、意味は「功があれば必ず賞し、罪があれば必ず罰する」である。
この中で、意外と理解されないのが「信」である。
「信」は「まこと」の意味であり、イコール「必ず」でもある。
受験生の三年生諸君、分かったかな?
2016年8月3日水曜日
息抜き
YMCA東山荘の建物入り口である。
勉強合宿もいよいよあと一晩。
疲れもピークに達しているとは思うが、今夜もきっと受験生たちは頑張ってくれることだろう。
授業と授業の合間の休み時間には、息抜きのためだろうか、ロビーに座っている私のところに受験生がやって来て、たわいもない話をしていってくれる。
こんなときの触れ合いが結構楽しいのは、やはり私が歳をとったせいだろうか。
勉強合宿もいよいよあと一晩。
疲れもピークに達しているとは思うが、今夜もきっと受験生たちは頑張ってくれることだろう。
授業と授業の合間の休み時間には、息抜きのためだろうか、ロビーに座っている私のところに受験生がやって来て、たわいもない話をしていってくれる。
こんなときの触れ合いが結構楽しいのは、やはり私が歳をとったせいだろうか。
2016年8月2日火曜日
黙想館
N西の勉強合宿の講師ということで、昨日から今日にかけてYMCA(ヤング・メンズ・クリスチャン・アソシエーション?)東山荘に宿泊をする。去年の三年生とも合宿をしたので、この施設は二年連続である。
日程表には朝六時半起床、この自信、まったくなく(普段の夜更かしのなせる業)、生徒のMさんに部屋の電話を五回鳴らす、モーニングコールをお願いする。
講義が中心となる合宿なので、施設の周辺には目が行き届いていなかったのであるが、朝食後M先生と周辺の探索。
途中、ふと「黙想館」という看板が目につき行ってみた。
おおー、これはなんてえことだ。
この建物、言ってみればミニ教会である。
中に入って見て驚いた。
その写真が右の写真である。窓越しの富士山の素晴らしさよ。
手前には説教を聞くための座席(そうです、ここはキリスト教の施設なのです)。
さらに手前の十字架の向こうに大きな窓。
そして外に富士山。
建物を設計するときに、すでに富士山を計算に入れているのだ。
設計者の確かさに畏れ入ってしまった私であった。
2016年8月1日月曜日
はづき
八月、葉月(はづき)である。
「はづき」には諸説あって、旧暦では八月は現在の九月から十月あたりになるため、葉が落ちる月(葉落ち月)ということで「はづき」。
また稲の穂が「張る」ので「はづき」。
また渡り鳥である雁が「初めて飛来する初月」ということで「はづき」なんてえのもあるそうだ。
今日からN西のSクラスの勉強合宿がはじまった。
合宿場所は、御殿場のYMCA東山荘という青少年のためにつくられた研修施設だ。
「はづき」には諸説あって、旧暦では八月は現在の九月から十月あたりになるため、葉が落ちる月(葉落ち月)ということで「はづき」。
また稲の穂が「張る」ので「はづき」。
また渡り鳥である雁が「初めて飛来する初月」ということで「はづき」なんてえのもあるそうだ。
今日からN西のSクラスの勉強合宿がはじまった。
合宿場所は、御殿場のYMCA東山荘という青少年のためにつくられた研修施設だ。
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